「なんだ。」
「改まって話されることに心当たりとかないわけ。」
先頭を切って怒っているのはベポだが、後ろに控えるシャチもやや面白くなさそうな顔をしている。
ペンギンに至っては島で買ったらしい酒に素知らぬ顔で口を付けていた。
なんだ。
張り込みに関する苦情か?
腕と脚を組みベポを睨み返すが、この状態のこいつにこれは効果がないことは知っている。
「ウイと会ったんでしょ。なんで黙ってたの。」
「あぁ、それか。」
クリスマスから幾日か経ったこのタイミング。
こいつらが怒る理由として、それが思い当たる事を忘れていた。
「それか、じゃないでしょ。俺ら張り込みで一日中船に居ない事になってたらしいけど。どういうこと?」
俺が船を空けている間に、ウイからでんでんむしの着信があったのだろうか。
あっさりバレているあの日の嘘に、視線を後ろの二人に向ける。
「俺らだって会いたかったのに。」
シャチの非難のこもった視線が突き刺さる。
あの日、クルー達の予定を偽装した理由。
それはこちらに目を向ける事もなく酒のラベルの文字を目で追っているペンギンに起因する。
しかしそれを正直に話しても己に原因のないベポとシャチは納得しないだろう。
面倒臭ぇな。
「アイツも翌日出港予定だった。夜遅くまで仕事で引っ張り回されてるアイツを振り回すのも気が引けた。」
嘘は言っていない。
翌日出港予定だったことも、夜遅くまで仕事をしていたことも、事実だ。
「だからってなんで嘘付いたの?会いに来るか来ないか、それ決めるのはウイでしょ。」
仁王立ちで睨みを利かせるベポは、とんでもなく面倒臭い。
確かにベポとシャチに対しては悪いことをした気もしなくはない。
あっという間に酒瓶を空にしてゴミ箱へとそれを捨てに行くペンギンの様子が、些か不自然に感じる。
こいつも一緒になって怒っていてもおかしくはない筈だ。
「ちょっと。聞いてるのキャプテン。ウイを一人占めしたい気持ちは分からなくもないけど、そうしょっちゅう同じ島に居る機会なんてないの。分かる?」
ドンと食堂の机に手を着いて、ペンギンを追っていた視線の間に割り込んでくるベポ。
その目には、呆れと苛立ちが存分に込められていた。
「アイツに言ったら着いて来ただろうな。どんなに疲れてても。無茶ばっかりやるヤツだってお前らだって分かってんだろ。」
これで押しきろう。
僅かにベポとシャチが怯んだ。
会いたかったとは言え、こいつらは揃いも揃ってウイに甘い。
アイツの体が心配だ、それに文句など付けられやしないだろう。
「ウイキャプテンに会えて凄ぇ嬉しそうだったー。疲れ吹き飛んで仕事頑張れそうって。」
そう言ってた、とニヤついた顔で横槍を入れてくるペンギン。
その言葉にほら見ろと言わんばかりにベポがふんぞり返った。
くそ。
ウイからクリスマスの話を聞いたのはペンギンらしい。
ついでにベポを焚き付けたのも、恐らくこいつだろう。
折角纏まりそうだった話に火をつけやがって。
ペンギンを睨み付けるものの、それに応じるつもりはないらしいアイツはこっちに目線を向けもしない。
中々良い度胸をしている。
それから約30分、ベポからの尋問と文句は続いた。
どう切り返しても納得しない白熊を
実力行使で黙らせようと鬼哭に手をかけた時
戦犯が澄ました顔で仲裁に入ってきた。
「ベポもまぁ落ち着けって。な?過ぎた事言っても仕方ねぇだろ。」
そう思うならもっと前に止めろ。
白熊の肩をバシバシ叩くペンギンの動向を、鋭い目付きで見張っていた。
「問題は今後っしょ。キャプテンが偶然ウイに会ったとしても、それを俺らに教えてくれない事は分かった訳じゃん?」
それは飛躍のしすぎではないだろうか。
ベポを宥めつつニヤついた目線をこちらに寄越すペンギンが、良からぬ事を企んでいるということだけは分かる。
「俺ら3人でウイがどこに居るか把握して、キャプテンが横槍入れらんねぇようにすれば万事解決っしょ。」
「どうやって。」
じと目でペンギンを見やるベポ。
ペンギンのその発言には嫌な予感しかしない。
何やら3人で話し合いを始めたその様子は、文句を言われるのとはまた別の意味で
居心地が悪かった。
ハートの海賊団憲法
1、キャプテンのウイとの1人通話禁止。必ず前後に誰かに代わること。
2、就寝時はキャプテン以外がでんでんむしを枕元に置き、キャプテンの抜け駆けを防ぐこと。
「おい。お前ら体よく海賊団の名前使って誓約作ってる割に、縛られてんの俺だけじゃねぇか。」
なんでそこまで制限されなければならない。
ギロリと視線に怒りを込めてクルー達を睨み付けると、それに動じることのない二人の内人型の方がニヤつきながら口を開いた。
「3、これを破った場合ウイにドフラミンゴ討伐後迎えに行く予定を即座にバラす。」
それ良いねと即座に賛同するベポに、ペンギンはだろ?と得意気な顔を浮かべている。
ちょっと待て。
「お前らだってアイツを仲間に引き入れてぇんだろ?それやってどうなる。」
「ほら。ハナから守る気ないじゃんキャプテン。これくらいのペナルティーは必要っしょ。」
どこまでも先読みされてそれに見合った回答を用意されている感が否めない。
先に仕掛けた方が有利。
それはこいつにチェスを通して戦術の稽古を付ける際に最初に教えたこと。
仕掛ける側がそれに応じた対応策をいくつも準備しておけるのに対して
仕掛けられた側はそれの対応に回る間、攻める糸口を考える時間が奪われる。
ペンギンがウイと話したのはいつだ?
随分と念入りに対応を練った上で
こっちの出方もしっかり読まれている上に、嫌な所でベポを上手く使ってくる。
「俺らがウイを仲間に入れなくて良いって言えば、キャプテンはそれで諦められんの?」
ダメだ。
今回は敗けだ。分が悪すぎる。
ウイと別れる際に、アイツの為なら船を降りても良いと抜かしたらしいペンギン。
ただの脅しにしては、それを脅しに感じさせない裏付けをしっかり取ってやがる。
「それで気が済むなら勝手にしろ。」
「うんそうする。」
ベポがざまぁ見ろとでも言いたげな顔で、何やらいそいそと工作を始めた。
板の上に紐で繋がれた紙を置き、その上に半球状のガラスを被せる。
得意気にガラスに油性ペンを走らせるこいつは、何を作っていると言うのか。
「じゃーん!ウイセンサー!」
これで近くにウイが居るときは直ぐに分かる!
そう言って得意気に見せて来たその完成品は、ガラスに汚いベポ特有の文字で”ウイセンサー”と書かれていた。
紐を通したビブルカードは、ガラスのドームの中で同じ方向に向かって動き続けている。
確かにこれなら
距離が近ければ近いほど紐の振れ幅は大きくなるだろう。
「島にウイが居るとき、これでちゃんと分かるからね。金輪際一人占めしようなんて考えないでよ。」
ドスの利いた白熊の声に、鼻を鳴らして食堂を後にした。
途方もなく面倒臭い。
アイツらは俺とウイを覗き見してはからかうほど、応援してくれていたのではなかったのだろうか。
あれは、自分の右腕を務める男の予想以上の成長を
嫌な形で知らしめさせてくれた瞬間だった。
このセンサーがそんな経緯で生まれたとは知らないウイは、自分の居所を知らせるそれを作り上げたベポに称賛の声をあげている。
こっちの気など知りもしないで。
凄い凄いとはしゃぐウイは、あのセンサーを実際に見たら
指を指して笑い転げる気がする。
あのベポの汚い文字と、例えるならば皿に皿と書いてあるようなあの見た目。
確実にツボに入る。
そんな気がした。
それからウイに、つい先日仲間になったばかりの新しいクルーの話をした。
なんとなく反応が薄い気がする声の調子に、ウイが考えそうな内容が思い当たり
つい、鼻から息が漏れた。
「そいつ、早くお前に会いたいんだと。」
『え?なんで?』
心底驚いたような声をあげたウイ。
安心しろ、お前が心配するような事は
何もない。
「アイツらがお前の話ばっかりするから。どんな変な女か楽しみだって、ずっと言ってる。」
『……何を話したのよ。』
もうやめてーと慌て出した様子のウイの声には、僅かに嬉しそうな色が混ざっている気がした。
どれだけ仲間が増えようと、俺もアイツらも
ウイを想う気持ちが変わる事はない。
お前の居場所は、ずっとここにある。
寧ろ
多少薄れて貰った方が、規制が弛んでやりやすいくらいだ。
空模様は快晴。
朝早く起きて、会場の設営と商品の陳列を手伝った。
ウイが巡回に出るまでの間は、少しでも傍に居たいから
ソニアに借りてもらったアパートではなく、フリーウィングで寝泊まりしている。
イベントが近づくにつれて、ウイのテンションはどんどん高くなる。
今朝一緒に朝食を食べていた時は、特にひどかった。
落ち着こうと心がけてはいるらしいものの、ふとした瞬間にキャーキャーと騒ぎだす。
一緒に暮らすようになってから見えて来たウイという人物は
一年前助けてくれた時の”頼りになる大人の女の人”なんて見る影もない程
自分とは然程変わらない、ただの女の子だった。
「シュウ!そっち大丈夫ー?」
「オッケー。」
イベントオープンの前に、来賓客に挨拶をして来たらしいウイ。
同じく来賓客の相手をしていたらしいソニアの商品はガラス細工。
基本的に、このイベントでは展示のみだ。
展示や試飲、販売コーナーまで準備しなければならないウイは、自分が居なかったらこれをどう一人でこなすつもりだったのかと思うと少しぞっとする。
「ウイ、物騒なヤツもいるかもしれねぇ。あんまり一人になるなよ。」
「シュウは心配性だなー。」
余程楽しみなのか
へらへら笑っているウイを見ていると、本当に分かっているのかと心配になってくる。
グランドライン中に、宣伝のチラシを入れている今日のイベント。
手配が解除され、天竜人からの牽制があるとは言え
ウイを利用しようと思う悪い奴なんていくらでもいるんじゃないかと思う。
ウイにはローの事が好きだって振られたけど
去年自分や妹と弟を助けて貰った恩はしっかり残っている。
今度は俺がウイを守る番だ。
ウイの周りを中心に、怪しい奴がいないかの確認は怠らない。
いつでも助けに行けるように、ウイの傍は離れない。
もし俺が、ウイを悪い奴から守ってやる事ができたら
少しは格好良いって、思ってくれたりすんのかな。