10-7


んなこと言われたら手ぇ出せねぇじゃねぇか。


柔らかい髪に埋めた手でその感触を確かめながら、これまでの人生で最大かと思うほどのため息を吐いた。


さっきまで落ち込んでみたり、思い詰めた顔をしてみたり
既にどっかで火拳屋に心変わりしつつあるんじゃねぇかとすら思っていたウイの目が、変わった。


こいつはいつもそうだ。

言わねぇくせに
隠す癖に
すぐ変な方向に思考を飛ばす。

隠し方も、下手ではない。
でもそれは隠してることまでは見えて来ねぇくせに
隠されている事だけが俺には分かる。


女に甘んじてすぐに弱音を吐く女は嫌いだ。
何でもないと言いながらも仄めかしてくる打算的な女には反吐が出る。


どちらにも属さない筈のウイが
好ましい態度を取っている筈のウイが


弱音を吐いてくれないのを
悩みのヒントすら仄めかしてくれないのを
腹立たしく思う。


弱いのに強がって
その癖意味の分からないタイミングで勝手に立ち直る。


いや、弱くねぇ。
抱えてるもんが、負った傷がでかいだけで
こいつはとんでもなく強い女だ。


ふわふわ漂っているようで、決して流されない。

俺が敗けを認めたくねぇから我を通してるのと違って
ウイは例え敗けようとも、折れない。


いつになく真剣な顔で好き勝手言いやがったウイが、心の内でも覗こうとするかのように顔を覗き込んでいる。


お互い様だから譲れ。
下らねぇ嫉妬なんてするな。
冷静になれ。
好きな女に後悔させることような真似させるな。


直接言われるよりも、自分で思い当たる方が堪える。

指図されることが、俺は好きじゃねぇから。










ウイの肩を掴んで体を引き離した。
ヤれねぇなら今の状態でこの距離は地獄だ。


「ロー?」
「悪かった、忘れろ。」


不安そうな表情を浮かべるウイに構わず顔を背ける。


我ながら格好悪ぃ。









「忘れない。だからローも覚えてて。」


聞き覚えのある台詞に意図せず目が見開いた。

咎めるように視線だけ向ければ、得意気な顔で笑っているウイとかち合う目線。



お手上げだ。


こいつには敵わない。




いつかウイに言った台詞を、最悪のタイミングで返された。

結果こうなるなら、本気で忘れて貰いてぇもんだ。



「!」



















こんなだから心配になるんだ。
こいつは本当に、男ってもんを分かってなさすぎる。



「おい、離れろ。」
「やだ。……ありがとう。」



半分突進するかのような勢いでウイが抱き付いて来た。
ただ嬉しいだけなのか、心配するなというこいつなりの表現なのかは知らねぇが

ついさっきまで俺がなにしようとしてたか、こいつは本当に分かってんのか。

それを抑えるのがどんだけ過酷なことか。
普通男ならこの状況でヤらねぇ選択肢がねぇことを
このバカは絶対理解していない。



「分かったから離れろ。」
「なんで?」
「ヤりたくなるからに決まってんだろ。」



ぴしりと固まったウイが、頬を染めてぱっと手を離した。







その顔も十分、反則だ。







「じゃあお散歩行こう!」
「どこに。」


人差し指を立てて得意気に提案してくるウイに若干腹が立たないこともない。

口ではああ言ったものの
抑えなければならない気持ちと
抑えたくない気持ちが混在している。

まだこのまま、咎められながらも寄ってくるウイに文句を言いながら過ごしたい。


「本重たいからフリーウィングに運ぶの手伝って!」


こんなにいっぺんに持てないよ、と俺が頷く前から本を積み上げ出すその様子にため息が出た。


「あ!あとお店に納品行くのも手伝って!」


自分の持ち分を抱えながら早々に立ち上がったウイが、満面の笑顔でこちらを振り返る。


「ね?」

















くそっ。
コキ使いやがって。









ウイに抱えられている本と比べて、5倍以上の重量がありそうな自分の持ち分を抱えて立ち上がる。


別にこの程度の重さは苦じゃねぇ。


「早く早く!」


一緒に外を歩くだけでも楽しみなのか、扉の前で俺を待つその姿に今日何度目になるか分からないため息が出た。

このちゃっかり者のおねだりには、俺はどうやら逆らえないらしい。



「いー天気だなー。」
「どうしたエース。」


朝晩は冷え込むものの、日中は照り付ける日差しのせいで過ごしやすい。
雲ひとつない快晴。
なんとも平和な1日だ。


船縁に肘をついて、なんとなく海を眺めていると
そこに通りかかった我が相棒。


「いー天気だろ。」
「ああ、良い天気だけど。それがどうした。」


良い天気なのに、気が晴れない。







昨日ウイに気持ちを伝えた。






分かってはいたものの、振られた。
振られはしたが、どこかウイとの距離は近づけた気がした。

同じではない。

でも他の人間よりは大分、俺達の境遇は近いものがある。
その境遇を潜り抜けてここまで来るのに選んだ道も、結構似ている。

“好き”ではなくても、ウイの“特別”になれた気がした。

好きな女にとって、自分が他の誰にも代えがたい存在かもしれないことは
多少俺を舞い上がらせた。









のに。


それが、これだ。



飯でも作って貰って、一緒に食おうかと思ったら
そう遅くはない時間だというのにフリーウィングはもぬけの殻で。


「なに黄昏てんの。キモっ。」
「焼き殺すぞ。」


人の気も知らずに軽口を叩く相棒に睨みを利かせると
おーこわっ!とおどけた調子でエイトが船室の中へ消えて行った。







どうせウイはアイツんとこ行ったんだろ。
あの目付きも悪けりゃ愛想もねぇスカした野郎んとこに。


他のヤツが好きでも構わねぇと思った。
応えてくれないなら変わるような気持ちではない。

ただ、実際にこうして現実を目の当たりにすると
どうにもむしゃくしゃする。









なんで俺じゃねぇんだろ。
俺のがウイのこと分かってやれるのに。














こうしていても何の改善にもならねぇどころか時間の無駄でしかないことは理解してる。
ただ何かをする気が起きねぇ。










呑気に鳴いているカモメにすら、殺意が沸いてくる。










そうこうしている内に
遠くからこちらに歩いて来る人影が視界に入った。



帰りを待ちわびていた人物が、一番見たくねぇ状態で

嬉しそうに笑っていた。






本を抱えて楽しそうに話しかけるウイと
無愛想なツラでウイの何倍もある本を抱えながらそれに応えるあいつ。


恵まれてる癖に
ただ並んで歩いているだけであんなに嬉しそうにウイが笑いかけてくれるのに

当然のことのようにスカしてるあのツラに腹が立つ。

かと思えばそのスカした顔が、時折気を許したようにウイを見つめていた。










アレでくっついてねぇとか、マジで意味分かんねぇ。











本人に聞かなくても分かる。
あの男もウイが好きなんだろう。


ウイの事情は何となく理解した。
本気で好きだからこそ、その関係がいつか自分の親みてぇに変わっちまうのが怖いんだろ。

でもなんであいつはそれに付き合ってあの状態を甘んじて受け入れてんだ?

良く知らねぇけど、昨日の昼間の態度を見た分には
好きな女とは言え人の都合に合わせられるようなヤツには見えねぇ。



さして離れてもいねぇのに、隣に停まっている船の上の俺には気付きもしねぇウイの顔が
俺に向けるそれとは違う事に無意識に眉根が寄った。

いつでもけらけらガキみてぇに笑ってるウイは、俺にはあんな顔をしねぇ。
笑顔の合間に見せる、愛おしげにあいつの顔を見上げるその表情は
紛れもなく“女”の顔だった。



二人揃って中に入って行ったと思ったら、割とすぐに開いた扉にほっとしている自分が居る。
くっついてねぇとは聞いていても、誰も居ねぇ密室に長時間籠られるのはいらぬ想像が働いちまう。




ローがウイの納品用の台車を引いて出てきては、何やら中に向かって声をあげている。

なんだ。納品行くのか。



そう思ったその時






あいつが振り返って真っ直ぐにこっちに視線をよこした。



いや視線を向けたとかそういうんじゃねぇ。



その視線には昨日の数倍、俺に向けた殺気が込もっていた。



悪くねぇ。

ローは凄く強いんだよ、といつかウイが言っていた。
脅威とまでは感じないものの
その辺の粋がった雑魚ではなさそうだ。


この距離でも確かに感じる殺気。


昨日もこれを確かに感じた。
でも受け流した。

相手をした所で結果は見えてる。
労力を払うだけ無駄だと思ったし、最悪そこまで発展すればウイが悲しむ。


でも今日は
俺の女に手を出すなとでも言いたげなその態度に、腹が立った。










ため息を吐いて、視線に殺気を込める。

殺す気はねぇ。
自然に籠った殺気ではないのに、二人が並んで歩いていたさっきの風景を思い出すだけで
それは意図も簡単に内側から沸き上がった。



こっちの勝負では俺に勝てないことをあの男も気付いてるだろうに。
格上からの本気の殺気を受けながら、眉一つ動かさねぇその胆力は中々のもんだ。









睨み合うだけで、どちらも動かない。
そんな時間がただ、過ぎていった。






















火拳屋、か。


フリーウィングの隣に停泊している船の甲板で、さっきからずっとこちらに意識を向けているあの男。

昨日も何となく気付いてはいたものの
やはりあの男はウイのことを好きらしい。

そして勝手にキスまでしやがったらしい。


その視線には気付いていたものの、あまりにも楽しそうにウイが笑うから
見せつけてやりたくてそれに気付かないふりをした。


本を船に置いて、納品する商品が乗った台車を甲板に出すと
店に渡す書類を取りに行くと言うウイが階段をかけ上がる。


あまりにも慌ただしいその足音に、走るなと注意するものの
返事だけは良いウイの行動は全く改まった気配がない。


ため息を吐きつつも、ウイが居ないことによってより威圧感の増したこの視線の主を
無視する訳にはいかねぇ。



振り返れば、特に気配も表情も動じた様子のない火拳屋と目があった。

神経を研ぎ澄まして敵意を向ける。


ウイに勝手に触るなと、さっき感じた不満と怒りを視線に込めた。



destruct at reality.