10-6
「頼むから、もう少し危機感持て。」
「はい。ごめんなさい。」
もう謝るしかできない。
謝るから、気をつけるから、気をつけるけど
エースと関わるなって言わないで欲しい。
けどそれ言ったらローは怒るんだろうな。
私だって嫌だもん。
ローがローのことを好きな人とキスしたって聞いたら。
その人と関わらないでって私がお願いして、嫌だって言われたら。
でも、初めてなんだもん。
あんなに素直に思ったこと言える人、他に居ないんだもん。
エースに嫌われても良いとかそういうんじゃない。
でもローには嫌われたくないから言いたくない。
今までの私を好きって言ってくれる人に、今まで絶対に漏らさないように隠してきた部分を見せるのは
怖い。
エースは分かってくれるから。
親を憎んでしまう気持ちを。
敬わなければいけなくて
大切にしなければ、感謝しなければいけない対象の親を憎んでしまう気持ちも
その虚しさとか、親を選べないことの無情さも
血の繋がりのある家族っていう、何よりも深い絆で保証された居場所がない気持ちも
自分のせいで母様を死なせてしまった気持ちも
きっとこの気持ちをエース以上に分かってくれる人なんていない。
このどろどろで醜い気持ちを分かって欲しいけど、認めたくない。
考えたって、悩んだって、どうにもならない気持ちだから
吐き出せる場所が欲しい。
ずっと一人で抱えて行こうって決めていたのに
一度吐き出せば止まらない。
分かるよって共感して欲しい。
私が辛かった時にかけて欲しかった言葉を、エースに言ってあげたい。
「……悪かった。」
「え?」
色々考え込んでたら、急に謝られて抱き寄せられた。
さっきまでと違って、気遣うように優しく扱われてるのを感じる。
なんでローが謝るの?
ローは悪くないのに。
どうしたんだろう。
表情を伺おうと体を捩るけど、優しいけど力強い腕はそれを許してくれない。
「俺が決めた事を曲げるのが嫌いなのは、出来ねぇ事を認めたくねぇからだ。」
ゆっくりと拍を刻むローの鼓動を聞きながら、話の続きを待った。
ローに出来ないことなんて、想像も付かない。
「おまえが自分の問題に蹴り付けて、俺もすべきことをして、それからで良いと思った。」
なんだか声のトーンとか雰囲気が、ローの言葉を普段より弱気に聞こえさせる。
「いや、それからがベストだと思った。」
ローはどうしたんだろう。
なんか、今日はよく喋るというか
こんなに考えてる事を口にしてくれるローは珍しい気がする。
抱き締めてくれる腕がすがり付かれているみたいに感じて、背中に回した手に力を込めた。
「おまえの行動、読めねぇんだよ。…何しでかすか分かんねぇし、ぶちギレても喜びやがる。」
「……ごめん。つい、嬉しくて。」
やっぱり嬉しかったのバレてたのか。
私より全然広い肩幅、細身だけど筋肉質すぎてゴツゴツする胸や腕。
それが私を気遣うように包んでくれてるのが、なんだか戻かしく感じた。
「かと思えば急に何か考え出すだろ。口に出しもしねぇ癖に。」
だって言えないよ。
嫌われたくないから言えない。
知られたくないから言いたくない。
好きな人には、嫌な所なんて見せたくない。
「不安になる。……俺の手の届かねぇとこで別の男に手込めにされんじゃねぇかって。」
「手込めって……。」
「知らねぇうちに。その訳分かんねぇ思考回路で勝手に色々考えて、おまえが離れて行くんじゃねぇかって。」
本当に、どうしちゃったのローさんは。
なんだか珍しく弱気モードのローには申し訳ないんだけど
怒ってる時にニヤけちゃったの怒られたばっかりだけど
どうしよう嬉しい。
顔に熱が集まってくる。
「出来もしねぇこと決めた自分にも腹は立つが、そこに拘わってなくすなら……そんな拘り捨てた方がマシだろ。」
腕の力が弱まったのを感じて胸を押すと
真剣な顔で私を見つめるローの瞳と目があった。
なんだか何を言われてるのか、何がローをこんなに追い詰めてるのかは分からないけど
そんな目で見つめられると堪らない。
どうしたら不安になんて思わないでってことが伝わるんだろう。
「出来ることの算段もつかねぇ馬鹿でいい。俺はおまえを他のヤツには渡したくねぇ。」
伸ばした腕に添えられた手が、私の手をローの頬に導いた。
体や手はあんなに暖かいのに、頬は少し冷たい。
男の人のくせに、その辺の女の人より綺麗な肌。
目付き悪いし、口も悪いけど
本当に腹立つ程整った顔だと思う。
膝立ちになって目線を合わせると、少しだけこっちの方が目線が高いからか
ローが上目遣いみたいに見上げてる。
その表情がなんだか可愛くて、思わず顔が綻んだ。
私はローのことをこんなに好きなのに。
むしろ不安なのはこっちの方なのに。
私の好きが少しでも伝われば良いなって思って
顔を傾けてそっと口付けた。
ローみたいな大人のキスは恥ずかしくて出来ない。
だから触れるだけだけど、何度も何度もそれを繰り返した。
気付けばまた抱き寄せられていて、ローの方からも唇を寄せてきてくれる。
飽きもしないでただキスを繰り返すだけ。
それだけなのに、ローの不安を消したくて始めたことなのに
そんな時間が堪らなく幸せだった。
「へ?」
いつの間にかローの手が服の中をまさぐっている。
いつかこんな事になった時みたいな、厭らしい手つきじゃなくて
私の存在を確かめるような、求めるような触られ方。
「あの、ローさん?」
「言っただろ。拘りは捨てたって。」
背中を這いまわっていた手が脇を滑って胸元を掠めた。
熱の籠った目で見つめられると、今更だけど恥ずかしさが急に沸き上がってくる。
そういえば捨てたとか言ってたけど
拘りって何よ。
なんか今までよく分からないままにして来ちゃったけど、取り敢えず私に手を出さないとかそういうアレだろう。多分。
「捨てないでよ拘り。私がローのこと好きじゃなくなることなんてあり得ないよ?」
「…嫌か?」
何言ってんだこの人は。
嫌な訳がない。
いや、ちょっと待て私。
なんだかローの好き好きアピールが凄くてうっかり流されかけてるけど
凄いいちゃいちゃできて頭の中惚けてるけど
何も解決してないよね、あれから。
下着のラインをなぞって背中に回るローの手に、ぞくりとした何かが背中を走った。
「ま、待って!!嫌じゃないけどダメ!ていうか本当にローはどうしたの。何がそんなに不安なの!」
「何考えてるか意味分かんねぇバカ女が、想定を越えたとこですぐ塞ぎ混むからだろ。」
バカって。
バカ女って。
そりゃローに比べればバカだけど
自分だってもっと頭良ければこんなことで悩まないんじゃないかって思うけども
「別に今始まったことじゃないじゃん。」
「勝てる相手しか想定してなかった。そのせいで今までは気にならなかった。でもあいつは、火拳屋は俺より強ぇだろ。」
ローとエース、どっちが強いんだろうとか確かに考えたことはあったけど、好きに強いって何か関係あるんだろうか。
関係ないよね、絶対。
「何かあった時におまえは俺に何も言わねぇけど、あいつはそれに気付けて、手を差し伸べられる距離にいる。」
あー。
なんか、分かってきた。
なるほど、そういうことか。
なんだかやっと腑に落ちた気がする。
なんでローがこんなに弱気になってて
なんでそれが今なのか。
「とられたくねぇし触らせたくもねぇ。拘ったせいで持ってかれるなら、んなもん捨ててやる。」
私がニシキの島で、ステラさんの船に行くローの背中を見送った時みたいな
そんな感じなんだよね。
絶対敵わない女子力と色気をお持ちのステラさんに、私は怖じ気付いた。
私がローのこと受け入れてたら、行かないでくれたのかなって凄く思った。
「おまえを抱きたい。」
私の手を握り締める手が
言葉が、目が
求めてくれてるのを凄く感じる。
不安にさせたい訳じゃない。
好きな人に求められて、嬉しい。
好きだからこその独占欲も
私の意思を尊重して今まで我慢してくれて来たのも
どっちも有り得ない程幸せなことだ。
このままローに抱かれてしまいたい。
『ちゃんとウイを守れるように強くなってからって。だから今は諦めたの。』
『ありのままの俺が好きなんだろ?なら問題ねぇだろ。』
ふといつか聞いた声が、頭の中に響いた。
……だめだ。
出来ない。
私の気持ちの問題もある。
けど私が不安にさせてしまったせいで、ローの信念を曲げさせる事はできない。
ローは頭が良いから。
ローの信念はきっといろんな事を総合的に考えた上で、一番良いだろうという最善の道筋だ。
エースが私に手を出すとか
私がエースを好きになるとか
それは誤解だ。
本当に有り得そうなことなら、このままローに抱かれてしまうのも良いのかもしれない。
でもエースはそんなことしないと思うし
私だってローよりも好きな人なんて出来る気がしない。
それなら、やっぱりローは自分の信念を貫くのが一番良いんじゃないかな。
私は私が決めたことよりも
ローが決めたことの方が色んなことが絶対にうまく行くんだろうなって思う。
「もし、そうなったとして。あの時ローがやりたいようにやるって言ったことには何の影響もない?」
私のせいで、ローの進むべき道を狂わせたくない。
「嫌な気持ち、分かるから。私はあの時言えなかったけど、ニシキでローがステラさんの船に行くの、嫌だったから。」
あの時の私の気持ち、誤解だったでしょ?
ローには疚しい気持ちなんて何にもなかったし、ステラさんにもその気はなかった筈だ。
でも私はあの時不安だった。
今のローの気持ちと、一緒でしょ?
誤解だって、違うって、分かってくれるでしょ?
「おまえのそのやり口、チェスやってる時みてぇだな。」
「ローが色々読める人なの分かって言ってる。ローがちゃんと考えて決めた信念、誤解で曲げさせたくない。」
ありのままの、ローが好きだから。
こういうたまに弱気なところを見せてくれるのも嬉しい。
好きって気持ちをぶつけてくれるのも嬉しい。
「今ローを受け入れて、この先もし何かあったら、私は絶対後悔しちゃうと思う。」
私の気持ちの問題もあるけど、今のこれはそれだけじゃない。
ローがあの時私に好きにしろって言ったのは
私の意思を尊重してくれただけじゃないって知ってるから。
「もう後悔するかもしれないこと、増やしたくない。」
足枷は、あれだけで十分だ。
ローにも不安とかあるんだろうけど
私は自分が決めた事を突き通すっていう、自分にも人にも厳しいローが好きだから。
ローにはそういう人で居て欲しいって、思ってるから。
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