やぶさかデイズ

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BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

恋のイディオム,etc

「では、今月の全校朝礼での連絡事項は、『頭髪の取締基準』、『生徒の声からの抜粋』。以上でいいかな。」

神室生徒会長による会議のまとめに、まばらに返事の声があがる。時間通りの終了宣言を聞き、なんとなしに黒板に書かれた丁寧な字を眺める。
多くの生徒会でそうであるように、塩中の生徒会にも『書記』がいる。今しがた書記としてこの字をしたためたのは2年の名字名前だ。律が『名字先輩』と呼ぶ彼女はいわゆる優等生で、学年は違えど成績上位者として名前を聞くこともある。生活態度も至って真面目だが、それをよしとしないタイプの連中からは『地味子』と揶揄されることもあるそうだ。たしかに、彼女はとりたてて美人とは言えないだろうが……

「……あっ」
「うん?」

見た目について考えたところで、本人と目が合ってしまった。既に生徒会室には律と名前しかおらず、意図せず2人きりになってしまった。名前が残っている理由はわかる。黒板の文字を消すのも、書記の仕事なのだ。それを律がいつまでも眺めているため、気を遣って消せないでいるのだろう。

「す、すみません名字先輩。ボーッとして。」
「ううん、いいんだよ。何か考え事?」

まさか「あなたの事を考えていました」とは言えず、ええ、まあ、と濁した返事しか出来なかったが、彼女は変わらず微笑んでいる。

「……僕が消していきますから、先輩は先に」

言いながら黒板消しを手に取ると、名前は律の隣まで来て制止する

「いいよいいよ!」

もう一つ備え付けられている黒板消しを手に取った彼女は、「こういう作業、結構すきなんだよね」とはにかんだ。
結局、黒板は左右から二人がかりで消すことになったが、好きと言うだけあって名前が担当した左側は新品のように綺麗に消されていた。
名前は律にお礼を言う。自分の仕事を影山くんにさせてしまった、というのが彼女の言い分だが、律としては自分のせいで要らぬ居残りをさせてしまったのだから、お礼などされると立場がない。
そう考えると同時に、これは彼女の美点なのだ、とも思う自分がいる。自らの帰りが遅くなることを省みず、黒板を見て考え事をしている様子の律の思考をさえぎらないよう待つ。人によっては理解出来なかったり、苛立たしく思うかもしれない。けれど律は美点と受け止めていたし、彼女の周りにいる人間もそうなのだろうと思う。
名前は教室に寄ってから帰るとの事で、そのまま別れの挨拶をした。

彼女に対して少なからず好意は持っている。律が先程のように特定の異性について考え込むことは、名前を除いて他にない。その事は自覚がある。ただ、恋なのかというと、首を傾げてしまう。巷で聞くような『恋』というものは「燃え上がるような」だとかの文言が頭に付いていて、盛り上がっているものなのではないだろうか。今こうして冷静な判断が出来ているのも、「恋は盲目」なんていう例に当てはめるとおかしい気がする。
名前と話していて、安らぐ気持ちはある。日に照らされる彼女を見て、束ねられた黒髪に白い肌がよく映えるな、と思ったこともある。けれど、それを恋と呼ぶには、あまりにささやかすぎる気がした。




結局、律の中で名前がどんな立ち位置なのか結論づけられないまま数日が経った。ただ、おそらく知り合いの女子の中では彼女が1番親しく、それは名前にとっての律もおなじなのではないかと感じるようにはなった。

「(……と、思ってたんだけど。)」

たった今、その考えを打ち消さざるを得ない光景を目撃してしまった。

『待って待って!』
『……なんだ。学校では親しくしないんじゃなかったのか?』
『うーん。きっと聞かれてないよ。ねえ、一緒に帰ろう?』
『買い出しか?』
『わ、なんでわかったの。』

生徒会もなく、珍しく律が早く帰れる日。教室の窓から何気なく顔を出すと、そんな会話が聞こえてきた。名前と徳川だ。

「(普段は敬語を使ってるのに……?)」

生徒会での態度と明らかに違う。あの2人はあんなに親しかったのか?ただの先輩後輩ではないことは確かだ。

男子の中では仲が良い自負があった。だが実際にはそうでなかったことを、名前に問いただしたくなるのを必死に抑える。

「(何をイライラしてるんだ僕は……勝手に勘違いしただけじゃないか。)」

名前の恋人でもなければ、名前に恋をしているわけでもない。なら、気にする必要なんてないはずだ。
明日、生徒会で会った時に聞けばいい。後輩として、普通に。





その日の夕飯は、食が進まなかった。オムライスは律だって好きなメニューだ。けれど。

「(……なんでハートを書いたんだよ、母さん……)」

ケチャップで描かれたマークに、ため息をつきたくなる。母はもちろん、父も兄も平然と平らげているし、気にしすぎなだけとは思う。だが、今の律にはあてつけのようにすら思えた。

「律、全然食べてないじゃない。具合でも悪いの?」

ちまちまと食べる律がさすがに気になったようで、母がスプーンを置いて問いかける。隣にいる兄も、顔をのぞき込んでくる。
家族に心配をかけてはいけない。律は笑ってかぶりをふった。しかし、父だけはそんな律を見て何やら合点がいった、という風情だ。

「母さん、やめとけ。律にもついに春が来たんだ。」
「あらヤダ、この人ったら変に勘ぐって。」

春が来た。その言葉が頭の中で反芻する。そういえば、そんな表現もあったな。名前の顔が思い浮かぶ。

「(花が咲くように、笑う人だ。)」

一緒にいるだけで心が落ち着き、あたたかくなるんだ。
『燃え上がるよう』ではないけれど、『春が来た』のかもしれない。そんな、穏やかな恋もあるのかもしれない。





次の日、放課後を迎えて気づいた。自分は今日、名前に「徳川副会長と付き合ってるんですか」と聞くのか?恋を自覚したまではいいが、1日も経たずに失恋というのはいくらなんでもあまりに酷だ。
だが、自覚したからこそよけいに知りたい。今もいつものように黒板に書き連ねているあの指が、別の誰かに触れているのか。想像の中だけでも耐えがたい。
そんなことばかり考えて、今日の生徒会では全くと言っていいほど集中できずに終わった。
やはり直接聞くしかない。当たって砕けろ、なんて人生で初めて使うかもしれない決まり文句だ。
黒板の字を消している名前に歩み寄り、声をかける。

「影山くん。どうかした?」

振り返った彼女と目が合って、しまった、と思った。一度意識してしまうとどうにも、うまく言葉が出てこなくなる。珍しく言い淀んでいる律を名前は不思議そうな目で見つめたが、すぐに「一緒に帰ろうか?」と微笑んだ。それが更に律から声を奪うことを、彼女は知らない。



名前は無理に聞き出そうとはしない。無言が苦ではないところも、好きなところの一つなのだと気づく。けれどだからと言ってこのまま歩き続けて何も聞けないまま家に帰るわけにはいかない。
意を決して口を開く。

「名字先輩。」

隣の彼女がこちらを見る。続きを待ってくれている。「昨日、」とだけ言うと緊張から間が空いてしまったが、息を吸ってもう1度言い直す。

「昨日、徳川副会長と一緒に帰ってましたよね。」

言い切った。名前の様子は、と盗み見ると、目を見開いて固まっている。目をそらして再び歩き出し、あ、えーと、あれは、と言葉を探している。
何故動揺するんだ?知られたくない関係ということなのか?腹の奥がぐっと重くなるのを感じる。
考えあぐねた結果、彼女は「たまたま……」などとのたまう。律の中で何かが弾けた。

「違いますよね。」

名字先輩から誘ってましたよね。責めるような口調をしたことを頭の中で自分が自分に抗議する。
彼女が俯いてしまったことで抗議の声が大きくなるが、口は言うことをきかない。

「付き合ってるんですか」

ついに立ち止まって、1番聞きたくて、聞きたくなかった質問を投げかけた。名前が顔を上げる。

「えっ……」
「先輩、僕は、」
「ちょ、ちょっと待って影山くん」

名前の静止する声も頭の中の自分の声も聞こえているはずなのに、全部無視をした。ここまで来て引き下がれない。

「僕は!……あなたが笑いかけるのは、僕であってほしいと、思ってます。」

好きだ、と言えれば良かったのだろう。けれどこれが律の精一杯であり、本心だった。
自分のものになってほしいとは言えない。ただ、名前が笑う時に隣にいるのは自分でありたい。矛盾したようなこの気持ちが真実だ。
この本心を、彼女はどう思うだろうか。恐ろしいのに、やっぱり気になって名前に目を向ける。

「えっ……せんぱ、い」

さぞ迷惑だろうと思った。なのに、名前の顔は真っ赤に染まっている。こんな彼女は初めて見た。律は照れるよりも先に狼狽えた。真っ赤なだけならいい。でも、先輩は涙目じゃないか!

「つ、付き合って、ない……!」
「えっ、じゃあ」

「いとこだ。」

突如第三者の声が降りかかり、律と名前は同時に振り返る。

「副会長!?い、いつから」

律が問うと徳川は短くため息をつき、途中から聞こえていた、と返した。

「趣味悪いよ……」
「道の真ん中で問答しているからだろう。好きで聞いた訳じゃない。」

名前が恨めしそうに徳川を睨む。
いや、それよりも、彼は先程なんと言った?

「……いとこ、って……?」
「言葉の通りだ。俺と彼女の母同士が姉妹、とまで言えばいいか?」

絶句して名前を見ると、未だ赤い顔を縦に振った。
いとこなんて隠す必要がないじゃないか……。
思ったまま口にすると、名前はバツの悪そうな顔で説明をする。

「その……2人とも生徒会でしょ?一族揃って真面目ーとかって、また周りからからかわれちゃうかなって……」
「下らないが事実だ。ただのいとこだと、安心してくれていい。」

なんて紛らわしいことを!
徳川の言い方も引っかかる。からかわれているのはこっちだ。
名前と徳川が付き合っていると勘違いして告白……のようなものをしてしまった。今更そのことが現実だと頭でわかりはじめ、顔どころか体も熱くなる。名前だけならまだしも、徳川に知られてしまった。

「もう!いいから帰りなよ!」
「そうさせてもらう。……ああ、影山。」

1つ言っておく、と言いながら、徳川は律の前に立ち、見下ろす。

「俺は叔母から、名前を頼む、と言われている。
名前に何かあれば……手段は問わない。そのつもりでな。」

なんの手段だ……と言いたくなったが、あまり聞きたくないのでやめておいた。彼は律の返事を待たない内に再び帰路を歩き出した。『ただのいとこ』は、あんな脅しのようなことを言うだろうか……。
体の火照りも冷めるような徳川の瞳を思い出し、身震いする。

「影山くん、ごめんね!お兄ちゃんみたいな感じで、ちょっと過保護なだけだから!」

そう弁解する彼女と目が合い、2人同時に気まずくなりうつむいてしまう。

「ええと……さっきの、って……」
「……すみません。僕の勘違いでご迷惑をおかけしてしまって。」

律が頭を下げ謝罪すると、名前は弾かれたように顔を上げる。そんなことない、と必死に訴えかける。

「あの……私、こういうの慣れてなくて、なんて言ったらいいかわからないんだけど」

あたふたと手振りをしながら話す姿は、理知的で落ち着いている普段の彼女とは全く別人のようだ。つい目が離せないでいると、名前と視線がかち合う。

「……私も、一緒なの。影山くんが笑ってくれるの、好き、で……」

また、声が出なくなる。今度は頭も真っ白だ。

「その……隣に、置いていただけますと……幸いに存じます……」

気づくと足が動いていた。震える手を掴んで、額を合わせた。お互い、同じくらい熱い。彼女が近さにたじろぐのは気付かないふりをする。

「なんですか、その敬語。」
「う……笑わなくても。」

仕方ないでしょ、余裕ないの、と口をとがらせるのが彼女のイメージとかけ離れていて、また笑ってしまう。

先輩、と呼びかけると、今度は緊張した面持ちで見上げられる。これも見たことのない表情だ。

「隣にいて下さい。あなたのことを、もっと知りたいから」

名前は目を見開いて、また涙を溜める。かと思うと、今度は「はい!」と、見たこともないような綺麗な笑顔を見せた。

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2016- やぶさかデイズ