やぶさかデイズ

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BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

03.4月14日

 明くる日、クラスは事件の話でもちきりだった。やはり、死体の第一発見者は小西先輩らしいと噂されていた。
 放課後は昨日と同じく、二階にいるだろう兄の元へ向かう。別に兄妹で一緒に帰る習慣なんてないけれど、いまは一人で帰る気にはなれなかった。

「お、鳴上、妹ちゃんだぜ」
「おおー!あ、名前ちゃんも一緒にジュネス行かない?」

 またも二階にたどり着く前に兄一行と出くわした。今日は雪子さんはいないらしい。

「ジュネス?寄り道ですか?」
「そ!うちのテレビ買いたいから、下見」

 千枝さんがいると不思議と明るい気持ちになれるな、と彼女の笑顔を見て思った。することも無し、素直について行かせてもらうことにした。

「そーいや名前ちゃん、知ってっか?こいつ昨日、マヨナカテレビ試したらしいんだけどさ、テレビに吸い込まれたとかって言うんだよ」

 寝ぼけすぎだよなあ、と笑う花村さんを見ると言い出しづらくはあるが、私も全く同じ体験をしている。おず、と挙手をすると、千枝さんと花村さんが私に注目した。

「実は、私も……吸い込まれそうになって」
「え……」
「は……ハハ、なに、兄妹そろって同じ夢見たんか?それはそれですごいけどさ」

 それでもあくまでも夢だった、と結論付けられてしまう。まあ、自分にとっても現実味がない出来事だったので仕方ないけれど。




 家電売り場は店員も他の客もおらず、貸切状態で千枝さんと花村さんがテレビを物色する。私と悠は、商品の中で一際大きな薄型テレビの前に立ち止まっていた。

「ね、これだけ大きいとほんとに入れたりして」
「同じこと考えてた」

 笑いながら同意すると、悠は一歩前に出てテレビに手をかざす。

「え、ちょ、ちょっとやめなよ」
「!」

 悠の手は留まることなく、暗いテレビ画面に吸い込まれた。咄嗟に腰にしがみつくが、当の本人はケロッとした顔をしていて若干腹立たしい。

「花村さん、千枝さん、助けてーっ!!」
「ん、どしたの名前ちゃ……」
「うううう腕が刺さっとるー!?」

 ばたばたと駆け寄っては来てくれたが、二人は私に加勢するでもなく周りで騒ぎ立てている。手品じゃないから、ほんとに刺さってるから、一緒に兄を引っ張って欲しい。

「頭も行けるかも」
「味を占めるなー!!」
「バカよせ、何してんだお前ー!!」

 私と花村さんの叫びも虚しく、我が兄は本当に頭までテレビに入り込んでしまった。
 
「す、すげえーっ!!」
「おお、中の空間は結構広そうだ」
「中って何!?」
「く、空間って何!?」

 悠と周りの温度差が明らかに合っていない。こんな得体の知れない現象に好奇心丸出しにしないでほしい。ずっと兄の腰を引っ張ってはいるが、謎の力に引っ張られているわけではなくどうやら単に悠が抵抗しているだけらしい。なぜそこまで頑なに覗くのか。

「やっべ、ビックリしすぎでモレそう……」
「はーっ!?」
「ちょっとこんな時に何言ってるんですか!?」

 もはや大混乱、何に驚けばいいのかもわからない。花村さんは本当に催してしまったらしく、背を向けて走り去ってしまう。
 ……と思いきや、すぐに戻ってきた。股間を押さえているのでトイレにはたどり着けていないだろう。

「客来る、客!」
「えっえっ、どうすんのコレ!?」
「こ、こんなとこ見られたらまずいですよ!」

 悠以外で慌てふためき、わたわたと歩き回る花村さんと千枝さんがあっという間にこちらに近づき……近づき?

「え」
「うわ、ちょ、まっ!!」

 二人はなぜか同じタイミングで私と悠にぶつかり、四人仲良く、なす術もなくあるはずのない空間に落ちていった。




「うわっ!」
「いって!」 
「ッ!」

 ほどなくして衝撃があり、各々が唸る。私はというと、衝撃はあるにはあったが、なにかがクッションの役割を果たしたようで、

「って、悠!? ううううそごめん、私下敷きに……!!」
「いや、わざとだから大丈夫だ。名前こそ、ケガはないか?」
「な、ないけど……」

 悠は事もなげに立ち上がると、辺りを見回した。それに続いて視線を巡らせる。
 霧のようなモヤで視界が悪いが、どうやらスタジオ……のような設備の上にいるようだ。全体がいやに黄一色のカラーリングで目が痛くなる。

「こんな場所、ウチらの町にないよね……?」
「あるわけねーだろ……」
 
 不気味。ジュネスの家電売り場から『落ちた』のだから、下の階にたどり着くならわかる。だがこれは、そんな物理法則なんて無視している。ワープ……なのだろうか。そんなテレビゲームじゃあるまいし。

「……私たち、上から落ちてきましたよね……?」
「うん……」
「ど、どうすんだよ、上がれそうにもねーし……」

 不安から、互いの顔を見合う。これからどうなってしまうのだろう。帰れなかったらどうしよう。
 誰しもが同じ気持ちだと思ったが、悠だけは口を開いた。
 
「辺りを調べよう」

 毅然としていた。なんでこうも頼れるのだろう、この人は。と思ったが、そもそもこんなことになったのは調子に乗ってテレビの中に身を乗り出していたこの男その人のせいなのだと思い出して、やっぱり評価を改めるのは保留することにした。

「お、おう、冷静だな……。うん、そうだな、冷静に、とりあえず出口を探そう」
「出口なんてあんの……?」
「なきゃ帰れないだろ!?あんの!!なきゃ困るの!」

 冷静に、と言った次の瞬間に声を張り上げる。兄のクールさはこの状況では異質ですらあったので、むしろ花村さんのこの普通さに安心した。
 
 手分けした方が早い、というのは探し物をするときによく聞く言葉だが、いま誰かがはぐれるのは恐ろしすぎる。四人でまとまって出口を探すことにした。
 スタジオから伸びる通路を渡ると、その先は雰囲気がガラッとかわった。廊下の端に手すりがあり、それを乗り越えると外……なのかもしれないが、霧が深くどこまで下が続いているのかもわからない。ここを下るのはとりあえず無しだ。
 となると、その先……ドアの形をしている、どこに繋がっているかもわからない方へ進むしかないだろう。

「なにここ、部屋……?」
「お、この辺霧薄いな。ふー、ちょっと落ち着く……」

 アパートの一室といった様子だ。なぜスタジオからアパートに続いているのだろう。ここからさらに先はないのだろうか、と部屋を見渡そうとする。

「ひっ!?」

 思わず漏れ出た悲鳴。振り返ると壁一面に顔だけが破られたポスター、赤い血のような跡があったらびっくりもする。

「ね、ねえ何ここ、出口なんてないじゃん!」
「うっ!」

 突然、花村さんがうずくまる。不気味な内装に気分が悪くなってしまったのだろうか、と近づいて背中をさすった。

「もう無理……俺のボーコーは限界だ……!」
「え?」

 今までにない俊敏な動きで部屋の隅に移動すると、なにやらガチャガチャと音を立てる。

「ちょっ花村!?何やってんの!?」
「くっ……見んなよ!見られてっと出ないんだよ!」
「そんなとこですんのが悪いんじゃん!?」

 結局諦めたらしく、「ボーコー炎なったらお前らのせいだからな……」と恨み言を囁きながら向き直る。まだ短い付き合いなのに、花村さんのイメージが「漏れそうな男」で固定されていってしまう。

「にしても、なにこのポスター……全部一緒のだよ」
「この人に恨みがある、とかですかね……」
「これとか、あからさまにマズイ配置だよな……」

 花村さんの視線に釣られて見上げると天井から赤いヒモのようなものが輪っかに結ばれて降りていた。そして、その下には椅子が。……自殺、という言葉が真っ先に思い浮かぶ。

「ね、戻ろ……さっきんトコ戻って、持っかい出口探したほうがいいよ……」
「ああ……戻ろう」

 入ってきたのと同じドアへ、みんなが歩き始める。どうしても壁のポスターが目に入り、私は俯きがちになった。

「なあ、あのポスターってさ、どっかで……」
「いいから、行くよもう!それに、さっきから気分悪い……」

 千枝さんに言われて初めて意識したが、たしかに体が重い気がする。雰囲気酔いならまだ良いのだけど、なにか悪いものでも吸い込んでいたらと思うと恐い。

「わかった、戻ろう。なんか、マジ気持ち悪くなってきた……」




 
「お、おい、止まれ!なんかいる……!」

 先頭を歩く花村さんが立ち止まる。もう先程のスタジオには戻ってこられたようだが、たしかに先の方に影が見える。霧でよく見えないが、人のフォルムではなさそうだ。
 目をこらして見てみよう、と一歩前に出ると、謎の物体がぴょっこぴょっこと珍妙な音を出しながら近づいてきた。
 ……着ぐるみ、だろうか。

「何これ?サル……じゃない、クマ?」
「何なんだこいつ……」
「き、キミらこそ誰クマ?」

 喋った。思わず全員身構える。なんなんだ、人なのだろうか。先住民?着ぐるみの?

「だ、誰よあんたっ!?やる気!?」
「そ、そ、そんなに大きな声出さないでよ……」

 千枝さんの威嚇に、意外にも怯えて頭を抱えている。……いや、本当は耳を押さえたいのかもしれないが、手が短くて全く届いていない。ちょっとかわいいと思ってしまっている自分がいる。

「キミは誰?」
「クマはクマだよ?ココにひとりで住んでるクマ」
「そうか。クマ、ここはどこなんだ?」
「ボクがずっと住んでるところ。ココは、ココにいるものにとっての現実だクマ」
 
 悠が優しく訊くと、素直に答える。と、いうか本当に先住民だった。

「最近、誰かがココに人を放り込むから、クマ、迷惑してるクマよ」
「は?人を放り込む?」
「とにかく、危ないからキミたちは早くアッチに帰るクマ!」
「ちょっと、いきなり出てきて何なワケ?ここはどこなのよ!」

 千枝さんに苛立ちを隠さず詰め寄られると、着ぐるみは千枝さんを避けるように悠の後ろに回り込んで身を震わせる。

「クマさん。私たち、帰り方がわからないの。クマさんは知ってる?」
「…………知ってるよ?」
「何!?」

 兄に倣い、しゃがんで努めて優しく問いかけると、クマは頬を赤らめて小首を傾げた。着ぐるみだとしたら、どういう原理で赤くなるのだろう……。

「は、早く出してよ!」
「……出たい?」

 千枝さんの怒号が今度は気にならないらしく、私の方を向いたままもじもじとしている。もちろん、答えはイエスだ。出たい、と返すとクマは「じゃあ〜」と勿体ぶる。クマの背後で花村さんと千枝さんが鬼の形相をしている。素直に吐いた方が身のためだよクマ、と心の中で忠告する。

「キミのことー、ハニーって呼んでもいい?」
「はっ、ハニー!?」
「呼んでいいなら、クマが出してあげるクマ」

 そんな交換条件があるか。それはちょっと、とやんわり断ろうとすると、千枝さんと花村さんが腕で丸のジェスチャーをしているのが見えた。オッケーしろ、ということだろうか。「減るもんじゃないんだから」「外に出ればもう会うことはないんだから」、そんな言葉が聞こえるような気がする。そんな顔をしている。
 
「…………い、いいよ」
「! ハニーー!!」

 抱きつかれる寸前で悠がクマのトサカのような部分を掴んで止めてくれた。
 
「おい、気ぃ済んだだろ!」
「ここから出してよー!」
「気が短いヒトたちクマね……ほいっ」

 たんっ、とクマの足が床を叩くと、どこからか古臭いデザインのテレビが現れた。

「んだこりゃ!?」
「さー行って行ってクマ。霧が晴れる前に帰るクマー!」

 妙なやりとりで長引かせたのはクマ自身だというのに、ぐいぐいと私たちをテレビのほうへ押す。
 まさか、まさかこの小さなテレビ画面をくぐれってこと!?

「あ、ハニーはまた来ても匂いで見つけてあげるから大丈夫よっ」

 誰が来るかと文句を言おうと体を捻ったが、なぜか苦もなく、私たちはまたもテレビの中へ落ちていった。

 
 
 
「……あれ、ここって……」

 気がつくと、ありふれた日常の中に戻っていた。クリアな視界、耳に残るテーマソング。先程までいたジュネスの家電売り場だ。うるさいくらいの雑音が安心する。

「そうか……思い出した、あのポスター」

 花村さんが指さす先には、演歌歌手の柊みすずのパネル。言わんとしていることはすぐにわかった。テレビの中で見た、顔のないポスターは彼女のものだったのか。

「最近、ニュースで騒がれてるよね。旦那が、この前死んだ山野アナと不倫してた……とかって」
「おい、じゃあ……さっきのワケわかんない部屋、山野アナが死んだ件となんか関係が……?」

 嫌な想像が過ぎる。顔だけを破られた柊みすずのポスター、血だらけの壁、意味ありげな配置の輪っかと椅子、山野アナの不審死。なぜか、異世界のようなあそこと、現実に起きた事件がリンクしているような気になってくる。

「あー!!もうやめやめ!今日の事まとめて忘れる事にするね、俺。ハート的に無理だから!」
「なんか、寒くなってきた……気分悪いし、帰ろ?」

 夢を見ていたんだ、とみんな口々に言いながら、それぞれの帰路についた。内心は、とても夢だなんて片付けられなかったけれど。





「おう、おかえり」

 家に帰ると、遼太郎さんと菜々子ちゃんが食卓についていた。テーブルにはカップ麺。お湯を注いで待っている状態なんだろう。
 ただいまです、なんて妙な日本語を口にして居間に足を踏み入れたが、どうにも頭痛がする。

「すみません、私ちょっと……具合悪くて。部屋にいますね」
「風邪か?いかんな。後で薬持ってってやるから、休んでろ」
「はい……ありがとうございます」

 菜々子ちゃんの心配そうな表情に、できる限りの笑顔を返して自室へ向かった。




 今夜は霧が深く、窓からは何も見えない。カーテンを閉め、部屋着に着替える。寝るべきなのはわかっているのだけどどうにも胸騒ぎが収まらず、ベッドに身体を投げ出してただ無為に時間が過ぎ去るのを待った。あまりにも無音だと思ったら、この部屋に時計を持って来るのを忘れていたようだ。針の音が恋しくなるとは思わなかった。
 そのうち、部屋の外から誰かが階段を上がる音が聞こえてきた。薬を持っていく、と言ってくれた遼太郎さんだろうか。寝転がって出迎えるのはなんだか気恥ずかしく、ベッドに座り直した。
 二回ノックがあってから聞こえてきた声は、叔父ではなく兄のものだった。拍子抜けした気持ちを隠さず、どうぞーと間延びした返事をした。

「これ、薬」
「うん、ありがとう」

 渡された水と一緒に、錠剤を飲み込む。飲みきらなかった水をどうしようか、と考えた矢先に、薬の瓶と共にコップも奪われた。残っていた水は2錠の薬と共に悠の喉を流れていった。

「悠も具合悪いの?」
「ああ。俺も今日は休むよ」

 やっぱり、この不調は今日の異常現象のせいだろうか。他の二人も具合が悪いと言っていたし、心配だ。
 扉の前まで移動した悠は、ドアノブに手をかけながら振り向き、「少し、話いいか」と小さな声で言った。その顔は沈んでいるように見えて、何も言えずに私はただ頷いた。

「この間会った、小西先輩。行方不明らしいんだ」
「え!?」

 それで遼太郎さんから「なにか知らないか」と聞かれたらしい。刑事である彼が言うなら、単なる噂などではなく本当に消えてしまったのだろう。もちろん、ちょっとした家出という可能性だってあるのだろうが……小西先輩は、山野アナの事件の第一発見者。そう考えると、嫌な方嫌な方に想像してしまう。
 続けて悠は、先程見たニュースについて話し始める。山野アナは事件の前に天城屋旅館に泊まっていたらしい、と。

「天城屋旅館?」
「ああ、名前は知らないか。雪子の実家なんだ」
「雪子さんの……?」

 それで最近忙しくしているのだろうか。単に家の手伝いというより、警察からの調査なんかも受けているのかもしれない。

「……なんか周りの人が、どんどん……」
「ああ。……嫌な感じだ」

 この町に来てから知り合った人が、事件に巻き込まれていくような。
 どうしようもない不安に駆られて、自分の腕をさすった。そんな私の様子を見て、悠は「ごめん」と謝った。

「余計な心配させたな。俺も……不安だったみたいだ」
「ううん。……先輩、早く見つかるといいよね」

 今度こそ寝る、と部屋を後にした背中を見送ってから、頭まで布団を被る。起きていてもろくな考え事をしないような気がして、なるべく無心で、むりやり寝た。

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