9-21


「お、落としたら許さないからね!」
「おーおー任せろ!」


ニカッと笑うエースの顔が天真爛漫過ぎて
こいつ絶対に深く考えずに色々大丈夫とか言うタイプだとか思わなくもない。


胡散臭いものの、勇気を出して船縁を蹴った。












「うわぁあぁあぁっ!!」
「……よっと!良くできました。」


途中から怖くて目を瞑ってしまったけど
足が付く場所とぶつかる場所があって、外気や海水じゃない温かい温度を感じて
本当にエースが受け止めてくれたんだって、ほっと肩を撫で下ろした。


「これ、何?」
「ストライカー。便利だろ!」


そう言うなりエースの足元が急に眩しくなった。
少し遅れてさっきの機械音と



「う、わぁあっ!!」
「危ねぇから捕まってろ。」


急発進したストライカーのせいで、体が後ろに引っ張られた。


凄い画期的な乗り物。
足元で火を炊いてエンジンを回してるっぽいから、
いくら便利でもこれはエースにしか乗りこなせないやつだろう。

でも凄い。

凄いけど。

凄いんだけど。







発進する前に声くらいかけてよ!!


鼻をエースの胸に強打した私はそこを擦りながら進行方向に顔を向ける。



海面のすぐ近くを猛スピードで駆け抜ける爽快感。
風を一身に受けるから、厚着してきても少し寒い。

でもなんだか素敵だ。
周りには何も覆う物もない。
空気と私たちを隔てる物はない。



















風になったみたい。




「もうちょっと先まで行くな。」
「うん!」



島の明かりがどんどん遠くなって
辺りは真っ暗。
周りには何もなくて、海面に立ってるような気分だ。


初めて体験するその景色と感覚に心が踊った。
なんだか凄く、わくわくした。


「この辺で良いだろ。」
「えー。もうおしまい?」


ゆっくりと減速して大海原のど真ん中で停止したストライカー。
あの爽快感とスピードは絶叫系っぽくて、楽しかったのに。


「ウイ上。見てみろよ。」
「……ぅわぁっ!すっごい!!」


こんなに沢山星ってあったんだ。


上を向けば夜空には
細かくて白く輝く無数の星が、これでもかってくらい散らばっていた。
星と星の隙間が見えないくらい。

光を放つ星が夜空を照らして
闇色だった筈の空は、明るい青に見えなくもない。

人工的な明かりが届かないせいかな。
こんなに綺麗で幻想的な星空は初めて見た。


「本当に凄いね!連れてきてくれてありがとう!」
「どういたしまして。」


エースも星を見上げてた。

正直エースが星に興味があったなんて意外だ。
でも特にふざけた様子もなく上空に視線を向けるエースは
意外でもなんでも、この素敵な景色が好きなんだろうなって思った。












「俺の父親、世界的な大悪党なんだ。」
「へ?」


特に何かを話すでもなく、ただ黙って星空を見上げてた居たら、エースが突然口を開いた。


「今まで誰にも言ったことねぇ。ルフィにも、エイト達にも。」
「それ、は……私が聞いちゃって良かったの?」


エースは急に、どうしたんだろうか。

顔を見上げてみても、エースの視線は空に向いたまま。
私の視線には気付いてるんだろうし、目を合わせたい気分じゃないんだろう。


その気持ちは、分からなくもない。


「おまえなら良い……ってのと、俺もおまえが知られたくねぇこと聞いちまったから。」
「皆か……。」


なるほどな。
合点が行ったぜ。

聞いちゃったから話す。
これでウィンウィン的なアレか。


それにしてもなんで皆はエースに話したんだろう。
話す必要、あったかな。

ゴシップニュースみたいな感じで、面白がってたりでもしてるんだろうか。






「俺も同じだ。命掛けで生んでくれた母親はもう居ねぇし、父親には死んで尚迷惑しか掛けられた事がねぇ。」




「同じだ。俺とおまえは。」


エースの視線が空から降りてきて
私のそれと交差する位置で止まった。



エースの瞳から、目を逸らせなかった。


エースも
守ってもらったせいでお母さんを亡くしてしまっていて
お父さんのせいでつらい思いをしてきて

それを今まで誰にも言えなかったの?






「び、っくりした。全然、そんな風に見えなかったから。」
「お互い様だろ。……ウイもそうは見えねぇ。」


エースは真剣な顔をしていて、話してくれた内容は嘘なんかじゃないって分かる。


「どうして?なんで誰にも言えなかったの?」
「知られたら殺される。」


その言葉に、息を飲んだ。

殺される?
そんなに有名な大悪党なのか。


「でも大悪党なのはお父さんで、エースはそれと関係ないでしょ。」
「ガキの頃からよく聞いてた。処刑されたそいつにもしガキが居れば、生きてる事が罪だ、即殺すべきだってな。」


それは、つらいというか酷いというか。
理不尽極まりない。


「実際に、そいつの血を引く子供の存在を嗅ぎ付けた海軍の連中が可能性のある妊婦や赤ん坊、その母親、疑わしいヤツは全部殺して回った。」


もうなんか、言葉が出ない。
ローの故郷の話を聞いたときにも感じたけど、海軍はあの背中の正義の文字を
どんな気分で背負ってるんだろう。


「お袋は俺を腹ん中に20ヶ月も入れといてくれた。そのお陰で俺に疑いの目が向かなかった代わりに、それが原因で弱って死んだ。」
「に、にじゅっかげつ……。」


あれ、普通11ヶ月だっけ?
え。約2倍?

そんなことできるもんなのか。
すげぇ。


「今まで生き延びる為に苦労した。その原因作ったヤツなんて、顔も見たことねぇし父親だって認めたくねぇだろ。」
「大変、だったね。」


その話をしてくれたエースは、眉間に皺が寄っていて
でも少し、寂しそうにも見えた。



父様だけじゃないんだ。

私だけじゃないんだ。



知らないだけで、言わないだけで
つらい思いをしている人は沢山居るんだ。



「ウイはなんで知られたくねぇんだ?」


言えない理由は、エースと私では違う。
でも少し似通った環境で
同じように親への恨みを心に秘めて生きてきたエースなら

私の気持ちを分かってくれなくても、否定したりはしないんじゃないだろうか。



初めて話した。
今まで思ってたこととか
怖かったこと。

不満や、後悔や、理不尽に思っていたことを全部。

前に反則技でローに話した時とは訳が違う。

エースは明日も明後日も、これからもずっとこの話を覚えているし
エースなら分かってくれるかもって気持ちが
心のストッパーを外してしまったみたいだった。








「ウイがあのローってやつとくっつかねぇのもそれが原因なのか?」
「まぁ、そう、なのかなぁ。」


なんか私の好きな人がローだってしれっと断定されてるけど
きっとそれも皆が喋っちゃったんだろう。

なんかもう良いや、エースには隠し事しなくて。





「昼間ペンギンが、ローがウイんとこ行ったならもう心配いらねぇだろって言ってて、面白くねぇって思った。」


そんなこと、言われてたのか。
まぁ結果的にそうなった。

そこは置いておいて。
エースは何が面白くなかったんだろうか。


「おまえにはやらねぇって言われて、それも苛ついた。」


え、何を?
どうしたエース。ご乱心か?


「島に着く前、俺が何に腹立ててたのか。おまえ分かってんのか?」
「怒ってないって言ってたじゃん。」


まぁ嘘だろうなとは思ってたけど。


私の返答を聞いて、エースは盛大にため息をついた。


なんだよ、本当に。



「おまえが、俺がキスしたらしいことを……そんな嘘どうしたら思い付くんだって。……全く眼中にねぇみてぇに言ったからだよ。」





















はい?











え、ちょっと待とう。
それってつまり、そういうこと?




「俺はおまえのこと、好きだ。」




満天の星を背負ったエースが
少し照れ臭そうに、でもしっかり目を見据えてそう言った。






言ってしまった。


他の男が好きだと分かりきっている女に。



今まで何となく感じていた違和感の原因に気付いてしまって
急に腹が立ったり、何かと理由を探してはウイに会いに行ったり、それがなんでだか分かってしまって

気付いた途端に失恋決定というダサさを認めたくなかった。




ウイも俺と同じように、父親で苦労していたことやそれを周りに言えずに一人で抱えていたことを知って
俺だったら分かってやれるのにってそう思った。




違ぇな。




ウイなら俺が誰にも言えずにいたことを、分かってくれるんじゃねぇかって期待した。



他の誰でもないウイに、分かって貰いてぇって
思っちまった。






「何か言えよ。」
「えっと、あの、びっくりしてる。」


呆然としたまま固まっていたウイに、流石に居心地の悪さを感じて自分から口を開いた。


「ありが、とう?ごめん、本当に全然気付かなかった。」
「だろうな。」


戸惑うような表情を浮かべてぽつりぽつりと言葉を口にするウイは、なんだか普段の豪快で破天荒な印象とはかけ離れ過ぎていて
弱々しいと言うか、こいつも女だって主張されているようで

放っておけないと感じた。


「好きだって、思ってくれてるのは凄く嬉しいんだけど、私はローのことが、好きだから。」
「知ってる。」


知ってて言った。
叶わねぇって分かってても、知ってて欲しかった。


伺うように、恐る恐るこっちを見上げてくるウイの顔は自然と上目遣いになる訳で。
いけねぇと分かってても、ちゃんと自分に記憶がある状態でキスしてぇって思っちまう。


「おまえ気持ちが変わっちまうのが怖ぇんだろ?」
「……まぁ。」


なら俺が、証明してやる。
おまえが踏み出せねぇなら俺が踏み込んでやる。


「俺はおまえを裏切らねぇ。一生死ぬまで、何があってもおまえを好きでいてやるよ。」


驚いたのか、目を見開いたままウイが固まった。



ウイのためって訳じゃねぇ。

事実この先何があろうと
こいつを嫌いになる事はねぇんだろうなって




自然とそう思ったから。




destruct at reality.