「え、その流れでよく断ったね?」
大学のカフェテリアで、ミルク多めのカフェラテを片手に友人は言った。
話題は、昨日の幼馴染からの告白?事件だ。
「いやあ……だってこわかったし」
「ま、そりゃね……でも私はてっきり、名前は満更でもないのかと思ってたんだけど」
音石くんのこと、と付け足す彼女の顔を思わず見ると、イタズラっぽく笑っている。
「私が?なんで、ただの幼馴染だよ。弟みたいなもん」
「そうかなあー?迫られてドキッとしたんじゃないの?」
更に探りを入れてくる友人に、言葉が詰まる。たしかに、明の真剣な顔が近づいた時、不覚にも魅力的な男性に見えてしまった。口振りは強気なくせに、自信なさげな表情で「付き合ってやる」なんて言われて、心臓がぎゅっとつかまれたように感じた。
けれど、けれど。
「……好みじゃないし」
絞り出した私の言葉に友人は深いため息をつく。「お互いに素直じゃないよね……」と。
「……明、いつから『あんな』になっちゃったんだろう……。昔は普通の男の子だったし、仲良くしてたのに」
「……名前、まさか気づいてなかったわけ……?」
意味がわからず見つめると、友人は先程よりも更に深く長いため息をつき、カフェラテを勢いよくテーブルに置いた。
「音石くんが変わっちゃったの!名前が高校で彼氏作ってからだから!
下校デートを目撃しちゃった音石くんを目撃しちゃったときなんてもう……見てるこっちが辛くて……!!あれから音石くん、明らかに荒れちゃったんだからね!!」
勢いよくまくし立てると酸素が不足したのか、肩で息をしながら「いや……名前が悪いって言いたいんじゃ……ないんだけどね……!」とフォローを入れてくれる。
「とにかく!音石くんはあんたのことずーっと想ってたんだから!そこらへんちゃんと……」
「えっ、ちょっと待って」
さっきから話がおかしい。私に彼氏が出来て明になんで影響が?明は私をずっと想ってた?そんなわけない、だって明は軽い男で、好きじゃない子と簡単に関係をもつような人間だ。
悶々と考えていると、友人は私の心を見透かしたように「本人に聞けば?」と締めくくった。
「なんでいんだお前」
「明。おかえり。空いてたからお邪魔してます」
明の部屋に、主がいない間に入り込んでいたのだけれど、さすがに突っ込まれてしまった。
「空き巣かオメーはよォー」と言いながら上着も脱がずにベッドに腰掛ける。頬杖をついて、用件を聞こうとしてくれているのかこちらに視線を向ける。けれどいざ聞くとなると途端に緊張してくる。「私が彼氏作ったから荒れちゃったの?」なんて、自意識過剰にも程があるのでは。床に正座して悶々と考える。すると、明がフッと短いため息をつくのが聞こえた。
「昨日の今日で来るってことは、『そういうこと』って思っていいのかよ、名前チャン」
昨日と変わらない軽薄な物言いにムッとするけれど、よくよく考えてみるとたしかに、交際を断った翌日に家に上がり込むなんて、非常識なのは私だ。考えなしに突撃してしまった、と段々落ち込んで来る。言い返さない私を不審に思ったのか、オイ、と呼びかけられる。
黙っていても仕方ない。聞いてしまおう。
「あのさ、明」
友人に聞いた、という前置きはしっかり言った上で、本題を切り出す。話しながら明の顔を窺ったけれど、表情は読み取れない。
私の質問に、明は「覚えてねえな」と呟いた。
「なんであんな男と付き合ったんだよ」
「なんでって……告白されたから」
「あ゛ぁ!?それだけかよ!?つーかお前昨日は断ったろ!!」
「昨日のあれは告白じゃない!!高校のときは、その、好きって言われたから……」
高校時代の思い出を声高に言うのがはばかられて口ごもってしまうけれど、ここで挫けるわけにはいかない。1番大事なことがある。立ち上がって私は言う。
「明は私のこと好きじゃないじゃん!!遊びで付き合うなんて有り得ないから!」
自分で口にした言葉なのに、胸がチクリと痛む。私は明に好かれたいんだろうか。
頭をよぎった疑問を振り払って明を睨みつけると、なんとも……嫌そうな顔をしていた。
「……何、その顔」
「何ってこっちのセリフだろ……この期に及んで何言っちゃってんだアンタ……」
頭まで抱え出す。残念な人間を見る目なのが面白くない。明はベッドから立ち上がり、私の目の前まで歩み寄り見下ろす。不機嫌そうな顔だ。
きっと私も同じような顔をしている。
「言えばいいのかよ」
「……ん?なにを」
言う?なにか言葉を求めたつもりではない。理解出来ず聞き返すと、盛大な舌打ちをされる。怯んで後退しそうになるけれど、実際にはそうはならなかった。
明が私の腕を掴んだのだ。
「…………」
「…………」
「…………すっ」
「……?」
「…………き、だ」
きだ……?ますます何の話かわからなくなってきた。首を傾げると明は痺れを切らしたように私の腕を引き寄せた。鼻がぶつかって痛い。
明に、抱きしめ、られている。
「え、あきっ、」
「好きだっつってんだろうがメンドくせぇ女だなッ!!」
背中に回された腕がよりきつく締められる。ちらりと目を遣ると、表情は見えないけれど耳が真っ赤だ。
明は、いま、好きだと言った。
顔に熱が集まるのがわかる。何を言わなくてはと思っても頭が真っ白で、一旦離れて落ち着こうともがくけれど解放してもらえない。
「う、うそつくのやめて」
苦し紛れに言ってみるも、ついてねえ、と声が降る。
「し……信用できないから、保留……」
「オイ、もう待たねぇぞ。何年待ったと思ってんだ?」
まるでずっと昔から好きだったような言い方をする。そんなわけない。女の子と遊んでるのは知ってるんだから。
そう言うと、「ンなのは遊びだろうが」と呆れた声が返ってくる。堂々と言うことじゃない。
「変わったとかは知らねー。……けど、まっ、オレはずっとアンタしか見てねぇよ」
少し体を離して目を見つめて言うものだから、うつむいてしまう。鼻の奥がツンとする。声を出してはいけないと思うけれど止められなくて、しゃくり上げてしまった。さすがに明も驚いたようで、呼びかけられる。
「だっ……て、明なんかカッコよく見えて……なんなの……」
「……バカか、明クンはカッコイーだろうが」
照れくさそうに笑って言う顔は、昔から変わらない私の知ってる明だった。
「私、明のこと嫌いじゃないよ」
「かわいくねぇ女だな。好きって言えよ、知ってんだよ」
幸福を感じるし、このまま明と一緒にいられたらと思う。けれど、私にはまだ不安がある。
「じゃあ、ここにあるもの持ち主に返してきたら、言ってあげる」
明の引き攣った顔は見ないふりをして、散乱する盗品だろうものたちの片付けを始めた。
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リナリア
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2016- やぶさかデイズ
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