やってしまった。
隣に横たわる、アーティストのPVに出てきそうな美しい寝顔に激しい後悔が襲ってくる。学生時代の自分が見たら軽蔑するに違いない自分のチョロさに、自己嫌悪が湧いてきて頭を抱えた。

さて、これからどうしよう。竜胆くんを起こさないようにそろりと起き上がりながら考える。
結ばれてハッピーエンド、おめでとう!とはならないのが現実だ。都心のど真ん中、六本木のタワマンにお住まいの灰谷さんと、親が学費に頭を悩ませながら私立に通っていた私。生活レベルが合う訳がない。
竜胆くんのことは好きだけれど、それはそれ、これはこれ。結婚とか将来となると竜胆くんは論外だ。

「竜胆くん、好きだったよ」

荒れもくすみもない綺麗な頬にキスをして、ベッドの端や床に散乱している服を元通りに着ていく。

学生時代は中々別れる気配の無かった竜胆くんに、「罰ゲームの内容が自分の立ち聞きしてしまったときと変わったのかも?」と思って、竜胆くんがキスしてくるまで付き合い続けた。キスをしても、竜胆くんは別れを言い出して来なかった。
そうすると残りはセックスかと、普通の男の子みたいに遠慮がちに「ダメ?」と聞いてきた竜胆くんにたかが罰ゲーム相手によくそんな顔ができるよね、と言いたいのを抑えて流れのままセックスした。
最中、「一生大切にするから」と切実な声で言われる度に、胸の奥が冷えていった。
それでも竜胆くんは私とは別れなかった。
けれど、抱かれた途端に「もしかしたら、竜胆くんも私のことを……」なんて厚かましい期待を抱く自分が嫌になった。竜胆くんに「罰ゲームでした」と捨てられるのが怖くなった。だから私は逃げ出したのだ。
「自分の方が捨ててやったんだ」と自分の中の小さなプライドを守るために。自分から逃げておいて、結局飛行機の中では振られた側のように大号泣していたんだから本当何してんのって感じだ。

悪酔いでもしたのか昨晩のことはあまり覚えていないけれど、あの雰囲気なら学生時代の苦い別れを上書きできるような甘いワンナイトになったんじゃないだろうか。……たぶん。不思議なくらい何も覚えていないけど。

まあ、とにかく。
さらば、竜胆くん。今日のことはお互い綺麗な思い出としてしまっておこうね。

スヤスヤとよく眠っている竜胆くんに小さく手を振って、ドアの方へ向かう。

「えっ、何これ……」

ドアが開かない。ドアノブを押しても引いても開かない。鍵がかかっているみたいだが、鍵のツマミはなく、何故か鍵の差し込み口がこちらを向いている。ガチャガチャとドアノブを動かしていると、センサーが反応したのか扉の横についていたテンキーに光が灯った。

1回くらいなら間違えても大丈夫かと、竜胆くんの誕生日を入力してみる。案の定違ったらしく、『暗証番号が違います』と無機質な機械音声が返ってきた。そして、同時に地震アラートに似た不安を煽る警告音が室内に響いた。音のした、竜胆くんの携帯の方へ目をやると、暫く起きそうになかった彼の腕がそれを掴んでいた。

「竜胆くん、」
「ハヨ。トイレと風呂はそっちな」

そっち、と言って竜胆くんは親指でベッド横のドアを指差した。その2つがそうなのは何となく分かる。今知りたいのはそっちじゃない。ここからどうやって出るかだ。

「竜胆くん、このパスワードなんだけど……」

言いながらはたと気づく。
そもそも、部屋の内側から開けるためのパスワードが必要なんておかしな話だ。これじゃあパスワードを知らない人が一人になったら、その人はここから出られないじゃないか。

「ヘエー、俺の誕生日入れたんだ」

スマホの画面を見ながら竜胆くんが言う。さっきのアラートはパスワードの入力通知だったらしい。

「り、んどうくん。……どういうつもり?」
「お前こそ。何出てこうとしてンだよ」

髪をかき上げながら竜胆くんが立ち上がる。とがったファッションとして受け入れていたはずの蜘蛛の入れ墨が、危険なものに思えてきて息を飲んだ。
妙な威圧感に足がすくんでいると、立ったままの竜胆くんの目がこちらを見下ろしていた。「灰谷竜胆は少年院上がり」といういつかの噂が、頭の中にちらついて後ずさる。けれど背後にあるのはあの開かない扉。
知らない人のような目で静かに見下ろしてくる竜胆くんに確実に追い詰められている恐怖で、目が潤んでいく。

「悪りィ。怖がらせた?」

しゃがんで、気遣わしげな声で竜胆くんが顔を覗く。心配そうに眉を下げた、学生時代も見たことのある表情に安心していると、竜胆くんの腕がひょいと私を抱き上げた。
そして元いた場所へくるりとひと戻り。私はまたベッドの海に優しく放流された。

「竜胆くん、あの、1回実家に帰りたいんだけど」
「なんで?」
「持ってきた荷物とか置いてきたいし……」
「ココで良くね?どこ置く?」

あとで俺がやっとくから、と言って竜胆くんが頬や額にちゅっちゅっとキスしてくる。やってくれるのはありがたい。けれど、ここは私の家でもなんでもない。なんなら今日入ったばかりの知らない部屋だ。ここに荷物を置かれたって困る。
ジョークではないらしいことしか分からない竜胆くんの真意を探ろうと顔を見ると、竜胆くんが「ん?」と穏やかな表情のまま首を傾げた。

「竜胆くん。親にも会いたいし、やっぱり1回帰りたいかも……」
「そっか。俺も行っていい?」

良くはないかな。
はっきりとそう言える雰囲気でもなくて、私は黙りこんでしまった。交際が仮初のものだと知っていたから家で竜胆くんの話をしたことはない。元の顔立ちでも十分目立つのに、濃紺やグレーではないストライプスーツに紫の長髪では目立ち過ぎる。
いきなり家に来られて家族と顔を合わせることになったら説明が面倒くさすぎる。

「やっぱ髪切って黒染めとかした方がイイよな?」
「そこまでしなくても……」
「誠実に見られてーじゃん?」

なんで竜胆くんは結婚前の挨拶みたいなノリでいるんだ。私たちは罰ゲームをきっかけに一瞬付き合って、今日久しぶりに、たまたま再開しただけの実質ほぼ他人なのに。

「そういえば竜胆くんは空港に何の用事だったの?」

一旦話を逸らしてからパスワードのことを聞こう。そう決めて竜胆くんに話を振ると、彼は穏やかに目を細めた。

「お前を待ってたに決まってんだろ」

わお、甘い。
けれど時・場所・場合による。脱出方法の分からない謎の部屋で、偶然遭ったはずの人に言われても「キャーかっこいい!ステキ!」なんてならない。
それに、竜胆くんは――。

「帰るなんて連絡、してないはず……」

別れた日、一方的にブロックしたから連絡先すら知らなかった。あっちの大学を卒業して帰ってくることを知らせたのは家族と一部の友達くらいだ。家族も友達も、竜胆くんとは接点がありそうにない。
だから、竜胆くんが「空港で私の帰りを待つ」なんてシチュエーションはあり得ない。私の帰りを知りようのない人が、どうして私を前もって待つことができるんだ。

「あの時、俺お前の家分かんなくてさ」

今の状況を不審に思っていると、竜胆くんが話を続けた。
あの時。それはいつだろうと竜胆くんとの記憶を思い出す。ああ、最後の電話の時の話かと合点がいったところで、竜胆くんの手があやすように私の髪を梳いた。

「ようやく分かった時にはお前は飛行機に乗った後だった」
「そりゃ、そうですよ。私、竜胆くんには家バレしないようにしてましたし」

どうせ別れるのにあえて教える必要もなかったし、何より竜胆くんに家を知られるのが恥ずかしかった。私の家は竜胆くんの家のように広くはなかったし、新築のようなおしゃれさもない、都心の沿線からは少し外れたところにあったから。だから竜胆くんのことは積極的に家から遠ざけていた。最後の電話の「家に会いに来れるならどうぞ」なんて、今思えば意地悪もいいところだ。

「あれは私が意地悪だった。気にしてたならごめんね、竜胆くん」
「いや、フツー彼女の家くらい分かんだろ?俺、お前にキョーミ持ってなかったって反省したわ」
「別に反省するようなことじゃ、」

どうしよう。反省とか、そんな大げさに考えることじゃないのに。「そんなこともあったよね、若かったなアハハ」で済む話だと思っていたそれを、竜胆くんは畏まったような真剣さで語った。

「お前が『ゲームのコマと同じ』って怒ってたのは俺のこーいうとこだったんだなって。だから俺、ちゃんとチェックできることはすることにしたんだ」

何をどうチェックすることにしたのか、気恥ずかしそうに竜胆くんがぽりぽりと頬を掻く。
確かに最後の日、私は電話でそんなことを言った。見晴らしのいい竜胆くんの家から私の家が見えなかったあの時、やっぱり竜胆くんと私は住む世界が違うんだと小さく絶望して、その八つ当たりの矛先を竜胆くんに向けたのを覚えている。

「えっと、もう気にしてないから、竜胆くんも気にしないで……」
「ホント優しいな。好き」

小鳥の啄みのようなキスを頬に落としながら竜胆くんが言う。どこか一方的で、いまいち会話が噛み合わないような気がするのは気のせいだろうか。

「そーだ、こっち見てみろよ」

しっかりと筋肉のついた腕が軽々と私を抱き上げて、ベッドを降りていく。姫抱きにされて連れて行かれたのは窓際だった。学生時代見たような煌煌と明かりを灯したビル群ではなく、こじんまりとしたマンションや箱に収めたように整列する住宅が広がっている。

「家が見えないって寂しがってたろ?だからさ、ほら」

竜胆くんが指を指す方向には、見覚えのある気がしなくもない、どこにでもありそうな外観のマンションがあった。

「私の、家――?」
「ああ。イイ感じに見えんだろ?」

驚愕で小さく息を飲んだ私に気づかずに、プレゼントをくれる時のような微笑みで竜胆くんが私の顔を覗き込んでくる。
彼の顔を見上げていると、学生時代にはなかったはずの、花札のような喉元の刺青が目に留まった。

「コレ気になんの?」

コレ、とは喉の刺青のことだろう。ベッドの方へ戻りながら、竜胆くんが聞いてくる。喋ると喉仏の上下と一緒に動くそれの動きから目を離せないまま頷くと、今日見るのが何回目にもなるシーツの白へふわりと降ろされた。

「こっちもイイけど、今はもっと俺のこと見て」
「えっ、竜胆くん、待って、」

顔の両横に腕をつき、私へとのしかかる竜胆くんはどう見てもヤる気満々だ。
膝を立て、彼の顔の前に手を翳して拒むと、竜胆くんはやすやすと私の手を取って端へと避けた。
立てた膝の間に、竜胆くんのがっちりとした脚が割り行ってくる。

「あン時からずっと愛してる。一生大切にすっから」
「私は――」

竜胆くんのことは好きだ。竜胆くんよりも素敵な男性なんて世界のどこにもいないだろう。けれど、竜胆くんの隣にいる自分も、私を隣に置いている竜胆くんもイメージできない。

「竜胆くんには、もっと似合う人がいると思う」

[[rb:神の賜物 > カリスマ]]と呼ばれるに相応しい人。竜胆くん――灰谷竜胆は、私にとって隣にいるのが奇跡と言える、天上の人だった。
愛している。竜胆くんが想像しているよりも、ずっと。けれど、それはきっと恋という、竜胆くんが望むカタチはしていない。

こみ上げてくる切なさのまま竜胆くんの頬を撫でると、竜胆くんの節のしっかりした手ががっちりと私の手を捕まえた。

「昨日、俺のことずっと好きって言ったよな」
「言ったけど、恋愛じゃなくて親愛的な意味というか…。それに、もう別れてから4年経つんだよ?竜胆くんだって新しい人いるでしょ?――痛ッ、」

ギリ、と潰されそうなほどに握られた手に、思わず目を瞑る。竜胆くんの長い髪がぱさりと耳を擽った。

「別れてねーだろ、俺たち」

恋人つなぎに繋がれた手がシーツの上に縫い止められ、竜胆くんの聞いたことがない平淡な声が響いた。
え、と目を開けると、不思議そうな顔をした竜胆くんがいた。

「もしかしてまだ告白のこと怒ってる?だからイジワル言ってんの?」
「ちが、」

竜胆くんの言葉に首を振る。
怒っているわけでも、意地悪を言っているわけでもない。私は電話越しに一方的に言うだけ言って逃げて、4年も連絡なんかしなかった。別れていると思っているのが当然じゃないか。

「だよな、別れてねーよな、俺たち」

握られていた手にまだじんわりとした痛みの残っている私は、自分の言った「違う」を間違った方へ解釈している竜胆くんに訂正を入れられなかった。

罰、なんだろうか。
ただの隣人で満足しておけば良かったのに、竜胆くんの人生に少しでも爪痕を残したいだなんて、高望みした欲を持ってしまったから。
宝物のように光っていたはずの竜胆くんが、今は見たことのない怪物のように怖い。

「なあ、お願いがあるんだ」

サンタにお願いをする子どものような期待の籠もった目で、竜胆くんが身を寄せてくる。

「俺さ、4年間ずっと、ちゃんと我慢して待ってたんだ」

絡まった指をさらに深く握り、下腹をぴったりと寄せて、竜胆くんが耳元へ口を寄せた。

「キスは3ヶ月、セックスは1年だろ?4年きちんと待ったからさ、」

――お前のこと、全部俺にちょうだい?

大嫌いで大好きだったあのキラキラとした、断られるなんて微塵も思っていないだろう笑顔で、竜胆くんが見下ろしていた。



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登場人物設定
主人公:金髪碧眼の女。愛読書はハリーポッター。
竜胆:愛読書はハリーポッター。好きなキャラはヴォルデモート。スネイプはあんまり好きじゃない。


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YA'ABURNEE



登場人物設定
主人公:金髪碧眼の女。愛読書はハリーポッター。
ゼノ:本名ゼノディウス。火星からやってきた知的生命体で、火星に帰るためにNASAで研究をしている宇宙人。最も愛する相手には俺様口調になり、一人称も俺様になる。同じく火星出身の友人・スタンリーと人類抹殺を目論んでいる。
SAI:インド人。数学者なので引きこもりだと思われがちだが、ガンジス川で泳ぐアクティブな趣味を持っている。愛読書はハリーポッター。


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