9-18


「聞いた。あの女から。」
「……ごめんね、なんか、変なこと言ってたでしょ。気にしないで。」


やっぱりあの人は話したのか。
何を、どこまで言ったんだろう。

どうせ知られてしまうなら、あの人の言葉じゃなく
私の言葉で話したかった。


「気になんねぇ訳ねぇだろ。」
「あぁ、……それもそうか。」


顔が見えないから、見られないから
上手く答えられているかは分からないけど、ちゃんと返事をできる。


「恐らく全部聞いた。おまえがあの女と居たくねぇのも理解できる。……ただなんで船から逃げた。」
「それは……。」


なんでだろう。
そう聞かれると、自分でも良く分からない。

ただ、怖かった。
あの人は父様をあんな風に変えてしまった人だから
皆のことも変えちゃうんじゃないかって。

昔の話を聞いた皆が、私を惨めな子だって思うのを
必要とされない存在だったことがバレてしまうのが、怖かった。

捨てられるのが怖いから踏み出せないでいるのを
信用してないって思われるのも、重たくて面倒臭い女だと思われるのも、怖かった。


少しずつ変わろうと思って
少しずつ変われた気でいたけど

結局私はいつも、怖がって逃げてばっかりだ。


「話したくねぇのか。」
「……それも、ある、けど。何を言えば良いのか、よく分からない。」


こんなこと、初めてだ。
打つ手がない。分からない。

自分の考えが纏まらない。


「おまえは戻りてぇのか、父親の元に。」
「……戻りたくない。」


「あの女が、憎くねぇのか。」
「……憎くないわけ、ないじゃない。」


「そこが聞ければ、今は良い。」
「え?」


ローがごそごそとポケットを漁ると、見たことのあるキューブを私に手渡した。


これは、……心臓?
まさか……!


「あの女の、アイリーンの心臓だ。おまえにやる。好きにしろ。」
「い、いらない!!返す!!」


ローはそれを返そうとしても受け取ってくれなくて、私は仕方なくそれを脇に置いた。

持っていたら、私はこれを握り潰してしまいたくなる。
そんなこと、したくない。



「憎いんだろ。あいつは反省もしてねぇ。懲りずにまた、おまえを利用しようとしてんだぞ。」
「行かないもん。もう利用されない。」


頑なに親の仇の心臓を受け取らないウイは、あの女がのうのうと生きていることに何も思わないのだろうか。

俺は未だに
政府もドフラミンゴも、殺してやりたいほど憎いというのに。


「おまえが手を汚したくねぇなら、俺がやる。」
「ま、待って!私はそんなこと望んでない!!」


ずっとこちらに顔を向けなかったのに
切羽詰まったような顔をしたウイが振り向いた。

泣きそうな、必死で訴えかけるような、そんな顔。


「同情か?んなもん掛ける価値ねぇだろ。死なねぇと治んねぇぞ、あの根性は。」
「そんなんじゃ、ない。本当に、それはしなくて良い。」


ウイは甘い。
心根が優しすぎる。

そう思った。
続く言葉を聞くまでは。


「謝られたり、殺したり、私が何かしたら……許さなきゃいけなくなる。」


苦しそうに言葉を紡ぐウイの目には
確かに怒りの色が宿っていた。


「あの人が死んでも、母様は戻ってこない。私はあの人を、……許すつもりなんてない。」


だからやめてね、と
申し訳なさそうにウイは笑った。














深ぇな。闇が。


「わかった。おまえがそうしたいならそうする。」
「ありがとう、……嬉しかった。ローがそこまでしてくれて。」


おまえの為ならなんだってしてやる。

望むことならなんだって叶えてやりたいのに
口に出さないだけで、絶対に望んでいる何かがある筈なのに

なんでこいつはそれを俺に求めてくれないんだろう。


「おまえが何にビビってんのか知らねぇが、聞いたところで何も変わらねぇ。」


こいつの思考は、俺のそれとは構造が違いすぎる。

本当に思考が纏まらねぇのか、ただ言いたくなくて何も言わねぇのか
こっちにそれを悟らせてもくれねぇ。


「おまえがつらい時は何とかしてやりてぇと思うし、何も出来なくても、傍に居てやりてぇ。」


だったらしらみ潰しに不安の種を潰していくしかねぇだろ。

おまえを不安にさせてるのは、一体何なんだ。



どれくらいそうして居ただろう。

落ち着いて思い返すと、口走った言葉の数々に気恥ずかしさを感じなくもない。
ウイの不安を少しでも軽くしようと必死だった。

口にした言葉の全てに、嘘はない。


ウイは腕の中で、ただ何も言わずに抱かれていて
大人しすぎるその様子に寝てるんじゃねぇかと思って顔を覗き込めば
それに気付いて目線を上げたウイと目が合った。


「ローは、何でもお見通しなんだね。」
「見通せてれば、こんな数打ちゃ当たる戦法は取らねぇよ。」


それを聞いたウイが笑った。

まだいつもの、呆れるくらい底抜けに明るい笑顔ではないものの
無理をしたものでも
何かを隠す為のものでもない

自然な笑顔。


「じゃあ良かった。おかげで嬉しい言葉、たくさん貰っちゃった。」
「それは良かったな。」


気恥ずかしくなって、抱き締める腕に力を込めた。

結局俺はウイに何かをしてやれたのかも分からなくて
ウイが言いたくないことの詳細も分からないままだ。


でもあのまま放っておくよりは、いくらかマシだろ。


「ちょっと、ね。今日は一人で色々考えたい。明日また、潜水艦にお邪魔しても良い?」
「……本当懲りねぇな、おまえも。禄な答えなんか出ねぇのに。」


ひどい、と恨めしそうな声が聞こえてきた。

実際その通りだろう。
こいつは放っておけば、変な方向に進んではドツボに嵌まり、勝手に落ち込む。

こうして傍に居れば、それを止めてやれるというのに。


「もう大丈夫。ローのおかげで元気出た!……悩んでるとかじゃなくて、頭の中ぐちゃぐちゃだから、整理したいだけ。」
「好きにしろ。」


ありがと、と腕のなかのウイが小さく笑った。

この不器用で強がりなバカは、本当にどうしようもねぇ。






「愛してる。」












返事はなかった。

ただ、抱き締めていた腕に添えらた手に、力を感じた。

太陽がオレンジに変わり、それが海へと沈んで行くのを
言葉を発することもなくただ、眺めていた。


「とまぁ、そういうことがあったんだけど。それを受けてウイ、何か言ってた?」
「なんも。」


カレンから聞いた、今日ウイの身に起こった話。
ウイの過去と、あいつが過去をそれまでどう扱ってきたか。

なるほどな。
あんな顔にもなるわけだ。

能天気そうにしか見えないあいつにも、悩みはあったわけだ。


「なんなのよ!この役立たず!!」
「おまえが勝手に期待して勝手に喋ったんだろ!?」


怒鳴りながら掴みかかって来たカレンは、なんとも激しい女だ。
ルンルンバースで顔を合わせた時は色っぽい姉ちゃんだと思ってたのに、これじゃ猛獣じゃねぇか。

上着の襟元を掴み上げがくがくと揺さぶりながら文句を言い続けるこいつは、もう放っておこう。








それにしても、父親……ね。



「おいカレン、そのくらいにしとけ。つーかおまえも何されるがままになってんだよ。ドMか。」
「あっはっは!!って違ぇよ!」


止めに入ってきた白いつなぎの男、たしかこいつはシャチだ。
引き剥がされたカレンも、気がすんだのか視線を落としてごめんと呟いた。

悪いやつじゃないんだろう。
ただ少し猪突猛進過ぎるだけで、それだけウイが心配なんだ。


「つーかエース!おまえロギアなんだろ?見てぇ!!見せろ!!」
「あんたも何はしゃいでんのよ!今はそれどころじゃないでしょうが!」


目を輝かせてヒーローか何かでも見るように身を乗り出してきたこいつが、ペンギン。


「キャプテンウイんとこ行ったんでしょ?ならもう大丈夫じゃん。」
「……あいつも、おまえらの船長もウイのこと好きなのか?」


ひっぱたかれたペンギンが、当然のように話すその内容が気にくわない。
ウイにとってあのすかした男は、そんなに特別な存在なんだろうか。


「なに?エースもウイちゃんに骨抜きにされちゃったの。」
「違ぇ!!…ウイ、好きなんだろ?あいつのこと。」
「ウイってば本人いないとこでまで好き好きオーラ振り撒いてたの。」


親友らしい白熊が、呆れたような表情で吐き捨てた言葉で確信が持てた。
ウイの好きなヤツはやっぱりあのローって男で、それは周知の事実らしい。

そしてきっとあの男も、ウイのことが好きなんだろう。





「見せてやるよ、メラメラの実の能力。その代わり一個質問。」
「おう!」


見せてやると聞いた途端に目を輝かせるペンギンの反応は、初めて能力を目の当たりにした時のウイのリアクションと
どこか重なるものがある気がした。


「なんであいつら、好き合ってるのにくっついてねぇの?」
「え、寧ろこっちが聞きたい。」


げんなりした顔でそう答えるペンギンと、後ろで無言で頷くその他大勢。


どうなってんだ?これは。


「お互いにお互いを好きで、それもお互いに知ってんだけど。」
「でもくっついた訳じゃねぇんだよ。」
「でも好きなのは変わらないみたいで。」
「つまり面倒臭い関係なのよ!」
「そうだったんすね!」
「いや意味分かんねぇから!!」


ご丁寧に一人一言ずつ説明してくれたのは有難いが
全くもって意味が分からん。

でも事実だしなと頷き合うこいつらの様子を見ると
意味分かんねぇその関係が、実際に事実なんだろう。


「2億だろうとなんだろうと、ウイはおまえにはやんねぇよ。」


挑発するようにそう話すペンギン。
大事な友達とは聞いていたが、こいつらとウイの関係性がイマイチよく分かんねぇ。


ただなんとなく、勘に触る。


約束は約束だと思い、体を炎に変化させながら床を蹴り上げ
ペンギンの目の前でそれを解き顔面すれすれに拳を突き立てた。









「……すげぇな。ロギア。」
「だろ?」


面食らったそのツラに満足して口元を吊り上げると、それに応えるようにペンギンも笑った。

その様子を見て、おぉ!と声を上げ手を叩くヤツらに満足気に鼻を鳴らす。


「エースって本当に強いんだねー!」
「ウイはこれをバーベキューの着火材として愛用してるけどな。」


俺の言葉に、ベポとシャチが揃って頭を抱えた。


「「うちの子がごめんなさい。」」


あの子は本当に、と心底呆れた顔でため息を吐く一人と一匹。


確かに愉快なヤツらだ。


ウイがこいつらのことをあんなに嬉しそうに話す訳が、分かった気がした。




destruct at reality.