9-11
なにが、起こった……?
腰と頭に回された手が、触れ合った唇を離そうとするのを阻んでいた。
寝惚けてるのかと思ったら
近すぎてそれだと認識できないでいたエースの目が、ゆっくり開かれる。
「……っ!!?」
急にキスされたんだって実感が沸いてきて、思わずエースを突き飛ばした。
「……んだよ。」
ドタバタバタバタッ
頭を掻きながら起き上がろうとするエースに
思わず階段を駆け上がって部屋に戻った。
バタン
扉を閉めて、そこに背を預け耳を澄ませる。
物音はしない。
追いかけて来てない。
エースに、キスされた。
口元を手で覆うと、なんだか足の力が抜けてその場にへたりこんでしまった。
なんで?
酔ってたから?
私、好きな人居るって言ったじゃん。
それも今日!
もう大分前の事だけど
最後にキスしたの、ローだったのに。
ごしごしとパジャマの袖で唇を拭ってため息をつく。
っていうか
アレは私にしたつもりはないんだよな。きっと。
エースも男の人だ。
シャチとペンギン程じゃないとしても、私が知らないだけで
島に行けば夜のお店にだって行ってるのかもしれない。
ここは海の上で
周りに女の人がいなくて
それで欲求不満で
酔っ払ってて
近くに居た女の人が、ただ偶然私だっただけだ。
明日の朝
エースが覚えてなければ、これはなかった事にしよう。
覚えてたら、
説教だ。
もう一度深く息を吐いて、今度こそ寝ようとベッドに潜り込んだ。
薬なんて、届てあげなければ良かった。
朝起きて、着替えて顔を洗ってリビングに降りる。
「くかー。」
昨日私の安眠を妨害した犯人は、こっちの気も知らないで未だ爆睡中だ。
あの後エースもまたすぐに寝たのか、テーブルに置いた薬はそのままで
タンブラーに入れた水だけ空になっていた。
腕を組んで仁王立ちしながら、中々豪快な格好でソファーでいびきを掻いているエースを見下ろす。
私は何て言うか、ガードが甘いんだろうか。
ロイは仕方ないとしても、ローにペンギン、それにエース。
ファーストキスさえしたことがなかった私の経験値が、ここ一年で4人にキスされるという偉業を成し遂げている。
このペースだと、10年後には40人とキスしてしまう計算になる。
アカンやろ、これは。
エースもペンギンも、大好きだけど友達だ。
ペンギンは私のことを好きだから、ああゆうことするんだろうけど
エースに関しては違う。
友達かつ、便利な欲の対象っていうのは
都合良く使われてるみたいで凄く嫌な感じがする。
守って貰っててこんなこと思うのも、おこがましいのかもしれないけど。
未だに起きる気配のないエースは、元から1つしか年は変わらない。
面倒見が良くて、お兄ちゃん気質だから
普段は年上って感じがする。
けどこうして寝てると、なんだか子供みたいだ。
相変わらず酒臭ぇけど。
完全に無防備な顔で眠るエースの、目元にかかった前髪を払ってあげた。
彼は昔から活発な子供だったんだろうか。
目元のそばかすはエースのやんちゃな性格にぴったり過ぎて
太陽の下で兄弟達と元気に暴れ回る彼が想像出来すぎて
可愛いなって、一人で笑ってしまった。
とにかく。
自意識過剰かもしれないけど、男の人が近くに居る時は色々と気を付けよう。
「エース酒癖悪すぎ。」
ローじゃない人と
キスとかそういうの、したいとは思えないや。
「んぁ……?メシ?」
「おはよう酔っ払い。」
私もエース程じゃなくても若干二日酔いだ。
朝は軽いものが食べたいなって、スープを作ってた。
においに誘われて目が覚めたのか、ソファーから少し掠れた声が聞こえてくる。
「なんで俺こっちで寝てんだ?」
「覚えてないの?」
体を起こしてキョロキョロと周りを見渡しているエースは、思ったよりも体調は悪そうじゃない。
二日酔いしないタイプか。
くそ。
本当に薬なんて持って来てやるんじゃなかった。
恨みがましい目で寝ぼけ眼のエースを睨むけど、そんな私に気付く様子はない。
「朝飯何?食ってっても良いか?」
「どーぞご自由に!!」
へらへらと能天気な顔でキッチン覗きこんでくるエースに、流石に少しいらっとする。
態度に出してるつもりなのに、うまそーって鼻の下を伸ばしてるこの感じじゃ
絶対昨日のこと覚えてない!!
言わないつもりだったけど、なかったことにするつもりだったけど
なんか腑に落ちない。
「エース酒癖悪すぎ。」
「俺なんかやったか?」
流石に渾身の怨みを込めて睨み付けたら、エースも私が怒ってることには気付いたみたいだ。
言ってやる。
こんな反省の欠片もない態度は許せん。
「キス。」
「は……?」
は?じゃないだろう。
は?じゃ。
「昨日、エースにキスされた!」
「……。」
目を見開いて固まっているエースは、言われても思い出せない程全く記憶にないみたいで
非難するように睨み付けると少し慌てたように身を引いた。
「……マジで?」
「そんな嘘、どうやったら思い付くのよ。」
なんで素直に謝れないんだ。
記憶を飛ばすくらい酔っ払ってたなら、その時自分がした事くらい覚えがなくても受け入れろ。
嫌ならそこまで飲むな。
ローみたいに素直に謝れ。
なんかよく分からないけど。
やらかした側のエースが面白くなさそうな顔で頭を掻いている。
反省の色ナシですか。
そんなくだらないことで文句を言う私が鬱陶しいとでも言いたいのか。
私たちの間に会話はなくて、コトコトと鍋の中でスープが沸く音だけが、リビングに響いていた。
「言っとくけど、エース怒る方の人じゃないから。今。」
「怒ってねぇよ。」
嘘つけ。
確実に起きた時より機嫌悪いじゃん。
エースはため息を吐きながら、こっちに目を合わせようともしない。
怒ってなかったとしても、感じ悪すぎる。
「……やっぱ飯良いや。じゃあな。」
バタン、と
少し乱暴に扉が閉まった。
なんなのよ。
え。
私何か悪いとこあった?
私はただ
乙女心を傷付けたことエースに、一言謝って欲しかっただけなのに。
「良いもん。一人で食べるから。」
一人分にしては、多すぎる鍋の中のスープ。
なんだかんだ文句を言いながらも
一緒に食べるつもりで二人分、作ってしまっている自分がいた。
エースが悪いのに
なんでこんなもやもやした気持ちを私が味わわなきゃいけないの。
外は晴天。
清々しい朝だと言うのに、気分は浮かなかった。
私は何か
エースの気に障ることでも、しちゃったんだろうか。
『あ!ウイ?あんたベイクライトはもうまわった?』
「まだだけど。」
『業者注文入って私も今向かってるの。いつ頃着きそう?』
「一週間後、くらい。」
『おー!奇遇!じゃあ待ってるから待ってて!じゃっ!』
「え!?ちょっ……カレン!?」
お昼前、でんでんむしに着信があった。
カレンのレースはハンカチやカーテン、テーブルクロスとかの製品でも販売しているけど
業者向けに、各店舗にサンプルブックを置いてる。
仕立て屋さんとかから発注が入れば、サイズや卸量の相談にカレンが直接出向いて対応しているみたい。
それにしても。
発注がかかった店舗がベイクライト。
そこはロー達と待ち合わせしてる島。
別に嫌な訳じゃないけど
ロー達と会えるのと、カレンに会えるの
それが一度に来ちゃったら時間が足りない。
どうせなら、重ならないで交代で来て欲しかった。
コーヒーを飲みながら、とても非効率的なスピードでシードルのラベル貼りを続ける。
スペード海賊団の船は、二日酔いに苦しめられている人が多いのか、静かだ。
飲ませ合いが始まる前に引っ込んだ人たちは、どうしてるんだろう。
視線の先の彼らの船の甲板には、人影ひとつ見当たらなかった。
あれから、1つ島を経由して
私たちはベイクライトに到着した。
ローに、皆に会えるのは凄く凄く楽しみだった。
カレンにも、沢山話を聞いて欲しくて待ち遠しかった。
でも憂鬱なことが1つ。
あれからエースと、まともに話してない。
避けられてるし、エースがフリーウィングの方に来ることがなくなった。
エイトや他の人に聞いても
ケンカしたんじゃねぇの?って、こっちが事情聴取に合う始末。
あの時だけなら、
やっぱり二日酔いだったのかなとか
寝起きで機嫌悪かったのかなとか
お腹減ってたのかなとか
そうも考えられたけど、流石にこれはおかしい。
私、やっぱり何かした?
自分からした癖に、私とキスしたのがそんなに嫌だったんだろうか。
それもそれでひどい。
私がかわいそう過ぎる。
ベイクライトの港に到着すると、錨を降ろしてそそくさと船を後にした。
前の島では、出かける時に一瞬だけ目があったエースが、エイトをお供に遣わしてくれた。
何か私に思うところはあるんだろうけど、一応心配はしてくれてるみたい。
でも今回は大丈夫。
皆が居る。
一人で出歩くのが港だけなら、エース達の手を煩わせるまでもないだろう。
早く皆に会いたいし、また無視されて嫌な気分になるのも嫌だ。
でんでんむしで事前に船の停泊場所は大体聞いていて
そこへ向かう足は、自然と駆け足になる。
目印だと言われていた灯台。
黄色い潜水艦と、見慣れた彼らの海賊旗。
走ったせいで息が上がってるだけじゃない。
会いたくて、皆に早く会いたくて
楽しみで、はやる気持ちが抑えられない。
「ベポ!!」
甲板に見えた、白にオレンジのつなぎを着たの生き物。
私の大好きな、腹黒い白熊。
「ウイ!」
「久しぶりっ!!」
勢いを殺さず、全力疾走のままベポの胸に突っ込んだ。
懐かしいふわふわの毛並みと、ベポのにおい。
結構な衝撃だった筈なのに、ベポはよろけもしなかった。
「ちょっと危ない。怪我したらどうするの。」
いつもどおりの、少し皮肉った言い方。
受け止めて抱き締め返してくれるその行動と口調が、合っていなさすぎて面白い。
「会いたかったー!」
「ハイハイ。」
本当に、素直じゃない熊だ。