「ゼノちゃーん、大丈夫ー?」
ゲンが何か話しかけてきているが、少しも頭に入って来ない。
ナマエから、遅れて出勤すると連絡があった。遅れる原因としての思い当たりは一つある。
『氷月さん、今夜うちに遊びに来ませんか?』
昨日の昼、ナマエは確かに氷月をそう誘った。あの見るからにストイックな彼とナマエが過ちを犯すなどとは考えていないが――。
『ナマエちゃん、家に男を呼ぶ意味分かってる?それも夜に食事なんてさあ、もうヤることなんて決まってるよねぇ』
思い出したくもない、モズの下衆な言葉が頭の中でエコーする。考えたくはないが、可能性はゼロではない。久し振りに会った同窓と会話が弾み、つい流れで――なんて話は珍しくない。
「やはり僕が管理すべきだった⋯⋯」
「バイヤーーー!!ゼノちゃんその縄まだ持ってたの!?」
「もちろん。いつチャンスが訪れるか分からないからね。だが、今気付いたよ。チャンスは待つものではなく、作るものだ」
「なんかカッコよく言ってるけど、犯罪はジーマーでダメだからね!?」
僕の胸ぐらをつかんでゲンが騒いでいるが、何が悪いのか分からない。愛しい人を自分だけのものにしたいと望むことは罪だろうか。そんなことはないはずだ。
「ドイヒーーー!ゼノちゃん、『何が悪いの?』とか思ってるでしょ!?ため込むくらいなら千空ちゃんのとこ行ったら!?」
「千空?なんで彼が出て来るんだい?」
「え、だってナマエちゃん、千空ちゃんのところに寄るから遅れるんでしょ?」
「は⋯⋯」
聞いていない。ナマエは僕には「所用で遅れる」としか言っていなかった。
千空のところに寄る?
それなら一度僕のところへ顔を出してから行ってもいいじゃないか。なぜ千空のところに⋯⋯。
いや、考えるのは後でいい。
今は――。
「Mr.ゲン、僕は少し千空のところに行ってくるよ」
「ゼノちゃーん、まずその縄ナイナイしようね?」
「おお、心配なら不要だよ。表面処理を改良して、シルクのような肌触りを実現したんだ。肌への優しさは大事だからね」
「バイヤーーー!!!全っ然、何も安心できないんだけど!?」
後ろからゲンが何かを叫んでいるので、ひとまず手に握った縄は白衣のポケットの奥底へ潜めることにして、ナマエのいるであろう千空のもとへと向かった。