今までにやった習い事の数を数えるのが両の手では足りなくなったのは、何歳の頃だっただろう。
父は可哀想な人だった。美しく賢い伴侶——私の母を病で失ってからは財閥の中での地位をみるみると失って、私というカードの価値を高めるしかなくなった。父自身が努力を怠らない人間だったので、父は私にも同じだけの——いや、女子というハンデで将来不利になることがないよう、父自身が子供の頃にしたであろう以上の努力を求めた。「お嬢様が可哀想」と口出しした中年のメイドはクビになり、そのメイドは屋敷を出て行く際涙ながらに別れを口にした。彼女へ「さみしくなっちゃう」などと返事をしながら、私が感じていたことと言えば「なんでこの人泣いてるの?」だった。
父は私の将来を真剣に考えてくれているから厳しくするのだ。「子どもはのびのびが一番よねえ」などと森に放る教育が一部だと持て囃されているらしいが、子どもに何の経験もさせずに放逐するのは無責任ではないかと私は内心思っているし、そういった家畜の放牧のような生活を強いられている子どもの方が私よりよほど「可哀想」だとも思う。
勝手に人を可哀想だと評し、自分の言葉で辞めることになった中年メイドを憐れだとは感じなかった。むしろ、私の教育のために恨みを買う役を背負い込んだ父のことを、私はより一層敬愛した。⋯⋯父の期待に応えられる人間になりたかった。
けれど、どの習い事も私には続かなかった。単に才能がなかったものも、もしかしたら結果を出すには不十分な期間で見切りをつけられてしまったものもある。ただ、私を最も煩わせたのは「周囲が途中からおかしくなってしまう」ことだった。
ピアノ。「コンクール向きじゃないけど、この表現力なら絶対にプロになれるわ!」と先生の方が途中からのめり込み過ぎて他の勉強系の習い事の邪魔になった。フィギュアスケートにバレエ教室、デッサン教室と油彩教室、そして水墨画教室も先生が途中でおかしくなってリタイア。
テニス。ダブルスを組んだ女の子に真剣交際を申し込まれ、スクールに行くのが気まずくなって脱会。
私が周りを変にしているのか、変な人の引きが強いのか。
とにかく、みんな最初は普通の優しい人なのに、何がきっかけなのか途中からおかしくなって、関係を続けられなくなる。
みんな途中からおかしくなる。今となってもそうとしか表現できないあの現象を、子どもだった私の口から聞いた父は習い事を怠ける言い訳と感じたようで、「そんなにやる気がないなら高い金払って続けなくてもいい!」と一斉に辞めさせることにしたのだった。
その点、ゲームのチャットは良かった。そこにもそういう人たちはたくさんいたけれど、元々顔の見えない人たちで、壊れてしまったらブロックすればはいおしまいで済むから気楽だった。
この現象を説明して、初めてまともに取り合ってくれたのがSAIだった。露出写真を送って来る人の方をSAIはより警戒していて、途中で壊れちゃう人のことは「ブロックしてる」と答えたきり触れてこなくなったけれど、私の虚言ではなく本当にある現象として、SAIは真剣に捉えてくれた。
そんなSAIをいとこという身近さもあって私は慕うようになっていったけれど、SAIもちょっとずつ、病に蝕まれるようにおかしくなっていった。プログラムの得意なSAIがウェブカメラのハッキングを仕掛けるのは簡単なことのようで、SAIは私を監視し始めた。「インドにいる身内に盗撮されているんです!」なんて警察に言ってもヤバい人扱いされるのは私である。SAIはたまにおかしくなるけれど、他の人みたいに「君を殺して僕も死ぬ」とか私に害の出るようなことは言わなかったし、「なんで私のこと分かってくれないのよおぉ!」と無理なエスパーを求めて来ることもなかったので、諦めて許容範囲とすることにした。
NASA時代は良かった。日本でだけ発動する呪いなのか何なのか、途中で壊れる人ゼロの、パラダイスみたいな空間だった。誰も壊れないから「相手に好まれそうな見た目や振る舞いで取り入ろう作戦」も心置きなくできたし、時々バカ議員のジュニアが絡んできたのはウザかったけど、今思えばそれまでにない新鮮な反応で良かったかもしれない。
何よりドクター・ゼノ。彼は良かった。週一で一緒にランチをしても全然壊れず、1年間も仲良くできた。身内のSAIを除いたら、私の人生で最長の交友記録である。SAIのストーカー前提のスマート家電たちを見てもドン引きしたのは一瞬で、あとはエレガントだと繰り返して楽しそうに機械を観察していたし、残業の手伝いを申し出てくれた日は帰りの送り迎えまでしてくれた。そしてその距離感でも壊れない!頭の回転が速いから背景が複雑な話をしてもすぐ理解してくれるし、彼は紳士で優しかった。一生友人でいてくれたらいいのに。
と久しぶりに昔のことを思い出して見たけれど、世界はいまだに真っ暗である。謎の緑色の光が光ってからずっとこうしている。最初は暗闇で、思考しか動かせないこの状況を恐ろしく思ったけれど、今はそれなりに楽しく暮らしている。だってここでは私1人だから、友人や先生だと思っていた人がある日突然壊れちゃうなんて日常とは無縁だし、思考ってとても自由である。女の子だからと買ってもらえなかったプラレールを想像でどこまでも繋いでいけるし、じっくりと見れなくて教養のために速読で読んだ本や3倍速で見た映画をゆっくり思い出して、物語の細部や描写の意味を延々と解釈していられる。最近は神話ブームだ。エジプト神話にギリシャ神話、インド神話。同じ神様でも、神というものの捉え方が時代や地域で違っていて面白い。いつだったか私はドクター・ゼノに「神様なんてこれっぽっちも信じていない」とは言ったけれど、神話のことを考えるのは好きだ。というわけで、今日はメキシコにしよう。メキシコ神話の神様も独特で良い。
ああ、なんて自由なんだろう!できればずっとこうして思考の海に浸っていたい。
「嫌だああああ!ナマエちゃんっ、ナマエちゃんはずっと石のままでいたいんだっ!」
「だーかーらー、さっきゼノ先生も言ったろ!?本人がそう言ったら石に戻せばいいじゃねーか!」
真っ暗がどこまでも広がっていた世界の端にヒビが入り、聞き覚えのある騒がしさと一緒に眩しい光が差していった。
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