やぶさかデイズ

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D+S / mp100 / Minor
BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

フレーム・フルール

 僕のクラスには、窓際族がいる。
 族と言ってもそれは1人の女子を指し、席替えの度に窓際のくじを手繰り寄せてしまう彼女を揶揄したものだ。
 誰が言い出したのかは知らないけれど、主に女子達の間で呼ばれている。それを聞いていて、僕やほかの男子も、本名よりもその呼び名にすっかり慣れてしまった。さすがに声に出したことはないけれど。
 窓際族、名字さんはよく言えば物静かなタイプだ。一言文句を言ってやれば妙なあだなで呼ばれることは無くなるだろうに、甘んじて受け入れている。周りの女子は、その潔さがまた気に食わないのかもしれない。
 
 名字さんと僕は、ほとんど会話らしい会話はしたことがない。だから、どんな人柄なのかなんてわからない。ただ、彼女の横顔越しに見る外の風景は、好きだった。
 彼女の後ろの窓枠から覗くと、曇り空さえも僕の心を軽やかにする。どうしてだろう、と思案してみても、浮かぶ答えは右から左へ通り抜けて納得がいかないものばかりだ。
 
 
 ☆
 
 
 朝起きたら、雪が降り積もっていた。
 家を出るまでの最短の行動計画を寝起きの頭で組み立てたのは、学校に遅刻するかもしれないと思っただけ。珍しい雪にはしゃいだわけでは決してなかった。けれどいざだだっ広い校庭が一面真っ白に染まっているのを見ると、否応なしに心が弾んだ。それも、足跡一つ見えない。この美しさをずっとこのままに保ってほしい、という気持ちと、自分が一番にこの景色に足跡を残したい、という欲が両方現れて、結局天秤は後者の欲に傾いた。僕ってやっぱり子供なんだな、なんて当たり前のことを自覚する。
 雪は想像以上に柔らかくて、ほとんど音も無く僕の足に沈められていく。靴の中に入ったようで、靴下の替えを用意しなかったことを悔やんだけれど、今は考えるのはよそう、とまた一歩踏み出す。時折立ち止まって手を沈めてみて、白い手形ができるのもなぜだか楽しい。
 寝転がったらさすがにまずいかな、と考えたところでふと見上げると、学校の中には数えるほどの人影がある。自分のクラスは、と視線を泳がすと、影は一つ。

「……名字さんだ」

 思わず零してしまった後で、周りに聞かれていないかと見回した。近くには誰もいないことを確認してから、もう一度自分の教室に向き直る。
 彼女は、やはりあの席に座っている。
 外側から見るとますます額縁に入った絵画みたいだ。絵画にしては味気無い教室を背景に、名字さんは窓におさまっている。つい見つめつづけて、はたと気付く。
 僕は、彼女越しに見る風景じゃなくって、彼女を見るのが好きだったんだろうか。
 目を離せないことがそれを裏付けているようで愕然とした。いつから?わからない。頭を左右に振って無理やり視線を外して、自分の足跡に沿って正面玄関へ引き返した。
 
 
 
 普通、向かう途中で気付くはずなんだけれど、多分今の僕は普通じゃないんだろう。教室に名字さんがいるのは当然だった。
 彼女はゆっくり振り返り、ドアを開けて固まった僕を不思議そうに見つめた。
 
「……おはよう、名字さん」
「? おはよう」
 
 首を傾げただけで、すぐにいつもの横顔に戻ってしまう。読書をしているのを邪魔するのは悪い気もするけれど、このまま無言で2人きりの教室を過ごすことに耐えられそうにない。自分の都合でしかないのに、自席に座って口を開いた。
 
「いつもこんなに早いの?」
 
 声に反応して、顔を上げる。律義に栞をはさんでから本を閉じたところをみると、話に付き合ってくれるようだ。
 
「うん。お父さんが、仕事行くついでに送ってくれてて。」
 
 本の上に手を置いて話してくれる名字さんを見て、「名字さんにも父親がいるんだな」なんて見当違いのことを考える。そのくらい、僕にとって彼女は遠い存在だった。
 そうなんだ、と適当な返事をして、話を続けるかどうか思案した。が、結論が出る前に窓際から声がする。
 
「花沢くんは、こんな時間にいるの珍しいね。」
 
 僕を呼ぶその響きが、一瞬心臓を掴む。言葉が詰まってしまったのをさとられないように「あぁ、」とだけ絞りだして、一拍置いて答える。
 
「雪が降ってたから。」
 
 言って、ああこれは誤解を生む言い方かもしれない、と気付いたけれどもう遅くて、名字さんは窓に顔を向けて「珍しいもんね」と微笑んだ。
 雪にはしゃいで急いで来たわけではないんだと弁解するのを、さっきまで彼女の真下で雪にはしゃいでいた事実が阻む。もしかしたら名字さんから遊んでいるところを見られていたなんていう可能性もある。だとするととてつもなく恥ずかしいかもしれない。
 結局何を言っても言い訳な気がして、唸るように返事をした。
 僕の物言いたげな様子は気付かれなかったようで、名字さんはぽつりと呟く。
 
「いいなあ、楽しそう」
 
 頬杖をついて笑うその姿は今までで一番きれいで、自分に絵の才能が無いのを悔やんだ。
 
 
 ☆
 
 
 次の日も、雪は溶けることなく残っていた。夜の間にまた降り積もったらしく、踏み荒らされたであろう校庭の足跡は全て覆われていた。
 また早く学校へ来たのも、また正面玄関へ向かう道から逸れたのも、昨日とは違う理由な自覚はある。
 目的のかの人を見上げる。やっぱり窓際にいるのを確認して、しゃがみ込んだ。
 そういえば、雪玉を作るなんて人生初めてじゃないだろうか。素手で集めた雪を丸めて、ぐっと力を込める。不格好な出来だけど、今は重要じゃない。
 標的は3階、『窓際族』の窓。
 届くかな、そう呟いて投げた雪玉は、僕の不安を知ってるみたいにまさしく的外れな位置へ当たった。
 超能力を使ったら確実に届く、きっと名字さんは振り向く。けれど、それもなんだか悔しい。
 何度か投げてみても届かない。力のない僕は本当に何もできないなと辟易とする。
 
 何も、「好き」だとか「付き合ってほしい」だとか言いたいわけじゃない。自分の気持ちを結論付けるのはまだ早い気がしたし、彼女の下の名前だって思い出せないのに恋と言えるとは思えなかった。
 今はそれよりも、何よりも。
 あの窓枠から、『額縁』から、出てきて欲しかった。
 
 手がかじかんできたのを無視して、もう一球、まっすぐに届くように投げる。
 自分の想像以上にスピードはなくて、本当に触る程度だけ、でも確かに、あの窓に当たった。
 窓の向こうの名字さんはすぐにこちらに視線を寄越す。僕を捉えると、口が「あ」の形に変わった。
 片手を上げて、へらりと笑ってみせる。怒るかな、驚かせてしまったし、一言文句くらい言われるかもしれない。その為でもいいから、あの窓が開け放たれて彼女が現れてくれるのを待った。
 直後、僕の願いは儚くも散った。名字さんは窓を開けるどころか、僕からは見えない教室の奥の方へ引っ込んでしまった。雪玉を投げるなんて失礼だったか、嫌われたかもしれない、普通に教室に行って声をかければ良かった。後悔が僕の体重に加わったみたいに体が重い。このまま教室に行くのもはばかられて、行き場を失った足をその場から動かせずにいた。
 
 校舎の壁を見つめていると、右側から何かが視界に飛び込んでゆるやかに落ちていった。雪玉だ。
 飛んできた方向をほぼ無意識に追う。
 
 
「おはよう。」
 
 
 息を切らした名字さんが、いた。
 現実なのか信じきれずに呆然としている僕に、遊ぼう、と笑いかける。
 
 "額縁から抜け出したんだ。"
 まだそんなばかみたいなことを考えてしまう。僕の呼びかけに応えて、絵の中から飛びだしてくれたんだ。超能力も使っていないのにまるで魔法みたいで、言い様もなくうれしさが込み上げる。
 もう絵に描かれた人ではない、普通の女の子。名字さんに、僕もまた「遊ぼう」と笑い返した。

櫻様、リクエストありがとうございました!
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2016- やぶさかデイズ