10-17


「こ、ここ?」
「らしいな。」


やたらと長い階段を登り終えて、その上に建つ建物の前で下ろされた。
丸いオブジェが乗ったような建物のデザインは可愛い。

だがしかし看板には“シャッキー'sぼったくりBAR”。

怪しい。
自ら進んでぼったくりとか言っちゃってる時点で怪しすぎる。


「食い逃げとぼったくりの戦いか。よし!負けねぇ!」
「違ぇだろエース!食いに来たんじゃなくコーティング頼みに来たんだ!」


胸の前で手のひらに拳を打ち付け、やる気満々なエースをエイトが慌てて宥める。


エイトには悪いけど、その戦いちょっと気になる。


扉を開けて店内に入ると、そこには黒髪ボブのお姉さんと、常連客らしきおじいさんが一人
カウンターを挟んで談笑していた。


「船をコーティングして貰いてぇんだけど、アンタがレイさん?」
「私はシャッキーよ。」


ぼったくる方の人!

ニコリと笑顔を浮かべるシャッキーさんはとてもぼったくりなんかに見えなくて、私たちに空いている席に座るように促してくれた。


「ここに来れば腕の良い職人にコーティングして貰えるって聞いたんだ!そいつは?」
「それは私のことだ。」


取り敢えず腰かけたエースがシャッキーさんにそう問いかけると、常連客だと思ってた酔っ払いのおじいさんが名乗りを上げた。


なんと!
お客さんじゃなかったのか。


「シャボンのコーティングって、私でも出来ますか?」


身を乗り出して詰め寄ると、驚いたのか一瞬目を見開いたレイさんが豪快に笑いだした。


「はっはっは!噂通り好奇心旺盛なようだなお嬢さん。」
「……私のこと、知ってるんですか?」


顔や名前がバレてるのは、なんだかもう慣れたけど
性格的な所まで知られているのにはちょっと驚きだ。


「有名人だからな、キミは。それと……ポートガス・D ・エース。」
「お!俺の事も知ってんのか!じぃさん!」


なぜか知名度対決で張り合って来たエースが、名前を呼ばれた事に表情を輝かせた。

そんなエースの様子に、レイさんとシャッキーさんは苦笑いを浮かべる。
でもなんだかその顔は、何かを懐かしむような、慈しむような
上手く表現できないけど、二人がエースを見つめる眼差しには、どこか暖かいものがこめられている気がした。


「コーティング、確かに腕なら私が一番だろうな。」
「じゃぁ頼む!二隻あんだよ!」


二隻と聞いて少し考える素振りを見せたレイさんは、コーティングするのには1週間は必要だって教えてくれた。


「そうだな、君達から金を取っても面白くない。」
「何基準で商売してんだよ。面白ぇじぃさんだな。」


ふふっと笑みを浮かべるレイさんはチラリと私に視線を寄越した。
なんだか色々情報が筒抜けみたいだし、私の懐事情もバレてるのかな。


「私と一本組み手を組まないか?」
「は?死にてぇのか?やめとけ、俺のこと知ってんだろ?」


呆れたように頭を掻くエースと、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべたまま何も言わないレイさん。

組み手ってことは、メラメラの実の能力は抜きか。
いやそれにしたってレイさん危ないだろ。

男の人とは言え、骨とかも老化で脆くなってるだろうし。
あんなヤンチャ盛りのエースとレイさんじゃ勝敗なんて火を見るより明らかだ。


「……本気か?俺知らねぇぞ?」
「構わん。本気でかかってこい。キミの本気が見てみたい。」


だ、大丈夫だろうか。


店内は比較的広いから、エースとレイさんの周りを開けるように皆が捌けて、特設ステージの完成だ。

中腰で重心を前後に移動させながらビシッと構えるエースと、好戦的な笑みを崩さずにただ突っ立っているレイさん。


「え、ちょっとエースは本気でやるつもりなの?」
「さぁ、でもどうだろーな。あのじいさん余裕かましてるように見えて、実は隙がねぇぜ?」


横で観戦していたエイトに耳打ちすると、そんな返事が返ってくる。


隙が、ない?
あんな酒瓶片手に笑ってるのに?


戦闘能力の目利きには自信なんてないけど、どう見てもレイさんがエースにボコボコにされる気しかしない。

怪我させたらコーティングして貰えなくなるじゃん!
どうすんのよ!


いつかの海賊船襲撃時みたいに、ハラハラしているのは私だけで
皆はニヤニヤ面白そうに二人を眺めてた。


「来ないのか?」
「ただのじぃさんじゃ、ねぇみてぇだな!……どうすっかな。」


え、本当にただのおじいさんじゃないの?


めちゃくちゃ強いらしいエースがレイさんをそう称したことに内心凄く驚いた。


ど、どうなるんだろう。


中々どちらも手を出さない。

戦いなんて素人だからよく分からないし
どっちにも怪我して欲しくないからできれば穏便に済ませて欲しいなって思うんだけど


「シャッキーさん、これ美味しいですね。」
「あら、ありがとう。」


この膠着状態は見ていて退屈だ。


出して貰ったお通し的なナッツをポリポリかじりながらシャッキーさんと雑談に耽る。


何の木の実なんだろう。
本当に美味しいな。


「だぁっ!本っ当に隙のねぇじいさんだな!」
「隙を突かねば踏み込めないか。中々評価して貰えているようだ。」



はっはっは!とレイさんが豪快に笑いながら持っていた酒瓶を煽ったその瞬間
エースがガラ空きの懐目掛けて拳を突き出した。


パシッ






「想像していたより重い拳だ。武装化も、まずまずと言った所か。」
「……そういうのは食らってから言えよ。」


目にも止まらぬ速さのエースの拳を軽々と片手で受け止めたレイさんが、余裕の笑みを漏らす。





本当に強いんだ、レイさん。





皆の目利きを疑ってた訳じゃないけど、どう見てもレイさんは普通の酔っ払いのおじいさんだ。
でもこれはもう、認めざるを得ない。

エースの顔は本気で面白くなさそうに歪んでるし、手加減した訳じゃないんだと思う。


どうなるんだろう。
武装化とか言ってるってことは、レイさんも覇気を使えるんだよね?


息を飲んで状況を見守っていたら、受け止められた拳を降ろしたエースがため息を吐いた。


「本気の戦いでもねぇのに、これ以上やる意味あんのか?」
「ははは!そうだな、付き合わせてすまない。楽しかったよ。」


え、
もう終わり?

いや、別に戦って欲しい訳じゃないんだけど

ハートの海賊団の皆の組み手のイメージがあったから、一発の拳を受け止めただけで終わりらしいこの状況に拍子抜けだ。
全然組んでない。


「あちら側に進んで問題なさそうな実力ではあるが、相手は選ぶと良い。こちら側と同じ感覚で挑めば、手痛いしっぺ返しを食らうぞ。」
「ご丁寧にどうも。上には上が居ることは、じいさんのお陰で十分分かった。」


なんだか一件落着って感じで纏まりそうな雰囲気だけど、船のコーティングはして貰えるのかな。


レイさんは、結局何がしたかったんだろう。


「1週間後、ここにまた来ると良い。それまでに船のコーティングは済ませよう。」
「本当に金、いらねぇのか?」
「ああ、構わない。代価は貰った。」


にっこり笑うレイさんがエースを見つめる目は、やっぱりなんだか他の人を見るそれとは違うように見える。


それに代価が拳一発?
なんか、しっくり来ない。

















「ねぇエース。レイさんと知り合いだったりする?」
「は?知らねぇよ、あんな強ぇじいさん一回会ったら忘れられる気がしねぇ。」


そういうもんか。
じゃああの目はなんだ?

私が気にしすぎ?


「なんで?」
「なんか、……エースのこと孫でも見るみたいな目で見てたから。」


そうか?って片眉を吊り上げて何とも言えない表情を浮かべるエースは、あの視線に気付かなかったのかな。



お店を出て宿に向かう途中、なんだかやっぱり気になってしまって
エースにそれを聞いてみたんだ。



エースはお母さんが亡くなった後、ルフィくんのお祖父さんに預けられたって聞いてたし
エースが知らない本当のお祖父さん、居てもおかしくない気はする。

母方にしても、父方にしても。






そういえば、私の親戚はどうなんだろう。
よくは思い出せないけど
朧気な記憶の中に、お祖父様とお祖母様の面影が見えなくもない。


今もどこかで、元気に暮らしてるのかな。
私のこと、覚えてくれてたりするのかな。










でも手配書は北の海にも届いていた筈。
何の音沙汰もないってことは、そういうことだ。





「どうした。なんかヤなことでもあったか?」
「んー、なんでも、ない。」
「なくねぇだろ。どうした?」


なんでエースにはこんなに筒抜けなんだろう。









いや、違うな。



何でもないって言っておいて、私言いたいんだ。
エースに聞いて欲しくて、本気で隠すつもりがないんだ。

お祖父様とお祖母様も、私のことなんてもう忘れてて
どうでも良い存在なんだろうなって思っちゃって寂しく感じたこの気持ちを


私はエースに埋めて貰いたいんだ。


「なんか、私今の自分すっごい嫌いだわ。」
「なんだよ急に。黙ってても分かんねぇぞ。」


そりゃそうなんだけど。


仕方ねぇなって感じで私を見下ろすエースの視線が
欲しかったものなのに、それに甘えてしまいたいのに

そんな自分が堪らなくダメな人間みたいで自己嫌悪が増していく。


何でも話せる存在が出来た事が嬉しかった。
ずっと誰かに聞いて欲しかった。

気持ちを吐き出すことが、自分の気持ちを認めることが、前進してる事だって思ってた。


でも、私ただエースの気持ちを利用して甘えてるだけじゃない?

どんどん抱えきれなくなる。
弱くなってく。

進むどころか、後退してる気がする。


「なんかさ。なんでもないって言っといて、なんでもない感じじゃなかったなって。心配してっていうの、見え見えだったなって。」
「良いだろ別に。俺が心配してぇんだから。」


そんな自分が情けなくて、でもやっぱり聞いて欲しくて。

自分じゃない誰かに
どうでも良くないよって
いらない人間じゃないよって言って欲しくて

そんな矛盾した気持ちを訴えるようにエースの目を見つめ返した。


そこまでして欲しいって思ってるのに、私はこの人に何も返せない。
エースの気持ちには応えられないのに。


「頼まれたってしたくねぇことはしねぇ。」


頭に感じる手の重みを、心地好いと思ってしまう。
エースは私がへこんでる時、いつもこうして宥めてくれる。


「ウイが自分を嫌いでも別に構わねぇけど、俺がそれをどう思うかまで勝手に決めんな。」
「……そうやって甘やかすから、私がどんどんダメになる。」


我ながらどんな八つ当たりだ。
甘えてるのは私なのに。


「俺が甘やかしてぇからそうしてる。俺しか知らねぇダメなウイ見れんの、結構……嬉しいけど。」


照れ臭いのか、頬を指で掻くエースが視線を遠くに飛ばした。


なんか、本当に良いのかな。このままで。


何も言わずに納得出来ない表情を浮かべている私に、チラリと寄越された視線が絡まる。


ねぇ、私は別な人が好きなんだよ?
エースの気持ちを利用して甘ったれてるズルい女なんだよ?


それなのに、そんなに優しくなんてしないでよ。



destruct at reality.