日本の空港は醤油の匂いがする。
4年ぶりの故郷の空気が肺に満ちていくのと一緒に、誰が言い出したのか分からない定説が頭に浮かぶ。醤油なのか味噌汁なのかは分からないけれど、嗅ぎ慣れたふるさとの匂いがした。当たり前すぎて、旅立つ時には分からなかった匂いだ。
「あの時はそれどころじゃなかったもんなあ……」
卒業式まで待つこと無く、入学準備を言い訳にして、彼から逃げるように旅立った。
当時は苦くて仕方なかったはずの記憶も、今は青春の1ページとして微笑ましく思い出せる。あの時の自分はどうでもいいことに意地を張って、正しいと感じることに対してひたすらに頑なだった。
あの時の彼ーー灰谷竜胆くんは、元気だろうか。
隣の席の灰谷竜胆は纏う空気が違っていた。スター性とかカリスマとか言われるような何かを持っている人だった。
金持ちばかりの学校の中でおそらく一際金持ちで、アイドルと遜色ない可愛げのある美形で、「一声かければ100人集まる」とまことしやかに語られるくらい友達が多い。自分がいかに凡人に過ぎないか、それを嫌というほど思い知らせてくる彼のことが大嫌いだった。普通に歩いているだけで周りの空気はキラキラしていて、ただでさえ芸能人じみて整った顔から生まれる笑顔は誰だって好きになってしまう愛嬌がある。両親の言うところの「堅実な努力」をしても、彼のような「持って生まれた人」には到底追いつけない。彼が隣を歩き、人懐こく話しかけて来る度に私は理不尽な現実という避けようのない暴力に晒された。無自覚に私のプライドを傷つけて、無邪気に振る舞う灰谷竜胆の無神経さが大嫌いだった。八つ当たりでしかないのだけれど、とにかくそうだった。
……大嫌いだった。彼が笑顔を向け、真っ直ぐな愛の言葉を吐いてくる度に「絶対に絆されてなんかやるものか」と強く思った。
でも今思えば、あれはちっぽけな自分を守るために張った意地だった。本当はきっと、私は彼のことが——。
「すみません」
「いや、俺こそ、って」
引いていたキャリーケースが何かにぶつかったので振り向くと、薄萌葱色にストライプの走ったスーツを纏った紫色の長髪という、なんとも派手な格好の男が立っていた。咄嗟に謝り、頭を下げると、男が私の名前を戸惑ったように呼んだ。
どこか聞き覚えのある声に、あまり見もせずに通り過ぎようとした男の顔をもう一度よく見上げた。
ぱっちりとした二重の垂れ目がちな瞳に、凛々しげな山なりの眉。筋の通った鼻や形の良い唇は精巧な人形のように整っている。キラキラと輝く空色混じりの金髪は紫色に染められて見る影も無くなってしまったが、間違えるはずがない。
「竜胆くん……」
「おー。久しぶり。元気?」
学生時代、嫌いで仕方のなかった男、灰谷竜胆は記憶よりも幾分かぎこちない様子で声をかけてきた。
学生時代にはなかった緊張したような態度と、機嫌を伺うような視線。彼にそれらを向けられて、胸の奥にずっとにわだかまりとして残っていた罪悪感めいた何かがささくれを剥くように刺激された。
「四年前はごめんね。ちょっとやり過ぎた」
「あー、元は俺が悪かったし……。まあ、ケッコー傷ついたけどな」
「ん、ごめん」
「仲直りってことでメシでも行かね?ウマいとこ奢るぜ」
荷物もあるし、疲れたから帰ってゆっくりしたい。けれど彼の「ウマいとこ」のチョイスは絶対美味しいに決まっている。久しぶりに日本の美味しいご飯が食べたい。
直帰とご飯の間で揺れ動いていると、お腹がきゅるると鳴った。
「決まりだな。疲れてんだろ?荷物貸せよ」
「いいよ、さすがにそこまでは……」
「遠慮すんなって。大した距離じゃねーし」
「ありがと、竜胆くん」
お礼を言うと、灰谷竜胆——竜胆くんは嬉しそうに「へへっ」と笑った。少年のように無邪気な、愛嬌のある笑顔。学生時代に嫌で嫌で仕方なかったはずの彼の笑顔は、頑なに張っていた意地のなくなった今見ると、自然とこちらも笑みがこぼれるような微笑ましいものだった。
ナンパ師なんて比べものにならない程スマートに誘ってくれるものだから、「竜胆くんはなぜ空港に?」という当たり前の疑問を、この時の私は抱きすらせずに彼の横をほんの少し懐かしく思いながら呑気に歩いていた。
「美味しい!やっぱり竜胆くんのご飯のセンスって間違いないね」
「酒の方も自信あるけど?竜胆くんオススメペアリング、試してみたくねえ?」
「試したいです竜胆くん!」
居酒屋にしては洗練されていて、料亭にしてはアットホームでこじんまりとしている。竜胆くんに連れられて来た店は日常から離れた隠れ家のようなところで、彼が自宅のような気軽さでカラカラと引き戸を開けるのを、後ろからドキドキしながら着いて行った。そうやってソワソワと落ち着かない気持ちで入ったのが数十分前の出来事で、今は。
「美味しい!日本酒って美味しいねえ、竜胆くん」
「だろ!?それ飲んだらコッチ食ってみて!マジでウマいから!」
昔からの友人みたいな距離感に馴れ馴れしさや違和感なんて一切感じないまま、気づけば一緒のお酒を勧められるまま飲んでいた。彼の根っからの陽気な部分に引っ張られているのか、まるで誕生日パーティーでも開かれているみたいに楽しい。好みにピッタリと合った料理やお酒が次々と出てきて、つまらなそうな顔で聞かれても仕方がない、大学での日常の話を取り留めなく喋っていても、竜胆くんはちょっと大げさなくらいに反応しながら聞いてくれる。
自分がどんなに努力しても持ち得ない、自然体な人当たりの良さ。学生時代は妬ましくて仕方なかったそれを、今なら純粋な気持ちで褒めることができる。
「竜胆くんの人を元気にする力ってすごいよね」
「酔ってる?そういうこと言うの珍しくね?」
「あー……。学生時代は竜胆くんのこと嫌いだったから……」
「そうだよな。悪シュミなことしたってマジで反省してる」
「違うの。私、その前から竜胆くんが嫌いだった」
「え?」
酒が入ったせいかトロンとした目が、驚いたように見開かれた。自分が嫌われているかもなんて一度も考えたことがない人のリアクション。学生時代だったら「そういうところだよ」と鼻白んだに違いない。
目立ちすぎていじめられないように、地味すぎてバカにされないように。そうやって、こっちが必死で頑張っていることが些細なことだと言わんばかりに自分の道を自由に進んで行く。そんな彼が妬ましくて、何をしても輝いている彼が羨ましかった。
「竜胆くんはイケメンでセンスが良くて、お友達がたくさんいる。でもそれを鼻にかけたりしないし、一緒にいてすごく楽しい」
「めっちゃ褒めてくれるじゃん。ヤベー、なんかテレるわ」
「そういうキラキラしたとこが全部嫌いだった」
「いきなりめっちゃ落とすじゃん。え、マジでどゆこと?」
「学生時代の私は根暗で卑屈で拗らせてて、面倒臭い奴だった、って話」
海賊漫画のトナカイみたいにテレテレと頬を染めていた竜胆くんは一転、半分据わった目でぽかりと口を半開きにした。
間の抜けた表情なのに、尋問官のような妙な圧がある。そんな竜胆くんの視線と漂う静寂は何となく居心地が悪く、喉が渇いている訳でもないのにお猪口をくいと傾けた。
「なんであの時OKしてくれたの?俺のコト、嫌いだったんだろ」
「うーん……。言っても竜胆くんは分からないと思う」
「聞きたい」
真っ直ぐに、竜胆くんの大きくてガラスのように澄んだ瞳が見つめてくる。こういうところが癇に障ったんだよな、と記憶を呼び起こしながら、当時の気持ちを吐き出すことにした。
「まずね、竜胆くんがキラキラしてる分、何もない自分が惨めに思えた。だから竜胆くんが嫌いだった」
「え!?俺何も悪くなくね!?」
「うん。竜胆くんは悪くない。私は、竜胆くんじゃなくて、竜胆くんを通して見える自分が嫌いだった」
「は!?ンだよ、それ」
「だから竜胆くんには分からないよって言ったでしょ」
少しあざとく見える計算のない困り顔に、こちらが困ってしまう。この自分の中のどうしようもない卑屈さが全てのスタートなのに、これが分からないのでは説明のしようがない。けれど、どうせ全然分からないのなら——私の小ささや汚さを理解されずに済むのなら、かえって話しやすい気がした。
「竜胆くんの告白をOKしたのはね、ただの意地悪だよ」
「イジワル?ご褒美だったけど?」
「それは残念。私は竜胆くんに嫌な思いをさせてやろうって、そればっか考えてたのに」
「本当に?俺と付き合ってる間、ホントにそれだけだった?」
半泣きみたいにちょっぴりグズついた声が、個室の中で切実そうに響く。縋るような上目遣いが肯定を求めていないことは明らかだった。ここで「そんなことがない」なんて言ったら、彼に根負けして望む答えを言わされたようで、学生時代の私には、きっとそれが耐えがたいことだった。あの頃の私なら、甘え慣れたその態度へのイラつきで、にべもなく「はい、それだけです」と切り捨てたに違いない。けれど、変に尖ったプライドが無くなった今、私は自分の気持ちを少しは素直に口に出せるようになったから。
「まさか。意地悪だけでキスとかしないよ。流石に」
拗らせに拗らせていた私は竜胆くんを目の敵にはしていたけれど、流石にそれだけでキスやその先を許してしまうほど、貞操観念や常識のようなものは狂ってはいなかった。
「ズリィ。ンなこと言われたら期待すんだけど?」
私の唇の辺りをジッと見ながら、竜胆くんは自分の唇に親指を当てて恨めしそうに言った。彼から出た「ズルい」の一言に、私はつい吹き出してしまった。
「ふふっ。ズルいって……。竜胆くんでもそういう風に思うんだね」
「別に。そんくらい思うだろ。お前ン中の俺、どうなってんの」
ムッとしたのを隠しもせずに、竜胆くんは恨めしそうなぶすくれ顔のまま見つめてくる。酔いのせいか瞳が潤んでいて、睨んでいる顔はちょっぴり可愛いものになっていた。まったく、狡いのはどちらだろう。
「っふふ。ちょっと嬉しい」
「何がだよ」
「竜胆くんが私をズルいって思ってくれて」
「俺にズルいって思われてエの?」
「そうだね。あの頃は、私ばっかりそう思ってたから。1回くらい、竜胆くんが思ってくれたっていいでしょ?」
「ハー?俺ズルなんかしたこと無くね!?」
「したよ、いっぱい。竜胆くんはズルいことばっか。ほんと嫌いだった」
「聞くの怖ェんだけど、例えばどの辺?」
本当に怖いと思っているのかいまいち判然としない、なんとも言えない表情で彼は言った。適度に気の抜けた竜胆くんらしい表情と言われればそうも見えるし、何か覚悟を決めたようなスッキリとした表情と言われればそうも見えるような、不思議な顔だった。
私が一方的に味わっていたはずの不公平感を竜胆くんにも味わわせることの出来た薄暗い高揚感に満足を覚えていた私は、その表情の意味することを理解しないまま「これまでの竜胆くんのズル」を挙げつらった。
「まず都心育ちでいちいちセンスがいいことでしょ」
「ウン?」
「水色混じりの金髪なんてトチ狂った髪も似合っててお洒落だった。センスだけじゃなくて、元の顔の良さもあるんだろうけど」
「えーと?」
「ブランド品を身につけてても『背伸びしてます』みたいな感じがなくて自然だったし、真っ白な歯で笑っても胡散臭さとか全然なかった。他のチャラチャラしてる人と、竜胆くんは違ってた」
「もしもーし?酔ってる?俺のズルのハナシは???」
「……は?」
私がせっかく竜胆くんの狡いところを話しているのに、当の本人の竜胆くんは、「どこがズルいの?」と言わんばかりなキョトン顔を浮かべていた。
あ、こういうところ。
そう思うのと一緒に、プツンと自分の中で何かが切れる音がした。
「そういうところですよ、竜胆くん」
ほんの少しふらつく足で立ち上がり、私は向かいの席から竜胆くんのすぐ隣へと移動して、竜胆くんを見下ろした。困惑気味にこちらを見上げる竜胆くんと視線を合わせるようにしゃがみ込む。綺麗に締められたネクタイの結び目がやけに目について、私は竜胆くんの襟元を両手で掴み上げた。
「そういうところ、全部狡い。沢山の友達とか、センスとか、私には無いものを当たり前みたいな顔で持ってて!でも竜胆くんはそれを自慢したり、“持っていない”私を見下したりしなかった。そんなの、……狡いじゃない」
ネクタイをぐいと引っ張り、筋肉のしっかりとした胸を叩く。こんなの子どもの癇癪だと分かっているのに止まらなかった。
「お、落ち着けって」
「竜胆くんは私よりも恵まれていて、人としても優秀で。……勝手に比べて、妬んで、私ばっかり惨めで、汚かった」
涙腺が緩んで、情けない涙声が出た。
竜胆くんが他のチャラついた金持ち同級生みたいに、親の金で肥え太った豚のくせして人の努力を冷笑して見下すような奴だったなら、どれだけ良かったか。そうだったなら、私は相手の汚さに憤っていれば良く、自分の汚さなんかに目を向けずに済んだのに。
不満の限りをぶつけるように強く握っていたのに、手を離してみると竜胆くんの襟には皺ひとつ残っていなかった。
「ンだよそれ。ってかお前は汚くねーだろ」
「汚いよ。竜胆くんをいかに煩わせるかが趣味の陰湿根暗女だった」
「そう聞くとヤベーけど」
「でしょ。『竜胆くんがどこで根を上げるかゲーム』を1人で開催してたからね、あの時」
「マジか……」
「うん。なのに1週間経っても普通に駅に迎えに来てるし、罰ゲームのカミングアウトもしてこないからびっくりした」
あれは本当に驚いた。
1週間、気づけば彼を目で追っている自分が悔しくなったし、視線が合うと少し照れ臭そうに手を振ってくる彼に「絶対に絆されてなんかやるもんか」と思った。思いつく限りの出費が多いデート先は「もっとワガママ言っていいんだぜ?」と言われて屈辱だったし、嫌がらせのためだけにこまめに送っていたメッセージは返事が遅いと気持ちがソワソワしてしまった。
「そうだ、無視すればいいんだ」と決行した図書室デートでは放置する予定だった灰谷竜胆にジロジロと見られて落ち着かず、結局私ばかりが彼の言動に踊らされていた。当の本人は私の気持ちなんか知りもせずに少年のような笑顔を向けてくるものだから、——私は全てが嫌になった。
罰ゲームで告白なんてひどいことをしたのは竜胆くんの方なのに。悪意のかけらもない笑顔を向けてくるものだから、竜胆くんが恋人ごっこに根を上げたところをほくそ笑んでやろうと思っている自分の方が嫌な奴に思えた。一緒にいればいるほど、竜胆くんがイイ奴だということも、自分の手の届く範囲の人ではないことも分かって、ちょっとやそっとの努力ではどうにもならない小さな自分のことが嫌になった。こうやって私のことを惨めな気持ちにさせておいて、そうとは知らずに気の良さそうな友達と連んで楽しそうにしている竜胆くんが嫌いだった。さも私たちが対等かのように当たり前の顔で隣に並び立つ竜胆くんのことはもっと嫌いだった。
早く1週間なんて終わって、灰谷竜胆という存在が視界から消えればいいと思った。
だから、1週間が過ぎた日の登校は晴れやかな気持ちだったというのに。改札を抜けたときに昔からの友人のように声をかけてきた竜胆くんを見た時の私の気持ちなんて、きっと彼には一生分からないだろう。
お猪口がいつの間にか空になっている。酒を注ぎ足そうところんと可愛らしいフォルムの徳利へ手を伸ばすと、筋骨のしっかりとした竜胆くんの手が先にそれを掴んだ。
「あン時にはもうマジ惚れしてた」
竜胆くんの声はこんなに低く、色っぽかっただろうか。彼の手にとぷりとぷりと注がれていく酒をあても無く見つめながら、ぼんやりとそう思う。次いで、今変な言葉が聞こえはしなかったかと首を傾げた。
「あン時?マジ惚れ?」
「ン。1週間経つ頃には、お前のことが好きになってた」
“お前のことが好きになってた。”
竜胆くんから自分に向けられたその言葉は、聞いたことのない呪文のようだった。真剣な目から逃れようとお猪口を手に取ると、縁のギリギリまで注がれていた酒がちゃぷりと揺れて親指の付け根あたりへ溢れた。
おしぼりで拭こうとすると、酒の溢れたところごと、竜胆くんの大きな手が私の手を包むように掴んだ。
「逃げんな」
「別に、逃げてないし」
「フーン」
竜胆くんに腕をぐいと引っ張られる。思えば、竜胆くんは暴走族だとか少年院に行っていたとか、穏やかでない噂もあったけれど、乱暴なことをされたことは一度もなかった。
なんて学生時代のことをぼんやりと思い出していると、竜胆くんの赤い舌がちろりと覗いて、私の手の甲の酒のかかったあたりをぴちゃりと舐めた。
「え、や……」
「逃げんなっつってんだろ」
ぴちゃぴちゃと小さかったはずの水音が、どんどん大きく、早くなっていく。
「ねえ、竜胆くん」
名前を呼ぶと、舌の動きを止めないまま、竜胆くんの瞳だけがこちらを向いた。怒っているような表情に思わずビクついていると、ぴちゃり、と音を立てて竜胆くんの舌が離れていった。離れるときに手の甲と舌を繋ぐ透明な糸がつうと伸びて、切なげにぷつりと切れた。
恥ずかしさで顔にみるみる熱が集まってくる。竜胆くんは大事な勝負をしかけるような真剣な目で私のことを見つめている。情欲がすぐそこにある艶かしさが恥ずかしくて仕方がないのに、目の前の竜胆くんから目を逸らすことができなかった。
「俺はずうっとお前のことが好き」
すぐ耳元でさ囁いているかのように、竜胆くんの低い声が鼓膜をくすぐる。
「……やっぱり、竜胆くんはズルい」
久々に会った元カレと盛り上がってそのまま。そんなドラマみたいな安い女になりたくないのに。
ここで首を横に触れない自分が悔しい。竜胆くんを嫌いになろうとしてもいつも竜胆くんのペースに乗せられてしまうチョロい自分が嫌い。私の悔しさも自己嫌悪もきっと分からない竜胆くんが憎らしい。
けれど、私には拒めない。だって私は、竜胆くんのことが――。
「私も、竜胆くんのことがずっと好き」
そう。ずっと、ずっと好きだった。
告白に頷いて困らせてやろうと思ったのは、ちっぽけな私の存在を少しでも彼の中に残したかったから。キスしたのも、セックスしたのも、灰谷竜胆というカリスマの人生を構築する一欠片になりたかったからだ。
「ホントか確かめさせて」
竜胆くんがそっと背に腕を回して囁いてくる。ここで「ダメです」と言われるとは微塵も思っていないあたり、やっぱり竜胆くんはズルい人だ。
やられっぱなしは悔しい。やっぱりちょっとくらい意地悪でもしてみようかと、竜胆くんの唇をからかうようにほんの少し舐めてみた。竜胆くんの背に回った手がぴくりと動いた感触に「へへっどうだ!」とちょっとスッキリしていると、背に回されていた腕がぎゅっと強くなって、竜胆くんの人形めいて整った顔が近づいてきた。
「んっ……!」
「ズルいのは、どっちだよ――!」
キスの角度を変えながら、竜胆くんが責めるような声音で言った。口端から溢れそうになる唾液を飲み込みながら何とか息をする。「ズルいのは絶対に竜胆くんの方です」と学生時代の私が頭の中で冷静に言い返しているのに、どうしてか頭がふわふわしてうまく口に出すことが出来なかった。潰れるほどの量は飲んでいないはずなのに。
「絶ッ対ェ逃がさねえからな」
遠のいていく意識の中で、学生時代とは違う、竜胆くんの低い声が聞こえた。