9-6
「シュウ待ってー。どっちのジェットコースター乗る?落っこちる系と………ぐっ!?」
園内にある2つのジェットコースター。
締めをどっちにするか、園内マップを開きながら少し先を歩くシュウの後ろを歩いていた。
ほんの一瞬
脇を通り抜ける黒い影の残像が見えた気がした。
直後に襲ってくる腹部と後頭部への強い衝撃。
「ウイ?」
こちらを振り返るシュウの姿がなんだか霞んで見えて
目の前が、真っ暗になった。
「ウイっ!?」
聞き覚えのある気がする声と名前。
島に着いた当日に訪れたグランドライン最初の島の遊園地。
出港前に景気付けにもう一回行っとくかと訪れたそこで
切羽詰まったようなそんな声が耳を掠めた。
「ぅおっ!?」
突然肩に受けた衝撃によろめくと、ぶつかって来たらしい対象は謝りもせず肩に人を担いで走り去っていく。
「なんだ?」
「人拐いかなんかか?」
仲間達が物騒だなとそれが走り去っていく方向へ目を向ける。
その直後に、俺達の脇を必死の形相で走り抜ける少年。
どこかで見た顔だ。
走り去る黒い影は、どう考えてもそれを追う少年の足では追い付かないだろう。
それでも諦める様子のないその姿には少し、思うところがあった。
連れ去られたのは、余程大事なヤツなんだろう。
どうしたものかと頭を悩ませていると、隣からふと相方の声が聞こえてくる。
「なぁエース。あれ昨日のガキじゃね?酒屋の姉ちゃんの隣に居た。」
次の瞬間、彼が立っていた場所には暗闇には眩しい程の炎が立ち上る。
それは2つの影が走り去る方角へと、瞬く間に飛んでいった。
「ハイストップー!っと……。担いでる姉ちゃん、置いてって貰おうか。」
「何だ、てめぇ。」
エースが走り去ろうとする人拐いの前に回り込むと、炎の明るさと突如目の前に現れた存在に驚いた男が足を止める。
力なく担がれている存在に、エースは眉を寄せた。
「そいつ俺の知り合いなんだ。大人しく置いてってくれれば、お前には手は出さねェよ。」
そう言って拳に炎を纏わせるエースに、男は唇を噛み締めた。
なんでこいつが……。
メラメラの実の能力者。グランドライン入りしていただけに留まらず、まさか同じ航路を選んで立ち塞がるとは。
ウイを拐った男は己の行く手を阻む男の首に懸かる懸賞金の額に内心舌を打った。
天竜人御用達の職人。
オープン記念だか何だか知らねぇが、ガキなんかと一緒にこんなとこでフラフラしてやがると思ったら。
こんな護衛を連れていたとは……。
誤算だった。
ウイを人質に世界政府から高額な身代金を要求しようと企んでいたこの男。
まともに戦っては勝ち目のなさそうな目の前の相手に、打つ手はないものかと辺りを見渡す。
仲間達の待つ船までこの女を担いで突っ切るには、どうすれば良い……?
「俺は忠告はしたぞ。」
次の瞬間、目にも止まらぬ速さで男の懐に潜り込んだエースは
拳に炎を纏わせたまま、その鳩尾を殴り上げた。
拳が抉った先は炎で焼き付くされ
焼ききれたことで出血は免れたものの、熱によるショックで男の意識は失われていた。
「弱ぇ癖に粋がってんじゃねぇよ。」
あまりにも歯ごたえのない相手に呆れたように息を付いたエースは
男と共に倒れてしまった意識のないウイを担ぎ上げた。
「はぁ、はぁ……。返せ!」
遅れて現場にたどり着いたシュウは、肩で息をしながらエースを睨み付ける。
勝てもしない、追い付けもしない相手を前に諦める事をしないシュウに
エースは何かを重ねていた。
「おう坊主!お疲れさん。こいつ、どこに運べば良いんだ?」
シュウは膝に手をつき、全力疾走で悲鳴をあげている上半身を支えつつも
視線は険しさを保ったままエースを捕らえていた。
『人に親切にしておくとね、巡り巡って自分に良いことが返ってくるんだよ。』
いつかウイが言っていた言葉が、聞こえた気がした。
「本当に、ウイは凄いのばっかり引き寄せる天才なのかしら。」
昨日の事後処理を済ませ、今日は早めに事務所を閉めようとしていたその時
チャイムが知らせた来客の正体には度肝を抜かれた。
億超えの東の海を騒がせる賞金首の海賊と、その隣に佇む面白くなさそうな顔を隠そうともしないシュウ。
なぜそんな男とシュウが一緒にいるのだろうとそれだけでも十分驚いたのに。
男の肩に担がれていたのが意識のないウイだと気づいて、もう何がどうなってこの状況を作り出したのか頭がついていかなかった。
奥超えの賞金首、火拳のエースは邪魔すんぜと開けた扉から無遠慮に事務所の中へと入りこんでくると
応接ブースのソファーにウイを寝かせ、自分はその向かいに腰を下ろした。
敵意のない彼の様子から、この海賊が私達に危害を与えるつもりではないことはなんとなく察知できたものの
どこか悔しそうなシュウが語る事の経緯には、正直呆れというか寧ろ感心に近い物が入り交じったため息しか出てこなかった。
そして冒頭に戻る、と言った所だ。
「どういう意味だよソニア。」
「うちの社員を助けて頂いたみたいでありがとう。でもなぜ海賊が人助けなんて働くのかしら……?」
不思議そうな顔を浮かべるシュウを背に守るように、問いには答えずソファーで首を鳴らしている海賊に向き直る。
海賊という言葉にシュウが息を飲む音が背後から聞こえて来た。
全ての海賊が無闇に民間人に危害を与えたりする訳ではない事は知っている。
自分が過去に愛した男も、その仲間達も、ウイの大切な友人達も。
海賊という部類に属してはいるものの、彼らは信用に値する人間だ。
人拐いからウイを助けてくれたらしいこの男。
敵意もなければ一見人当たりも良さそうで悪い人には見えない。
しかし額が額だ。
2億もの懸賞金が懸かる目の前の男は、それ相応の何かをしてここまで来ている。
油断はできない。
「昨日この姉ちゃんに酒サービスして貰ったんだ。良かったな!俺あそこに居て!」
そばかすの目立つ顔がニカッと歯を見せて笑った。
彼の話が本当ならば、ウイと彼は最低でも顔見知り程度の面識はあるのだろう。
さて、どうするべきか……。
「マスター?客?」
「こんな時間に珍しいね。」
チャイムが聞こえたらしいアオイとディゼルが事務所の奥から顔を出した。
ソファーで寝ているウイとその向かいに座る見慣れない男に、二人は揃って首を傾げる。
「今日はシュウと遊園地デートだったんじゃねぇの?で?誰だよコイツ。」
「遊園地で拐われかけたウイを、この海賊さんが助けて下さったみたい。」
ソニアの“拐われかけた”という言葉に、目を閉じたままのウイがただ寝ているだけではないことを悟ったディゼルの眉が寄る。
アオイに関してはそこら辺は理解しきれていないのか、なんだ良いヤツかとエースの肩をバシバシと叩いている。
「気を付けて見といた方が良いんじゃねぇかと思うぜ?この姉ちゃんの利用価値、知ってるヤツなんて五万と居んだろ?」
アオイ以外が固唾を飲んで様子を伺っているこの状況。
緊張感を生んでいる当の本人もそれに気がついたのか、両手を上げてそんな事を口にした。
「……そうね、私達も油断していたわ。あれだけ告知を打てばウイがこの島に居ることも知られているものね。」
今までは彼女を守る番犬が常に傍にいたお陰で、安全面への対策が疎かになっていた。
ソニアは内心舌を打ちたい程に己の甘さを悔やんでいた。
火拳のエースが助けてくれなければ、ウイは今頃その人拐い達にどんな目に合わされていたか。
周りの心配や気苦労を他所に、当の本人はクッションに顔をすりつけ穏やかな寝息を立てている。
「そちらの海賊のお兄さんは味方だと思っても良いのかな。」
ディゼルが窺うような視線をエースに向けた。
「味方かどうかは知らねぇが。別にお前らになんかするつもりはねぇぜ?」
この姉ちゃんには借りがあるんだ!
そう言って笑う彼の仕草を
笑みを浮かべながらも、値踏みするような瞳をその奥に潜めたディゼルが観察するように眺めていた。
「ウイを助けてくれてありがとう。僕はディゼル。彼女と一緒にブラーヴェで働く職人だよ。」
「ご丁寧にどうも。ポートガス・D・エースだ。昨日のイベントではたんまり酒飲ませて貰った!ありがとな!」
ディゼルが差し出した手を、エースが握り返す。
それを機にソニアとアオイも口々に名乗り簡単にお礼を述べた。
「ソニア、ウイの巡回の件だけど。ちょっと考え直した方が良いかもしれないね。」
「ええ。私もそう思ってたわ。」
いくら巡回の件を世間が知らないとは言え、ウイを一人で向かわせるのはリスクが高すぎる。
巡回途中に彼らに会いたがっていたウイには酷な事だが、フリーウィングという彼女を守る不思議な船に乗っていたとしても予定をこのまま遂行することは難しいだろう。
「おい、エースって言ったか?お前強いんだろ?」
「なんだ坊主。話がしたけりゃまず名乗れ。それが礼儀ってもんだ。」
面白くなさそうにではあるが、指摘通り自分の名前を告げるシュウに満足したのか
エースは俺は強いぜと笑顔で答えた。
「じゃあエース!ウイを守ってくれよ!どうせお前らも先へ進むんだろ?」
シュウの発言に目を見開く大人組三人。
良識がある方とは言えシュウもまだ子供だ。
事の重大さが分かっていないのだろうと、彼を嗜めようとする。
「酒一本のサービスで俺を護衛に使うのは流石に対価が見合ってねぇな!」
「ウイはお前が食い逃げした代金も払ってくれてんだぞ!そうじゃなきゃお前、今頃海軍に捕まってたかも知れねぇじゃん!!」
何勝手な事してくれてんだよと頭を掻くエースを、完全に安全な人物と認識したらしいシュウは傍に駆け寄り更に詰め寄る。
エースが食い逃げを働いた事も、その代金をウイが支払ったことも
その様子を眺める三人にとっては初めて聞く情報だ。
そしてなによりも、誰よりもウイの傍に居たいであろうシュウが巡回を成立させる為にこうも食い下がらない状況。
ソニアとディゼルは顔を見合せ、その動向を見守っていた。