10-10
「ヤキモチ、妬いてくれてたんだと思う。エースに。」
「なんであいつは大人しくウイの都合に乗っかってんだ。そんなタマじゃねぇだろ。」
敵対心はバシバシ感じた。
あんな独占欲の強そうな男が、好きな女を自分のものにしねぇ理由が思い付かない。
俺だって、ウイがもし俺のことを好きでいてくれたら
そんな事情無視して絶対自分の女にする自信がある。
「私が、私を好きになれないからって。好きで居て貰える自信ないからってしか……言ってない。」
眉を下げて目を伏せたウイがシャンパングラスの中身を一気に煽った。
片手で豪快にシードルのボトルを鷲掴み俺と自分のグラスに酒を注ぐその姿と、表情と言葉がまるで合ってない。
どこの飲んだくれなおっさんだよ。
「なんで言わねぇの。」
「言えないよ!!…信じてないって思われるのも、そんなことぐちぐち気にしてる面倒な女だと思われるのもやだ!」
注ぎたてのシードルをウイが一気に煽った。
もう瓶ごとそのまま飲めよ。
無駄だろその動作。
再び酒を注ぎ足すウイに呆れを感じつつも、やはりどこか浮き足立っている自分がいる。
ここまでハイペースで飲むウイは見たことねぇ。
「……可愛いと思うけど。おまえなら。」
重たい女は確かに面倒臭ぇ。
でもウイなら。
いつも陽気で一見悩みなんてなさそうで
奔放で放っておけばどこかに行ってしまいそうなウイなら
実はそんなこと気にしてるとか、すげぇ嬉しいんじゃねぇかと普通に思う。
「違う!エースはローを分かってない!!」
「知りたくもねぇよ。」
膝に頬杖を付いた肘を乗せながら、ぎゃんぎゃん騒ぐウイを眺めていた。
ただ純粋に羨ましい。
こんなにも嫌われたくないと悩まれることも
“分かってる”と思う程の絆や時間が、二人にはあることも。
「ローは超ミラクルスーパー現実主義で自分に厳しいの!そんな人、私がへっぽこだって気付いたら引くでしょ普通!」
「そーか?」
現実主義で、自分に厳しい。
確かにあれは気難しそうだ。
似てるものを求める気持ちと同じくらい
自分に無いものを求める男心がウイには理解出来ないらしい。
守ってやりてぇし
我儘きいてやりてぇと思うもんなのに。
なんでわかんねぇかな。
「で?あいつがそこんとこ知らないとして。なんで手ぇ出さねぇの?」
「だからそれも!ローは私みたいにふわふわした感情に流されない現実主義で自分に厳しい人だからだよ!!」
おーおー。
大分エキサイトしてきたな。
言わせないでよこんなこと、と両手で顔を覆ったウイがわざとらしくめそめそしだした。
「いや全く意味分かんねぇけど。」
「……前に、私が無茶したことがあって。それ気にしてるんだって。」
クッションを抱えてそれに顔を埋めるウイが、ぽつりぽつりと話し出した。
懸賞金を懸けられていた時のことを
あいつらを助けたいがために、身代わりに海軍に掴まったことを
「なるほどな。やっと納得。」
「凄いでしょ?カッコいいでしょ?ロー!」
しょぼくれてた筈の顔はいつの間にか笑顔になっていて
息を吐く時にふと見せた顔は、あの時見たあいつを見上げる時のそれだった。
「守れるだけの強さがねぇだけだろ。」
「別に守って貰いたくて好きな訳じゃないもん。」
ほお。
「あいつは海賊辞める程は、好きじゃねぇんだな。ウイのこと。」
「私のせいでローのやりたいこと邪魔したくないよ!」
ああ言えばこう言う。
波風立てようとしても無理か。
そこまで期待はしてなかったものの、ウイに称賛しかされねぇあいつを貶してやりたかった。
「……ローもね、沢山つらい経験してきた人なの。それ乗り越えるための目的も、海賊してる理由の一つなの、知ってるから。」
ウイの思い描いてるあいつと
実際のあいつがどこまで合ってるのかは知らねぇ。
ただこの話が本当だとすると
形式的には元一緒に航海してた大事な友達。
でも実際気持ちの上では
もうしっかり恋人同士じゃねぇか。
「すげぇ好きなんだな。……あいつのこと。」
「…ごめん。」
散々のろけておいて、今更俺に気を遣うのか。
はっとしたように目を見開いたあと、再びウイはしょんぼりし出した。
「エースはこんな私が好きで良いの?」
小さな子供が親にイタズラがバレた時
きっとこんな顔するんじゃねぇかって思った。
申し訳なさそうな
続く言葉をびくびく待っているような、そんな顔。
「エースがね、私のこと絶対裏切らないって。証明してやるって言ってくれたの凄い嬉しかった。」
「……掘り返すな。照れんだろ。」
照れ隠しに、もう何本目になるか分かんねぇシードルをグラスに注いだ。
あの言葉に嘘はねぇけど
心積もりが出来てない状態であのこっぱずかしいセリフをリピートされるのはキツいもんがある。
「初めて会ったから。一緒じゃないけど、同じようなことに悩んでる人。」
恐る恐る目を向ければ、意外な程真剣な表情を浮かべていたウイと目があった。
「男の人としての好きじゃないけど、エースなら分かってくれるって思っちゃう。」
俺もウイなら、なんであんな親の元に生まれたんだって思いも
母親の命と引き換えに生き長らえる程の価値が自分にあるのかっていうたまに浮かんでくる疑問も
分かって貰える気がする。
「同じように寂しい思いしてきたエースだから、血の繋がりのある家族っていう絶対な存在、羨ましいのも一緒でしょ?」
街で見かける何の取り柄もなさそうなガキが、両親と幸せそうに過ごす様子を
腹立たしく思ってた。
自分の面倒を自分で見れるようになっても、強くなっても
俺はあんなヤツより格下なんだって思う気持ちが、いつでもあった。
「恋人とか、友達とか、そういうんじゃなく。……同志だって思ってる。」
同志。
志を同じくする者。
これが志かって言われると、そんな大層なもんじゃねぇな。
「皆大好きだけど、エースは他の誰とも違う。」
本当に酔ってるのか疑いたくなるほど、ウイの目には真剣な思いが籠っていた。
こんな顔も好きだと、場違いな思いが頭を過った。
「俺も、ウイだから言った。今まで誰にも父親の話はしたことねぇ。」
ルフィやサボ、仲間たちにも
話そうと思ったことは何度だってあった。
「ある程度の相手なら殺されねぇだけの、力もつけた。」
バレても対抗できるように。
気を付けながらも、なんとか出来るように努力した。
「でもそうなって気付いたのは、俺は殺される事をビビってた訳じゃねぇってことだ。」
ウイがどういうこと?とでも言いたげに首を傾げる。
分かんだろ、お前だったら。
「結果じゃねぇ。信じてるヤツにそう思われることが、……俺は嫌だった。」
眉を下げ、悲しそうな表情を浮かべそれを聞くウイは
俺が常日頃嫌だと感じてる気持ちと同じものを、そのまま理解してくれてると思った。
分かるからこそ、それがどんなにキツいもんか理解出来るからこそ
ウイは俺の存在を否定しない。
例え俺を殺せる程の実力がなくても、信用している相手に存在を否定されること
その恐怖。
そればっかりは能力者になろうと、覇気を使えるようになろうと、変えられない。
どんなに信用してようと、この痛みを感じたことのねぇ人間に
この気持ちは分からねぇ。
「だから言いたくねぇ。一緒だろ?ウイと俺は。」
親に利用されて捨てられたウイ。
世界中が悪だと言う男の血を引く俺。
ここに来るまでの経緯こそ違う俺らが
抱えてるものは根本的に一緒だ。
「一緒……だね。」
「あいつのこと、好きなままのウイで良いぜ?」
今はそれで良い。
無理にこっちを向かせたい訳じゃねぇ。
「ただいつか。あいつよりも俺が良いって、ウイにとって俺の方が必要だって思った時には…」
「私がローを好きじゃなくなることなんて、ないよ?」
言わせろよ、最後まで。
顔色を伺うように恐る恐る、でもはっきりと可能性を否定しやがるウイの腕を引いて顔を寄せた。
「聞けよ最後まで。……その時は、俺はお前の為に我慢なんてしねぇから。」
宣戦布告だ。
驚きに目を見開いているウイに、覚悟しろという意味を込めて
敢えて挑発的に見えるように笑みを浮かべる。
俺だって、負けてやるつもりはさらさらねぇ。
「な、ならないって言ってるじゃん!」
「うおっ!?」
び、びっくりした。
急に目の前にエースの顔があって
なんだか凄く恥ずかしい事を言われた気がして
思わず突き飛ばしたら思いの外結構吹っ飛んだ。
ごめんエース。
「おまえ結構力強いよな。」
「よく言われる。」
ソファーの端でぶつけたらしい頭を擦るエースと距離を取る。
ローと約束した。
心配いらないって。
だから私も気を付けなければ。
エースもやっぱり無理矢理どうこうするつもりはないみたいで、ぶつぶつ怪力とか何とか文句を言いながらも酒のつまみに手を伸ばしている。
びっくりしたけど、その前に話してくれた話は
やっぱりエースは同志だって思えるものだった。
こんなに強くても、悩みなんてなさそうにしてても
エースだって怖いんだ。
寂しいんだ。
「エース。」
「んだよ。」
面白くなさそうにこっちを向くエースに、私が寂しくて怖かった時に
欲しかった言葉をあげたい。
誰にも言って貰えなくて
自分で自分に言い聞かせてみても
それはやっぱり何か違くて
「エースはいらない人なんかじゃないよ。」
怪訝そうに目を細めるエースは
自分で自分にそう言った事があったかな。
「エースとエースのお父さんは違う。誰が何て言おうと、私にはエースが必要だよ。」
「……それはどうも。」
ふんと鼻を鳴らして顔を背けられてしまったけど
これはきっと照れ隠しだ。
更なる照れ隠しでグラスの中のシードルを飲み干したエースの横顔が
ふと笑った気がした。
なんとなく
少し前のことを思い出した。
生まれ故郷から出たばかりの頃、どこまでも広がる大海原に外の世界の広さを思い
これから先に待ち構える無限大の出来事に心を踊らせていた。
でも夜になると、なぜかいつも落ち込んだ。
母様はもう居ない。
父様は私のことなんていらない。
私には必要としてくれる人なんて誰一人居ない。
果てが見えない夜の海は、その中にひとりぼっちであることを思い知らせて
これから先に待っているのは、また利用されて裏切られる未来なんじゃないかって不安になった。
そんな事ばかり考えてしまって、夜の戸張が降りてくるのが怖かった。