「馬鹿!?世間知らず!?さっきから黙って聞いてれば何なのよアンタは!!」
カレンの肩が震えていたのは、どうやら怒りの我慢が限界だったらしい。
ここが閑静な街並みのせいか、カレンの怒りの籠った怒鳴り声はよく響いた。
「人のことなんだと思ってんのよ!!アンタの馬鹿げた下らない道楽の為に、ウイがどれだけ傷付いたか分かってんの!?」
「……甘いわね、あんたも。人に気なんて使ってたら、貧しく生まれた人間は一生貧しいままよ。」
流石と言うか何と言うか。
アイリーンも頬を赤く腫らしたまま、さして動じた様子もなくカレンを睨み付けている。
「見ず知らずの人間の為に、なんで私が幸せを掴むチャンスを諦めてやらなきゃいけないのよ。使われる方が間抜けなだけでしょう?」
何を言ってもこの女には伝わらない。
分かり合えない人間ってのも、存在するもんだ。
仕方のない事だとは思う。
ここまで年くった女、しかもこの女もそれなりに自分の信念のもと、歯を食いしばって生きてきたんだろう。
どんな人生を生きてきてこうなったのかは知らないが、年と共に人は頑固になる。
自分の信念を曲げてしまえば
自分をつくってきたそれまでの全てが、否定されたような気でもするんだろう。
「……そもそもあんたには関係ないでしょう?心臓置いて、帰って……いっ!!」
再び、乾いた音が響いた。
「ウイは人を蹴落としてまで幸せになろうって考えるような子じゃない。」
ここからでは
アイリーンに二発目の平手打ちをお見舞いしたカレンが、どんな顔をしてるのかは見えない。
でも普段甲高い声で騒いでいるそれより、その声色は大分低かった。
「あの子は人を蹴落とすどころか、人に頼ろうとすらしないから!あんたのことでだって傷付いてる筈なのに!周りに助けを求めてもくれないから!!」
自分もあの女に腹を立てていた筈だ。
ウイのあの頑なな性格を形成した原因は、間違いなくこの女だろう。
それなのに今、怒りが収まっているように感じるのは
カレンが自分の言いたいことを、自分以上に怒りを込めてアイリーンに喚き散らしてくれているからなのかもしれない。
「あの子がやらないから!何も言わないから私が言うのよ!!あんたみたいな人間に、幸せなんて寄って来るわけないじゃない!!」
興奮のせいか全力で叫んでいるせいか、カレンの肩は呼吸に合わせるように大きく上下している。
「あんた一生幸せになんてなれない!そんなに欲しければ……返すわよこんなもん!!」
カレンは何も言わずにただ突っ立っていたペンギンの手からキューブを引ったくると、それを思い切りアイリーンに投げつけた。
「そんな誰からも喜ばれない人生、一人で勝手に楽しんでろ!二度とウイに関わるな!っこの年増ババァっ!!」
捨て台詞を吐き捨てて振り返ったカレンの目には、涙が浮かんでいた。
ウイ、良い友達もったな。
気が済んだのか、それともこれ以上あの女に関わりたくないのか
カレンは船に戻るつもりのようだった。
進む先にある小石を腹立たしげに蹴飛ばしながら遠ざかっていくその背中に、少し頬が緩む。
心の中でお疲れ、と
気性の激しいウイの仕事仲間に賞賛を送った。
「随分こてんぱに言われたのね。どんまいオバサン。」
「……まだ何か用?」
このまま第2ラウンドが始まるのか、ペンギンもカレンのおかげで気が済んだのか。
気性が緩やかすぎる我が副船長が、二発目の平手打ちで尻餅を着いたアイリーンの前でしゃがみこんでいた。
「どうすんの?これから。」
「さぁ、……どうしようかしらね。」
すっかり忘れていた。
この女はウイを連れ戻しに来たんだった。
流石に諦めたと思いたい。
こんな民間人が何を企もうと脅威になどなり得ない。
ただウイは、この女の顔なんてもう見たくもないだろう。
「諦めてさっさと帰ってよ。」
「私がどこで何しようと……あんたたちには関係ないでしょ。」
強がりなのか本当に諦めていないのか。
心臓を胸に埋め込んだアイリーンが、邪魔な物を見るような目でペンギンを見上げる。
よっ、と年寄り臭い声を上げて膝を伸ばしたペンギンは
次の瞬間物凄い勢いで目の前の女の胸ぐらを掴み上げた。
「さっさと帰れババァ。次ふざけた事ぬかしやがったら、……本気でぶっ殺すぞ。」
ペンギンとは長い付き合いだ。
ただ
その地を這うような彼の声を、俺は初めて聞いた気がする。
ペンギンはそれだけ言うと胸ぐらを掴んでいた手を乱暴に離し、その場を後にした。
「あんたは良いの?あんたも……文句つけに来たんでしょう?」
「あそこまで先にキレられるとハードル高ぇわ。」
静まり返った路地裏で、アイリーンが取り残された俺に声をかけてきた。
確かに激しいわね、でも当然かと
自嘲するように鼻で笑うこの女。
「本当に、ウイにはもう関わるな。お前にとっては便利な道具でも俺らにとっては大事な仲間だ。」
「私は本当に悪いことをしたなんて思ってない。あの人を、ウイの父親をああしたのはあの子とその母親よ。」
この期に及んでこの女は、形だけでも謝っておこうという気はないもんなのか。
話すだけ無駄かと踵を返そうとした。
「今回だってそうよ。あの子はまだ未成年。私はともかく、実の父親の言うことをあの子はきく義務があるわ。」
「娘のこと要らなくなって売ろうとしたヤツが、都合の良いときばっかり父親ヅラすんな……って思うぜ?俺は。」
まだ何かを喚いているアイリーンを無視して、今度こそ船に戻るため足を進めた。
どうせいつまでも、理解不能な自己正当化論を話されるだけだ。
「お、お疲れお二人さん。」
「お疲れー。」
「遅いわよシャチ!で!?アンタはあのババァに何言ってやったの!?」
少し進んだ道の先で、先に退場したカレンとペンギンが待っていた。
ペンギンはもう、興味が引かれる事がない限りヤル気の欠片もないいつもの調子に戻っていて
カレンの目にも涙は見当たらなかった。
「ぶちかます方はあれで満足したか?」
「足りない!まだ全然足りない!!あと2、3発殴っときゃ良かったわ!」
そう意気込んで腕をぶんぶん回すカレンには、乾いた笑いしか出てこなかった。
ちらりともう一人のぶちかまし屋に目を向けると、気だるそうに首をポキポキ鳴らしている。
「おまえも良いの?副船長。」
「俺?……俺はなんも?カレンの護衛で来ただけだし。」
よく言うよ。
あんだけ脅迫じみたことをしておいて。
帰ろうぜと言うペンギンに着いて、足を進めた。
意外と滅多なことでは怒らないこの男。
やっぱりペンギンって、ウイのこととんでもなく好きなんだなって、思った。
あーーー。
どーーーしよーーー。
ローに送って貰ってフリーウィングに帰ると、リビングには皆もエースも居なかった。
なんだか流石に食欲がなくて、今日の分の仕込みだけ終わらせてお風呂に入った。
こんな日くらい良いかと思って、お風呂上がりにシードルを開けて心地好い炭酸の爽快感を味わっていた所で今に至る。
「時間は刻々と過ぎていく。」
カチコチと急かすように時を刻む時計の秒針が煩い。
早く結論を出せ、どうするか決めろ、そう言われている気分になる。
自己主張、どうしたいか。
皆にずっと一緒に居て欲しい。
一生何があっても、絶対に私を嫌いにならないっていう証が欲しい。
「ダメだ。とんでもなく重苦し過ぎる。」
面倒臭い女は嫌われる。
皆を信用してないって取られてもおかしくない。
それに……
こんなことにビビってる小さい人間だって、皆に幻滅されたくない。
どんな言い方したって、このリスクを回避して要望を伝える方法なんてないんじゃないだろうか。
そうなるとやっぱり、皆には言えない。
誤魔化すしかない。
方向性が決まった所で、喉が炭酸の刺激に耐えきれるギリギリの量のシードルを煽った。
「っぷはー。……よし!」
さて、どうする。
ローは色々と目敏いけど、きっと私が本当に怖がってることの詳細までは気付いた訳ではなさそうだった。
なら皆はもっと気付いてないだろう。
もし、皆があの人の話を聞いて父様みたいに変わってしまっていたら……
どうしようさっそく嫌すぎる、このパターン。
ガチャッ
「おぅ!帰ってたのか!」
「エース……昼間はごめんね!置いてけぼりにしちゃって。」
この人本当にノックとかしないなって
久しぶりな急に開くドアと、そこから顔を出す太陽みたいな笑顔がなんだか懐かしく感じた。
エースはもう、本当に今まで通りだ。
「良いって良いって。おまえのダチ面白ぇのな!マジで!」
「……皆、何か言ってた?」
エースは何て言うか、人見知りとか全くしないっていうか、親しみやすい雰囲気の人だから。
皆とは気が合うんだろうなって思ってたけど
楽しそうに皆の話をするこの様子じゃ、既に随分打ち解けたみたいだった。
「……どんたけ仲良しだよ。」
「え?」
呆れたように鼻を鳴らしたエースが吐き捨てるようにそう言った。
何の話だろうか。
「ウイこれから何か用事あんの?」
「ないけど。」
用事というか何というか。
考えなきゃいけないことはあるけどさっそく大きな壁にぶち当たってた所だ。
我ながら情けない。
「じゃあちょっと付き合え!上着着て来い寒ぃから!」
「え?どっか行くの?」
人に防寒対策しろっていう割に
エースは相変わらず素肌に薄手のジャケットを羽織ってるだけなんだけど。
っていうかエースって厚着してるイメージ全くないんだけど。
常に半裸かそれに近い格好をしてる。
メラメラの実の能力者は寒いという感覚がなくなったりするもんなんだろうか。
「着て来たら外出とけよ!」
「え、ちょっ……。」
それだけ言ってエースは船室から出ていってしまった。
どこ行くんだろ。
取り敢えずリビングのハンガーに掛けている中で一番暖かそうなダッフルコートを羽織って、一応マフラーもした。
夕方は、あのまま凍死しても良いかなって思うくらいだったけど
ぶっちゃけ結構寒かったし。
外に出ると、秋と冬の中間のにおい。
空気が澄んでて、いつもより星が綺麗に見えるような気がした。
「ウイー!」
「はいはいはーい!」
スペード海賊団の船の方から呼ぶ声が聞こえて船縁に駆け寄ると
なんだか水上バイクのような、ハンドル付きの小型のイカダのような物の上にエースの姿が。
「跳べよ!受け止めてやるから!」
「は!?無理だろ!!」
なんてことないように両手を広げて笑ってるこの人は
自分が出来る事はすべての人類が出来る事だとでも勘違いしてるんじゃないだろうか。
フリーウィングと彼らの船の間隔、凡そ3メートル。
あっちの船の海面近くに繋がれてるあの水上バイクみたいな物は、船底が球状な分更に距離は必要だろう。
絶対無理。
届く気がしない。
ブォォンッ
突然何か機械音のような物が聞こえたと思ったら
エースが乗っていた乗り物が自動で海面を動き出す。
「ほら、早くしろよ!チキン!」
丁度船の中間くらいに移動してきたエースは
怖いのかとでも言うように、挑発するように笑ってた。