10-24


「ロレイシル、貴族だよな?おまえ。」
「……元、です。3年前に家を出ました。」


コースの終盤に運ばれて来たメインのステーキ。
サシが細かすぎてピンク色。

脂が口の中で甘くとろけるその美味しさに浸っていると
急にそんな事を言われた。


「父親、中々イカれた野郎じゃねェか。」
「なんで、知ってるんですか?」


父様がイカれてないとは言わない。
ただ外面はそれなりに良かったと思う。

私が思う“イカれた部分”を知ってるのなんて
極一握りの人達だけだと思うのに。


「ヒューマンショップ、いや職業安定所だったか?」


職業安定所、それは世間体を取り繕う為のヒューマンショップの呼び名だ。

失礼にも程がある。
物のように売られる事のどこが職業だ。


「アレも俺のビジネスだ。どこかで聞き覚えのある姓だとは思ったが、まさかおまえの父親だったとはな。」


なん、だと?


込み上がってくる怒りをステーキにぶつけていた手が、うっかり止まってしまった。





私はこの人の元で、物として売られていたかもしれなかったの?


この人がそんな商売を始めなければ、あんなことにはならなくて
母様だって死なずに済んだかもしれない。




「そう睨むな、逆恨みはよせ。おまえを売ろうとしたのは父親。俺じゃねェ。」
「売られる側の気持ち、考えたことないんですか?」


私を売ろうとしたのは父様だなんて、分かってる。

刃物を作る人が悪いんじゃない。
使う人の問題だ。

でもそれにしたって
人身売買で誰かが幸せになれる事なんて、あるの?


「おまえは牛の気持ち考えた事あるのか?人間に食われる家畜の気持ち。」




……それ言ったらそうだけどさ。
めっちゃ美味しいとか思って食べてたさ。




なんか、ただの愉快犯みたいな人じゃないっぽいなこの人。
それがどうかは置いておいて、自分の中の筋を貫く人だ。


「買い手がいるから売るのさ。商品と引き換えにそれ相応の報酬を得る。俺は場所と機会を与えてるだけに過ぎねェ。」
「それは……、私のお酒と引き換えに何か得たいものがドフラミンゴさんにはある、ってことですか?」


この人の言うことは正論だ。
正論とも違うかもしれない。でも事実で現実。


ってことは、そういう事だ。
お金じゃ動かない何かを、この人は私のシードルで動かそうとしてる。





「金は得ようと思えば得られるが、これはそうじゃねェからな。持ってるヤツにとって、金はそこまで魅力あるモンじゃねェ。」
「その方にも、気に入って頂けると良いんですけど。」


この人が関係を維持したい人。

ペンギンの予測が正しければ
それは四皇の誰かなんじゃないの?


「酒が好きなヤツだ。これは喜ぶ。」
「特定の方なのであれば、お好みとか聞ければそれに合わせたお酒も作れますよ?」


情報が欲しい。
お酒が好きな人なんて五万といる。

もっと何か、それを特定出来るもの。


「ほお。それはオツなモンだな。時間はどれくらいかかる。」
「種類にもよります。度数の高いお酒や発泡が必要なものですと、ものによっては作るだけで2ヶ月とか。」


寝かせた方が良いものだと半年かかる事もあると伝えれば、ドフラミンゴは何かを考え込み出した。

これは、どうやら当たりくさいな。

国王で七武海。
そんな立場の人がもてなそうとしてる相手。

一度の取引だけじゃない。
継続的にシードルを渡そうとしていて、その人の為のお酒だなんて特別感のある接待を考える人。


「それの依頼をした場合、シードルの納品量は下がるか?」
「依頼を頂くお酒の製造方法と量によります。お酒の好み以外でも、性別とかどんな方かとか。贈り物なら瓶やラベルも重要ですよね。」


なるほど、とそう口にしたドフラミンゴは、グラスに残ったシードルを飲み干した。

食事も終えたし、そろそろお開きかな。
今回はあんまり情報は引き出せなかったけど、今後それが得られる可能性はなくはないし、ローの事を聞いてくる様子もない。


ふと視線を感じて顔を上げれば
恐らく、だけどじっと顔を凝視されている気がした。

サングラスのせいでその視線がどこを向いているかは分からない。
でもこれは、きっと見られてる。


「あの、……なにか?」
「何に使うのが一番有益なンだろうなァ?」


何に?
プレゼントとか?


「お誕生日とか、後は何かの記念日とかくらいしか思い付かないですけど。」
「ヒャッハッハッ!」


なんだ?
突如腹を抱えて笑い出したこの人は、気でも狂ったんだろうか。

この人の笑いのツボが分からない。



結局何で笑っていたのかも分からないまま、その会食はお開きになった。


「あの、ご馳走さまでした。」
「さっきの件、また改めて連絡する。」


食事のお礼を伝えれば、結構あっさりした返事と共に踵を返して去っていくその後ろ姿を眺めてた。

立つと、やっぱりとんでもなくデカいし
あのモフモフは目立つ。


あの人が、ローの恩人のお兄さんで、仇。
ローがずっと、恨んでる人。





なんか、想像してたのと違ったな。
実の弟を殺すなんて、とんでもなくキチガイみたいな人だと思ってた。

ローがあんなに恨むくらいだし、凄いアベコベでダメな人なんだろうなって。

あの笑い方とモフモフはちょっといい線いってたけど。


凄くドライな考え方をしてるとは思うけど、そんなに悪い人には見えない。



「ウイ、あんまり厄介事に首を突っ込むな。」
「厄介、なのかな。今日はありがとうね。心強かった!」


少し離れた所で控えていた筈のロイがげっそりした顔で隣に立っていた。

なんか懐かしいな。
疲れた顔してるけど、元気そう。


「今日来れて良かったよ。やっと普通に接してくれた。」
「その節は大変ご迷惑おかけしました。……ありがとうね。あの時言いそびれちゃったから。」


ロイは本当にいい人だな。

ロイは任務を遂行しただけで何も悪くなんてないのに
寧ろ随分と至れり尽くせりで私を気にかけてくれた。

それなのにこちらこそあの時はごめんって、少し悲しそうに笑うんだもん。


「知り合いなの?おたくら。」
「あ、本日は本当にありがとうございました。」


クザンさん。
海軍大将って紹介されたその人は、常にヤル気がなさそうな面持ちで。

こんな感じだけど凄く強いんだろうな。


「良いの良いの。天竜人の無茶振りはいつもの事だから。あの人はちょっと毛色が違うけど。」
「ベガス聖ですか?」


クザンさんはちょっと聞いてよとベガス聖の無茶振りお使いエピソードを面白可笑しく教えてくれた。

文句は言ってるけど分かる。

きっとこの人も、ベガス聖の事嫌いじゃないんだろうなって。


オチが綺麗に付いたその話を、笑いながら聞いていた。





愉快なお使いエピソードを聞いた後、ベガス聖に電話をかけた。

何にもなかったよって言ってるのに
ベガス聖は本当かえ!?無理矢理言わされてるとかじゃないかえ!?ってでんでんむしの向こうで大騒ぎし出して

クザンさんとロイがそれぞれ本当に何もないですって宥めてくれた。


その様子がなんだか可笑しくて、

ベガス聖が心配してくれる事とか
天竜人なのに愛されてるベガス聖への皆の対応とか

そういう些細なことが凄く幸せに感じた。


大丈夫!って大見得切ってたけど、私も緊張してた。
それが終わって、きっとほっとしてるんだ。


あまりにもしつこいベガス聖の尋問に痺れを切らしたクザンさんがでんでんむしを切ってしまって
切った瞬間即刻着信を知らせるそれを眺めて大きなため息をついてた。


面倒だから帰ってから出てって。


なんか、海軍に対してあんまり良いイメージって正直なかった。
ローの故郷の話とか、ヒューマンショップを黙認してる所とか。


組織事態が嫌な集まりに見えても
そこに属する全員が嫌な人な訳じゃないんだろうなって。

偏見を持ってた自分に反省した。










「本当に船まで送らなくていいのかい?」
「うん!大丈夫!本当にありがとね!」


港の入り口まで送ってくれたロイにもう一度頭を下げて、そこで別れた。





皆下手くそすぎでしょ。
嬉しいけど。


「エース!バレバレ!私でも気付いた!」
「しょうがねぇだろ!心配だったんだから!」


ロイの姿が見えなくなって、くるりと振り返って声をあげれば
物陰から続々とスペード海賊団の皆が顔を出す。


全員居たんだ。
流石にここまでは気付かなかった。


「大丈夫だって言ったじゃん!寧ろ皆が海軍に捕まったらどうしようってこっちがヒヤヒヤした!」
「まぁ無事終わったんだから良いだろ!飯にしようぜ!」


結果オーライ的なアレか。

お疲れー!と口々に声を掛け合う皆を見て、なんだかまたほっこりした。
お腹はいっぱいだけど、皆にお昼ご飯、作ってあげなきゃな。


「急いで準備するから待っててね!」


飲み会の時くらいしかご飯を振る舞うことがないエース以外が、歓喜の雄叫びをあげる。


大袈裟でしょって思ったけど、なんだかそれすらも凄く嬉しかった。



エースが飯は後ででいいからブラーヴェに連絡してやれって言ってくれて
ご飯を後回しで良いって言い出すなんて何事だろうってちょっと驚いた。

でも早く連絡しなきゃって思ってたから凄く助かった。
特にペンギン。


ブラーヴェの皆はローとドフラミンゴの確執なんて知らないけど
ペンギンは知ってる。

誰よりも今回の件を心配してくれてるのは、多分ペンギンだ。


ハートの海賊団のでんでんむしの番号をダイヤルしながら、他の誰かが出たら何て言おうとか少し悩む。

ペンギンはあざといから、いくら心配だったとしても皆の前ででんでんむしを抱えて待つなんてしなそうだし
でも私からかかってくればどんな用件でも伝わる筈だ。


早く安心させてあげないと。



ぷる『もしもし!』


わぁ。









予想外に本人が
しかもワンコールで出た。








「もしもしペンギン?私だよ。無事終わりましたー。」
『今どこ。周りは?つけられてたりしてねぇ?』


「今船だよ。多分つけられてもないと思うし、隣の船にエース達も居るから大丈夫!」
『何もされてない?変なもん渡されたりとかしてねぇよな?』



もう。
どんだけ心配症なんだ。


嬉しいけど、珍しく早口で捲し立てるペンギンが可笑しすぎてつい笑ってしまった。



『何笑ってんの。』
「ごめんごめん、大丈夫だよ!何もされてないしお金しか貰ってない。」



不機嫌そうな声のペンギンは、金の間に何か挟まってないかとか、もう質問攻めが止まらなくて。


ブラーヴェにもベガス聖にも連絡しなきゃいけないのに、結局一部始終を洗いざらい話させられた。


全部聞いて、それでもまだペンギンの心配は完全になくなった訳じゃないみたいだったけど


『ウイの大好きなキャプテン今頃カジノで遊び呆けてるけど。良いのそんな男で。』


そんな事言ってくるくらいには安心してくれたんだと思う。

言ってないんだから心配してる訳ないじゃんって思ったけど
その言葉はペンギンがちゃんと約束を守って黙っててくれてるってことで

ペンギンだってカジノ行きたがる筈なのに
留守番して私の連絡を待っててくれたんだって思ったら

なんか凄く気にかけて貰ってるなって、嬉しくなった。


ワンコールで出たしね。



destruct at reality.