10-11


部屋の片隅で膝を抱えて
肌寒い空気の中で、自分の体温を感じようと体を丸めて


父様が特別。
他の人は大丈夫。

私はいらない人間なんかじゃない。


何度だって心の中で唱えた。


そう思いたいのに、気を抜けばいつだってそれを否定する言葉が思い浮かぶ。


父様は私の親だよ?
親がいらないって思うって、並大抵のことじゃなくない?


それだけおまえは役に立たない人間だ。
必要とされない、愛される価値のない人間だ。

父親という子供を愛するのが“普通”の間柄で
それをさせないおまえにはそれだけの原因がある。


どこに行ってもおまえはいらない人間で
それはそばにいればいるだけはっきりする。

誰よりも近くにいた父親が
生まれた時からの全てを知っている人間が


おまえより女や金が大事だと言ったのだから。





頑張らないと出てこなかった自分を励ます言葉とは違って
それを否定する言葉ならいくらだって沸き出て来た。


否定を否定する言葉を思う勇気は、私にはなかった。



「シードルもうねぇの?」
「アップルブランデーならあるよ。」


持ってこいよ、飲もうぜ!と言うエースの笑顔に
あの時の自分が少しだけ救われた気がした。


私の言葉で
いつか遠い昔、同じことを思ったかもしれないエースの心が少しでも救われたなら
私もつらい思いをした甲斐があったのかもしれない。


傷の舐め合いかな。


でも
忘れようとしたり考えないようにする以外で
あの頃の記憶に自分から触れたのは初めてだ。


いつか頑張って打ち消さなくても、心の内から出てくる言葉で
自分を認めてあげられるかな。


ただ立ち止まって耳を塞いでいた私は
少しだけ外の声を聞こうとし始めた気がする。


それが絶対に安全な、限られた相手の声だけだとしても。













「なに。エースは私を潰す気なの。」
「違ぇよ!飲みてぇ気分だろ!」


やたらとグラスに酒を継ぎ足すエースに不振な目を向ける。

良いから飲めとやたらと声が大きいその様子は
どっからどう見ても挙動不審だ。


でも、確かに飲みたい気分。


「ねえ。エースの子供の頃の話、聞きたい。」


今夜は飲もう。


同志に巡り会えた祝杯だ。





「あったま痛い。」


昨晩の食器を洗いながら、米神に感じる鈍痛に顔をしかめる。


なぜだ。
薬飲んだのに。


昨日結局寝落ちしたエースは今もリビングのソファーでいびきを掻いていて。
なんとなく、どうせエースは起きてもこの頭痛には悩まされないんだろうなって思う。


不公平。
不平等。
不条理。


同じくらいの量、飲んでた筈なんだけどな。


傍らにまとめた昨日空けた酒瓶の山。
割と見慣れた量だけど、二人でこれは些かやりすぎた。


でも止まらなかった。

お酒も。
話も。


なんの気兼ねなく昔の話を出来たのも、聞けたのも
初めてだったから。


蛇口を捻って水を止めると、時計を見ればそろそろ10時。
ブラーヴェに連絡しなきゃ。


ここで電話したらエースが起きちゃうかなって思ったけど
もう起きても良い時間だ。

起きたなら、それはそれで。









『はい、ブラーヴェ本社でございます。』
「あ、ソニア?ウイでーす。」


でんでんむしの相手が私だと分かると、他所行き用のソニアの声が聞きなれたものに変わる。

簡単に近況の報告をして
シュウに代わって貰おうとそれを伝えると、ソニアも私に用件があったらしくまずはそれを聞くことにした。


『二点程、報告と相談ね。』
「うん?」


なんだろう改まって。
後ろでガヤガヤ聞こえるのはアオイの声かなって思いながら、ソニアの話の続きを待った。


『孤児の受け入れの件だけど、二人程興味を示した適齢期の子供が居てね。あなたに適正も含めて面接して貰いたいなって。』
「本当!?」


ブラーヴェに興味を示している子が居る。
孤児院を出たら行く宛もないけれど、そう長くは居られない子供。

今部門別に見れば一番忙しいのはシードル作りだから、その子達は私の部門に配属を検討しているみたい。


「ねぇソニア。その面接シュウに任せるのって、ダメかな?」
『……本気なの?』


ソニアのその言葉は、言外に正気かと問うような口振りだった。

確かにシュウはまだ子供。
でもシードル作りの腕はもう立派に一人前だし
年も近くてお兄ちゃん気質だから、きっとその子達とも上手くやってくれそうだ。


「本気!シュウが良ければだけど、お願いしたい。」


呆れたようなため息が受話器越しに聞こえてきた。


『まぁ、本人次第だけど。ウイがそうしたいなら判断は任せるわ。』
「ありがとう。」


シュウは何て言うかな。
無理!って拒否かな。

なんとなくだけど、照れながらも任された事を喜んでくれそうな気がする。


『二点目、これは面接をシュウに任せるならかえって都合良くなっちゃうわね。』
「ん?なに?」


どういうことだろ。
私が面接しない方が、都合良いこと?


『七武会のドンキホーテ・ドフラミンゴ。北の海出身のウイなら名前くらいは知ってるでしょう?』












なんでソニアの口から
仕事の話で、その名前が?




『毎月コンスタントな量を発注するからシードルを直で卸して欲しいって、要望があったの。どうする?』















それは、ただ純粋に私のシードルに興味を持ってのことだろうか。


それとも、ローと私の繋がりを知って?


いやでもどこから?
そもそも恨んでるのはローの方で、あっちはローをどう思ってるんだろう。


『ウイ?聞いてる?』
「あ、ごめん。…びっくりした。でもなんで?」
『貿易関係の交渉事に使いたいみたいよ。』


うーん。

前にドフラミンゴが武器とかの密売やってるってローが言ってたし
これはバレてなくて、寧ろ内部の情報を探れるチャンスなのか?


「そのドフラミンゴって、新世界の方に居るんでしょ?運送とか、数量や価格はどうするの?」


いくらコンスタントに発注があるとは言え、一ヶ所だけの運送の為にレッドラインを越えるのは効率的とは思えない。

新しい作り手が増えるかもしれないとは言え、早々即戦力には数えられないし
運送コストと直卸しの販売コスト、価格設定も考えなきゃだな。


『ウイがそれを了承するなら、拠点をレッドライン側に移して新世界での新店舗増設も考えてるわ。』


おぅ……
中々大きな決断になってきた。

確かにあっち側にも新店舗をオープンするのなら、運送効率の面はなんとかなりそう。


ブラーヴェに迷惑をかけないのであれば、
ロー達が調べられない情報を入手できるかもしれない
ローの役に立てるかもしれないこの話は願ったり叶ったりな気がする。


どうしよう。





「経理状況的には?新店オープンに割く資金とか、人手とか大丈夫なの?」
『お金は大丈夫。宣伝効果の影響かシードル以外でも中々の好調よ。この調子なら誰かさんに2、3年でお金を返せそう。』



は?
一億を?


ソニアの目算に耳を疑った。
それぼったくりすぎなんじゃ……


『私たちも一応、作り手としての後継者は探してるわ。アオイなんて毎日その人と大喧嘩。本当に煩いわ。』
「あー……この後ろで聞こえる声はそれか。」


あーでもないこーでもないと言うアオイの声と、説明の仕方が下手だと反論する誰かの声。

なんだ似た者同士か。
うん、でも楽しそうだし良いか。


『私が心配しているのはそっちよりもあなたの方。了承の場合、運送に使うエターナルログポースを渡すのも兼ねてウイに直接挨拶したいそうよ。』
「そりゃまたご丁寧に……。」







ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
新世界にあるドレスローザの国王。
王下七武海の海賊。



ローの恩人の、仇。



危ない相手、だよね。
立場のある相手とは言え、相手は海賊だし。
ベガス聖の牽制が絶対に通用するとは限らない。



「場所は?私がドレスローザに行くの?あっちが来る感じ?」
『新世界側に来て貰えればどこへでも出向く、と。そう言っていたわ。』



敵陣に乗り込むよりは、安全か。

場所に気を付ければ、エターナルログポース預かって挨拶する位平気かな。

唇に指を押し当てながら思考を巡らすけど、判断に迷う。


「ソニアはどう思う?」
『危険ね。やめた方が良いわ。』


ですよねー。











危ないのは、流石の私もなんとなく分かる。

でも、これはチャンスだ。
ロー達じゃ得られない情報を、もしかしたら得られるかもしれない。


「ちょっと、考えてみても良い?」
『寧ろしっかり考えて。ウイに来た話だから判断は任せるわ。でも、私たちが心配する気持ち、そこは分かってね。』


先に釘を刺された。


リスクが大きければ、辞めておこう。
でもそれが回避できるなら、このチャンスを生かしたい。




それからシュウに代わって貰って、シードルのお礼と感想を伝えた。
私もエースも見分けがつかなかったって。

お世辞だと疑うシュウが本当のこと言え!って食って掛かって来たけど、本当のことだ。
常に上を目指すシュウの向上心には感服してしまう。


面接の話には、意外なことにシュウは自分で務まるのかと不安を漏らした。
予想してなかった答えだけど、更に任せたい気持ちが増した。


自分の判断に自信がないときは、ありとあらゆる可能性を考えて慎重に決断してくれると思うから。


「シュウが向かないと思ったら採用しなくて良い。教えるのも頼んじゃう事になると思うから、相性悪そうなら落として良いし。」
『……頑張る。』
「うん!責任は私が取る!任せた!」


失敗したってそこから学べば良い。
シュウは絶対にそれが出来る子だから。

私が会いに行くまでずっと強くなる為に努力し続けてくれた。
それにこの子は、出会った時ですら既に十分賢かった。


なんなら私よりシュウの方が見る目がありそうだ。


その後少しお互いの近況報告をして、でんでんむしを切った。







「何の話?」
「おはよ。ごめんね起こしちゃった?」


もう昼か、と伸びをするエースは
やっぱり二日酔いに悩まされてるようには見えない。

私も大分良くなったけど。
やっぱり理不尽。


「なんかね、新しい取引の話。あとシュウにはシードルのお礼とお願いを少々。」
「弟子ってあのガキだったのか。中々やるな。」


言ってなかったっけ?
でもシュウを誉められるのはなんだか嬉しい。


「で?何を考えることがあんだよ。やれば良いだろ。新しい取引。」
「うーん……ちょっと訳有りでして。」


頭の上に疑問符を浮かべているエースに、ドフラミンゴがローの恩人の仇であることは伏せて事情を話した。

一番重要なとこな気がするけど、そこを話せばエースは反対すると思ったから。


「リスクはゼロじゃねぇな。」
「そこなんだよね。結構破天荒な人みたいだから皆に心配かけたら悪いし。」


シュウもシードルが作れるようになったとは言え、分担して作ってる私が捕まったり殺されたりしたら
シュウの負担は増えるしシードルの卸し量も減ってしまう。


「心配するとこそこかよ。」


盛大なため息と共にエースが全開の呆れ顔を向けてきた。



destruct at reality.