10-13
「なにか、あったんですか?」
「あったも何も!!あの子何もしないのよ本当に!!」
気が昂っているヨナさんを落ち着けようと試みるけど、どうやら相当鬱憤が溜まっているらしい。
事態を察したエイトは先戻ってるわと席を外してくれて、ガス抜き兼情報収集も兼ねて近くの喫茶店に二人で入った。
「店番と!掃除しか出来ないのよ、あの子!」
声のボリュームだけ気をつけて貰いながら話を聞くと、ヨナさん曰くそういう事らしい。
在庫管理や発注業務、レジ締め等、アリスちゃんが出勤の日にはそれが全くされていない、と。
最初は若いし慣れないだろうと思ってそれをカバーしてきたヨナさんも、徐々に負担が増えて来たのでそれをアリスちゃんに伝えたみたい。
教えたところでそれが出来ていないらしく、結局は二重チェック。
一度直ってもまた数日すると忘れたり同じ間違えをする。
「なんで同じ給料で私がここまでしなきゃいけないのよって……!!もう言うのも嫌になるし疲れちゃって。」
なるほど。
アリスちゃんが私に気付く前まで沈んだ顔をしていた意味がなんとなく分かった。
暫くヨナさんの話を聞いた後、頑張ってくれたお礼と気付けなかったお詫びをして店を出た。
やべぇ。これ何とかしなきゃいけないやつ。
ヨナさんと別れた後、何食わぬ顔で再びブラーヴェの方へ足を向ける。
先ほどと同じくこっそり裏口から入って中を覗くと、アリスちゃんがお客さんと楽しそうに話をしていた。
「この前選んで貰った時計、友達が凄く喜んでくれたの!ありがとうね!」
「いえ、お話聞いてたらあんな感じ好きそうだなって思っただけです。喜んでいただけて良かった!」
「またお願いするわね、お仕事頑張ってー!」
少し年配の女性が笑顔で手を降りながら店を出ると、扉が閉まった途端にアリスちゃんの顔から笑顔が消えた。
酷く悲しそうな、沈んだ表情。
「アリスちゃん?」
「わぁ!ウイさん忘れ物ですか?」
ヨナさんの話だけじゃなく、アリスちゃんの話も聞かなきゃ。
先程垣間見えた表情が一瞬で消えて、またあの可愛い笑顔を向けてくれる。
無理してるんだろうなって思ったら、そうさせてる自分の無力さが歯痒かった。
「忘れ物はないんだけど、さっきは別の人も連れて来ちゃってたから。本当に何も困ってない?ちょっと気になって。」
私の言葉に視線をさ迷わせながら困ったような表情を浮かべるアリスちゃんにも、何か悩みはあるんだろう。
話して、くれないかな。
お互いに言葉を発しない時間が続いたけど、辛抱強くただ待った。
途中で何か声をかけたら、折角話そうとしてくれていた何かを引っ込めてしまうような、そんな気がしたから。
「……私が、上手く出来なくて。ヨナさん怒らせてばっかりで。あ、でも私が本当に悪くて!」
「うんうん。いいよ聞かせて?」
ポツリポツリと話し出してくれたアリスちゃん。
甘えてしまっていて出来ていなかった部分を頑張ってみたら、やり方が違かったみたいで怒られた。
怖くて、理解出来ていない所を分かるまで質問できない。
休みの日でもたまに店に顔を出すらしいヨナさんが、いつ来るのかと思うと正直怖い。
上手く出来ると笑顔で誉めてくれて、嬉しくて頑張ろうと思うけど、次に会った時急に不機嫌になっている事がある。
思い当たる節が有りすぎて、何で怒らせてしまったのか分からない。
「私、向かないんですかね。お店の店員さん。お客さんとお話するのは楽しいんですけど……私、ブラーヴェ辞めた方が良いのかなって。」
「待って!ストップ!!待って!」
急に声を上げた私にアリスちゃんが驚いて目を見開いた。
ダメだ、これは本格的にいかん。
「気付いてあげられなくてごめん、頑張ってくれてありがとう。」
「……ウイさん。」
眉を下げて口をへの字に結んだアリスちゃんの瞳が、涙で揺れた。
こんなに泣くほど追い詰めさせて、それでも笑顔を作ろうと無理させて。
ヨナさんもお店の為に、アリスちゃんの為に頑張ろうって色んなことカバーして
疲れて、嫌になって。
「アリスちゃん、ちょっとだけ待って貰って良いかな。私がこの島にいる間。改善できるように頑張るから!それでもつらかったら、辞めても良い。」
堪えきれずに瞳から溢れた雫が、頬を伝った。
私を信じてもう少しだけ待って、そんな思いを込めてアリスちゃんを見つめる。
こくりと頷いてくれたその様子に、とりあえずほっと胸を撫で下ろした。
今夜は会議だ。
「……とまぁ、こういう訳なんだけどどう思う?」
『どっちか辞めさせたら?』
『女って面倒くせぇのなー。』
『どっちの気持ちも分かるから何とも言えないわ。』
『俺も大人の事情分かんねぇ。』
シュウを含めた幹部組に事情を伝えてみると、ソニア以外の意見が出揃った。
しかしまぁ、意見は意見だけど役に立たない。
「出来れば辞めて欲しくないんだよね。何か二人が不満なく一緒に仕事出来る方法ないかな。」
いつもは煩いくらいギャーギャー話してる癖に、良い案が出ないのかアオイが静かだ。
「ソニアは?どうしたら良いと思う?」
『そうね。……何でも私が決めてたらあなた達が育たないわ。時間貰ったならもう少し考えてみてくれるかしら。』
ごもっとも。
ソニア最近手厳しいのな、とアオイの声が聞こえてきたけど
ソニアの言う事は合ってる。
長いこと職人をしたりお店に出たりしているソニアはきっと、この問題を解決する方法を思い付いてるんだと思う。
毎回よく考えもしないで答えを聞いてたら、私が考える能力が育たない。
「ちょっと考えてみるから、こうしようかなって決まったらまた相談に乗ってくれる?」
『ええ勿論。私の凝り固まった経験談より、固定概念のない人の方がかえって名案を思い付いたりするものよ。期待してるわ。』
それはそれでプレッシャーだよ、ソニア。
でんでんむしを切って、お店から持ち帰って来た帳票類に目を通す。
毎日の発注状況や売上や来客数、棚卸しの在庫表。
ルテイン店の帳票はどこの店舗よりもきっちり纏められていた。
これを店番や掃除をしながら一人でこなしてたら、それはヨナさんも疲れるか。
でも気付いた事が一つ。
開店当初はほぼ均一だった売上が、日を追う毎に1日置きに増減してる。
今日の店番から逆算すると、売上が多い日の勤務はアリスちゃんだ。
やっぱり二人とも、お互いに不満や悩みはあったとしても長所と短所を補い合ってくれてる。
二人ともブラーヴェにとって必要な人材。
どうすれば働きやすい環境を作れるのかな。
楽しそうに働いている人達。
働くと戦うは違うけど、中々な個性派揃いのメンバーを纏め上げている人。
私の大好きな、あの人。
ローに相談したら、聞いてくれるかな。
こういう時ローはどうするんだろう。
海賊と商人なんて全然分野が違うし、元よりハートの海賊団はローを慕って集ったメンバーだ。
訳は違うけど、ふと聞いてみたくなった。
ローは頭も良いし、必要な情報を必要なところで上手く使うのが得意だから。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
『よっす!こちらハートの海賊団ポーラータング号リビング!どうしたウイ!』
「……私じゃなかったらどうすんのよ。」
ご機嫌な調子で電話に出たシャチにドスの利いた声で突っ込みを入れたけど、なんだかいつも通り愉快なその様子に、肩の力が抜ける。
ローに代わって貰いたいって伝えてみたら
『なんだよもうキャプテン不足?ヒューヒュー!』
と冷やかされた後シャチの声が遠ざかった。
いつも通りとかじゃないな、これは確実に飲んでる。
それも結構な量を。
この調子ならローも飲んでる筈だ。
今じゃない方が良いかな。
急に相談とか、鬱陶しくないかな。
なんだかいつになく弱気になってしまう。
『どうした。』
「ロー?この前は色々ありがとう!飲んでたよね?ごめん。」
ぶっきらぼうな喋り方はいつも通りなのに、なんだか少し不安を感じた。
『別に構わねぇ。どうした。』
「あの、今じゃなくても全然良いんだけど!……相談したい事が、あって。」
本当は早い方が良い。
今が良い。
でもなんだか、それが言えなかった。
『後で掛けなおす。』
「ごめんね、ありがとう。」
ぶつり、と切れた通話に
後回しにされてしまったことに
なんだか少しへこんだ。
やっぱりウザかっただろうか。
不気味とも言える無表情のでんでんむしを眺めながら、言わなきゃ良かったと後悔に項垂れる。
今まで、相談とかしたことなかったし
ローは自分で考えて何でも決めてしまう人だし
そもそも今飲んでたんだろうし
飲んでるって分かった時点で明日にすれば良かった。
なんで言っちゃったんだろう私。
私が悪いって分かってる。
飲んでる時の楽しさは私だって知ってる。
でも私、心のどこかで期待した。
ローならどんなことよりも、私を優先してくれるんじゃないかって。
私が相談したいって言えば、飲んでたって何だって
すぐに相談に乗ってくれると思ってた。
私だったら、そうしたから。
ローが相談なんて言い出したら、どんなことよりもそれを優先してしまうと思う。
やっぱり、ローの中の好きの気持ちは
私ほど大きくはないんだ。
吐く息全てがため息な状態で、ダイニングテーブルの上のでんでんむしを見つめる。
“調子に乗ったな、バカが。”
でんでんむしにまでそう言われている気がして、なんだか凄く気が重くなった。
飲もう。
こういう時は飲むに限る。
冷蔵庫の中の試作品達。
一度商品としても出した事があるレモンのスパークリング。
改良に改良を重ねて、酸味と風味がベストに近い状態になってきた。
スカッとしたいならこれだろ。うん。
瓶のコルクを抜くと、シュワシュワと聞こえてくる炭酸の弾ける音。
炭酸に耐えられる限界までその喉越しを楽しんで
痛みにすら感じる刺激にきつく目を瞑った。
「っぷはー!」
我ながらおっさんくさい。
でもなんだかスッキリした気がする。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
テーブルの上で着信を知らせるでんでんむしが、見覚えのある帽子を被ってるのが後ろ向きでも分かる。
それを目にした途端、自分でもバカなんじゃないかと思うほど心が踊った。