9-5


「すっげー人だな!祭りか!」
「おいエース。お前一応賞金首なんだからあんま目立つ事すんなよ?」


口煩い相方に分かってるってと返事をしながら肩をバシバシ叩くと、痛ぇと文句の声が上がる。

イベントの開始からそう時間は経っていない筈なのに、広場は人でごった返していた。

どうやらこのイベントは酒をタダ飲み出来るだけではなく、飾り物やら何やらの展示もやっているらしい。

入り口で配られたタダ酒とパンフレット。
そのパンフレットには貴族共が好きそうな凝ったガラス細工や時計等が、主催者の写真と共に載っていた。


「しっかし気前良いんだな。これ破産すんじゃねーの?」
「お前がその気になればやってやれねぇ事もねぇかもな。」


2杯目以降は並べばいくらでもついで貰えるこのシステム。
こちらとしては有難い事この上ないが、常にそれを求める人で溢れている試飲コーナーの繁盛ぶり。

かくいう自分ももう6杯目を飲み干そうとしている所だが、次々と人が増えていくこの状況では
今日1日の振る舞い酒だけで軽く1000本以上の酒があく事だろう。


「お、アレじゃん本物。かーわいーい。」
「あ!?どこだ!?」


相方が指差す方向に目を向けると、そこにはパンフレットに写っていた全体的に色素の薄い女が笑顔で客に酒を渡していた。

まぁ、悪くはない。
だが色気もない。


「折角だし船番の連中にも買っていってやるか。」
「へー。珍しいこともあるもんだ。」


たまには仲間達を労おうという、船長の気遣い。
滅多に土産なんて買わないのに、今回それをしようと思ったのは

このタダ酒が思いの外旨かったから。
あとはただの気紛れだ。


「いらっしゃいま……あ。」


天竜人の御用達職人。
その女は酒を買い求めようと列に並んだ俺の顔を見て、驚いたように固まった。


「どっかで会った「あの時のビックリ人間食い逃げ犯!」


犯罪者を見つけたにしては嬉しそうに顔を綻ばせて身を乗り出すこの女が


今後俺の中であれほど大きな存在になるとは。

この時の俺はそんな事、1ミリたりとも思っていなかった。



「改めまして。どっかで会ったか?」

「ちょっと前に凄い量食べた後、ご馳走さまでしたってしれっとお金払わず出ていった人でしょう?」



すっごい面白かった!!
目の前の女はまるで、ツチノコでも見つけたかのように興奮した様子で目を輝かせている。










日常茶飯事過ぎてそれがいつだか分からねぇ。







当時を思い出したのか、人の顔を見てはけたけたと笑い出すその様子は
お高くとまっていると思っていた天竜人御用達というイメージをいとも簡単にぶち壊した。


「ウイ、後ろつかえてるから。」
「あはは、ごめんごめん。」


隣に立つ少年に叱られつつも、へらへらと笑っているこの女はあまり反省しているようには見えない。

彼女は注文した数の酒を袋詰めしながら、キョロキョロと辺りを見渡しそこに一本、余分に酒を忍ばせる。


「サービスです!内緒ですよ?」


そう言って酒を渡しながら
いたずらでも思い付いた悪ガキのような笑顔を浮かべて、人差し指を唇に押しあてた。


「ウイ。」
「ハイハイちゃんと働きますー!」


じと目で睨まれた彼女は、バレたかと肩をすくめながら次の客の注文した酒を袋に詰め始めた。


年下だろうと思われる少年に頭が上がらなそうなこの女は、本当にあの天竜人の権威に守られた職人なのだろうか。


暫く行列の脇で愛想良く客を捌く女を眺めていたのだが、隣の番犬はそれを良しとはしないようだ。





「ありがとな!酒、旨かった!」


軽く片手を上げてそれを伝えると
彼女はありがとうございましたと花が咲いたような笑顔を浮かべ微笑んだ。




「エース、あの女と知り合いだったのか?」
「おぅ!まぁな。実際会ってみねぇと、分かんねぇもんだ。」 


なんだか気分が良い気がするのは、程よく回った酒のせいだけではない気がする。

サボを殺した天竜人。
極悪非道な頭の狂った連中だとばかり思っていたが

それに気に入られた対象には、ヤツらの片鱗は全く見当たらなかった。



「「「「「「お疲れさまー!!!」」」」」」



ブラーヴェの事務所では、打ち上げ用に確保されていた6本のシードルの瓶が
小気味良い音を立てて重なった。


大盛況で幕を閉じたイベント。
ひっきりなしに訪れる客と、それを捌くメンバー達。

物販用の酒はまだ明るい内に売り切れ
試飲コーナーに用意された酒も、夕暮れ時には底を尽きた。


「いやー。マジですげぇ人だったな!俺らの知名度ヤバくね!?」
「アオイの知名度じゃなくて、ウイの知名度ね。」


イベントを振り返りつつ、各々が適当な場所に腰掛け、至る所で他愛もない話に花が咲く。


「なぁウイ、明日の休み何すんの?」
「聞きたい?ねぇ聞きたい?!」


このイベントの立役者、見事に客寄せパンダを勤めあげたウイに
声をかけたのは同じくナイスアシストでイベントの順調な進行に一役買った功労者のシュウだ。

前々からイベントの翌日は休みを取って出掛けようと話していた彼女は、彼にその行き先や予定を告げることはなかった。


「聞きたいから聞いてるんだろ。」
「遊園地!!一緒行こう?」


その言葉を耳にしたシュウの目に、いくつもの輝きが宿る。


良かった。やっぱり行きたかったんじゃん。


何時から行く?と興奮気味に話すシュウを、ウイは嬉しそうに目を細め、眺めていた。

明日の予定を簡単に立て、二人はまだイベント後の労いをかけていないメンバーの元へと散っていく。

疲れた体に、酒は早く回ったのだろう。
些かテンションの高いウイは、既に素面とは言えない状態であった。

かくいうシュウも、最近飲み始めたアルコールのもたらす体への影響にはまだ慣れていない。

開演時間から遊園地を訪れる予定だった二人が、二日酔いに苦しみその予定を大幅に遅らせたのは言うまでもない。

その時間を
遅れなければと悔いるべきなのか。
遅れたからこそと喜ぶべきか。

賑やかな宴の翌日、もうひとつの物語が動き出す。


昼過ぎにまだ少し痛む頭を抱えながら訪れた遊園地。
そこは前に訪れた時と変わらない、夢の世界だった。


「すげー人だな!俺遊園地初めて来た!」


起きた時は死にそうなくらい具合が悪そうだったのに、目の前に広がる賑やかな風景に目を輝かせるシュウ。

その様子を可愛いなと思いながら、彼の乗りたいと言うアトラクションを次々に制覇していく。

園内は昨日のイベントの名残なのか人が多くて、待ち時間が結構長い。

けど
次に何にのるか乗るか、皆へのお土産は何にするか
そんな事を話ながら待っている時間は、それはそれで楽しかった。


「ねぇシュウ、アレ乗ったことある?」
「ない。面白くなさそうじゃん。あんな子供騙し」


ほとんどのアトラクションを制覇して気が済んだ様子のシュウを、どうしても乗せたいものがある。

辺りはもうすっかり暗くなってしまっていて、来園者の数も大分減ってきた頃合。
元からそんなに人気でもないそのアトラクションは、待ち時間もなくすぐ乗れそうだ。

余り乗り気ではなさそうなその様子が、いつか私がこれに誘われたときのリアクションに重なって見えた。


「乗ろう?私あれ大好きなの。」
「良いけど。ウイ意外とファンシーなの好きなんだ?」


乗りたい私に付き合ってくれる体のシュウと共に、そのアトラクション、コーヒーカップのゲートをくぐった。

興味なさそうに可愛らしい装飾に目をやるシュウは、これの恐ろしさの真髄を知った後どんな顔をするんだろう。

ニヤつきそうになる口元に力を込めて、アトラクションの開始を待った。


愉快で軽快な音楽と共に、カップを乗せた地面が動き出す。


「これ回すとカップも回るんだよ。」
「へー。」


やはり興味のなさそうなシュウは開いた両足の間に手を付きながら、詰まらなそうな顔で緩やかに動くカップに身を任せている。

さて。




やるか。




中央のそれは結構重たくて。
ローが私にしたように、簡単にあんなにハイスピードは出ないだろう。

中央のテーブルを回す腕に、ありったけの力を込めた。
それは徐々に回転のスピードを増していき、シュウの顔色が徐々に変わっていく。


「は?ちょっ……おいウイ!」


加速までの時間はかかったものの、私の力でもマックススピードは出るらしい。

遠心力のせいでカップの縁に押し付けられるように体が持っていかれている様子のシュウは
他軸と自軸にそれぞれ回転するカップの中で
急激な動きの変化に驚き静止の声を上げる。


「ねー?楽しいでしょー?あははははー。」
「いやマジで!なに!?ぅわぁああっ!!」


分かっていれば、この遠心力もスピードも
楽しめる範囲の物だ。

シュウの絶叫を聞きながら、私はアトラクションが終わるまで中央のテーブルを回す手を休めなかった。





面白い。
知らない人にこれをやるのは、面白すぎる。

以前自分を騙し討ちにしたローと私は今、同じ立場で同じ気持ち。

次の電話で報告しなきゃと
叫ぶ力も失せたのか、遠心力に逆らうことなく縁にへばりついているシュウを見ながら
そんな事を思った。









「マジ最低。なんだよアレ。騙し討ちじゃん。」
「私もね、初めて来たときローに騙されたんだ。」


若干酔ったのか、冷たいものが食べたいと言うシュウと
ベンチに座ってジェラードを片手に休憩タイム。

悔しそうにそれを食べていたシュウは、今度ユウとリュウを連れてここを訪れたら、絶対にアイツらにもやってやろうと口の端を吊り上げた。

こういうのって、連鎖していくんだなー。

いつか同じくメルヘンワールドから一気に恐怖のどん底へと叩きつけられるだろう二人を想像して
申し訳ないけど笑ってしまった。


「どうする?そろそろ帰る?」
「最後にもっかいジェットコースター乗りたい!」


さっきまであんなにげっそりしてたのに。

元気だなぁと思いつつ、私たちはベンチから立ち上がった。




destruct at reality.