「よぉフーゴ、たまには付き合えよ」
「嫌ですよ、僕は酒はやらないって言ってるじゃないですか」
仕事終わりにたまに誘ってもこれだ。断られるのはわかっていて聞いているのだが、今日はあえてそれでも声をかけた。
ミスタは、今日こそシニョーラ・フィオーレの正体を探る腹でいた。
☆
「シニョーラ・フィオーレ?」
時は遡り、ミスタはジョルノとシエスタをとっていた。これが終わればフーゴと合流し次第任務開始だが、それはそれ、休憩はしっかりと取る。
なんですそれ、とナイフとフォークを動かす手を止めてジョルノが尋ねる。興味を持った様子に満足気な笑みを浮かべつつ、周囲にフーゴがいないか確認してから話し出す。
「フーゴの『イイ人』のことだよ」
「はあ」
想像した話題と違ったのか、ジョルノは関心を失ったように再び手を動かした。
「おいおい、話はここからだろーが?」
「ええ、どうぞ」
続きを、と言いながらも、その手は切られた肉を口へ運ぶので忙しい。ほぼほぼ聞く気がないジョルノを見、ミスタはテーブルを叩いて怒号を発したくなるが、ぐっと堪えた。こんな態度でいられるのも今のうちだ、今に食いついてくる、と自分に言い聞かせた。
「ジョルノ……フーゴが仕事終わりにいつもどこにいくか知ってるか?」
「さあ……あまり興味ありませんね」
「花屋だよ。そこでいつも一輪だけ買っていくんだ」
花を?と今度こそ訝しげな表情を浮かべて動きを止める。それもそうだろう、男が花屋……しかもフーゴに花、というのは、あまり似つかわしくない。まあ目の前のこの男は能力も相まって妙に花が似合うのだが、ミスタはそれは言わないでおいた。
「アイツの趣味なはずはないだろ?となれば……」
「……なるほど」
そこで、“シニョーラ・フィオーレ”なわけだ。英語に直せばMs.Flower、つまりはあだな。
どこの誰だか知らないが、フーゴはマメに花を渡す相手がいるようだ。
「それで、ミスタはそのシニョーラ・フィオーレを知っているんですか?」
「いいや?顔も知らねえ」
だから探ってやるんだよ、俺とお前で。
は、と声を出そうとするジョルノを遮るように、シエスタの終わりを告げる男はやってきた。
「お待たせしました。……が、二人ともちょっと休憩が長すぎやしませんか」
呆れた声を頭上から降らせるフーゴを、ミスタはニヤニヤと出迎えた。
☆
「な、やっぱり断ったろ?俺を無視してまで会いにいく相手なんだ、挨拶くらいしとかなきゃな」
「花屋に行かずともフーゴは断ると思いますけどね……」
文句を言いつつも、ジョルノはミスタと共に夜に紛れ身を隠していた。仕事終わりの仲間を尾行する……もちろん褒められたことではない。しかし、ミスタに無理矢理引っ張られたという体をとってはいたものの、ジョルノもまたフーゴの行動が気になってしまっていた。
キレさえしなければ常識人のスタンスをとっているクールな彼が執心する相手。二人は今、単純な好奇心で動いている。
ミスタの証言通り、花屋で花を一輪買っているのを見守る。遠目だが、真っ赤なその花弁は薔薇だろうか。横のミスタがヒューッと茶化すように口笛を吹いている。
「音を出さないでくださいよ」
「大丈夫だよこんくらい。それにしても薔薇!あからさまだよなーっ」
ジョルノにとっては先輩にあたる男だが、言っても聞かないので無視することにした。
フーゴは一輪花を左手で持ち、歩き出している。
「ん、おい角曲がったぞ」
「あっちは入り組んだ路地だ、急ぎましょう」
物陰から出て、足音でバレないよう抑えた走りで後を追った。先を行っていたジョルノが代表して壁に背をつけ、様子を伺う。狭く見通しの悪い道だが、先程までと同じ歩調ならまだ背中が見えるはずだった。
視線を路地から離した彼に、ミスタが「どうした」と問うと、首を横に降る。肩をすくめておどけている辺り、任務時のような緊張感はもっていないらしい。
「オイオイオイどうすんだ!?完全に向こうも撒こうとしてたってことじゃあねーか!」
「気づかれたんでしょうね」
「こうなったら次はねえ!今日絶対に見つけ出すッ!」
諦める気はなかった。たった今相手は未知の尾行者に警戒を強めたはずであり、日を改めれば尾行が困難になる……いや、もしかしたら、一輪花を渡す習慣ごとやめてしまうかもしれない。
「この路地の出口はそう多くない。大通りから先回りしましょう!」
「ああ!そっち任せたぜジョルノ!」
それなりに念入りに探索したが、路地の周りを半周したところで、同じく反対側を回ってきたであろう相棒と合流してしまった。
「クソッ逃げられた……」
「こう時間が経ってちゃ、もう追いつけないでしょうね……」
結果として、無駄に体力を使っただけに終わってしまった。 一銭にもならない夜だったな、とジョルノは自分が来た道を振り返ると、珍しくこの時間でも店を開けているジェラート屋が目に入った。
「ミスタ……あれ」
「ん?なんだよ、ジェラートか?ったく、こうなりゃ奢ってやるぜ」
「違いますって、あの人!」
ジョルノに言われて店から少し視線をずらすと、小柄な女性が目に入った。横顔しか見えないが、アジア系だろうかなどとのん気に眺めていると、彼女が手持ち無沙汰に体の向きを変えた。
「!!」
薔薇を一輪、大事そうに胸に抱いている。その包装はフーゴが購入したものと同じだ。思わず駆け出すミスタに、ジョルノも続いた。
「シニョーラ・フィオーレ!やっと見つけたぜ!」
「えっ?」
「ミスタ、その呼び名じゃわからないでしょう」
突然現れた男たちをキョロキョロと見比べ、戸惑った表情を浮かべている。
「あ、あの……人違いじゃ、ありませんか?私、そんな名前じゃ……」
たどたどしいイタリア語。彫りの深さ、髪や瞳、肌の色。ジョルノはピンと来るものがあって、優しげに語りかける。
『貴女、ひょっとして日本人ですか?』
『えっ……に、日本語が話せるんですか?』
「なんだよジョルノ、何語だそれ」
一人ついていけていないミスタは一旦放っておいて、ジョルノは日本語で話し続ける。彼女はひどく安心した様子で受け答えしている。生活感あふれる買い物袋を提げているあたり観光客というわけではなさそうだが、イタリア語は勉強中なのだろう。ジョルノが簡単に自己紹介してみせると、彼女もまたにこやかに返した。名字名前、と名乗るその響きは、ジョルノにとって少し懐かしかった。
『ところで、フーゴを知っていますか?パンナコッタ・フーゴ』
『! フーゴさんのお知り合いの方ですか?』
やっと本題を切り出せそうだったが、蚊帳の外にされたミスタがいい加減騒がしいので、簡単に説明をすることにした。彼女の名は名前、日本人で、やはりフーゴを知っているらしい、と言うと、ミスタは距離を詰めて名前に話し出した。もちろんイタリア語で。
「へーっ!俺はミスタ、フーゴのオトモダチだ。なあ、アンタ何歳なんだ?」
「あ、よろしくお願いします、ミスタさん。えっと、23歳になります」
「23!?ウッソだろ、23って言ったらアバッキオより年上だぜ?日本人が童顔って本当だったんだな、なあジョル……」
「アンタら、ここで何やってんです」
にわかに盛り上がり出した場が、急激に冷えたような錯覚。嫌な悪寒に振り向くと、ミスタの後ろには半目でキツく睨むフーゴの姿があった。
「よ、よぉー奇遇だな……」
「尾けられていると思ったら同僚、しかも狙いは僕じゃなく彼女だった、と」
「い、いや!狙ってとかじゃないんだぜ?お前が花を送るような相手がいるんだなーってジョルノと盛り上がっちまって!」
ほぼ正直に白状したが、それでもフーゴの絶対零度は消えない。
ただならぬ雰囲気に、名前がおどおどとしだす。
『あの、ジョルノさん……お二人は一体……』
『あれが彼らのコミュニケーションなんです。気にしないで』
ミスタの喚きの前では霞むような話し声だったが、フーゴの耳は二人の日本語をしっかりと聞き取っていた。
今度はジョルノに向き直り、つかつかと近寄る。
『馴れ馴れしいな。離れろよ』
え、と声を上げる名前と同じように、 ジョルノも面食らった。自分に話しかけるのに、わざわざ日本語を使うとは。そもそも、彼が母国語以外を話せるとは知らなかった。
どうやら自分たちの想像以上に、“シニョーラ・フィオーレ”は彼の特別らしい。
「それは失礼しました。それじゃあ名前、Ciao」
まだ居座る気でいるミスタを連れだって、ジョルノは歩き去った。
それを見送ることもなく、フーゴは名前の持つ荷物を自然な動作で受け取ってから、「持ちますよ」と宣言した。
お礼を言うと頷いてはくれるが、目も合わさずに歩き出す。
「あの……フーゴさん、良かったの?お二人、お友達なんでしょう?」
「同僚ですよ。友達じゃあない」
いつになくピリついた雰囲気のフーゴに戸惑う。会う度に花を一輪手渡してくれる彼は、名前にとって安らぎの象徴だった。
イタリアに来たばかりで、仕事にも言葉にも慣れない名前を支えてくれたのは、間違いなくフーゴだった。簡単なイタリア語しかわからなくても、根気強く話し教えてくれ、語学の上達にも大いに貢献してもらった。
そうだ、語学。教えてもらうのは自分ばかりで、日本語を名前の方から教えたことはない。フーゴが日本語を話せるなんて、少しも気づかなかった。
「ねえ、日本語話せたのね。知らなかった」
「……本当は、完璧に話せるようになるまでは秘密にするつもりだったんです」
それを、ジョルノが。
そう呟く真意を、名前はわからない。
「えっと、あ、ジョルノさんに言葉を教わったとか?彼、昔日本に住んでたって言ってたわ」
「違うッ!」
強い語気に、思わず身を震わす。薔薇を持つ手が緊張から固くなる。 包装がなければ、棘が指を突き刺していたろう。
フーゴの目がこちらを向く。見慣れているはずのその眼差しは初めて見る色をしていて、名前の知らない誰かなのではないかと考えてしまうほどだ。
「なんの為に必死に勉強したと思ってるんだ」
責めるような口調に、怒っているのではないかと不安に思ったが、彼の顔は怒りよりも何か、……苦しさ、寂しさを表していた。
フーゴさん、と呼びかけると、彼の腕が伸び、名前の肩を強く掴んだ。
「あなたと話すために決まってる!くそ、だからジョルノには会わせたくなかったんだ……」
「え、ええと…… ?」
「大体あなたもあなただ!なんだってジョルノは『ジョルノ』で僕は『フーゴ』なんです?名前は教えたはずでしょう?」
早口でまくし立てる言葉の、辛うじて聞き取れた部分でなんとか意味を理解する。
どうやら呼び方の話をしているようだ。ジョルノは『ジョルノ』としか名乗らなかったのでそう呼ぶしかなかったのだが、たしかに以前から仲の良かったフーゴにとっては不服かもしれない。
「ぱ、……パンナコッタ?……どうしよう、なんだか恥ずかしい」
意識してファーストネームを呼ぶのは、急に二人の距離を縮めたようで落ち着かない。そもそも、彼女がフーゴと呼ぶのは、出会い始めに名前で呼んでくれと提案したフーゴに「名前はもっと仲良くなってから呼ぶものだ 」とやんわり断った為だった。噂に聞く奥ゆかしい日本人はそういうものなのか、とその時はフーゴも納得したものだった。
その彼女が、名前を呼んだ。ジョルノへの怒り――嫉妬に燃えていた心が、沈静化していく。名前の肩を掴んでいたことを今気づいたかのように、サッと腕を下ろす。
「ああ、いや……すみません。別に無理に呼んでもらおうってんじゃないんです。あなたに無理はしてほしくない……」
「いいえ、無理なんて。仲良くなれたのに、呼び方を変えるきっかけがなかっただけなの。パンナコッタって、呼ばせてください」
「名前……」
名前が、フーゴの荷物を持っていないほうの手を右手で握る。瞬間、もう一方の彼の手が名前の手を包み込んだ。買い物袋からオレンジが落ちるのが視界の端で見え、ここが坂でなくてよかった、と場違いなことを考える。
「パンナコッタ?」
『僕はあなたを愛している』
「!?」
『返事を聞かせてほしい』
縋るようなフーゴの目に、顔が熱くなる。落ち着け、落ち着け。彼は日本語を練習中なのだ、これに深い意味は無いのだ、と自分に言い聞かせる。
「ま、待って、あなた間違った言葉を覚えてる。その、それ、は、友人に使う言葉じゃないわ」
「いいえ、名前。僕は友人に話しかけてなんていない」
赤面しつつも何とか冷静を保っていた名前の表情はついに崩れ、情けなく眉毛を八の字にしてフーゴを見つめる。
それを見たフーゴは、そんなかわいい顔をしてもダメですよ、と笑った。
「さあ、愛しい人。返事を」
右手を握られ、左手には彼のくれた一輪の薔薇。芳しい香りが鼻をくすぐり、その香りがすでに名前にとって彼を彷彿とさせるものになっていたのを知る。
とっくに、絡めとられていた。
夕凪様、リクエストありがとうございました!
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シニョーラ・フィオーレ
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2016- やぶさかデイズ
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