人がすっかり寝静まり、星の瞬く真夜中。
限られたメンバーの集まる室内で、ゼノは顔の前で手を組んで物々しく口を開いた。
「⋯⋯管理が必要だ」
「ああ。ホワイマンが自由に移動しちまうのはちょいといただけねえな」
ナマエと行動を共にしたがるホワイマンの意見を尊重して、今日のホワイマンはラボ併設の仮眠室でナマエと共に眠ることになった。けれど、ホワイマンが何者かに奪われたり、悪用されたりする可能性を考えるとナマエ一人と共に自由に外を出歩かせることはできない。
そう思考を働かせてゼノの言葉に頷くと、言った本人は「ん?」と小首を傾げていた。
「何を言ってるんだい、千空?今はナマエの話をしてるんだ」
「あ?」
恋愛脳が進行しすぎたのか?
科学で独裁目指すとか、もともと急に極端な方へ振り切るところはあったが、ホワイマンでなく元同僚の女を管理すると言い出すとか、さすがにヤバいだろ。
ドン引きで白目になりそうな俺を尻目に、ゼノは真剣な面持ちのまま、鉤爪のついた人差し指を立てて演説のように話を続けた。
「見ただろう?5分もかからずに機械生物に気に入られる女性なんだ、ナマエは。このままでは彼女からの好意があると勘違いした衆愚がゾンビのように湧いて出るぞ。そうなる前に、彼女を管理しなければ」
「結論も顔もいちいち犯罪臭えんだよ」
「ん〜、ゼノちゃんの犯罪臭さは置いといて、実際のとこバイヤーだよ、ナマエちゃん」
静観を決め込んでいたゲンが、冷や汗を誤魔化すような苦い笑みを浮かべながら声を上げた。
「あの子、俺が練習と技術でやってることを勘で自然にやってる。もちろん勘だけじゃなく経験もあるんだろうけど⋯⋯。ナマエちゃん、無意識で出来ちゃってる部分が多すぎるのよ」
「おお、ではやはり危険だ。勘違いの衆愚が彼女へ群がる前に僕が彼女を管理しようじゃないか」
「ゼノちゃーん?犯罪者路線突っ走ってくの、ジーマーでバイヤーだからやめよっかー」
「僕が犯罪者?どこがだい?そういったことはSAIの方に言ってくれ。僕はいたって正常だ」
SAIと一緒にするなと言いたげな、ハァとうんざりしたため息を零しながらゼノは言ったが、俺らからしたらゼノもSAIも同じくらいイカれた恋愛脳だ。
「ったく。とにかくこれ以上面倒な恋愛脳が増えんのはゴメンだ」
「おお千空、君ならそう言ってくれると信じていたよ。さあ、今すぐ彼女を僕の管理下に置こう」
「俺が言ってる面倒な恋愛脳にはテメーも入ってるんだけどな!」
「ハハ!千空、君にしては中々面白いジョークだ」
「ジョークじゃねえし何も面白くねえんだよ、こっちは!」
あーダメだ、両目の真ん中にハートが浮かんでいる。恋愛脳の耳には都合の悪いことは聞こえていないらしい。
「100億パーセントじゃ足りねーくらいめんどくせえ⋯⋯。おいメンタリスト、こういうのはテメーの仕事だろ」
「いやー⋯⋯、ここまで進行してるともうメンタリストの範疇じゃなくない?」
⋯⋯確かに。メロメロと目の中にハートを浮かばせたゼノは既に手遅れ感がある。
だがしかし、だ。
「テメーがなんとかできねーなら他の誰がやっても無理だろ。このままだと恋愛脳で科学王国が滅びる」
「そうだよねー。打てる手は早いうちに打っとこうか」
いつになっても、ゲンの言葉はペラペラと軽い。だが、旅の途中で何度も科学王国の窮地を切り抜けてきた男だ。メンタリストとしての腕は誰よりも信用できる。
「任せたぜ、メンタリスト!」
「りょーかい。ゼノちゃーん!管理の話は置いといて、ナマエちゃんのコアでバイヤーなファンが増えない方法ならあるよー」
「それなら僕も考えているよ。彼女にたかる衆愚を武力で制圧すればいい」
ここから入れる保険はあるのか。そう言いたくなるくらい、ゼノの野郎は重症だ。大丈夫なのかとゲンへ目配せすると、メンタリストはジョーカーのカードを彷彿とさせる笑みを描いた。
「それよりもっと平和的な解決方法があるよー!しかもその方法なら、ゼノちゃんだけがSAIちゃんにも邪魔されずにナマエちゃんを管理できちゃうかも♡」
「僕だけが、ナマエを管理⋯⋯?」
思案げにゲンの言葉を繰り返す。
ゼノが天才と呼ばれる域の科学者なのは、起こり得る予測を瞬時に立てられるからだ。同じように、今ゼノの脳内には何通りもの予測が並列して立てられているのだろう。
目の真ん中に浮かんでいたハートを大きくして、溢れる快感を抑えこむように身体を抱きしめながら「おお⋯⋯!」とゼノが感極まった声を出した。
「素晴らしい!エレガント⋯⋯っ、実にエレガントだ!そのプランで行こう」
一体このわずか数秒で何を想像したんだ。
テンションブチ上がりまくり、熱に浮かされまくりのゼノの野郎にドン引きしかできない。
つーかこれ⋯⋯。
「悪化してねえか⋯⋯?」
メンタリストのことだ、何か策はあるのだろうが、暴走機関車に石炭ぶち込んだり、ストップボタンを押さなければいけないところでブーストボタンを押したりしてしまった感が否めない。大丈夫なのか、これ。
俺の不安と疑問は当分解決しそうにないまま、夜は深まっていくのだった。