9-17


「出掛けるなら声くらいかけてけ。」
「……エース。」


フリーウィングの船室の扉を開けたら、リビングのソファーには非難するようにこっちを睨むエースの姿があった。


「友達んとこ行ってきたのか?」
「うん。」


久しぶりに話しかけられた気がする。
やっぱりどこか怒ってるみたいだけど







……心配してくれたのかな。


「どうした。何かあったのか?」
「何にもないよ。ありがとう。」


いけない。
エースが来てるなんて思いもしなかったから、情けない顔をしたままだった。

何かに怒ってた筈なのに
私が居ないのを心配してくれて、私の様子を気にかけてくれて。

皆が離れて行ってしまうかもしれないからかな。

不貞腐れたように視線をこっちに向けないエースがここに居てくれて
帰りを待っていてくれて

それだけなのに、私にも味方が出来たみたいで心強い。


「喧嘩でもしたのか?」
「何でもないってば。本当に。」


意外と気にしぃだな、エース。

変なの。
怒ってたみたいなのはもう良いのかな。


「何か食べる?」
「食う。」


ぶっきらぼうな返事の仕方が可笑しくて、思わず笑ってしまった。

考えたくても、纏まらない。
今すぐどうにかしなきゃいけない訳じゃないなら、頭が落ち着くまで
こうやって気を紛らわして貰っていた方が気が楽だ。


あの人がどんな手を使って私を連れ戻しに来ても、
エースは助けてくれるでしょう?


やっぱり機嫌が良い訳ではなさそうなエースを眺めながら、お湯の沸いた鍋にパスタを投入した。

さて、何のパスタにしよう。

冷蔵庫を開けようとすると、手の震えがいつの間にか止まっていたことに気が付く。


「喉乾いた。」
「はいはい。」


エース、ありがとね。

興味なさげに新聞をパラパラ捲る彼に、心の中でお礼を言った。


「うめぇっ!久々に食ったなウイのメシ!」
「ありがと。……ねぇ、最近なんで怒ってたの?」


大盛り特盛山盛りのナポリタンを凄い勢いで頬張るエース。


流石に多いかなって思ったけど、むしろ足りるのか?これ。


「別に怒ってねぇよ。」
「ホントにぃー?」


嘘ばっかり。
ご飯を前にしてすっかり機嫌が戻ったその顔が、また曇った。


「本当に怒ってねぇって。」
「本当の本当に?」


しつけぇなってこっちを睨むエースが可笑しくて、吹き出してしまった。


いいや、あの時のエースが何で怒ってたとしても。
今は怒ってなくて、こうして普通にしてくれるなら。


「今日はもうダチんとこ行かねぇの?」
「うーん。……どうし


ガチャっ











ドアの開く音に、体がビクリと震えた。



「誰だてめぇ。」
「いやお前こそ誰だ。」



聞こえて来た声が、来客があの人ではないことを教えてくれる。

ほっとしたのも束の間、入り口に目を向けると
微妙な顔を浮かべている皆の姿。



「ん?白熊?こいつらが噂の友達か!」



何しに、来たんだろう。

皆は、あの人に何を聞いた?

考えたくないことから現実逃避なんてしてる前に
ちゃんとどうするか考えておけば良かった。



「エース、ごめん私、ちょっと買い忘れたのあるから出掛けて来る。」
「は?……おいウイ!」



皆が入り口を占領してるから、サンルームの方を回ってリビングを出た。

制止を呼び掛けるエースの声も無視した。
皆の顔も、ローの顔も、見れなかった。

逃げたって何も変わらないのに
皆の口から、聞きたくない言葉が溢れて来るかもしれないのが

どうしても怖かった。

なんて言えば良いのか、これからどうすれば一番良いのか

失敗できない相手だからこそ
混乱してぐちゃぐちゃなこの状態では、皆と一緒には居られなかった。



人の顔を見るなり、あからさまに顔色を変えたウイは逃げるようにリビングを出ていった。

買い物だか何だか知らねぇが
ご丁寧に普段そこから出ることなど滅多にない方の出口から。

らしくなさすぎる行動が目立つウイは相当動揺してるんだろう。

どうせあいつは街へは行かねぇ。
多少なりともまともな思考が残っているなら、俺らが船から離れるのが見える位置で時間を潰そうとする筈だ。


「んだよウイのやつ。やっぱ喧嘩でもしたのか?」
「いや違うけど。なんであんたもこんなときに呑気にご飯食べてんのよ。」


覚えのねぇこの男は、カレンとも知り合いらしい。

腕のタトゥー、体付き、身なり、雰囲気
どっから見てもこいつは海賊だろう。

なんでウイが海賊に飯なんて作ってやっていて、こいつはそれを当然のように食ってるんだ。


「うめぇぞナポリタン!やらねぇけど。」
「いらないわよ!ちょっと、そんなことよりウイ!!何か言ってなかった!?」
「おいカレン。……こいつは誰だ。」


状況を整理しよう。
まずこいつは誰で、ウイの何だ。


「あれ、聞いてない?ウイの護衛して貰ってるの。」
「ポートガス・D・エースだ。スペード海賊団の船長をやってる。」


護衛?
聞いてねぇな。

いや待て。









Dだと?










「トラファルガー……ローだ。ウイが世話になってる。」
「別にお前に礼言われる筋合いはねぇよ。」


こいつもDか。

いや待て。
スペード海賊団のエースって……


「火拳のエースか!2億の!!」
「本物!?なんでこんなとこに!!」


後ろのクルー達も同じことに気付いたようだ。
散々賞金首に世話になっていた分、高額な首の情報は頭にインプットされている。


「シャチにペンギン、それとベポだろ?あとお前は……悪ぃな、聞いてねぇ。ウイの大事な“オトモダチ”のハートの海賊団。」


こいつはさっきから所々鼻に付く言い回しをする。
自分も同じ穴の貉だからこそ、それが分かってしまう。






こいつも、ウイのことが好きなんだろう。



「俺のことは聞いてないんっすね……。」
「仕方ねぇだろ今日初めて会ったんだから。」


名前の上がらなかったことに落ち込むエイジを慰めるシャチ。
悪いが今はそんなことはどうでも良い。



なんでウイは、こいつと一緒に旅をしていることを俺らに黙ってた?


「随分殺気だってんな。やっぱ喧嘩か?あいつすげぇ顔して帰って来たぞ。」
「違うって言ってんでしょうが!何も聞いてない?ウイ何か言ってなかった!?」


エースに掴みかかるカレンの姿に、思考が脱線しかけていたことに気付く。


そうだ。
今はそんな事に頭を使っている状況じゃなかった。


「じゃぁなんだよ。何があった?色々喋ったけど、どれがお前の聞きてぇことかなんて分かんねぇだろ。」
「えっと、それは……。」


カレンが助けを求めるような視線をこちらに寄越す。
散々人の行動に文句をつけておいて、判断に困った途端にこれか。

勝手な女だ。


「お前が決めろ。言いてぇなら言えば良い。」
「でも……。」


面倒臭ぇ。

確かに敏感な話題だろう。
本人も決して今まで口にしなかったことだ。


「お前があいつの為に、それが良いと思うなら話せ。自分で決めたことの尻拭いも自分でしろ。」


それだけ言い残して船室から出た。

あの様子じゃ、エースは然程有力な情報は握ってねぇ。
ここで時間を潰すより、ウイを追った方が賢明だ。

着いて来ようとするクルー達に船に残るように言い残し、ルームを展開した。

特大のそれの中をスキャンで確認するのは、体力の消耗が著しい。


でもそうせずには居られなかった。




あんな状態のあいつを、一人にしておけない。
傍に居てやりたい。



潜水艦と反対側の堤防に、目的の人物が踞っているのが確認できた。



「シャンブルズ。」



本当に、いい加減にしろ。

そんな場所で一人膝を抱えるくらいなら
少しは周りを、俺を頼れ。



「おい、買い物はどうした。」


突然背後から聞こえて来た声に、びくりと肩が震えた。

それは、私が大好きな人の声。
離れている間、聞きたくて仕方なくて。

でんでんむしを通したものじゃなく、直接鼓膜に届く低くてよく通るそれは
ローが触れられる程近くにいることを教えてくれた。







足音で、ローが背後に、結構すぐ近くに居るのは分かっていた。
聞かれたことにも、答えなきゃいけない。


でもどうしたら良いのか
今私はどんな顔をして振り向いて
何を口にするのが一番良いのかが分からない。


このまま動けずに居ても、どうせローは諦めて放っておいてくれる気はないんだろう。
ならばどうにかしなければ。


笑って誤魔化せば良いの?

それとも、ある程度こちらの手の内を見せておいて
核心を付く辺りを誤魔化した方が勝率は上がる?

そもそもロー達は、あの人に何をどこまで聞いたの?


打開策も思い浮かばなければ
散々黙りこんでおいたせいで、行動を起こすタイミングを失ってしまった。






もう、いいかな。

お店を出たときも、船から出てきたときも
きっと私はうまく出来ていなかった。

ローはきっと気付いてる。

私がずっと言わなかったことが、何なのか。
私がどれだけ駄目で惨めな人間なのか。


今さら取り繕ったって、この人は欺けない。


「おまえ本当に、いい加減にしろよ。」

















苛立ったような声とともに、温かいぬくもりが私を包んだ。

跨ぐように私の体を両足で挟んで、膝を抱えていた私の体ごと
ローの長い腕がすっぽりと包んでくれる。

頭の上に感じる重みは、髭が刺さってむず痒い。






ねぇ、嫌いになってない?

あの人に唆されて、ローまで私のことをどうでも良く思ってしまったり、してない?

あの人に何か聞いた?





聞きたいことを、言葉にすることはできなかった。

でも久しぶりに感じたローの温もりやにおいが
抱き締めてくれる腕の力が、私の心を温めてくれた。




嫌われたって、いらないって言われたって
やっぱり私はこの人が好きなんだって、思った。

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destruct at reality.