影山との戦いで色々と見るも無残な姿になった僕に、唯一声をかけた女の子がいた。
「はっ、ははは花沢くんっ!!!」
聞き慣れない声に振り返ると、見慣れない顔があった。いや、見慣れないだけで会ったことはある気がするが、いかんせん彼女は思い切り顔を横に背けている。それを見て、自分がいま生まれたままの姿なことを思い出す。こんなものを見せて申し訳ないと思うと同時に、なぜ今の僕に近づくんだ?という疑問が生まれた。
返事をするか迷っていると、目の前に何かを差し出される。折り畳まれた黒い布、に見える。
「まだ未完成だけど……何もないよりマシだと思うので!!着てください!」
意味が分からないまま受け取ると、差出人は一目散に校門に駆けていった。
帰宅してから記憶を掘り起こしてやっと、彼女への既視感の正体を突き止めた。1年生の時のクラスメイトの名字さんだ。いつも僕の周りで騒ぎ立てていた女子たちの名前すら覚えるのに苦労していたのに、まともに関わった事がほとんどない彼女の名前を思い出せたのには理由がある。
1年生の3学期、僕は名字さんから告白を受けた。
あの頃、僕は女の子にさしたる興味がなかった。ただ自分が中心である為の装飾品、才能ある僕に群がる凡人達。今思えば本当に傲慢で最低だけれど、それが少し前までの僕の真実だった。
告白を受けることは少なくなかったけれど、特に親しい相手を作る気にはならず、デートに行ったり遊んだりすることはあっても「付き合ってほしい」という要望には応えなかった。
みんな僕の才能を認めている、好かれて当然。告白なんて珍しいイベントじゃない。
だから名字さんの時も一緒だった。ただ、名字さんは僕に群がる他の女の子と違って真面目で、ミーハーなタイプではなさそうに見えた。こんな子でも告白なんてするんだな、と思うと同時に、変な期待を持たれても面倒だな、と考え、彼女にはデートに誘うでもなくその場で断った。
あれから僕は、登校する度に毎日名字さんの姿を探すようになった。
告白を断った過去がある手前、僕から会いに行っていいものか、多少の後ろめたさはある。けれどせめて借りた物は返さなくてはいけない。そしてそれ以上に、あんな姿の僕に話しかける人間がいたことが嬉しかった。今でさえ、取り巻きだった奴らからは距離を置かれているのに。
服を返すという建前で、彼女がどんな人なのか知りたかった。
黒い布だと思って受け取ったものは、シャツとズボンだった。無地でシンプルにもほどがあるそれらは、あの時の発言から察するに彼女が作ったものなんじゃないだろうか。
「(あんな時間にいたってことは……部活かな。)」
ここまでは考えついても、服を作る部活なんてこの学校にあるのか?部活になんて入学以来、入る予定も興味もなかった為検討もつかない。
とはいえ、休み時間に各クラスを見回っても彼女は見つからなかったのだ、放課後の部活に賭けるしかない。服を作る、と言えばまず被服室だろう。家庭科の授業でたまに来るが、あまり馴染みはない。
被服室に近づくにつれ、放課後になったばかりで騒がしいはずの校内が明らかに静かになっていった。窓の外から微かに運動部の声がするだけだ。
ひと気はない。なのに、目の前のスライド式ドアを開ければ、あの子がいる気がした。
ほかの教室に比べて建てつけが悪いドアを力任せに開けて中を見渡せば……
見渡せば……上半身を無防備にさらした名字さんがいた。
「っ!? きゃあああああ!!?」
「ご、ごめんっ!!!」
一瞬呆気にとられながらも、悲鳴を聞いた途端 自分でも驚くぐらいのスピードで被服室を出た。それから、心臓がうるさいのを自覚した。当たり前だ、健全な男子中学生が平然と見ていい光景じゃない……なんて考えているとまさにその光景がフラッシュバックして、思わず頭を振り乱したくなる。実際には今のこの髪型では叶わず、代わりにほっぺをはたいた。
落ち着こうと長い息を吐いたところで、被服室のドアが開いた。
「は、花沢くん……?」
驚きはしても嫌なものを見る顔ではない彼女を見て安心しながら、「やあ」とだけ返した。
名字さんは緊張しているのか、ロボットダンスに似た不自然な動きで招き入れてくれた。
「ええと……さっきはごめんね。」
「こっ、こっちこそあんなもの見せちゃって!!
その、ここ普段人が来ないから安心して……」
だからって鍵もかけずに着替えないでくれよ……。そんな僕の胸中が伝わったのか、彼女は「き、気を付けます……」と言って真っ赤な顔で俯いた。
気まずさから周りを見渡してみると、あちこちにこれから服に生まれ変わるであろう布がある。今まさに作業中だったことは明白だ。
「これは……部活?」
「あっ、いやっちがうんです。私の趣味の為にミシンと場所を借りに来てて……あっ、というか散らかっててごめんなさい!」
散らかっているというよりは、服を作るために広く場所を使っているという印象で、乱雑とは思わなかった。
思ったことをそのまま口にすると、彼女にとってうれしいのか恥ずかしいのかわからないが、とにかく真っ赤な顔のまま頷いた。
「あ、あの……花沢くんは、どうしてここに……?」
尋ねられて、やっと本来の目的を思い出す。
「あぁ、そうだ。キミにお礼を言わなくちゃって。
……随分探したよ」
冗談っぽく笑いかけたつもりだけれど、彼女はハッと口を覆う。
「すみません、お手をわずらわせてしまって……!私、陰薄い上に、授業中以外はここにこもりっきりで……」
「……じゃあ、この間もここに?」
抽象的な質問をしてしまったが伝わったようで、一拍間をおいてから肯定してくれた。作業していたのに僕と影山が校舎を巻き込んで争ってしまったんだな、といまさら罪悪感が芽生えてくる。
「……そっか。あの時はありがとう、助かったよ。」
お礼を言った途端、おさまりかけていた名字さんの顔の赤みがみるみる増していった。
「みっ!!」
「み?」
「見てませんからっ!!!」
バッと顔を背ける様子はどこかで見たな、思ったら、あの日服を差し出してくれた時と全く同じ首の角度だからだ、と妙に冷静に思った。
「あっでも私もさっき見られてしまいましたし、その、お、おあいこ?ですね?裸のつきあい……みたいな……」
パニックになっているのか、早口で言う。しかし自分の言葉の意味を考えると耐えられなくなったようで、どんどん尻すぼみになっていく。
「……恥ずかしくなるくらいなら言わないでよ……。」
名字さんの紅潮した頬が僕にまで伝染して、2人して俯いてしまう。
なんか、調子狂うな……。
話題を変えなくちゃいけない、と笑顔を作って話しかける。
「ええと。服、ありがとう。もしかしてこれも手作りなのかな?」
「わ、え、そうです……!でも練習用だったし、返していただかなくても良かったのに……」
そんな訳にいかないよ、と笑って手渡すと、名字さんは服をじっと見つめて動かなくなった。
「洗濯、してくれたんですね」
「? うん。まずかったかな?」
未完成だと言っていたし、洗濯機で洗ってしまうとほつれたりするのかもしれない。
そこまで気が回らなかったな、と反省して返事を待つ。
「いえ……自分が作った服から、人のおうちの洗剤の香りがするの、新鮮っていうか……」
そう言って、夕日に照らされながら服を大事に抱きしめる彼女はなんとも幸せそうで……魅力的に映った。名字さんが、僕には無いものを持っている人だからだろうか。
「あっ、ごめんなさい。服作っても、人に着てもらえる機会ってあまりなくて。」
「そうなの?こんなに上手なのに」
「ぜ、全然です!私なんて、もっと勉強しないと。……だから、花沢くんによりによって練習用渡しちゃって、申し訳ないです……。」
そのおかげで全裸で帰宅するという事態は免れたし、僕としてはそれで充分だった。それに、素人目ではあるけれど、縫製はしっかりしていてよく出来ていた……と思う。
ちらりと名字さんの指に目をやると、絆創膏が数箇所に貼られている。こんなに上手いのに、彼女は満足せずに努力し続けているんだ。
僕は素直に名字さんを尊敬した。
超能力が使えたって服は作れないな、と苦笑する。
不思議そうに僕を見上げる名字さんに「そろそろ行くよ」と告げて、先ほど入ってきたドアへ向かう。けれど辿り着く数歩手前で、「名字さん、」と言いながら振り返る。
「また、来てもいいかな。」
「え……も、もちろん!」
名字さんは立ち上がって頷く。僕に手を振るその姿は、疑いようもなく嬉しそうだ。
彼女はまだ、僕のことを好きでいてくれているんだろうか。
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ぬいばり
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2016- やぶさかデイズ
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