2-4

「ローってこんなに喋るんだ」


一通り気になる点を聞いたローは、大まかにではあるがこの装置を理解したらしい。
そこに至るまでの前のめり過ぎる質問攻め具合に ウイは驚いていた。

最初の層で重みで沈んだ大きなゴミを除去しつつ、ソルトプランツに塩分を除去させる。
ソルトプランツは塩分を栄養源に成長する水草。
その後薄い布のようなフィルターを何枚も通し、細かいゴミを除去。
最後に気孔の多い特殊な鉱石を使って雑菌やバクテリア等を除去し、貯水槽に溜める。
それがこの濾過装置の全貌。


「おい、この濾過装置はどこで手に入る」
「どこ?え、…私?」


有用な装置。
ローはこの装置がいたく気に入った。

これがあれば航海中水の心配が不要になる。
ローに限らず海を航る全人類が喉から手が出るほど欲しい代物だろう。


「…。これを、船に搭載するにはどこに頼めば良いかと聞いている」


何度目だろう。
ローの発言は一度でウイに理解されない事が多い。
ローは指示語が何であるかを指で指し示し 語弊なく伝わるようゆっくりと区切りながら可能な限り丁寧に問い直した。


「ならやっぱ私!これ作ったの私だから私であってる」


ローは耳を疑った。
聞かれた事の意味も理解出来ないと侮っていた相手が世紀の大発明をなんて事なくやってのける人物であったのだから。

ウイとウィングカンパニーが繋がった時もその驚きを隠せずにいた。
人間1つや2つ、秀でた所もあるだろうと その時はウイにとってそれが物作りだっただけだと納得したのだが さすがにこの装置は話の規模が違う。


「気に入った?あ、船買うとき同じの付けようか?私作るよ?」


なんでもないことのように提案してくる彼女はその価値を理解した上で言っているのだろうか。
そもそもこの人物は表面通り空気が読めないどこかが抜けたお人好しで合っているのか
それとも、やはり裏があるのか。

ローは中の靄がまた濃く大きくなった。


「どこで学んだ。専門的な知識が必要だろ」
「どこって…ここ?かなぁ」


視線を斜め上に飛ばしそう答えたウイに、再びローが眉を寄せため息をつく。


「ローってそれ癖だよね。いつも人がなんか言うと鼻でため息つく。あ、そうだ!ちょっと来て!」


何かを思い付いたらしいウイは濾過室の明かりを消すと、ちょいちょいっとローを手招きして階段を登る。

確かにウイに対してローがそれをする事は多い。
しかしこれは別にローの癖ではない。

これまで接した事のないジャンルの生き物との会話に慣れないことと
うまく噛み合わない会話にうんざりしていただけ。
その心情が態度として表れただけだ。
今後一緒に船旅をする しかも恩人への態度としてそれはいかがなものかと思うところだが、ローの普段を考えればこれでも大分頑張っている方。

異なる関係性で出会っていたならば ローはウイに話しかけるどころか関わろうとすらしなかっただろう。


黙って階段を登るローはただ前を歩く小さな背中を静かに睨みつけた。


「じゃーん!」


ローが連れてこられたのは地下一階の夥しい量の本が保管された部屋。
そこでウイは両手を広げ得意気な顔で振り返る。


「…なんだ」
「本!!」


にっこにこのウイと、またしても先程癖かと指摘されたそれをしてしまうロー。


「結構沢山あるでしょ?これ全部お気に入り!」


凄いでしょ?とルンルンで本棚に収まる背表紙を目で追い奥へと進むウイの背中に “これが本なのは見りゃわかる”と口には出さないローの不満げな視線が刺さった。

船主に向いていた視線がふと誘われた先はしっかりジャンル分けされた本棚。
小説に図鑑、料理本、論文に実験書に専門書。
医学、栄養学、薬学、微生物学、植物学…

ラインナップが雑食。

ローは医学書のコーナーに 今は船と共に流されてしまった自身も愛読していたものを見つける。
誘われるように動いた手が適当な一冊を引き抜きパラパラとそのページを捲った。











「お待たせ!!はい!」
「…なんだ」


気付けば本に没頭していたローはかけられた声に内心驚く。
横に視線を落とせば結構な数の本を抱えるウイの姿。


「なんか気になる本あった??好きに読んで良いよ!」
「助かる。…で、なんだそれは」


顎で抱えられた本を指すローに状況を理解したウイがそういうことかと頷いた。


「濾過装置作るのに参考にした本持ってきてみた。あ、でもこのままじゃしんどいな…」


勝手に自分で自分に納得しては次々に展開を変えていくこの船主。
今度は書斎に設置されたテーブルに抱えていた本を置きなにやら作業を始めだした。
読みかけの本も気になったが ローはそれを戻しウイの元へと歩み寄る。

濾過装置の本と言えば言葉ではひと括り。
だが実際にテーブルに積まれた本は鉱石学、園芸、化学実験書、航海術、微生物学…
これはまるで本棚を縮小したかのような雑食ラインナップ具合。


海水の濾過を考えて漁るジャンルではない本の数々に ローは未だ濾過装置が世に出回っていない事を密かに納得する。
しかしそれよりもローを驚かせたのはウイが迷うことなく本の中でも必要な部分を的確に開き付箋付けしていく事。


「はい!ここ読めば多分ローも作れると思う」
「…悪いな」
「どういたしまして。じゃあ私は戻ってるね」


ごゆっくり〜とウイは部屋を後にした。

ローは一人になった空間で 改めて収納された膨大な本に目を向ける。
仮に、この場所に存在する本の全てがウイの頭に記憶されているのだとすれば…

“バカと何かは紙一重”。

ローの頭に過った言葉はそれだった。










「あれ!あれ獲って!!いまあそこの岩影入ったデカイやつ!」
「は!?深ぇだろあれは!」


それはある日の昼下がり。
甲板にまで聞こえてくる弾んだ声の主達は海面に顔を出しあーだこーだと騒いでいる。


「シャチならイケる!名前負け汚名挽回のチャンスだよ!!」
「別に負けてねぇし!シャチカッコホンモノに負けても何も思わねぇわ!!…ったく」


食料確保という名目で海へとダイブしたシャチとウイ。
一応獲物を捕獲する目的は忘れていないようではあるが 「下手くそ」「じゃあおまえがやれ」と楽しそうな罵り煽り合戦が続くばかりで一向に夕飯のおかずがゲットされることはない。
これはきっと釣れなくても楽しければ良い類のただの遊び。









「あ、ペンギン!今暇?暇でしょ?これ手伝って!」
「なにこれ」


ある日キッチン前を通りかかったペンギンを呼び止めたウイ。
台所の主の手元を覗き込んだ手伝い要員は何をどう手伝うか検討がつかずそれを問う。


「見たら分かるでしょ枝豆だよ!これもげる?こうやって」
「いやいやいや…ウイ俺のことなめてんの?そんなん余裕で出来るし秒で終わるわ」


ウイが見せた見本通りに枝豆の鞘をもいでいくペンギンは料理なんてちょろいと自分の手際の良さを自画自賛。
寧ろ見本よりも自分の方が上手いと調子に乗り出したペンギンに冷たい表情のウイからの追加の指令が下った。


「…手際が良いらしいお兄さん、これ両脇ハサミでカットしてもらえる?その方が塩茹でした時中に味染みて美味しいから」
「……これ全部?」


こくりと頷くウイと 100はないだろうがそれなりの数の枝豆を見下ろすペンギン。
逃げようとするペンギンの首根っこを捕まえた台所の主は立ち位置を変え退路を断ち、その後一時間近くお調子者を働かせたようだ。
つまりは仲良しと、そういうこと。











「ぐー」
「すー」


心地好い日差しと爽やかな風が吹き抜ける甲板に ベポの腹で昼寝を楽しむウイの姿があった。

眠りこける前 二人はベポ厳選のハートの海賊団面白エピソードで笑いこけていた。
大概シャチかペンギンが痛い目を見る話。
そこに白熊の話ちょい盛り技術が加わると笑い過ぎて呼吸困難になるウイが出来上がる。

笑い疲れたウイが気付けば心地良い気候に誘われて寝落ちし、観客がいなくなった白熊も話しを中断し惰眠を貪るという…
乗組員が増えたフリーウィング号の上では平和な時間が流れていた。












先日船主の許可を貰って依頼 ローはもっぱら読書に明け暮れていた。
ウイの集めた本が結構好みだったらしいローは睡眠を疎かにする勢いでそれを読み進める。

そんな中でもローはウイへの警戒を怠らない。
未だローの中でウイは要注意人物。
視覚と気配で常に居場所を把握し、会話の端々にうっかり漏れる本音や矛盾がないかを常に探っていた。


しかし、他の海賊団の面々があれだ。
控えめに言ってもウイとの打ち解け方が半端ない。
知り合って数日なのがまるで嘘かのような距離感で接するクルー達には 元より危機感云々は期待してなどいなかったものの流石に苛立ちを覚える程であった。


ウイ本体を観察して得られる情報も不可解としか言いようがない。
五人分の食事の準備に掃除洗濯、それはご褒美か罰ゲームかなら間違いなく罰ゲームの類。
それに加えてウイには仕事もある。
多忙どころかどうやってこなしているのかがもう謎。
それなのに当の本人は文句を言うどころか不満そうなそぶりすら見せない。

何の対価も義務もなく不自由ない生活が出来る事はハートの海賊団からすれば有り難い。
だとしても、普通に考えて有り得なさ過ぎる。

何の見返りもなく出会ったばかりの他人の世話を喜んで焼く人間等存在するのだろうか
ローはどうしてもそこが腑に落ちなかった。








「ねぇキャプテン。ちょっと話あるんだけど」
「…なんだ」


とある日の朝食後、地下2階にローは呼び出された。
ロー以外のクルー達が居住空間として使っているその場所には、いつの間にかソファーにテーブル、デスクや棚が完備され 少し前の物置の印象はもう欠片もない。

ウイと一緒に作ったと自慢気に見せびらかされたそれらの家具。
自分の船のクルー達の能力値を大体把握しているローは どうせその殆どをあの船主が作ったのだろうと検討をつける。
そして彼らのテリトリーにしては掃除が行き届いているこの場所にしても 犯人は恐らく同じだろうと。


(飼い慣らされやがって)


ローはクッションが敷かれた木製のソファーにどかっと腰かけた。


「用があるならさっさと言え」
「キャプテンってまだウイのこと疑ってるの??」


恨みがましそうな目で詰め寄る白熊は、聞いておいて答えなどわかりきっていた。
そしてわかりきっているその答えが不満だった。

大体同じ様子のその他二名に、ローは呼び出された理由を悟る。


「当然だ」
「ウイはそんなやつじゃねえよ!」
「アイツにそんな大層なこと考える頭があるとはとてもじゃねぇけど思えねぇ!」


今度は発言して来ない白熊もそうだそうだと言わんばかりにこくこく頷いている。
ローは大きくため息をついた。


「…なら聞く。俺らを無償で船に乗せて世話焼いて…あの女に何のメリットがある。流石に出来すぎてんだろうが」
「楽しければ良いんだよきっと!色々アレだけどウイは良い子だよ!絶対良い子!キャプテンが思ってるような事なんて絶対しないよ!!」


ベポが自信満々に答えるフォローは一部がなんだかやや残念。
何かまともなメリットを提示して来る方向の返答を想定していたローはやや肩透かしをくらう。


「キャプテン流石に警戒心丸出し過ぎんだって。あれじゃいくら本人マヌケで気付いてねぇとはいえ見てるこっちが申し訳ねぇよ」
「大体いくらあの時嵌められたとはいえたかが16のガキじゃん。大人げねぇよ流石に」


気付けばクルー達の方がロー相手に説教モード。
そもそも出会って間もない相手の出来すぎた話に無防備に食い付く方が愚かであると 説教をしていたのはローであった筈。
だがシャチやペンギンが言う“恩知らず”も謀られていないのであればまた事実。

責められる構図にも不満はあったが、そんなことよりも気になる事がローにはあった。


「16?…アイツ21じゃねぇのかよ」
「え?キャプテン知らねぇの?ウイまだ16だぜ?」
「商人してると若いと舐められるから大人ってことにしてるんだって」
「実際どう頑張っても21になんて見えねぇじゃん」


それを聞いたローはピシリと固まった。





ローとて、それはちゃんと疑わしいとは思っていた。
21歳の割には幼すぎると。
見た目も所作も。

しかし21歳だと言われ そういうものかと思い込んでいたところで、実は16歳でしたなこの状況。
年上と認識していたウイはローより4年も後に生まれたらしい。

“たかが16のガキじゃん”

先程のペンギンの発言がローの脳内でこだまする。

16のガキなら “楽しければ良い”が有り得るか
16のガキなら “親切を装い油断したところで寝首を掻かれる”事はないか
16のガキの親切を 頑なに疑い続ける4つも年上の自分はどうなのか

年上の女であれば 謎で腹立たしくも思えたこれまでのウイの行いが
割と年下の女であったのならば、年相応の いや年の割には大分優秀な人材にも見えてくる。


説教をされるのは本当に自分であっていたのではと、思考が傾き出したローを留めたのは一つの事実。


ロー自身が 幼い頃から子供とはいえぶっ飛んだ存在であった事。
16の自分であれば 寝首も掻けたし利さえあればそれをしようとする意思を確かに持っていた。
年齢は目安でしかない。
どんなに幼くても損得を重視する事もあれば悪事を思いつかない事にもならない。
例外等いくらでも存在する。

やはり自分は間違ってないと 引き続き警戒はすべきと ローが自分の中でこの話題に決着をつけようとした時
ふともう一つの疑念が沸いた。


16歳で手に職を付けての一人旅。
ウィングカンパニーが巷で騒がれ出したのはここ最近。
ウイの仕事は代々続くものを引き継いだそれとは違うと考えた方が色々と辻褄があった。
若くして親元を離れていても何の疑問も感じない スラム等の出身者とウイとは色々と性質が違うようにも見える。

スラム出身者がここまで猫を被れるのであればそれはそれでやはり脅威。
他人を警戒しシビアな環境で生きてきた人間は 染み付いた性分を完全に隠し切るのが難しい。
それは会話の合間やふとした瞬間に 目線や表情に僅かに表れる癖のようなもの。

ローがそうであるからこそウイに同じ兆候がないかとずっと警戒していた。
仮にウイが4年のハンデがありながらここまで完璧に隠し通せる“こっち側”の人間であったなら それは大分油断のならない人物。

思考の果てで 疑い続けるのであればウイを相当なツワモノ認定しなければ成立しなくなってきた展開にそんな自分も嫌だったりするローが居た。

例えるなら ダンゴムシに最大警戒フル装備で挑んでる感。
普段のウイから醸し出ている雰囲気は 戦いの世界で例えるなら大体ダンゴムシで問題ない。


無害そうな皮を被ったバケモノじみた策略家か
能天気で多才なガキ


究極の二択に悩むローは 例え後者であったとしてもそれはそれで訳有り臭を感じていた。


「ねえ、いつか終わるかなって待ってたんだけどさ。…ほっとけばいつまでも考えてるなら次いっていい?」


苛立った様子の白熊に思考の沼から引き上げられたローは黙って頷く事でそれを了承した。
きっと恐らくこの船長 仲間達の存在を半分くらい忘れて思考に耽っていた。


「だから俺ら考えたんだよ!次の島で俺ら買い出しとか全部行ってくっからさ、ウイには自由行動ってことで羽伸ばして貰おうと思って!」
「…それのどこら辺で何を考えた」


ローはせっかちだ。
結論が先。
何を目的にどんな手段を取るかを簡潔に聞きたい派。
ただ予定を聞かされただけのローは呆れたように先を促した。


「本当にヤベぇ奴なら俺らの目がない所で色々ボロ出すかも知んねぇだろ?仲間と連絡取り合ったり、武器とかそういうの買い込んだり」


続く言葉に、ローはなるほどと納得した。
だがしかし


「アイツならわざわざ買わなくてもいつもの包丁あんじゃん!俺この前あれ振り回されながら追いかけられてマジ死ぬかと思った」


それに続いたとんでもエピソードに度肝を抜かれる。
包丁を振り回しながら追いかけ回す状況とはどういうことか。

しかし彼らの中で笑い話になっているということは ふざけてじゃれ合っていた延長線の出来事なのだろう。


「…つまりは俺に、尾行して確かめて来いと。そういうことか」
「それしろって言わなくてもどうせするっしょキャプテンなら。俺は気になんねぇけど。アイツ絶対良いヤツだし」


殺人未遂の被害者は加害者を擁護した。


「もし黒なら絶好の展開でしょ?止めない代わりに約束して。それでウイに怪しい所がなければああいう態度もうやめて」
「賭けても良いぜ!アイツは白だ!」


一緒になってはしゃいでいるだけに見えた彼らは、ローがウイを警戒している事に気付いていた。
気付いていたならば 警戒すべき対象としていくらかは気をつけてウイを見ていた筈。

そんな彼らから太鼓判で白判定を貰う程の相手なら
クルー達の提案に乗るのも悪くないとローは思った。


「分かった」
「「「っしゃー!!!!」」」


三人分の威勢の良い声とガッツポーズ。
やや面白くなさそうな一名を除き 達成感にみちあふれた笑顔が地下二階には並んでいた。



destruct at reality.