その日、NASAの若き天才科学者ゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドは大いに顔を曇らせた。
「パーティーへの参加⋯⋯?」
「そうそう。科学部からも誰か⋯⋯ということだったから、ゼノ君若いし、よろしくの」
よろしくの?
ふざけるなと言えずに飲み込んだ唇の端が、ピクピクと痙攣する。
自分は科学を研究したくて世界最先端の航空宇宙研究ができるこの機関に入ったのだ。断じて、断じてパーティーなどという浮ついた衆愚どもの溜まり場へ赴くためではない。それを「よろしくの」の一言で、若さを理由に押し付けるだと?
苛立ちを胸に廊下を進んでいくが、今日は金曜日であることを思い出す。
1週間に一度の、事務員のナマエとの時間。紅茶を飲む彼女の顔を想像すると、眉間に籠めていた力が抜けていった。
「あれ、科学部も人を出さないといけないんですね」
「科学部『も』?」
「事務系の部署はどこも一人は出さなければいけないんです。私も予算部から参加しますよ」
「おお、なら少し楽しめそうだ」
彼女も参加する。そう聞いて一瞬前向きにもなったが、依然面倒な気持ちの方が強い。そのせいかやや皮肉めいた言いぶりになってしまったことを申し訳なく思う。
だが仕方がない。そんなものに参加する時間があったら研究や論文の閲覧に充てたい。
紅茶を軽く掻き混ぜて冷ましていた彼女は、ティーカップを口元に運びながら小さく首を傾けた。
「断れるようにしておきましょうか?パーティー参加は科学部の本分ではないですし」
「おお、そうして貰えると嬉しいよ。けれど、そんなことが出来るのかい?」
「もちろん。同じ部のマイケルなら誘えば来るでしょうから、彼を誘って科学部の参加枠は削ってしまいましょう」
ちょうど良いことにマイケルがいます、と彼女が手を向けている方へ振り向く。
黄銅色の巻き毛に、子犬を思わせる愛嬌のある顔立ちと表情。自分とは明らかに違う、人好きするタイプの男である。
ナマエが、彼を誘う。誘うということは、誘った手前、ナマエはパーティー会場で彼と最低限の会話などはしなくてはならないということだ。ただでさえ、好んで世話焼きをすることが得意なナマエのことだ。ドリンクや軽食を彼のために取ってきたりしながら、パーティーが終わるまで誘った相手の面倒を甲斐甲斐しく見るのだろう。
⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯面白くない。
モヤモヤと黒い霧が僕の中に立ち込めて行くのと裏腹に、彼女はさっぱりとした顔で中身の残るティーカップをソーサーの上に戻した。
「ちょうどいいからちょっと声をかけて来ます」
「Stay! ナマエ、少し待ってくれ」
「いえ、早い方がいいですよ。あ、ラッキーです、ドクター・ゼノ!彼の反対隣の席に参加者の取りまとめをしている広報部の担当もいます。今行っちゃいましょう」
広いドッグパークを目にした犬のように飛び出そうとする彼女の腕を慌てて引き留める。
「⋯⋯くよ」
「ドクター?」
「行くよ。君がいるなら行く、と言っているんだ」
ぱちぱち、と彼女が2回瞬きをした後僕の顔を見上げた。
「え⋯⋯。無理しなくて大丈夫ですよ。しっかり角が立たないように話をつけて来ますから、安心してください」
「僕が心配しているのはそこではないよ」
「⋯⋯ではどこが?」
人差し指を顎に添えて不思議そうにしている彼女は僕の気持ちをまるで想像出来ていないようだった。
馬鹿どもと角が立とうが、そんなことはどうでもいい。僕はただ――。
「当ててみるといい。パーティーへ行けば分かるかもしれないよ」
「おや。今までで一番難しいクイズかもしれません」
「そうかもしれないな。君には難しそうだ」
真剣に考えこんでしまった彼女の小さな顔を眺めながら、思わず口元が緩む。
分かるわけがない。
君の隣に僕以外の男が並んでいるのは非常に面白くないなんて。
僕自身この感情に困惑しているのだから、彼女に分かるわけもない。
ああ、今ばかりは彼女の叡智に輝く瞳が、その聡明さが、少しばかり恨めしい。
だって、彼女が恋愛ドラマばかり視聴していて恋だの愛だのといった合理的でない話題にしか興味のない愚かな女であったなら、僕の気持ちなんかすぐ気がついたに違いないのだ。