2-5

「あ、来た来た!ご飯だよ〜!」


昼食時、秘密会議を終えてダイニングへと戻った彼らをエプロン姿のウイが出迎えた。
漂う食欲をくすぐる香りに腹の虫を鳴かせた彼らはダイニングテーブルに並ぶ食事を見て目を輝かせる。

オムライスとサラダがセッティングされた席に各々が着き カウンターを挟んだ先でスープを盛るウイを早く早くと急かす。
一つ空いていた一番キッチン側の席にウイが腰を下ろすと同時に


「「「「「いただきます」」」」」


綺麗に5つの声は揃った。
最初から特にぎこちなさ等なかった食卓は 今ではすっかり旧知の仲のような雰囲気が漂っている。


「えー…ウイひどくね?俺のだけ卵乗ってない」
「え?!マジか!私忘れたの?!ごめんごめん今焼くわ」


ウイの隣の隣の席。
間に白熊を挟んだこの状況ではやや死角。
そこに腰掛けるペンギンからの不満の訴えにウイは大層驚いた。


「オムライスで卵忘れるとかヤバくない?私疲れてんのかな」


自分で自分を疑いながらパタパタとキッチンに回ったウイは冷蔵庫をあけてピシリと固まった。


「ねぇ待って。絶対嘘じゃん。ちょっと!!ペンギン!騙したでしょ!卵人数分減ってる!…えぇ?!あんな一瞬で全部食べたの!?」
「いや!違う!!…ベポ!ベポに食われた!俺も食いたい」


卵二度取り作戦を諦めないペンギンは次の手に出る。
罪を擦り付けられた隣の席の白熊は、心外だと声を荒らげた。


「違うし!!ペンギンだし!!ケチャップちゃんとかけて3口で食べてたの俺見たし!!」
「…わかったわかった。わかったから…本当にもー」


呆れたと言わんばかりの表情で冷蔵庫から卵を取り出したウイは手際よくオムレツを焼いていく。
それを見たペンギンは勝った!とドヤ顔で謎の勝利宣言。


「はい。もう焼かないからね!今度はちゃんとオムライスで食べてよ!!」


ウイの持つフライパンからころんと落ちてきたオムレツはチキンライスがしっかり受けとめた。
わかってるってと返事をするペンギンは帽子の影からニヤリとつり上げた口だけを覗かせる。

ペンギンが卵の中央に切れ目を入れると とろっと黄色いベールがチキンライスを覆った。
ケチャップで中々に凝った顔を書いた割に 何の躊躇いもなくそこにスプーンをさしどんどん食べ進めていくこの男はなんだか少年のよう。
実は一番年長者だったりするのだが。


「あ、ねえウイ!明日には次の島着きそうなんだ!買い出しとかは俺らがやるよ!」
「え?良いよ別に。大丈夫!」


白熊が他の意図を持ってした提案は船主に遠慮されてしまう。


「いつも世話になってるし!俺らに任しとけって!」
「じゃあ少し自重して」
「ウイの飯がウマイって事じゃん。俺は誉めてる!!」
「やり方を改めろ」


秘密の計画を実行する為 なんとかウイの仕事を奪おうとしたペンギンは真顔で冷静に切り返してくるウイにあっけなく敗れた。
最年少、最年長を瞬殺。


「…ねぇ、俺らにも何かさせてよ!お世話になりっぱなしじゃ肩身狭過ぎるんだよ!」
「うーん…気持ちはありがたいんだけどさ、買うものは自分で見て決めたいしなぁ…」


ウイが申し出を辞退したのは遠慮が理由ではなかったらしい。
ハートの海賊団達は秘密の作戦を実行したい だが役に立ちたいという気持ちが大前提。
買い出し係を奪ってしまう事でウイがしたい事をできないのであれば本末転倒だ。


「あ!じゃあこの前みたいに荷物運びとかは!?」
「良いの?それは助かるけど」


次の島は北の海最後の島。
そこから先は、グランドラインに入るリバースマウンテンが待ち受ける。
グランドラインを目指す船が集まるそこは自ずと栄えた島となった。

ウイ達は到着した日の翌日夕方までには出港することを決めていた。
グランドラインに向かう航路は 他のそれより海賊船の占有率が高い。
即ち海賊を捕らえようとする海軍がそこに待ち構えているだろう事は想像するに易い。
長居は無用だ。


「任せろ!好きなだけ買ってこい!!」
「ありがとう!欲しい物も見たいけど、補給優先だね!次の島はグランドラインか〜!!」


ハートの海賊団もウイも、グランドラインについての情報は殆どない。
それは楽しみ半分不安半分。
可能な限り備えておくに越したことはないだろうと 意見は纏まった。


「キャプテンは居残りだよ!顔割れてるから見つかったら大変」
「別にそこらの海軍になんか捕まりゃしねぇよ」


例えそれが計画の為とはいえ 下っ端の海軍ごときに大変な思いをさせられる設定すらも不服な賞金首の船長様。
事実相当の猛者を連れてこないとこのローという男を捕まえる事は難しい。


「もし捕まっちゃっても設定守って貰えれば出かけて来ても問題ないよ?」
「捕まらねぇと言ってるだろうが」


ケラケラ笑うウイがローにマグカップを渡し 文句を言いつつローもそれを受け取る。
なんだかんだで打ち解けてんのかと クルー達は思ったり思わなかったり。


そんなこんなで島に滞在中の予定は大方決まった。
ウイは買いつける物を選びに行く。
シャチとペンギンは出港日に荷物の受け取り。
ベポはログポースというグランドラインの航海に必要な道具を入手する。
ローは留守番(仮)。
他の時間は各自自由行動となった。


「キャプテン、約束だからね!」
「…あぁわかってる」


食後のコーヒーを飲みながら 届きたてのカモメ新聞を眺めていたローは皿洗いをしている航海士に釘を刺された。
口煩い白熊にため息をついたローは、ふと頼んだ訳でもないのに欲しいタイミングで準備されているコーヒーを当たり前に飲んでいる自分に気付いた。


(飼い慣らされてんのは俺も同じか)


コーヒーを啜ったその口に 程よい苦味が広がった。






「じゃあ私先行くね?最後に出掛ける人は戸締まりしっかりすること!!」
「「「アイアイ!」」」


母親が子にでもするように びしっと人差し指を突き出し注意事項を述べるウイにクルー達は威勢の良い返事を返した。
わかったなら良し、と頷いたウイは軽い足取りで船室を出ていった。

普段のラフな格好から、商人仕様に着替えと化粧を済ませたウィングカンパニー様は普段の様子とはガラリと雰囲気が変わる。
21歳という設定に無理があるのは間違いないが 島での彼女は僅かに、極僅かにではあるが大人びて見えた。


「行った?」
「行った行った!」
「はい、キャプテン!」


男子が修学旅行中に女風呂でも覗くかの如く 船室の窓に顔を寄せあうクルー達はウイが街へと入っていくのを確認すると作戦の準備へと取り掛かる。
ベポはローの頭にキャップを被せ、シャチは長袖のパーカーを羽織らせた。


「なんのつもりだ」
「ねぇちゃんと話聞いてた?ウイにバレてもアウトだけど、海軍にバレるのもアウト!」
「これなら刺青も目立たねぇ!」


彼らの施した変装はそれほど効果は見込めそうもないが、鋭い眼光と自己主張の激しい刺青が見えないだけでも第三者目線では十分印象は変わる。


「ほら!行った行った!」


ポーンと船室から放り出されたローはその雑な扱われように舌を打つ。
しかし全開の不機嫌アピールは即刻閉められたドアに阻まれ中の対象へは届かなかった。
シャチとペンギンは不機嫌ハラスメントの対処法をウイの背中を見て学んだらしい。

行き場のない怒りに再び舌を打ったローは気持ちを落ち着かせようと深く吸い込んだ息をゆっくり吐き出す。

ローがハートの海賊団の目のない場所でのウイに興味がある事は事実。
もう大分小さくなった商人の後ろ姿を確認し、見失わないぎりぎりの距離を保ちながら尾行は開始された。


早速クレープを売る露店の前で足を止めたウイは店の人間と何かを話し 出来たてのクレープを受け取り店を後にした。

商品を買う以外の目的はなかったように見えた。
その割には必要以上に楽しそうに話しこんでいたウイが購入したのは恐らくクレームブリュレのクレープ。
注文する際写真を指さして頼んでいたのをローは遠目で見ていた。

ローはウイのことをよく知らない。
だがチョコバナナ等のメジャーなところに行かないチョイスには納得出来る部分があった。
濾過装置にしても商品開発にしても本のセンスにしても、たった数日間しか知らないウイという人物からは見たことがない物を試してみたくて仕方ない感が滲み出ていた。


状況を考察しつつもローは船主の背中を追う。
その人物は広場の中央 噴水の縁に腰掛けクレープを頬張っていた。
付近で遊んでいた子供達に話しかけられたウイはごく自然に子供達との会話の輪に混ざりこむ。
続々と集まってくる子供達のせいで標的を見失ったローは眉を顰めつつも状況を見守った。


「はーい!!じゃあいくよー!!」
「「「「「「おーにさーんおーにさーんなーにいーろでーすか!!!」」」」」」
「紫!!!!」


キャーキャー叫ぶ子供達の声が広場にこだまする。
広場で紫は結構本気で勝ちに行くチョイス。
鬼らしきウイが次々と子供達を捕獲していく中、ローは一体何を見せられているのかと無心を保つのに必死だった。

結局暫く色鬼を楽しみんだ後子供達と別れたウイは次に青果店を訪れた。
そこでも特に不審な動きもなく買い出しを終え店を出る。

その後またしても露店に引き寄せられたウイは骨付きソーセージとビールを購入し、イートインスペースでそれを楽しみはじめた。
食べる以外でもなにやら口元が動いたがローにそれは聞こえない。
だが表情で購入品が気に入った事をローは察した。

その後肉屋、手芸店、本屋、金物屋、種苗店、酒屋…露店、カフェ、美術館、本屋…
ウイは買い出しと思われる店と寄り道と思われる店を次々に回っていく。

あまりにも気ままな女の休日を尾行するのはローにとってそれはそれは過酷なものだった。
ソーシャルスタイルがもろにドライビングな海賊団の船長様にとって目的が不明な価値を感じない時間はストレスでしかない。

ウイが疑わしい行動の一つでも起こしてくれたのであればローのストレス度合も軽減されただろう。
ローとて疑心を抱いてはいるもののウイに裏が合って欲しくないとは願っている。
だがこの何の収穫もない時間を喜べるかと聞かれればそれは別の問題だ。

途中から目に見えて苛立ちだしたローが船に戻らなかったのは頑固な性格故。
ここで切り上げたら納得出来なくともウイの警戒を解かねばならない。
ローには地獄の時間を甘んじて受ける以外道はなかった。


時刻はすっかり夜。
これが最後であってくれとローが念を送る中、ウイは軽い足取りで比較的大きな酒場へと入っていく。
げっそりと疲労感を滲ませた追跡者は少し時間をあけて同じ店のウイから死角になりそうな席に腰をおろした。

ガヤガヤと賑わう店内。
時刻は酒場が最も賑わう時間帯。

席が離れていることと店内の喧騒も相まって、離れた席のウイと店員の会話は微塵も聞こえて来ない。
だが表情から察するに その会話は例え聞こえたとしてもウイが黒である決定打にはなりそうもなかった。

半日、長かった尾行で収穫はゼロ。
ウイを観察してわかったことといえば どこに居ても誰が相手でもウイは変わらないということくらい。
島でのウイは船の上と何ら変わらなかった。


「アッハッハ!」


喧騒に紛れて聞き覚えのある笑い声がローの耳に届く。
随分と店員と盛り上がっているようだ。

心底楽しそうに酒を飲むウイの姿を眺めるローからは重苦しいため息しか出てこない。
この能天気そうな人物を とんでもない悪事を企む食わせ者と疑ったせいでローの半日は散々なものとなったのだ。

ローは注文した酒を運んで来た店員に二杯目を注文する。
苛立ちをぶつけられる予定のジョッキの中身は秒でなくなる事だろう。

どうせウイに意識を集中したところでその会話は聞こえはしない。
誰かと合流しないのであればもう良いだろうとローはウイ観察を放棄した。

ローの胸の内は恐らく

白だ
アホだ
面倒臭ぇ
もう白で良い
コイツはただの能天気なアホ
クルー達と同類
ただ少し頭がキレるだけのほぼアイツら
何も企んじゃいねぇし無害

こんな辺りのワードが堂々巡りしている事だろう。
もうダンゴムシ相手の完全武装を解こうと、それで良いと結論を出そうとすれば ローの頭はそれを拒絶する。

ウイをハートの海賊団の能天気なクルー達と同類と仮定する。
彼らが自由時間を削られるだけの衣食住の世話を文句も言わずに引き受ける事はどう考えても有り得ない。
趣味とは言っていたが どちらにせよ仕事の時間を大幅に削っているだろうそれらにプラスの要素は皆無。

金銭も要求せずに男4人を船に乗せ世話を焼くメリットがローにはどうしても思いつかなかった。
そしてその引っかかりが結局結論を先延ばしさせる。

釈然としないまま次の酒に口をつけたローはまたしても深くため息をつく。
これは明日もこれを続けるしかなさそうな見通し。
状況は白だと言っているのに拭えない不安要素が明日の尾行を決断させた。

だがどう転ぼうとそれも明日まで。
約束は約束だ。
決定的な何かが明日見つからなければ どんな引っかかりがあろうとローは態度を改めなければならない。
この頑固な船長様、“約束を違える”というよりも“決めた事を違える”事が大嫌いだった。
大嫌いというよりも その選択肢がそもそもないと言ったほうが本質に近い。

例え雑に扱われようと不満や文句が止まらなかろうと、クルー達と交わした約束を違えるという選択肢はローにはなかった。

そして彼自身も解っている。
何事もきっかけは必要だ。


「…っとに面倒くせぇ」


今後の方針が決まり数分ぶりの監視に戻ったローは 愉快そうに上半身を揺らすウイの背中に向けて文句を吐いた。
顔が見えなくとも 初対面の筈の店員との会話で爆笑している事をウイの背中は物語っていた。



結局 店でも帰り道でも不審な行動を見せなかったウイは船へと戻る。
ローの地獄の追跡劇一日目はこうして幕を閉じた。

そして翌日。
ウイは早朝から商品を売りに行く準備に勤しむ。
ローは二階の借りている部屋で階下の物音から状況を探っていた。

船内の物音が止んで少し 窓からは台車を引き街へと向かうウイの後ろ姿が確認できた。
ウイ本人を確認した後、ピントを周囲に広げたローは目を見開きガバリと身を乗り出す。








「いや、関係…ねぇだろ」


そうひとりごちるローは自分で自分に動揺していた。
我に返らなければ自分は一体今何をしようとしたのだろう、と。

ウイが引く台車には山盛りの荷物が積まれていた。
中身が確認出来ない他の木箱はさておいても シードルと思わしき荷物だけでも推測されるのは結構な重量。
台車の重さも積んだ荷物の重量も、ローは合流した日に体感済みだ。


危険


ローに身を乗り出させたのはそんな警告。
鍛えている男でも重労働と感じたそれを 小柄で一般的な女が運ぶとなれば、一般論としてそれは何かの拍子に大事故に発展しかねない。
そんな一般的な見解であればローは自分で自分を疑ったりなどしないだろう。

ローが驚いたのは 怪我でもしたらどうすると、身内にでも抱くような感情をウイに対して抱いたから。
散々疑っていた相手を 信用しきれないからこそ今日も今日とて尾行しなければならない相手なんかのことを 心配してしまう自分がいたから。


気を取り直して尾行を開始したローの前を進む大量の商品を乗せた台車は、昨日立ち寄った店で荷を降ろしていく。
ウイは昨日、買い物と同時に売り付けの交渉も行っていたようだ。

ローは昨日と同様、付かず離れずの距離でウイの動向を観察し続けた。


ウイとやりとりする店員達は皆好意的な態度をウイに向けていた。
また来い、ありがとなと聞こえてくるその声色からも 店側がこの取引を好意的にとらえている事が伺える。

ローはウィングカンパニーの商品は酒以外見たことも口にした事もない。
酒が名品である事はローも身をもって認めていた。
今売り捌かれていく他の商品達もきっと 確かな品質と価値が需要を裏付けているんだろうと、ローはぼんやりそんな事を思った。


全ての商品を卸したウイは、軽く伸びをした後来た道とは違う方向に向かって台車を引き歩き出す。
その先は商店街から外れた林道になっており、空になったとはいえ台車を引きながら歩くのは快適とはいえない。


ローは少し不信に思いながらもその後を追った。





destruct at reality.