1週間だけの関係だから余計な気を持たれないように。
そう思っていたはずなのに、気づいたら深みにハマっていた自分に竜胆は愕然とした。1週間は気づけば終わっていて、1ヶ月だってあっという間に過ぎた。彼女の言う通り律儀に3ヶ月経ってからキスをして、もうすぐ半年が経つ。キスの先は1年待つものだと彼女は譲らなかったが、あと半年も待つのはキツイ。そもそもあと半年後には彼女はきっと大学生だ。大学へ行って話題の合うヤツが出てくれば、彼女はそっちへ靡くのかもしれない。我慢した挙げ句に知らない男に取られるのかと思うと、頭がおかしくなりそうだった。

六本木のカリスマがとんだ体たらくだ。一体いつから、こんなにズブズブと彼女にハマってしまったのだろう。
送ったメッセージに既読がつくのを待ちながら、竜胆は今までのことを思い出した。

最初は当たり前に面倒だと思っていた。
新作フラペチーノが食べたいに始まり、クレープが食べたいだとか、毎日のようにデートを要求してくる彼女に少しばかり厚かましさを感じた。けれど、いざデートをしてみれば「一緒に映りたい」とか言っていちいちポーズを指定してくるような面倒くささも、「ちょっと聞いてるの!?」などと文句を言いながらペラペラと自語りをするような鬱陶しさもない。ただ一緒にいて、気が向いたら会話して、駅まで送る。ただそれだけのデートだった。
本当ならつまらないに違いない時間なのに、彼女は相づちを打ったり、会話の間をちょうど良く持たせたりと、空気を読むということが恐ろしく上手だった。
ケンカの話をすると怖がるくせに好奇心を隠せずキラキラと光っている瞳。
頷くときにサラサラと揺れる黒髪。
意外と悪ノリも好きで、けらけらと笑いながらやや不謹慎なジョークを言うところ。
そんな些細なことの1つ1つがいいな、カワイイなと思い始めた頃には、手遅れだったのだろう。

ただ面倒だったはずのデートの要求も、「今日はどこへ行きたいと言うんだろう」と楽しみになっていて、終いにはクレープ屋だとかカフェだとか、いつでも行けるようなところを要求する彼女に「もっとワガママを言っていいのに」なんて思うところまできてしまっていた。思ったままを言ったら「期末が近いから図書室に行きたい」と返して来るものだから、竜胆は目を点にして停止した。
会員制のクラブに入れて欲しいとか、ブランドのアクセが欲しいとかじゃなく、図書室に行きたいと来た。六本木のカリスマが、図書室。似合わなすぎる。仲間に見られたらゲラゲラ笑われるに違いない。想像して頬がヒクヒクと引き攣るくらいには拒否反応の出る提案だったのに、放課後になったら彼女の隣で大人しく座り、読みもしない分厚い本を広げている自分がいる。一体自分は何をしているんだと竜胆は図書室の天井を見上げたが、今こうしていることが不思議と嫌ではなかった。
皆が背を丸め、机にかじりつくように勉強する中で、彼女の背中はピンと伸びている。内容の入ってこない机上に広げた本はそっちのけで、集中している彼女の横顔を頬杖をついて眺めてみる。巻き上げていない睫毛はよく見ると人形のように長く、時折落ちてくる横髪を細っこい指先で耳にかける仕草がほんのりと色っぽい。シャーペンを握る小さな手は白く柔らかそうで、その手でノートへ流麗に書かれていく字は教科書のように整っている。教科書よりもほんの少しだけ丸っこく、はらいが控えめな字に女子らしさが垣間見えてかわいい。字ですらかわいく思えてくるなんて末期だ。
小声で「竜胆くん、集中しにくいです」とちっとも怖くないしょぼいメンチを切りながら注意してくる彼女は、やっぱり可愛かった。

そんなワケで1週間なんてあっという間に過ぎて行った。始まりが罰ゲームで、期限付きだなんてことは仲間に「調子はどうだー?」と聞かれるまですっかり吹っ飛んでいた。
今更罰ゲームでしたなんて言って別れを切り出されてはたまらない。
顔を青褪めさせて焦った竜胆は、事の発端を知っている仲間たちに彼女の前で口を滑らせないよう、軽い関節技の脅し混じりに固く口止めして、1ヶ月、2ヶ月と過ぎていく時間を彼女と過ごした。
いつまでも取れない敬語も、最初の一週間のような毎日のデートの誘いが無くなったことも、寂しかったし気にはなった。けれど、いじけながら彼女に文句を言ってみれば、敬語は「お付き合いをするのは初めてだから」、デートの誘いがまばらになったことは「付き合うのが初めてで、最初は少しはしゃぎすぎた」などとはにかみながら言うのだから、不満なんてたちまちに消えた。繕った愛想じゃないのが可愛い。淡々として見えたけれど実ははしゃいでいたのも可愛い。不満の占めていた胸に暖かい何かがこみ上げてくるので、「ああ、これが愛なのか」と竜胆は柄にもなく思ったりした。

 2ヶ月が過ぎて秋の盛りになるとさらに会えなくなり、彼女からのメッセージアプリの通知は減っていった。彼女に狂いっぱなしの竜胆はまたもやいじけて、「俺が大事じゃないのか」などとメンヘラ女のごとき女々しさで漏らしてもみたが、「夢があるから受験を頑張りたい」と希望の籠もったキラキラとした瞳で言われたら、子供じみた独占欲は飲み込むしかなかった。
彼女を愛しているから。理解あるオトナの彼氏として彼女を応援してやろうと思った。

 そして迎えた3か月目の放課後。甘いものに目がない彼女が好みそうな有名店のケーキとノンアルコールのシャンパンを用意して、竜胆は彼女を家に呼んだ。
DJブースをいじって、ここ数日選曲に悩み抜いた1曲目をかけると、いじるのを側で見ていた彼女は「おお、」と小さな歓声を上げた。どこをいじればどう動くのかと、真剣に選んだ曲を聞くよりも機械の仕組みの方に興味を示されたのはちょっぴり残念だったが、それも真面目で好奇心の強い彼女らしくて可愛いと、竜胆は小さな頭を眺めながら緩やかに破顔した。
 シャンパンゴールドの中で弾けては消えていく気泡を、星のように眺めている瞳。慣れない手つきでグラスの脚を持ち、ちびちびと飲む仕草。ひとくちが自分の10分の1くらいしかなさそうな小さな口。すぐ隣でそれを眺めていた竜胆は、「仕掛けるのは食べ終わってから」などと周到に練っていた作戦も忘れ、気づけば吸い寄せられるように彼女の唇へ口付けていた。
自分の唇に映ったクリームの甘さをぺろりと舐めながら目の前の彼女を見ると、これでもかと言うほど目を丸め、停止している彼女の姿があった。

「3か月、俺ケッコー頑張ったんだけど?」

ぱちくりと目を見開いたままの彼女に、自分で言って忘れているのかと「キスは3か月」の約束を持ち出すと、彼女はしおしおとソファの上で体育座りになった。

「竜胆くんはずるいです」
「ズルくねーよ。キッチリ約束守っただろ?」

自分の膝にでも話しかけているように身体を丸めている彼女に言ったが、返事は返ってこない。もしかして怒らせたかと不安を押し隠しながら彼女の様子を伺うと、さらさらの髪から覗く両耳が面白いくらい真っ赤に色づいていた。

「なあ、もっかいしたい」
「ダメです。今バリア中です」

顔をさらに埋めながら彼女が言う。頭が動くのと一緒に髪がさらりと流れ落ち、真っ赤なままの耳が露わになった。続きを急かすように唇を寄せると、てこでも動かなそうにしていた彼女が一瞬で顔を上げた。

「ひゃあッ!今、耳っ……!」
「バリア解除した?」
「してないっ!耳は卑怯です!」
「耳弱えーの?」
「耳に強さなんかあるんですか?……って、ひゃ……、な、何するんですか!」
「んー、力試し?」

耳に軽く息を吹きかけると、彼女はふるふると睫毛を震わせて、微かに身を捩った。どこかエロティックな姿に興奮を覚えていると、耳にフウウッと強い風が送られてきた。

「うおっ!?」
「お返しです。竜胆くんの方がびっくりしたから私の方が強いですね」

誇らしげに胸を張っている彼女に「ンなワケあるか」とか、「耳が弱いってそういう意味じゃねえから」とか、いろいろ言いたいことはあったが、竜胆は無防備になっている唇を啄んだ。

「バリア弱すぎね?……こっちはお返ししてくんねえの?」
「知らないっ!ケーキ食べる!」

珍しく幼児みたいなことを言って逃げた彼女に思わず笑うと、彼女は一丁前に怒ったような表情を向けながら、やけ食いのようにケーキをむしゃむしゃと食べ始めた。威嚇のような睨み顔は全く怖くないし、やけ食いのような食べ方なのに小さな小さな一口のせいで迫力も全くない。ここに来て初めて敬語が取れた嬉しさも相まって、竜胆は彼女のまろやかな頬にキスを送った。

「自分でも引くくらいお前のコト好きだわ。俺今スゲー幸せ」
「……竜胆くんはやっぱりずるいです」

スローテンポの音楽に、光を抑えた照明。仲間たちと夜通しでパーティーに興じる時の煌びやかさはないのに、隣に彼女がいるというだけで、不思議と竜胆は満たされていた。
例えいつもの敬語が戻ってきていて、同じだけの「好き」の言葉が返って来なくても、この時は幸せだと思っていた。
  

そう、それが3ヶ月前で、もうすぐちょうど半年。未だに通知のならない携帯はベッドサイドに置いて、竜胆は自慰に耽っていた。機嫌を取りながら適当に捕まえた女を抱くよりも、まだ見たことのない彼女の痴態を想像しながら一人でスる方が、竜胆は遥かに昂ぶった。

「クソッ!なんであの時――」

キスは3ヶ月、それ以上は1年先なんて約束にあっさりと頷いてしまったのか。
過去の自分へのイラつきと共に何回目かの吐精をして、未だに画面の中で女優が五月蝿く喘いでいるテレビを消す。襲ってくる虚無のままベッドに横たわると、携帯の通知が鳴った。彼女からの返事だった。

『合格しました。竜胆くんに会いたいです』
「マジか……!」

ベッドから身を起こし、手ぐしで髪を整えながら電話ボタンをタップする。

「もしもし、竜胆くん?」
「合格ってマジ!?」
「マジです。竜胆くんには会ってお話したいんですけど、今日は夜遅いので……」
「じゃあ明日は!?」

竜胆はつい食い気味で答えた。このところ、学校へ行っても受験対策コースの彼女とは移動教室でほとんど会えないし、連絡だってほとんど無かった。夜の駅までの送り迎えは自分の役目で、その時ばかりは2人きりになれたしキスだって出来たが、今の竜胆はもう、それくらいのことでは満足できなかった。
受験とかいう2人のジャマをするものがなくなったのだ。これまでずっと我慢した分、2人の時間を増やそう。メッセージアプリの連絡も増やそう。彼女が大学生になったら一緒にクラブに行くのもいいかもしれない。
まずは明日、合格祝いのパーティーを2人きりでして、溶けるほどにキスをして、それから――。

「キスは3ヶ月、それ以上は1年」と彼女は言ったが、あわよくば。

欲望と期待と愛情と。
持て余す程に大きなそれらの感情が綯い交ぜになったまま、竜胆は明日の準備のためにクローゼットを開けた。



家へ呼んだ彼女は相変わらずDJブースを物珍し気に見て、その後大窓の方へ駆けて行って下を見降ろした。大人びた横顔に、長い睫毛が伏せがちになっているのが物憂げで綺麗だった。

「何考えてんの」
「家のことを」
「えっ、もしかしてこっから見える!?どの辺?」

彼女の育った場所すら愛しく思えて、竜胆は彼女の視線の先を探した。豆粒みたいな家が押し込めたように並んでいるが、どれが彼女の家なんだろう。見慣れてただの背景と化していたはずの景色が、ここまで楽しいものに思えてくるのだから不思議だと、彼女のすっきりと整った横顔を盗み見ながら思った。

「……見えませんよ。私の家、こっち方向じゃないので」

きゅっと寂し気に瞬きをした彼女は、窓に指紋がついてしまったことを申し訳なさそうに謝りながらそっと窓の側から離れていった。光の具合によっては見えなくもない小さな手形。兄なら怒るかもしれないが、彼女が今ここにいる証のようで嬉しく、竜胆はその跡に自分の手をそっと重ねた。
電話の時の弾んだ声と違って、彼女は口数が少なく、元気が無い様子だった。広くどこか寒々しいリビングがいけないのかもしれないと、竜胆は細い肩を抱いて彼女を部屋に招いた。適当に座ってと言いながらベッドに腰を降ろし、隣を叩く。遠慮がちにそこへ座った彼女はバランスを取れずに後ろへと転がった。

「っぶね、」

背中を支え、ベッドの端にぶつけないように頭を守る。
咄嗟のことだった。
他意なんて一切無かったのに、竜胆は目下に広がった光景にごくりと息を飲んだ。

ベッドの上に無造作に広がる艶やかな黒髪。
不安げに己を見つめる黒目がちな瞳。
女子らしい、丸みのある小さく華奢な身体。

ほのかな柔軟剤の混じった、彼女の匂いにドキドキしながら、竜胆はがむしゃらに、余裕のないキスをした。唇を押し付けて、歯列をぬるりとなぞってこじ開けて、逃げようとする小さな舌を絡めて吸い上げる。
角度を変えて、何度も、何度も。

「なあ、ダメ?」

深いキスで息が乱れ、トロリと表情の蕩けている彼女へ、竜胆は切ない顔で言った。

「そういうことは1年経ってからです」
「ムリ。これ以上ガマンできねエ」

行きずりの美女とワンナイトをキメたことだってあるのに、彼女とのキスは3か月待って、メッセージが少ないのも受験だからと我慢して、ぶつける先のない性欲は自分の処理で我慢した。
我慢我慢、我慢。
もう十分、我慢した。

「竜胆くん」

小さな声で彼女が名を呼び、ちゅ、と控えめなリップ音を立ててキスをした。
初めての、彼女からのキスだった。

「マジで愛してる。お前のこと、一生大切にすっから」

彼女の柔らかくて小さな身体を抱きしめながら竜胆は言った。きっとどこかの誰かも口にしたことがある、ありふれた台詞。けれど竜胆は本気だった。「愛してる」と、「一生大切にする」と、本気で思っていた。
本気で、思っていた。彼女もそうだろうと、疑うことすらしないまま、竜胆は彼女を抱いた。
この時が竜胆のこれまでの人生で最大の、幸福にあふれた瞬間だった。


微睡む竜胆の身体を、心地良い気怠さが支配していた。
今まで感じたことのない、指の先まで天の美酒に浸るような満足を感じながら、手元にあるはずのものをたぐり寄せる動作をして――竜胆は直ぐさま身を起こした。
隣にあったはずの愛しい人のぬくもりは消え、夢幻だったかのように彼女の姿は部屋から忽然と消えている。竜胆はこれまでの人生で一番乱暴に部屋のドアを開けた。
結ばれた人の名前を呼んでもその人の返事はなく、返ってきたのは兄の声だった。

「女だったら帰ったぞー?」
「兄ちゃん!?なんで止めてくんねーんだよ!!」
「なんでー?ただのセフレだろー?」
「ハ!?本カノだっつーの!」
「えー?」

そうは見えなかったケドぉーと間伸びした声で、人差し指をあごに添えて小首を傾げるポーズをつけて言う兄に竜胆はブチブチと血管の切れるほどの怒りを覚えたが、次いでスンと冷静になった。
兄は本当の愛を知らないのだ。適当な女と適当に遊んで、適当に別れていく兄に、本気で愛し合っている自分たちのことなんて分からない。だから、怒っても仕方がないのだと、竜胆は構えようとした拳を下ろし、ポケットに入った携帯を取り出した。
繋がらない電話に不安を覚えながら外へ出ようとすると、メッセージアプリの気の抜けた音が部屋に響いた。彼女の名前と、「門限だから帰りました」の一言が通知画面にぽんと並ぶ。

「……本カノ冷たくね?」
「マジメなんだよ。ベンキョーだって頑張ってた」
「へー、スゲー」

ちっともスゲェと思ってなさそうな兄の適当な口ぶりにムッとしながら部屋に戻り、竜胆はもう一度電話をかけた。
「眠いのでまた明日」と文字で返って来たメッセージに、竜胆は言いようのない不安を覚えた。いつまでも取れない敬語も、自分から好きだと言ってくれないのも、真面目で恥ずかしがり屋だから。会う時間を中々作ってくれないのは、勉強で忙しいから。今まで彼女の言ったことをただ信じて、可愛いと思っていられたのに。
どうして、何がこんなにも不安なんだろう。
湧き上がってくる不安を打ち消すように、彼女の身体を気遣うメッセージを入れた後、竜胆は「好き」の二文字を送った。これで彼女からも愛の言葉が返って来れば、竜胆は安心することができた。
しかしその晩、既読のついたメッセージに返信が来ることはなかった。

次の日も、彼女から返信が来ることはなかった。
何かまずかったのかと朝、いつもより早い時間に駅に立っていたというのに、いつまで経っても彼女は姿を現さなかった。
すれ違ってしまったのかと一人で学校へ行ってみても、隣の席は空白だった。受験のピークは一通り過ぎたらしく、ピリピリとした空気は抜けて、教室の中は来たいヤツだけが何となく来て適当につるんでいるだけのつまらない空間になっていた。隣に彼女がいないならこんなとこ居てもムダだと廊下へ出ると、移動教室の度に自分から彼女を奪って行った女たちが歩いているのが目に入った。

「なあ、アイツ今日来てねーんだけど、なんか知らね?」

女たちがえ、という顔をして、キョトンと不思議そうに顔を見合わせている。ほんの少し気の強そうな顔をしている方が、言いにくそうに口を開いた。

「あの、もう来ないと思うよ。だって——」

彼女の友人が口にした言葉を聞いた瞬間、竜胆は学校を出て街へ飛び出した。
彼女にカッコ悪いとかダサいとか、気持ち悪いとか思われたくない。そんな体裁はどうでも良くなって、何回も何回も彼女へ電話を入れた。
そして3度を超えた何回目かの通話に、彼女の妙にすっきりとした「もしもし?」の声が返って来たことで、竜胆は抑えていた感情が溢れ出すかのように焦った声で聞いた。

「お前、今どこいんだよ!?」
「家ですけど。受験が終わったから、もう特に行かなくても大丈夫なんです」
「そ、か。じゃあ今から遊びに行かね?今までベンキョーばっかでどこも行けなかったろ?」
「あいにくですけど、今度は入学の準備があるので」
「そのことなんだけどさ、」

彼女の友人が口にしていたこと。それを否定して欲しいと思いながら、竜胆は続きを口にした。

「嘘、だよな?海外の大学に行くって——」
「ええっ、誰がそんなこと言ったんですか?」
「そ、だよな。お前T大行くって」
「内緒だからねって言ったのに」
「は——?」

“内緒だからね?”
それはつまり海外に行くっていうのは本当で。え?

「俺は?」
「はい?」
「俺は遠恋しなきゃなんねーの?」
「エンレン?」
「遠距離恋愛!お前が海外ならそーいうことになんだろ!?」
「はあ……」

他人事のような抜けた相槌に竜胆はカッと腹が熱くなるのを感じた。たった昨日、溶けるほどに愛し合って、これからもっともっと深め合う時期のはずなのに。「真面目だから」では到底片付けられない淡白さに、竜胆は街中ということも忘れて声を荒げた。

「真剣に考えろよ!お前、俺と一緒に居たいとか思わないワケ!?」
「逆に竜胆くんは私と一緒に居たいんですか?」
「は!?トーゼンだろ!昨日だってあんなに……」

あんなに、愛し合ったじゃないか。
我慢はきかなかったが、それでも大事に抱いた。一生の相手だと、優しく、大切に。小さな手で一生懸命に抱きしめ返してくれた彼女には、確かに伝わったはずだ。
通じ合ったはずだ。愛し合ったはずだ。伝わっていないはずがない。
なのにどうしてだろう。ドッドッと心臓が嫌に低く早鐘を打つ。嫌な予感を覚えていると、ふう、と彼女が短い溜め息をついたのが電話越しに聞こえて来た。

「竜胆くん。次は何ですか」
「次——?」
「1週間付き合って、キスして、セックスしました。罰ゲーム、まだ続くんですか?」
「は!?何だよ罰ゲームって、」
「知りませんよ。竜胆くんたちが言い出したんじゃないですか」
「は?そんなコト——」

竜胆は目を見開き、息を飲んだ。
1週間、付き合う、罰ゲーム。
彼女の口にした言葉からキーワードを拾い上げ、半年前に校舎裏でトランプを片手にしていた時の自分を思い出す。

いつまで経っても取れない敬語、勉強を理由に減らされるメッセージやデートの回数、いつも彼女からは口にして貰えない愛の言葉。
点と点がつながって、一本の線になっていく。「いつから知っていたのか」なんて聞く意味がない。彼女は最初から、あの告白が茶番だと気づいていた。
そしてこれまで付き合っている間も、罰ゲームだと思って——。

「なあ、違うんだ」
「竜胆くん家の綺麗な窓から私の家が見えないのを見て確信しました」
「ッ、聞いてくれよ」
「竜胆くんたちにとって、私なんていてもいなくても困らないゲームのコマと一緒なんだなって」
「違げェよ、そんなんじゃない!な、会って話そ」

最初がダメだっただけだ。最初が致命的に真面目な彼女にとってダメだっただけで、会って話せば分かって貰えるはずだ。
そうだ、まず最初に謝ろう。自分が謝ってダメなら、あの時一緒に居た他の奴らも並べて謝らせよう。デートだって気に食わなかったなら全部やり直す。キスは3ヶ月待てというならまた3ヶ月待つし、セックスだって今度は1年絶対に待つ。
みっともなくても良いから、本気だと信じて貰えるようにするから付き合ってと、会って頼んでみよう。
そうすれば——。

「はあ。これ以上貴方達の暇つぶしに付き合うつもり、ないんです」
「なあ、本当に違げェから、謝るから。会ってくれよ。俺は本当にお前を愛——」
「しつこい。家まで会いに来れるならご自由に」

今までの淡白な口調がいっそ穏やかなものだったと思えるほどの冷めきった声で、無情に通話が切られる。切れた通話の無機質な音を聞きながら、竜胆は色を失っていく世界の中に愕然と立ち尽くした。

「家まで会いに来れるなら」。出来るわけがないとタカを括った口調で言った彼女の淡々とした声が、いつまでも竜胆の頭の中に響いていた。



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登場人物設定
主人公:金髪碧眼の女。愛読書はハリーポッター。
竜胆:愛読書はハリーポッター。好きなキャラはヴォルデモート。スネイプはあんまり好きじゃない。


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YA'ABURNEE



登場人物設定
主人公:金髪碧眼の女。愛読書はハリーポッター。
ゼノ:本名ゼノディウス。火星からやってきた知的生命体で、火星に帰るためにNASAで研究をしている宇宙人。最も愛する相手には俺様口調になり、一人称も俺様になる。同じく火星出身の友人・スタンリーと人類抹殺を目論んでいる。
SAI:インド人。数学者なので引きこもりだと思われがちだが、ガンジス川で泳ぐアクティブな趣味を持っている。愛読書はハリーポッター。


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