10-23


「本当に行かないの?」
「体調悪ぃ。」


翌日昼間からカジノに行くらしい面々。
留守番を名乗り出た俺にベポが不思議そうな顔を向けた。


気を紛らわすには良さそうだけど、流石にそんな気分になれない。


「風邪か?」
「寝不足かも。昨日夜更かししてたから。」


でんでんむし当番の日にウイに電話してることを、キャプテンは気付いてる。

ぴくりと動いた眉がその証拠。


良いだろ、この程度の嫌味くらい。
ウイは今日キャプテンの為にやべぇ橋渡るんだから。


「バカも風邪引くんだな。お大事に!」
「うっせ。」









キャプテン達が出ていった後の船内は静まり返っていて
時計が秒針を刻む音だけがやけに大きく聞こえた。


そろそろ、約束の時間だ。


リビングのテーブルに乗せたでんでんむしに向かって
らしくもなく手を合わせた。


神とか仏とか
信じたことはない。


でも今だけは、その崇高なヤツラにすがりたい気分だ。


ウイが無事戻って来ますように。

ドフラミンゴが、俺らとウイが一緒に旅をしていた事を気付いていませんように。



もし気付いてても
ウイを使ってなんかしようとか

考えてませんように。
























「ちょっ!マジかよ。青キジじゃねぇか!」
「すげぇな。流石天竜人。……これなら俺ら出る幕ねぇか?」


所変わってデロアの島。

海軍が警備に付く以上、ウイに着いていく訳にはいかない。
かと言って、心配は心配で。


スペード海賊団の面々は会合場所のレストランの周りを張っていた。


「海軍大将が化け物だったとしても、相性とかあんだろ。取り敢えず出てくるまでは見張る!」


エースはエイトに、当初の配置より距離を取るように伝令させる。

大将相手にその僅かな距離が事を好転させるとは思えない。
しかし念のため、だ。


エイトが仲間達の元へと駆け出すと、エースは会合場所をただじっと見つめた。


『相手は選ぶと良い。手痛いしっぺ返しを食らうぞ。』


コーティング屋の老人の言葉が脳裏に響く。


大将が出てきたのは本当に、天竜人からの依頼があったからってだけか?


射るようにレストランの扉を睨み付けるエースの心には、不安が蠢いていた。



「ねぇソニアー。ウイ大丈夫かな。」
「そうね。何事もないと良いんだけど。」


事務所の引っ越しのせいで、見慣れた場所の筈のここはなんだか寂しい。

アオイとシュウを先に行かせて、私達が後始末をして追いかける。


アオイがちゃんと荷物の受け取りとか事務所の賃貸契約が出来るのかってとこには不安しかないけど
シュウは年の割にしっかりしてるから大丈夫でしょ。

たまに生意気だけど。


「だって七武海でしょ?……心配。」
「私たちが気を揉んでいてもどうにも出来ないわ。連絡を待ちましょう。」


そうなんだけど。

そう言いつつも、ソニアもさっきからちらちら時計を気にしてる。


心配なんじゃん、ソニアも。

それに比べてこいつは……


「あんたも少しは心配したら!?」
「煩いなー。してるよ?心配。誰かさんみたいに騒ぐだけが心配じゃないでしょ。」


ムカつく。
今日もムカつく。

昨日もムカついたけど。
ムカつかない日とかないけど。


「だって落ち着かないじゃない。居てもたってもいられない、みたいな。」
「なんだ騒がしい自覚あったんだ。大人になったんだね、少しは。」


っとに。
嫌味以外の言葉喋れないのか、こいつは。


反論してもそれ以上の嫌味が返ってくる。
もうディゼルに構うのはやめた。






「良いんじゃない?そういう心配の方がウイには伝わるでしょ。ウイ変なとこ鈍いから。」


帳票を整理していたディゼルが、走らせていたペンを止めて顔を上げた。


たまには優しい言葉もかけてくれるんだ。


わからず屋みたいに思って悪かったな。


「そうだよ、ね!私も落ち着かないし!」
「ここにウイは居ないし煩いのは事実だけどね。」


そう言ってにっこり笑うディゼルの顔を、殴り飛ばしたいと思った。

見直して損した。


「どうしてあんたはいつもそうなのよ!っこのタヌキ野郎!!」
「心配したりしおらしくなったり怒り出したり。こんな錯乱した人初めて見た。」


胸ぐらを掴み上げてガクガク揺さぶっても、全く懲りてないディゼルはアハハハって笑ってて
それが更に腹が立った。


もう。
ウイ大丈夫かな、本当に。






「遠路はるばるご苦労だったな。」


会合の場所となるレストランの一室。
個室というより、貸し切りだ。

ベガス聖の命で集まった海軍の軍人達。
久しぶりに顔を合わせるロイや、大将さんらしい人まで。

心強いんだけど、大将って……
絶対凄い人だよね。


「はじめまして。ブラーヴェのロレイシル・ウイです。この度は格別のお引き立……
「堅苦しい挨拶はいらねェ。」


ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
七武海の海賊で、ドレスローザの国王で、密売を取り仕切るブローカー。


ローの恩人のお兄さんで、仇。


「写真で見るより良い女だ。」


なんて言ったら良いんだろうか、こういう時。
もっと気軽な間柄ならあと10回言ってとか言えるけど

とてもじゃないけどそんな雰囲気じゃない。

海軍の人達も周りに控えてるし
この人がヤバいっていうのは私でも分かる。

何か、威圧感のようなものを感じる。


「随分大人しいなァ?長旅で疲れたか?」
「いえ、緊張してしまって。」


まず、デカイ。
座ってるけど分かる。

ローとかエースも背が高いけど
これはそういうんじゃない。

ベポぐらいあるかな。

人の形しててこのサイズは結構びっくりだ。


「そうか。酒の話、引き受けてくれるってことで良いんだろ?」
「ええ、そのつもりですけど。いくつかご相談があります。」


あのピンクのモフモフはなんなんだろうか。
威圧感を和らげる為の装飾?

いや、それにしたってあんなファンキーなピンクを選ぶことはないだろう。

あれか。
フラミンゴ色か。



……突っ込み、期待してたりするのかな。

名前と被せたんですかって。
いや、まさか。


え……ってことはボケじゃなく本気?
どうしよう、結構可笑しい。


「なんだ、出来る限り対応する。」
「販売価格と、配送頻度、後はお届けする量をご相談したいな、と。」



つり上がった形のサングラス。
濃い色のそれは瞳を覗き見られる事を拒んでいた。

ドフラミンゴは脇に置いてあったトランクを開けると、そこから紙袋を取り出す。


ドン


「これで足りるか?今回の分だ。」









おいおいおい。
お酒100本の代金の音じゃなかったぞ。


目が合っているかは分からない。
ただガラスを挟んだ先のその目は、愉快そうに笑っている気がした。



「あ、の……確認しても?」
「好きにしろ。1000万ベリー入ってる。」


な、なんだって?

100本で1000万ベリーってことは、1本10万ベリーか。
原価なんて瓶とか合わせても500ベリーもしない。


わーいボロ儲け!













って、違う!!
そうじゃない!


「これは頂き過ぎです!市場価格の30倍以上です!」
「手付け金、後は運搬費用で良いじゃねェか。」


いやそれにしたって。
念のため袋の中を覗けば、分厚い札束が10個、綺麗に収まっていた。


「輸送にかかる費用を考えてもこれは流石に受け取れません!」
「クックックッ。カタい女だ。金儲けの為にやってんじゃねェのか?」


ニヤリと笑うこの人は、とんでもなくお金持ちなんだろう。
でも、だからって特定の人にだけ高額で卸すなんて
なんかやだ。

どのお酒も、かけてる手間や込めてる気持ちは一緒なのに。


「取引に、使われるつもりだって聞きました。何の、お仕事されてるんですか?」


しれっと事情聴取だ。
この流れは自然な筈。


「それを聞いてどうする。」
「興味、ですね。こんな高額なお金を支払う程に認めて下さってるなら、それはどんな事に使われるんだろうって。」


ゴホン、と背後から咳払いが聞こえた。


余計な事を詮索するなっていう海軍サイドからの警告かな。


「余計な事には首突っ込まねェ方が身の為だぜ?……それとも何か?それを聞きてェ理由でも他にあんのか?」
「ほか?と言いますと……?」


この人常にニヤニヤしてるから、なに考えてるか読み取りにくい。

これは……イエローカードかな。
出方次第だけど危なそうなら引こう。


「さァな。ただ言える事は、俺が金を払った時点でこれは俺の物だ。どう使うも自由だろ?」
「まぁ、そうなりますね。……でもこの金額はやっぱり受け取れません。」


袋から札束を一つ取り出して、残りをドフラミンゴの方へと押し返す。


「これでも頂き過ぎな位です。売値は私が決めます。」


途端に甲高い高笑いがレストランに響いた。


何が可笑しかったんだろう。





「良いねェ。意外と肝は据わってるようだ。流石は天竜人お抱えの職人。」
「肝って……、受け取りたくないから返しただけです。それは次回ご注文の際に使ってください。」


元が取れれば、ブラーヴェに迷惑をかけなければそれ以上の値段で売る必要はない。

この人に借りを作ってるみたいで、なんか嫌だ。


「それで?量と頻度だったか?どこまで出せる。」
「どこまで、と言いますと?可能な限り量が欲しいというご意向で合ってます?」


運送の頻度と出荷量、私が余計な事を言い出さなければそれはあっさり纏まった。

シュウ達にも、配送の人にも負担をかけない量と頻度。
ドフラミンゴはこちらが提示する条件を意外な程すんなり了承してくれる。


ペンギンが気にしすぎなだけで、やっぱりこの人私達のこと知らないんじゃないの?
さっきはちょっとドキッとしたけど。




「仕事の話はもう良いだろ。気分が良い。時間があるなら飯くらい付き合え。」
「是非。ご一緒させていただきます。」


苦手な物はないかを聞かれて、ドフラミンゴは店員さんに適当に料理を頼んでくれる。

運ばれて来たシャンパングラスに、さっき売ったばかりのシードルが注がれた。


「……飲んじゃって良いんですか?お仕事に使うんじゃ?」
「少しくらい構わねェだろ。前に飲んだ時は人数が多くてじっくり味わえなかった。」


向かい合うように座っているドフラミンゴがグラスを突き出したから、私もそれを取って重ねる。

グラスが合わさる涼しい音が響いた。


「良い酒だ。これからも頼む。」
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」


見るからに豪華そうな、見た目も綺麗な料理が運ばれてくる。
意外と社交的らしいドフラミンゴは他愛ない話を振ってくれて。

緊張してた割には和やかに、その時間は過ぎて行った。




destruct at reality.