10-16
「なるほど!最後に全部計算するんじゃなく途中まででも終わってると、楽ちんだ!ヨナさん凄い!」
レジのお金を数え終えたアリスちゃんが、ほぼ計算を終えている売上表を見て盛大な一人言を口にしながら感動してる。
その様子を見て、ヨナさんが再びため息をついた。
「あの子、どのお客さんに何を勧めたかとかも覚えてるみたいね。揃いも揃って私の顔見るなりきょろきょろあの子の姿探すんだもの、……なんだか悔しかったわ。」
本当に、ナイスだお客さん。
一生懸命レジのお金と売上表を合わせるアリスちゃんを見つめるヨナさんの顔は
前までみたいに不満に満ちたものじゃなくて、どこか穏やかだった。
「メモ、取って貰うことにしたんです。時間を取って教えてみてもやっぱり全部は覚えきれないみたいで。」
「得意不得意、あるわよね。」
私もお客さんにもっと関わるようにしなくちゃ、と意気込むヨナさんにつられて
私ももっと頑張らなきゃなってやる気を分けて貰った。
「アリスちゃん、少し忘れっぽいけど凄く頑張ってくれてます。もう少しだけ、二人で頑張ってみて貰えませんか?」
「課題も見えたわ。お客さんの情報も、二人で共有しなきゃね。」
立ち上がったヨナさんが、アリスちゃんにレジ閉めがちゃんと出来たか声をかけに行った。
ちゃんと出来てたらしいことを褒められたアリスちゃんが、凄く嬉しそうに笑ってた。
お客さんとのやり取りについて質問したヨナさんに、アリスちゃんもそれを詳細まで教えてあげていて
一人一人の好みや買った物、性格とかまで事細かに覚えてるアリスちゃんには私も驚いた。
なるほど。
そっちに記憶の容量を使いまくってるから他を覚えるキャパがないのか。
今度はヨナさんの方がメモを取り出す始末だ。
評価体制のこと、結局伝えないまま纏まっちゃいそうなんだけどどうしよう。
でもいっか。
なんだか二人、楽しそうだし。
評価体制については、今晩ソニアに相談しよう。
結局その後一時間以上続いた二人の打ち合わせを、ただ黙って聞いていた。
良かった、上手くやっていって貰えそうで。
『とりあえずお疲れ様、頑張ったわね。』
「二人がいい人達だったからだよ。でも本当に良かったー。」
ルテイン店の問題が一件落着なことを報告して、評価体制についてどうするかを相談すると
やっぱりそれはちゃんと整備した方が良いって言われた。
他の店舗でも起こり得ることだし、頑張っている人はそれなりに評価したいからって。
一々今回みたいにその人ごとに対策を立てて世話を焼くのも、効率的ではないって。
確かにその通りだ。
問題が起これば何とかしたくなっちゃうけど
それが起こらないように対策しておくに越した事はない。
他の皆にも意見を募って、評価体制の構築とその伝達。
得意そうだからってソニアはそれをディゼルに頼む事にしたみたい。
ディゼルは確かに冷静だし、情もへったくれもないもんな。
最近ゆっくり話せてないけど、元気かな。
とりあえず納品と巡回を終えた私は、これからシードルを仕込みつつ新世界へ向かう。
ひと山去って、またひと山。
次の山は今回とはまた事情が違う。
右耳のピアスに触れながら、ローに無事解決したことの報告とお礼とかこつけて
声が聞きたいなってでんでんむしを眺めてたら
丁度不気味な無表情のそれが、見覚えのある姿へと変わった。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
今日はペンギンから電話が来る日だったか。
「もしもーし。」
『なぁウイハリガネムシ知ってる?くっそおっかねぇやつ。』
相変わらずイキナリだな。
「カマキリ操っちゃうやつでしょ?」
『あれ人に寄生させたら人も操れんの?』
そんな都市伝説聞いたこともなくはないけど
まずハリガネムシ食べなきゃいけないしそれが叶って万が一、人の脳にも作用する効果があったとしても
操り主はペンギンじゃなくハリガネムシだ。
『いや店の姉ちゃんとかに使えたら面白そうじゃね?』
ロクでもないことしか考えないペンギンには呆れすぎて言葉も出ない。
そして結構本気であれこれ考えてる所が、呆れを通り越してもう面白い。
ペンギンの実現不可能そうなお店のお姉さん操り計画を聞かされながら、長かった1日は幕を降ろした。
「何作ってんだ?」
「花火!」
ルテインを出航して、久しぶりにログポースを辿っての航海中
仕込みが一段落した私は前々から密かに調べていた花火の実験の為甲板で作業をしていた。
ローと二人で見た花火、あれを作れたら楽しそうだなって思って
密かに火薬や花火の仕組みについて調べてた。
「新商品?」
「ただの趣味だよ。気になっちゃって。」
興味深そうに覗き込んでくるエースに簡単に説明しながら、有り合わせの材料で作ってみた花火をセットする。
「エース火、そこの導火線に付けて!」
「おまえそれな、ベポとシャチが代わりに謝ってたぞ。」
そういえば怒られたな。
ローのシャンブルズは体力使うらしいし、確かにあんまり乱用するのはいけないんだろうなとは思うけど
エースは火を出した所で特に疲れる訳じゃない。
だったら別に良いじゃん。
文句を言いつつも導火線に火花を散らしてくれたエースと実験作の花火を見守る。
仕組みは完璧な筈。
ちゃんと打ち上がってくれるかな。
ヒュー、パンっ
「失敗だな。」
「だね。」
打ち上げ自体は上手く行ったものの、やたらと煙が多すぎて何も見えない。
昼間だから光が見えにくいのもあるんだろうけど
それにしたって煙たすぎる。
「おかしいなー。なんでだろ?やっぱり花火専門の材料とか使わなきゃ駄目なのかな。」
「寧ろ有り合わせで作ったのかよ。なんか雑ざってんじゃねぇの?」
色んな物を焼いて来たエースの意見は結構侮れない所がある。
火薬は問題ないんだろうけど、色を付ける為に使った金属の方は、私が手近なやつをすり鉢で磨り潰したものだ。
不純物が火や空気と変な科学反応を起こして煙が大発生したのか?
っていうかこの煙大丈夫なのかな。
「エース、ちょっと心配だから風下行かないで。」
「そんなやべぇヤツ使ったのかよ。」
呆れながらも一緒に移動してくれたエースと風に流されて行く煙を見送った。
そんなヤバいやつ使った覚えはないんだけど
大気汚染してごめんなさい。
「次の島では物の燃え方とか金属の化学反応について書いてある本買うわ。」
「随分趣味に必死だな。それ読んだら俺にも教えろよ!」
何か役に立ちそう、と本を読まずして良いとこ取りを狙っているエースをジト目で睨む。
まぁ、それ以上にお世話になってるし。
いっか。
スペード海賊団の皆は私を新世界に連れて行ってくれる事に、文句を言うどころか寧ろ喜んでくれて
これからもよろしくねって改めて挨拶した。
それからも順調に航海は進んだんだけど、フリーウィングの安全航路選択にも限界があったみたいで
海賊船と出くわして戦闘になった事があったんだ。
船影を見つけた時には、既にあっちが戦闘体勢だったのは火を見るよりも明らかで
どうしようかとオロオロしていた私に対して、エース達は全く動じた気配もなかった。
「エース行ったら俺ら暴れらんねぇじゃん!」
「一番手っ取り早いだろうが!」
大砲とか武器の準備をする皆と、俺一人で十分だとそれを止めるエース。
心配してる私が馬鹿らしく思える程、皆の顔は楽しそうに輝いていた。
海賊だからなのか、男の子だからなのかは分からない。
でもどうして私の周りの人たちはこうも好戦的なんだろう。
結局周りを黙らせたエースが、一人ストライカーに乗って敵船に突っ込んで行くと
何が起こったのか分からない内に巨大な海賊船が一瞬で炎に包まれた。
「うわー、あれエースがやったの?」
「自然発火だったらそっちのが怖ぇよ。」
暴れる機会を奪われたスペード海賊団の皆と、船縁に肘を付きながらショーでも眺める感覚で海上で燃え上がるそれを見ていた。
確かに、これはチート過ぎる。
エースにローが勝つにはどうしたら良いんだ?
戦って欲しくはないけど。
初めて目の当たりにしたエースの本気。
いや、これが本気かどうかも怪しい。
エースはいつもの太陽みたいな笑みをニカッと浮かべて
抱えられるだけの財宝を手に意気揚々とストライカーで帰還してきたくらいだったから。
なんだか相手の海賊に同情してしまう。
一発大砲打っただけなのにね。
それから月日は流れ、私たちはシャボンディ諸島に辿り着いた。
至るところに浮かぶシャボン玉と、見るからに楽しそうな遊園地。
それと、ヒューマンショップ。
世界中で人身売買なんていくらでも行われているんだろうけど、ここがその大元だ。
私もここに、売られていたかもしれない。
シュウや、リュウやユウも。
そう思うと、そこに入っていく人たちにすら嫌悪感を感じた。
買い手がいるから、売り手も商品を集める。
需要があるから供給する。
商売の仕組みは分かっていても、その売り物が人だというだけでこうも嫌な気分になるものなのかと自分でも驚いた。
「ウイ、平気か?」
「……あんまり平気じゃない。目の前に売られて行く人が居るのに、助けることも出来ない自分に腹が立つ。」
ウイは悪くねぇよって頭に乗せられたエースの手が、少しだけ気持ちを落ち着けてくれた。
自分からは口に出せないけど、エースがこうして気にかけて吐き出させてくれるから
一人で悶々としていなくて済む。
魚人島に向かうには船をコーティングして貰わなければいけないらしくて
シャボンでコーティングした船で海中を進むんだって。
魚人島があるのはレッドラインの真下。
海底だ。
「コーティング待つ間、遊び行こうぜ!」
エースが指差した先には賑やかな遊園地。
気に病んでたって、エースに心配かけるだけだ。
それに頷いて取り敢えずコーティング職人の家を目指す。
腕の良い職人さんを見つけたって言ってたけど、どんな人なんだろう。
私もやり方を教えてもらえば、シャボンでコーティング、出来たりするのかな。
ヤルキマン・マングローブとか言うらしいこの島に自生する大木。
その根が張り巡らされたこの島の道は、中々歩きにくい。
エースに手を引かれながら進んでいたんだけど
私の歩く速度が余りに遅すぎたのか、途中からエースが私を抱きかかえてくれた。
「トロくてごめん。」
「トロいのは構わねぇけど、ウイその内コケんだろどうせ。」
なんてことないようにボコボコした根を飛び越えながら進む皆の様子を見ながら
トロいとかコケるとか以前に、手を引いて貰っててもこの道は自力では進めなかったかもって
エースの腕の中で顔を引きつらせた。