竜胆くんに軟禁されてn日目。
朝起きるとリビングのテーブルにゼクシ〇Babyが置かれていた。
「赤ちゃんが生まれたら読む本」の大きな見出し文字。どう見ても竜胆くんが読む系統の雑誌じゃない。そもそも竜胆くんは雑誌なんて読まない。竜胆くんは活字を読むのが苦手だからだ。読めない漢字がたくさんあるし、何より集中力が続かない。走れメロスですら、2文目を読む前に力尽きるんじゃないかと思う。
「なんか気に入った」で部屋のディスプレイになることがあるかどうか。それが竜胆くんにとっての”雑誌”である。
なのになんでこんなものがテーブルの上にあるのか。もちろん私は妊娠なんてしていないし、おそらくそうなることもしばらくはないはずだ。たぶん。きっと、おそらく。
だってあの時、危機は免れたはずだから。
あの時。
久しぶりに再会して、なし崩し的に“そう”なってしまったあの日。
お兄さんたちの「ガキ作れば一発」という何とも雑で適当なアドバイスをまるっと鵜呑みにした竜胆くんは、いきなり子作りに励もうとのしかかってきた。子供を作りたがらない=逃げる気という謎の方程式が出来上がってしまっている竜胆くんを説得するのはそれはもう大変だった。立てこもり犯を説得するのとたぶんきっと同じくらい。けれど、「恋人同士でいたい」「2人きりの時間を大切にしたい」とゴリ押しして、何とか子作りから竜胆くんの興味を逸らすことに成功したのである。
「へへ、恋人同士かあ」とによによ喜んでいる竜胆くんを見て、半ばやけっぱちのその場しのぎでそう言ったことが思わず申し訳なくなったほどだ。
とにかく、たまに地雷を踏むことはあるけれど、ここ最近、子作り方面で竜胆くんを刺激したことはなかったはず。
なのにどうしてこんな雑誌がリビングに置かれているんだ。
竜胆くん以外をブロックされ、友達欄に竜胆くんしか出てこない殺風景なメッセージアプリを開いてみたけれど、「仕事行ってくる」に泣き顔の絵文字がついたメッセージが来ているだけで、テーブルの上の雑誌のことは何も書いていない。
けれど「これ何?」と深掘りする勇気もない。自ら地雷原に飛び込むなんて危険なことはできない。後が怖すぎる。
だから私は透明人間のように、その雑誌は見なかったことにした。
竜胆くんが何か切り出してきた時の予行練習を、頭の中でしながら。