10-5


落ち着け。


ウイに触れる触れないの話は後だ。




火拳屋はウイに、何をした?




一度見たきりだがすぐに思い浮かぶあの癖のある髪とそばかす顔。
海賊で、尚且つ共通の知人が居たところで
俺が隠しもしなかった殺気を前に動じるどころか余裕の表情を浮かべていたあの男。

あの受け流され方には覚えがある。

メルヴィスが俺にそうしたように、火拳屋はその気になれば一瞬で俺を殺れるんだろう。

ウイの知り合いだから情けをかけられた。


二億の懸賞金も伊達じゃねぇ。









敵わない相手だとしても
だからこそ、ウイに勝手に触れられた事に腹が立つ。


「なら答えねぇ。取り繕った答えなんて聞いても意味ねぇだろ。」



お互いの吐息を感じる距離で釘を刺すように目を細めると
苦し紛れな逃げ道を絶たれたウイが息を飲む音が、静かな室内にやたらと響いた。

それに構わずロングスカートの裾を捲りあげる。


「ちょっ……やだやめて!」
「よそ見すんな。……言え。何された。」


露になる脚を隠そうと手を伸ばすウイの、顎を掴んで無理やり目線を合わせた。
体を起こせないせいで、届くことのない手が宙を掴む。


「あの、……やっ…!」


太股から腰にかけて、吸い付くように滑らかな肌を撫であげる。
びくりと体を震わせるその様子は、感じてる以前にびびってるんだろう。

ここから上は触れてやらない。
こいつはそれだと口を割らないから。


「ちょっ……っと!!やだやめて見ないで!!」


スカートで下着を隠す事を諦めたウイが目にも止まらぬ早さで俺の顔を両の手で抱え込んだ。


結構な力だ。
女にしては。


「どうせ水着何度も見てんだろ。」
「水着とパンツは違うもん!!」


真っ赤な顔に浮かぶ鬼気迫る表情。
どうやら本気で見られたくないらしい。

端から見てこの図は若干笑える。
絡み合う男女が、片や顎を掴みあげられ、片や頭を両手で抱え込まれ、睨み合っているこの状況。


「これ、見なきゃ問題ねぇんだな?」


下着の脇に手を滑り込ませ、指を反らしてそれを弾いた。

ウイの顔色がさっと青ざめる。



いい加減に観念しろ。
こっちも我慢の限界だ。


「あのっ!本当にそういうんじゃな……、いや、違う!私ローのこと好きだから!!」
「それはどうも。何言ってんのか意味分かんねぇから分かるように話せ。」


骨盤に添わせた手を僅かに下に滑らせると、脱がされまいと必死なウイが同じ方向に体をずらしてそれを凌いだ。
真っ赤な顔で口をぱくぱくさせては、防ぐ物が俺の顔なのか手なのか
混乱しているのか頭を抱え込む腕の力に迷いを感じる。


こんな反応をされると、このまま口を割らずに居て欲しい気すらしなくもない。

焦らされてるのはこっちの方だ。


数センチも離れていない唇の距離。
無駄な抵抗。
恥じらい。
怯えの中に確かに感じる、求めるようなこの瞳。


据え膳だろ。これはもう。


「ちゃんと言った!ローのこと好きだって!エースそれ分かってる!!」


















頭の血管が、本気で何本か切れたんじゃねぇかと思った。

つまり火拳屋は






ウイの中の俺の存在を知ってて、手ぇ出しやがったってことで

こいつはそれを承知のうえで何でもねぇと言い張り、今後もあいつと航海を続けようとしている、と。

















間違いねぇよな。

そしてこれは流石に、キレて良い問題な筈だ。
鈍感で許される問題じゃねぇだろ。









「御託はいらねぇ。……最終通告だ。何された。」


ウイの顎を掴む手に力が入る。
馴れ合いではない本気の怒りが、睨み付ける目に籠っている自覚がある。

今までは多少ふざけていたのか
ウイの表情から期待の色が消え失せた。

今ウイの瞳に映るのは、焦りと困惑、焦燥感。


「言わねぇなら好きにさせて貰う。よその男にくれてやる為に、俺はおまえに手を出さねぇでいた訳じゃねぇ。」


ふざけんな。


本気の怒りをぶつけたつもりだった。

















だがこれはどういうことだ。

青ざめていたウイの頬には再び朱色が差して、俺を見上げる瞳には嬉しさのような感情がありありと滲み出ている。








なんなんだこいつは本当に。

手に負えねぇ。


「余裕かましてても構わねぇが、そういう事で良いんだな。」


自分が決めた事を覆すのは好きじゃねぇ。
でもこれは状況が状況だ。

右手を遠慮なく滑らせて、下着をずり下ろした。


「な!?ちょっ……なんで!?人の話ちゃんと聞いてよ!!」
「聞くっつってんのに言わねぇおまえが悪ぃんだろ。」


惚けていたウイの顔が一変し、驚愕に目を見開く。


「言う!言うから!!言うから待ってよバカっ!!」


涙目で睨み付けながらずらされた下着を直すその様子を、残念に思わなくもない。

ここまでやれば白状するだろうとは思った。
でも少し期待した。

このままウイを抱ける可能性を。


「ちゃんと話すから、どいて!」


話すと言うならこのままの体勢は避けた方が良い。

食べてはいけない好物を目の前にぶら下げておくのは
何かの拍子にタガが外れて手を出しかねない。

苛立ちと不満を隠そうともせずに、ウイの上から退いてソファーに座り直した。


あれこれと想定を越える事ばかりしでかされたせいで、本気で頭痛を感じる。


「なんでローはいつも何でも自分の思い通りにしようとするの!」
「……話すんじゃねぇのか。てめぇもいい加減にしろよ。」


痛む頭を抑えたまま視線だけずらして睨み付ける。
乱された服を整えたウイがうっと息を飲んでソファーの上に正座した。


「言わなかったのはそういうんじゃない!」






























「最初からそう言え。」
「だって怒られるかなとか、心配かけちゃうかなって思って。」


遊園地誘拐未遂の事をローに話すと、盛大なため息が部屋に響いた。

真面目に話してるのに
ローはこっちを向いてくれないどころか目線すら合わせてくれない。

まだ苛々しているのか、横から見ても眉間に皺が寄っているのが分かる。


早鐘を打つ心臓がまだ収まらない。


見たところ納得してくれたみたいだし、ローが実はヤキモチ妬きなことは知ってる。
でもあれは流石にビックリした。






怒ってたんだろうけど嬉しかった。


ヤキモチ妬いて、あんなに真剣に怒ってくれることに
ローが私を想ってくれてる気持ちを感じたから。


私を一人占めしたいって思ってくれてることが
くすぐったくて嬉しくて、胸の奥がきゅんとした。




「えへへ。」


怒ってるけど、その原因考えたら全然怖くないや。

ごめんね。
私もローと他の人に何かあったらって考えたら、それだけで凄く嫌なんだけど

あんな真剣な顔であんなこと言って貰えるのはやっぱり嬉しいや。


まだ不機嫌そうなローの横顔を
緩んじゃう頬をそのままにして見つめてた。


大好きだよ。
本当に。










「あれだけ派手に居場所バラしておいて、よくもまぁのこのこ遊び呆けてたもんだな。」
「ほんとそれ。油断してたんだろうねー。」


他人事みたいに同調してたら、ちゃんと反省しろと言わんばかりに睨まれた。


「気を付けろ本当に。遅い時間と人気のねぇ場所は出歩くな。」
「はーい。」


言われなくたってちゃんと気を付けるのに。
ローだってそのくらい分かってると思うんだけど。

けどそれだけ、心配してくれてるんだ。

なんだかお説教中なのに
小言言われてる筈なのに

ずっとこれが続けば良いなって思えてくる。




「夜と出かける時、船の鍵はちゃんと閉めろ。」
「はーい。」



「島に着いたら海軍基地の場所も確認しておけ。」
「そだねー。」



「昼でも繁華街やら治安悪そうな場所には近寄るな。」
「気を付けまーす。」




「で、火拳屋になにされた。」











お、おう。

そこは誤解だった事になった訳じゃなかったのか。
なんかナチュラルにぶっこんで来たぞ。



ちらりとローの顔を伺うと、非難の籠った視線が私を襲う。

言った方が良いんだろうか。







「パンツ脱ぎてぇなら別に言わなくて構わねぇ。」
「酔っ払ったエースにキスされちゃいました。」


























あぁ。
ローって本当に凄いな。

居たたまれなくて目線を床に向けてるのに
顔も見てないのに正面から何かを感じる。

これが覇気の修行の成果か。
それともローに生まれつき備わってるスキルなのかな。







もう怖すぎてローが今どんな状態なのか確認出来ない。

あわよくば上書きのキスを貰おうとかよく思えたな、さっきの私。
勇者か!



視線に重さがあるのなら、もうこれは100キロ超えだろう。


重苦しい何かに押し潰されてるみたいで、身動きができなかった。













この沈黙と無言の圧力はなんなんだろう。












呆れられちゃったのかな。

でもあれは予想出来るものじゃなかったし、避けようもなかった。









いや、二日酔いに苦しもうが放って置けば良かったのかな。
結局薬飲まなくてもピンピンしてたし。




私が悪いな。うん。
















よし、とりあえず謝るか。




「あの、ごめ……んっ…!」



勇気を出して顔を上げれば、目の前にローの殺気立った瞳と唇に感じる熱い熱。


「んんっ!」


一瞬、噛みつかれたかと思った。


驚いて身を引こうとしたのに、逃がすまいと言わんばかりにローの腕が退路を絶つ。
貪られるような荒々しいキスに、呼吸が付いていかない。


「…ふっ……んっ!」


今までした中で、一番攻撃的なキス。

逃れようとする舌をなぶるように絡めとられ
息を付こうとするタイミングを見計らうかのように、角度を変えてより深く侵入してくる吐息と熱。


息苦しさに固く瞑っていた目をうっすら開ければ
こんなに激しいキスをしておきながらも、どこか冷めたようなローの灰色の瞳が私を見下ろしていた。


「あいつにはもう近寄るな。」
「……お酒飲んでる時はそうする。エースも覚えてなかったくらい酔ってただけで!普段はそんなんじゃないの本当に!」


ローのことは好きだけど、だからと言ってエースと今後話せないとかは嫌だ。

せっかく話せたのに。
話して大丈夫な人が出来たのに。


「覚えてねぇって言い切れるか?」
「え?」


腰に回っていない方の手が、優しく髪を耳にかけてくれる。


覚えてないだろう、あれは。
本人も結構頭抱えてたし。


「覚えてねぇことにすれば隙を作れるなら、男は誰でもそう言う。」
「いや……覚えてないと思うよ?エースはローみたいに頭回らないもん。」


我ながら失礼な事を言ったもんだ。
でも本当にエースは覚えてないと思う。


覚えてたなら、あれが計画的なキスだったなら
あの後一週間も私を避けたりしないんじゃないかな。


それにエースは私が嫌だって思うことしないと思う。
しようと思ってたなら昨日は、絶好のチャンスだったと思うもん。




destruct at reality.