「ただいま」
「おかえりなさい」
ドアの前でスーツの上着を受け取る。不審な様子はない。いつもの竜胆くんだ。
「お風呂にする?」
リビングテーブルのアレを竜胆くんと一緒に直視するのは怖いので、慣れない提案をしてみる。
不審がられるかと思ったけれど、竜胆くんは「一緒入ろーぜ」と大型犬のように肩にのしかかって甘えてきた。くっつく竜胆くんをずるずると引きずりながら、お風呂場の方へ向かう。このまま何とかテーブルの上のあの雑誌に触れなくて済むようにしなければ。
竜胆くんが何のためにあれを持ってきて、置きっばなしにしているのかはさっぱり不明だけれど、もう何も分からないままでいいから無くなってほしい。そのためだったら一緒のお風呂でも何でもいいから。
「でも腹減ったからメシにしよーぜ」
竜胆くん、どうしてこういう時に限って食欲が性欲を上回るの。いつもはご飯より性欲じゃない。比べるまでもなく、性欲まっしぐらじゃない。
どうしてどうして。
なんでこううまくいかないんだ。
「い、一緒のお風呂は?」
「ん、メシ食ってからな」
ちがーう!
それじゃあ意味がないんだよ。
「今じゃなきゃ一緒に入んない」
何キャラだ。引き留めるにしてももうちょっとまともなキャラでいけなかったのか、自分。
竜胆くんみたいな愛嬌ある人がやるならともかく、可愛げのない私がわがままキャラをやったって誰も得しない。 引き留め効果ゼロ。
「んー……」
そんなことなかった。 竜胆くんが迷っている。
うーんと耳元で小さく唸りながら、首筋に顔を埋めてくる竜胆くん。高い鼻梁が首筋を掠めてくすぐったい。
そして迷いながら乳を揉むのはやめてほしい。
「早く風呂行こーぜ」
勝った。 テーブルの上の特級呪物に私は勝った。
「竜胆くん、今日はいっぱい一緒に入ろうね。背中も流してあげる」
「マジ? やりィー」
ちゅうちゅうとうなじに吸いつく竜胆くんをずりずりと引きずって、バスルームの扉を開く。
このままお風呂に連れ込んで、湯舟につかりながら、竜胆くんの気が緩んだところであの雑誌のことをそれとなく聞いてみよう。
なんだかハニートラップをしかける女スパイの気分だ。
そう考えていた私は、竜胆くんもまた何かを考えこんでいる目で私をじっと見降ろしていたことに気づかないままバスルームへと入り、その扉を閉めてしまった。