テニラビ時空(めっちゃ2月に合宿所にいる) 不二と観月のサンド夢!
ルート分岐(短い)があります!この話の最後にも選択肢リンクがあります。
とにかく覚悟して読んでください!!

 いくら日頃選手たちに地獄の練習量を課している合宿所とはいえ、オフの日は存在する。いつもはみんなのサポートでてんやわんやの私たちマネージャー組も、休みとなれば思い思いの休日を過ごすのだ。
 しかしおそらく今日ばかりは、マネージャーたちのすることといったら一つだろう。なんていったってバレンタインだ。当日は普通に練習がある日だけど、そのすぐ近くのオフが今日なのだ。準備するなら今日しかない!というのは、きっとみんな考えているはずだ。
 バレンタインはマネージャーのみんなと友チョコを交換する話になっているので、せっかくなら手作りしてみたい。そんなわけで今日までにレシピを調べに調べた私は、これからスーパーに買い物に行くのである。


 スマホ、財布、トートバッグ。降らないって分かってるけどお守り代わりの折り畳み傘。買い物以外に用事がないと、荷物はすごく軽くなる。買うもののリストをスマホで確認しながら、私はトートバッグを肩にかけて、合宿所を出るためにロビーに向かった。すると、「やあ」と聞き覚えのある声に呼び止められる。

「晴ちゃん、買い出し?」
「あ、ふ、不二先輩。そうです、ちょっと個人的に……」
「やっぱり。一人だと心配だから、もしよかったら付き合わせてよ。どこに行くにしても、合宿所からだとちょっと遠いしね」
「えっと……じゃあ、お願いします」

 そこまで言われたらさすがに断れない。私がおずおず頭を下げると、不二先輩はにっこりと口角を上げた。そのままの勢いでまた口を開く。——く、来る!

「ついでにボクともお付き合いしない?」
「うあ!あ、あの!あの……!」

 やっぱり……!

 私はトートバッグを抱きしめた。買い物前で大したものは入っていないから頼りない。でもそうせざるを得なかった。「ご、ごめんなさい!」不二先輩が次の爆弾を落とす前に叫んだ。私にしてはかなり大きな声が出て、自分でびっくりして肩を揺らした。

「何事ですか!?」
「うわあ!」

 また聞き覚えのある声。出た!と続けそうになるのをすんでのところで堪え、私は声のした方を振り向く。やっぱり観月さんだ!

「不二くん……、あなたですか。また満谷さんを困らせて……」

 観月さんは苛立たしげに髪の毛をくるくると弄りながらこちらに歩いてきた。途中私と目があった時だけにっこり微笑みかけてくるのが逆に怖い。

「観月。気づいてないみたいだから教えてあげるけど、むしろキミの方が晴ちゃんのこと怯えさせてるよ。早く部屋に戻った方がいいんじゃない?」
「はあ!?大体、馴れ馴れしく名前で呼んでいる時点で彼女が迷惑しているのは明らかでしょう!満谷さん、あなたも嫌なら嫌とはっきり言ってやらないと。あなたの優しさと思いやりのあるところはもちろん輝かしい美点ですが、不二くんのような強引で嫌味な人には勇気を出してそれくらいしないといけませんよ」
「自分が意気地なしなせいで名前で呼べないのを、ボクが悪いことにして発散しないでくれないかな?晴ちゃんは迷惑なんてしてないから。人のことこそこそ盗み見ばっかりしてるくせに、結局正しいデータが取れてないのは相変わらずみたいだね」
「何を……!」
「あ、あ、あの!」

 相変わらずなのは二人の仲の悪さなんですけど!

 必死に声を張り上げると、二人はぱっとこちらを向いた。こ、怖い……。
 観月さんは「これは失礼」と咳払いをする。不二先輩は私の方を向いてにっこり笑って、「ごめんね晴ちゃん。観月のことはほっといて、早く行こう」と私の隣に並んだ。

「待ちなさい!……満谷さん、これからどこかに行かれるのですか?ボクにも教えていただけませんか」

 観月さんは不二先輩を鋭い声で呼び止めて、私に丁寧に問いかけた。さすがに答えないわけにいかない。

「え、えっと、スーパーに……自分用の買い出しに……」

 大したことないんですけど!と続ける前に、観月さんは「なるほど」と頷いた。

「そういうことでしたら、やはりボクにもご一緒させてください。……不二くんと二人きりも不安でしょうし」
「へえ?」

 ものすごくトーンが低い「へえ?」でしたね!? 慌てて「ふ、不二先輩!」と横を振り向くと、不二先輩は私がぎょっとしたことが分かったのか、「ふふ、冗談だよ」と笑いかけてきた。仮に冗談だったとしたらユーモアのセンスがなさすぎると思う。

「あの、というか、別に私は一人で行くつもりだったので……先輩たちに付いてきてもらわなくても大丈夫なんですけど」
「それはいけませんよ」
「うん、危ないし」
「荷物もボクが持ちますから」
「迷わないし暇もつぶせるし、いいことだらけだと思うけどな」

 一応切り出してみたが無駄だった。仲が悪い割に息が合っているのが本当にタチが悪い。私は「ハイ……」と弱々しく返事をして、ごきげんなのかバチバチなのか分からない二人に連れられるようにして合宿所を出るのだった。


「そういえば、個人的な買い出しって聞いてから気になってたんだけど。……このラインナップ、やっぱりもしかしてバレンタイン用?」

 行きもスーパーで買い物をしている最中も比較的平和(ひやひやするような会話が少なかった、くらいの意味合いだけど)だったから完全に油断していた。私は先輩たちに挟まれるようにして歩きながら、指し示すように軽く掲げられたトートバッグを見る。中に入っているのは、ココアパウダーとチョコレートとバターだ。必要な材料のいくつかは借りられることになったから買っていないけれど、まあ、そんなこと関係なしにバレる。なんせ板チョコを4枚も買っているので。もう、私はバレンタインに手作りお菓子を作ります!と叫んでいるようなものだ。

「まったくデリカシーのない……。でも、そうですね。ボクも少し気になります。今日はバレンタインに一番近い休日ですから」

 追撃とばかりに観月さんが的確な指摘をしてきて、私は思わず縮こまりそうになった。半笑いぐらいのよくわからない表情で、「そ、その……そうです」と肯定すると、不二先輩は「やっぱり」と笑った。

「でも、別に普通に義理というか、友チョコ用で!」
「ふうん?」
「そうなんですね。ちなみに、何を作る予定ですか?」
「ガトーショコラですかね……」
「いいね。美味しそう」

 もうなんか、あれだ。捕まった宇宙人の気分だ。だってもう、次に何を言われるか大体予想がつく。

「ボクも食べたいな、晴ちゃんが作ったガトーショコラ」

 はい来た!おまけに不二先輩お得意の完璧な笑顔つきだ。分かってはいても躓きそうになって、私は慌ててそれを悟られないように次の足を踏み出した。……つもりだったが、観月さんに「大丈夫ですか?」と即座に声をかけられてしまった。私は「だ、大丈夫です……」と弱々しい返事をする。そんな私を心配そうな眼差しで見つめた後に、観月さんはやれやれと首を振った。

「不二くん……。あなた、やっぱり強引すぎますよ」

 観月さんが言えたことではないのではないか……? 確かに不二先輩と観月さんが一緒にいると、観月さんが不二先輩をたしなめるような立ち位置になることが多いのだが、それはもう完全に棚上げムーブなわけで……。観月さんの素は多分裕太くんといる時のテンションなんじゃないかとは思うが、かと言ってその勢いで来られたら本当に収拾がつかなくなってしまう。妙にしおらしくて動揺はするけれど、正直ありがたくはあるので、そのまま止めないでおいているのだ。

「ふうん?観月はいらないの?晴ちゃんからバレンタインのチョコ」

 ……ガトーショコラってやっぱりチョコレート判定なんだ……。

「そうは言っていないでしょう!ただ、大切なのは彼女がすすんでボクに贈ってくれるということですから、不二くんのようにプライドのないねだり方はしないというだけです」

 観月さんがなんだかすごいことを言っている間に、合宿所に着いた。私はもちろんそそくさとその場を離れようとしたのだが、不二先輩からトートバッグを取り返すことができない。しまった。荷物は死守するべきだったかもしれない。

「満谷さん、……一応、ボクの気持ちを伝えておきますよ。ボクは貴女のことが好きです。好きな相手からバレンタインのチョコをもらいたいと思ってしまうことは、……自然なことだと思いますが」
「晴ちゃん、バレンタインのチョコ、くれる?……ボク、本気なんだけどな」

 立ち尽くす私に二人はそれぞれ異なる視線を向けた。……祈るような、獲物を見るような、からかうような、慈しむような。いや、すべて私の気のせいなのかもしれない。それでも、二人の目は確かに私を焼く。キャパオーバーだった。二人から向けられる気持ちに太刀打ちできない。受け止めきれない。いつもなら冗談だと思えるのに。「すみません」「ごめんなさい」でなんとか押し通れる気がするのに。今この時ばかりはなぜか、本当にどうしようもなかった。

 私の頭の中はこんなに色んなことを考えてしまったのに、まだ二人とも何も言わないということは、これは一瞬のことなのだろうか。時間がすごく長く感じる。とにかく私は本当にこの場から逃げ出したくなって、目を逸らして通路の方を見て——
 そこを歩いていた裕太くんと目が合った。

 裕太くんは「げ!」と言いたげに目を見開いて、渋い顔をしてこちらに近寄ってくる。それと同時に、さっきまでの異様な雰囲気も溶けるように消えていった。

 やっぱり気のせいだったのかも。私は裕太くんが「観月さんも兄貴も……何してるんですか」と眉を寄せるのを見ながらそう思う。

「何って……、不二くんが満谷さんにバレンタインのチョコを意地汚くせびっていましたね」
「観月はすっごく回りくどくてめんどくさいおねだりをしてたよ」
「満谷……」

 半分諦めたように私に視線をよこした裕太くんは、「えっと……大体あってる、かな……」と返す私の疲労困憊ぶりを見て、遠い目をする。

「なんつーか、あんま満谷のこといじめないであげてくださいよ」
「やだなあ裕太。いじめてなんてないよ。ボクは晴ちゃんが大好きなだけ」
「誤解です裕太くん。いじめているのは不二くんだけですよ。ボクは満谷さんを心底大切にしたいだけで」
「なお悪い……。満谷、あのさ……なんか……やっぱこの人たち、マジなやつだと思う……」
「ウン……」

 裕太くん……。ごめん、いつも意味の分からない話に巻き込んで……。

 この合宿が始まってからというもの、裕太くんがこの二人に絡まれているときは私が割って入り、私が迫られているときは裕太くんがなだめにかかるという流れがすっかり板についてしまった。もはやなんだか裕太くんが戦友のような気さえしてくる。

「とにかく、誰のためにチョコを作るかくらいは満谷に任せて、今日は解散するのがいいんじゃないですかね?」

 という裕太くん様のありがたすぎる一言に助けられ、やっと私は二人から解放されたのであった。

◇ ◇ ◇

 この合宿所のキッチンは、時間の申請さえしておけば結構気軽に使える。バレンタインであろうと基本時間交代制、それにお菓子を作ろうとしているのがマネージャー組くらいだということもあって、私は一人で広々としたキッチンに立つことができた。教えてもらった通りに冷蔵庫を開けると、プラスチック製のカゴに入った製菓材料が目に入った。カゴの側面には養生テープが貼り付けられ、マジックで「入江」と書かれている。これだ。入江さんの名前が書いてはあるものの、その実甘いもの同好会(仮)共用のものらしく、先日丸井さんとバレンタインの話題になった時に「あるものなら使っていいぜ」と言ってもらったのだ。

 薄力粉と、グラニュー糖。卵は前に使った子が出して常温に戻しておいてくれた。必要なものを取り出して、一旦カゴを冷蔵庫に戻す。後で余ったココアパウダーをここに入れておこう。

 業務用のオーブンしかなかったらどうしようと思っていたが、オーブンレンジがあったのでありがたく使わせてもらう。ハンドミキサーと型の用意をして、余熱をして、計量をして、チョコレートを刻んで……。脳内での予行練習を散々したあたりに作業が差し掛かると、どうしても考えてしまうのは二人のあの視線だった。

 気のせい、だったのだろうか。足がすくむくらいのあの目。あのまま裕太くんが通りがからなかったら、二人は何を言ったのだろう。どういう気持ちで私を見ていたのだろう。考えても何も分からない。分かるのは、不二先輩と観月さんは……二人とも本気で私のことが好きで、本気で私からのチョコが欲しいと思っているということだけだ。

 そんなことを考えているうちに、ガトーショコラはつつがなく焼き上がった。つつがなさすぎて、正直言ってかなりうまくできてしまった。具体的には、これならあの二人に渡してもいいかなと思えるくらいの味だ。

 ……机に頭を打ち付けたくなりながら、私は必死に考えた。ど、どうしよう?


不二先輩に渡しにいく
観月さんに渡しにいく
選べないので二人ともに渡しにいく





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