やぶさかデイズ

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D+S / mp100 / Minor
BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

人はそれをひとめぼれと

 影山との戦いに負け、1人立ち尽くしていた僕は、うずくまる影山に駆け寄り抱きしめる女性を見た。
 
「女神だ……。」

 
 ☆
 
 
 今日は大学が休みで、霊幻さんからの呼び出しもない。久しぶりに服でも買おうかと、街に繰り出してみた。どこもかしこもオシャレな店ばかりで、なんだか入りづらい。勇気を出して入店してみても、店員さんに話しかけられて焦ってしまう。高校まではファッションに興味がなかった。そのツケが今回ってきている。
 気疲れしてベンチに腰掛けると、妙な頭髪をした男に目を奪われた。
 
「(え、うわ、近付いてきてる……ベンチ座るのかな。)」
 
 隣に座られたら気になって仕方なくなってしまうだろう。そう思いベンチから離れてみたが、彼は方向転換してこちらに向かって来ている。
 さすがに焦って足早になったが遅かった。
 
「やっと見つけた……。」
 
 天高く伸びた類まれな頭頂部を持つ男は、人の手首を思い切り掴んでそう言った。
 彼はよく見ると意外にも整った顔立ちをしていて、澄んだ瞳をまっすぐに私に向けた。
 いや、それでもどうしても頭に目がいってしまうのだけど。
 
「あの、どちら様ですか……離してください。」
 
 控え目に抗議すると、予想に反してあっさりと手が離され「すみません」と謝罪する声が降り注いだ。
 
「僕、黒酢中の花沢輝気と言います。一度会ってはいるんですが……あなたは、覚えてないかもしれませんね。」
「黒酢中……?」
 
 
 
 
 
「……そっか。あの時そんな事があったんだね。」
「ええ。……影山くんには感謝してるんです。自分の弱さを思い知らされて……これからは、変われる気がします。」
 
 花沢くんに誘われるがまま喫茶店に入り、黒酢中での顛末を一通り聞いた。モブくんに何かあったのは明白だったけれど、あえて聞くことではない、というのが私の見解だった為、今回の話は初耳だった。
 
「花沢くん、話してくれてありがとう。」
「テルでいいですよ。……ところで、そろそろお名前を聞いても?」
「あ、ごめん、喋らせてばっかりで名乗ってすらなかった……!」
 
 焦りからアイスコーヒーをこぼしそうになりながら謝ると、彼は軽く笑いながらかぶりを振った。中学生らしからぬ余裕だ。頭頂部は揺れている。
 思わず頭を見ながら「名字名前です……」と名乗る。髪に挨拶しているようになってしまったけれど、当の本人は私の視線には気づかなかったようで、花沢くん改めテルくんは満足気に頷いている。しつこいようだが、髪は揺れる。
 
「名前さん。あれからずっと、あなたのことを探していました。」
「……んーと?モブくんじゃなくて?あっ、影山くんのことね。」
 
 意図がわからず尋ねると、笑みを崩さないテルくんと視線がかち合う。人と目が合っていると随分と長い時間に感じるけれど、実際には2秒ほどだったと思う。先に目をそらしたのはテルくんで、「名前さんも、超能力者ですよね」と、周りに聞こえないくらいの声で言う。話を逸らされたな、とは思いつつも、断定するような言い方が気になった。
 
「ううん、私は霊が見えるだけ。なんで?」
「え、でも……」
 
 私の言葉に目を見開いたテルくんは、考えを巡らせるような仕草を見せる。
 
「……そうですか。僕の勘違いかな。」
 
 また何か隠されたようだ。おそらく、テルくんに悪い意図はないのだろう。私を気遣っているような雰囲気すらある。
 
「なんだかテルくんは大人っぽいっていうか……聡明だね。中学生と話してる感じしないよー」
「あ、話しづらいですか?」
「えっ逆だよ逆、私あんまり初対面の人と話すの得意じゃないけど、テルくんと話すの落ち着くなーって思ってた。」
「! 本当ですか!」
 
 素直に感じたことを話すと、テルくんが身を乗り出した。それはこれまで話して来た中で初めての反応で、思わず目の前の彼を見つめると、自らの行動を恥じた様子で俯いた。
 
「あー……ええと。僕も、あなたと話していて落ち着くな、と……」
 
 そう言うテルくんは、姿勢こそ俯いたままだけれど、見た目には明らかに変化がある。
 顔が、赤い。
 
「(照れている……)」
「……フー。少し、待っててもらえますか。」
 
 彼は片手で顔を覆いながら断って、席を立つ。残された私はやることもなく、とりあえず目の前のストローに口をつけた。
 テルくんは突然、一体どうしたんだろう、と考える。
 緊張していたんだろうか。一応仮にも年上の女性と初対面で話していた訳だし……彼はそんなことで緊張するタイプには見えないけれど、そう考えれば多少納得がいく。
 やがて帰ってきたテルくんは困ったような笑顔で、待たせたことを詫びた。
 
「それに、思ったより話し込んでいたみたいだし……すみません、お時間を取らせてしまって。」
「全然!モブくんには聞けない話だったし、むしろ助かったよ。」
 
 私の返事を聞くと、急に真顔になったテルくんが「影山くんとは、どういう関係なんですか」と問う。
 
「? んーと、仕事仲間?バイト先が一緒で。まあ私がお姉みたいなものなんだけど。」
 
 お姉ちゃんですか、と呟いた後、神妙な面持ちを崩さないテルくんと2人で喫茶店を後にした。慣れているのか、自然な流れで連絡先を交換した。やはり中学生とは思えない。
 そして、そろそろ別れの挨拶、というところではたと気付く。
 
「あれ……どうしよう、さっきのお店でお会計してない!」
「え?」
「ごめん、私喫茶店戻るね!」
 
 返事を待たずに走り出す私の腕を、出会った時と同じように掴まれる。大丈夫です、と彼は言う。「先に済ませたので」、とまた困ったような笑顔を見せる。
 済ませた?いつの間に?
 
「え、じゃあお金……」
「いいんです、誘ったのは僕だから。」
 
 そう言われてもさすがに引き下がれない私に、テルくんは更に続ける。
 
「カッコつけたかったんです。あなたの前で。」
 
 ダメですか?と極めつけの言葉まで飛び出してしまえば、もう何も言えない。それをわかっていて言ってるんだろうか。絞り出した私の「ありがとう」を聞いて、彼は嬉しそうに「よかった」と返す。
 
「……でもまさか、20歳にもなって中学生におごられるなんて……。」
 
 ぼやきに反応したのか、隣から「えっ」という声が上がる。「名前さん20歳なんですか」とこちらを見る。とてもそうは見えない、という意味だろうか。首肯してみせると、私達の間に少しの沈黙が流れた。そのうちテルくんが口を開き、まあいいか、とひとり言のように零した。
 
「6つ差くらい、なんの問題もないですよね。」
 
 こちらににっこりと笑いかけながら言ってのける。私が意味を理解する前に「じゃあ僕はこれで。」とさっさと帰ってしまった。
 ちょっと待って。これは。
 いくら恋愛経験の乏しい私でもこれは、勘繰らなくてはいけないことを言われたのでは。いや、でも、
 
「……なんで私……?」
 
 好かれる覚えがない私の体はあっさりと火照ったけれど、疑問に答えてくれる相手がいないのだからどうしようもない。
 次は、いつ会えるのだろう。

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2016- やぶさかデイズ