千空は今目の前で起きている事態に目を剥いた。
「めーちゃん、ナマエのことが気に入ルしました。ナマエ、お前はめーちゃんと一緒にいルます」
「はい、めーちゃんの仰せの通りに」
「だから言ったじゃないかっ。だから言ったじゃないかっっ!!!」
いちゃつくカップルのような親密さで会話をしているナマエとホワイマンに、それに指を差してギャンギャンと騒ぐSAI。キシキシと鉤爪から謎の不穏な音を立てているゼノ大先生。
ゼノのおっさんとSAIがやられただけで非常事態なんだ。
頼むからこれ以上恋愛脳を増やすんじゃねェ。
ホワイマンとキャッキャウフフしている女へ、耳を掻きながら尋ねる。
「つーかオメー、めーちゃんって何だよ」
「ホワイマンよりもメデューサの方が趣がありますし、愛称で呼ぶことも快く許していただけたので。ね、めーちゃん?」
「はい。そうダです」
小鳥と戯れるように細い指へホワイマンを乗せて話しかけているナマエ。よそで鳥相手にやるならいくらでもどうぞだが、言語の交わせる知的生命体とやるのは恋愛脳どもが沸くからやめてほしい。
早速、わなわなと震えていたSAIがホワイマンをキッと睨みつけた。
「ナマエちゃんはっ!僕のっ!お嫁さんだぞ!何がめーちゃんだ!ナマエちゃんから離れろっっっ!」
「SAI、意地悪しないでください。めーちゃんは仲間と離れて一人ぼっちで地球に来たんですよ?そんなの、心細いに決まってます」
「めーちゃんサミシイ……めーちゃん、ヒトリボッチ⋯⋯」
「めーちゃん⋯⋯」
「ぴぎゃああああああ!」
今までに出したことのない、同情を誘う子供のような高さの合成音声で喋り、ナマエの胸の谷間でゴロゴロスリスリと転がり始めたホワイマンに、SAIが発狂した。ホワイマンを見つめるゼノの黒目もハイライトを失って暗い。
「おお、君がそんなに寂しい思いをしていたとは知らなかった。さあ、千空たちと好きなだけコミュニケーションを取るといい」
冷ややかな目のまま鉤爪の先でホワイマンを器用に捕まえて、ゼノ先生はホワイマンを俺たちの方へポイと雑に差し出した。
投げよこされたホワイマンときたら、たったさっきまでは普通に隣で作業を見ていたくせに、俺をしげしげと見上げると、「こいつじゃねーんだよな⋯⋯」とでも言いたげに、ぷいっとそっぽを向いてナマエの方へふよふよと戻って行った。
「今日からここに住むます」
「ダメに決まってるだろ」
ナマエの胸の間を漂いながら「ここに住む」宣言をしたホワイマンへ、SAIが即座に真顔で返す。
しかし高度な知的生命体である奴は、自分の要求を通すのに必要なのはSAIの許可ではないと分かっているらしい。くるりと振り返って胸の間から女を見上げると、首をひねるかのようにカプセルの角度を傾けた。
「ナマエ⋯⋯めーちゃんと住む、嫌だですか?めーちゃん⋯⋯サミシイ⋯⋯」
「めーちゃん⋯⋯!」
ぎゅ、とホワイマンのカプセルをナマエが胸に抱きしめる。
ここがナマエとホワイマンの二人だけだったなら、百億パーセント全米大号泣な感動映画のワンシーンになったかもしれない。
けれど、殺意の籠もる血走った目でホワイマンを凝視しているSAIとゼノ。コイツらが絵面を一気にホラーにしている。
大体、ホワイマンの奴も何が「さみしい」だ。恋愛脳のぶりっ子女みてェな、気持ち悪りい声だしやがって。
演技だ演技。
何を思ってホワイマンがそんな演技を始めたのかは分からないが、めーちゃんだのさみしいだの、コイツがぶりっ子を覚えたのはナマエが来てからで、元は同族と宇宙を浮遊していた機械生物だ。
石化を永遠の命と考えておありがたく宇宙からプレゼントしてくる、そういう思考の生物なのだ。
人間の感情的な思考でコイツの考えを理解しようとするのはやめておいた方がいい。
⋯⋯とは思うが、そんなことを指摘するのはここにはいない方の彼女の親戚が言うところの無粋というやつだろう。
しかし、ホワイマンの新住所が彼女の胸の上になるのはまずい。あそこが定位置になってしまったらこっちは女の胸に向かって会話することになるから絶妙に気まずい。ジョエルの奴なんかどうすればいいんだ。
とにかく恋愛脳2人がホワイマンをブチ砕くためのハンマーを持ち出さないうちに、ナマエとホワイマンを引っぺがさないと⋯⋯。
モヤシの自分にどこまでできるか分からないが、とホワイマンを掴み取る目算をしていると、ナマエが光にかざすようにホワイマンの入ったカプセルを持ち上げて奴に語りかけた。
「めーちゃん。この星には月にはなかったものがたくさんあるでしょう?地球に来なかった子たちが悔しがるくらい、いろいろなところへ行って、美しいものをたくさん見ましょう。そしてめーちゃんが一番気に入ったところに住みましょうか」
「ナマエ、めーちゃんと一緒に住むしてくれるますか?」
「ええ、月からお迎えした大切なお客様ですもの。望んでいただけるなら、どこまでも」
ホワイマンを引っ取ろうと働かせていた思考が止まる。
離れろ、近づくななんて誰が止められるというのだろう。この宇宙の始まりのように美しい、唆るひとときを。
ギャアギャア、メソメソとうるさく騒いでいたSAIも、犯罪者みたいな真っ黒な目で指をクロスしながらホワイマンを不穏に見つめていたゼノも、ホワイマンに一礼するナマエの表情が移ったように、穏やかに微笑んでいた。