3-4

ローの視界から一人と一匹が消え
叫び声が聞こえ
それなりの重量が水中へと沈む音が響く。


「ったく何やってんだアイツらっ!!」


想定外過ぎて呆気にとられたローは 慌てて船の周囲を覆う球体のナニカを生成する。

そして間もなく、肩が下がる程のため息を吐いたローが勘弁してくれとでも言いたげに目元を手で覆った。
頭を抱えるとは実によくできた慣用句だ。
一応無事は確認出来たものの 船縁から身を乗り出したローは海面へと視線を落とす。


「怖かったけどこれ面白いねー。爽快爽快」
「でしょ?私よく泳ぐよ!暑い日!」


ローの心配をよそに、二人はぷかぷかと呑気に海面に浮いていた。
状況はまさに、事件どころかエンターテイメントでイベントだ。


「あれ?ロー!おーい!」


ウイが船縁から顔を出したローを見つけ、大きく手を降った。
勿論手が振り返されることはない。


「…何やってんだてめぇら」
「海水浴!ローもおいでよ!気持ち良いよ!」


立ち泳ぎをしつつ ベポに水をかけ ウイは視線を船上に向けローへと声を張った。


「俺は良い」
「なんで?今日暑いから海水浴日和だよ!ね?」


同意を求められたベポは事情を知るだけに微妙に考えた後「海水浴日和ではあるね」と頷く。
一瞬不思議そうに首を傾げたウイの興味はすぐ他へと移る。
まぁいっかとだけ呟き、大きく息を吸い込むと海の中へと消えていった。

水面が隔てたその先では、色とりどりの珊瑚やイソギンチャクが海底を飾り隙間を縫うように泳ぐ熱帯魚達がなんとも幻想的。
絶景に目を輝かせたウイは遅れて潜って来たベポに見て!とでも言うように海底を指さす。
指の先に視線を向けたベポは目を見開き、こくこく頷いた。
息の続く限り海中の美しい眺めを堪能し、肺が悲鳴を上げる直前で二人は海面へと浮上した。


「っぷはぁ!凄かったね!きれい!」
「ウイ潜るの上手だね」


しょっちゅう潜ってるもん!と得意気に答えたウイが まだ呼吸の整わない白熊を再度海中に誘おうとした時


「シャンブルズ」


聞こえた気のする声と一瞬の無重力、そして水中の浮力とは異なる引力がウイの体に襲い掛かった。
慣れた白熊とは異なり 不思議な体感と、一面の海から一変し見慣れた床板が視界を占めるこの状況。
混乱で固まるウイはわなわなと自分の手を見つめ呟いた。


「私にこんな力が…」
「違うよ!!」


何が起きたかを理解している白熊はありったけの力でウイの渾身のボケに突っ込んだ。
はたしてボケた方の心中がボケか本気かは定かではない。


「え、違うの?…じゃあこれ夢?」


頬をつねってみたり存在を確認するようにペタペタと自分自身を触ってみたり。
読み込めない状況は解決の兆しが見えることはなく ただただ混乱するウイをベポは苦笑いで見つめた。
白熊からどうするの、とでも言いたげな視線を向けられた船長はただ静かに頷く。


「ウイあのね、キャプテンは悪魔の実の能力者なんだ。海の中からここに瞬間移動したのも、その能力」
「…あくまの…み?」


ウイはぱちくりと瞬きをしながらローを見つめた。


「海に入れねぇのもそのせいだ」
「…!!私悪魔の実の能力者って初めて見た!!瞬間移動って凄…あ!船に来た日急に出てきたのもそれ!?そうだった!!凄っ!」


ウイは頬を紅潮させ、目を輝かせてローを見つめる。
まるでヒーローか何かでも見たかのように。

ローとベポは 凄い凄いと鼻息荒く興奮しているウイを微笑ましく眺めつつ
先ほどウイが見せた斬新過ぎる初見リアクション、その名も“私にこんな力が展開”を思い出してはなんとも言えない気持ちを噛み締めていた。


「ねぇ、キャプテン。…あんな反応する人って今まで他にいた?」


興奮を抑えきれないウイを、うんうん凄いよねぇと笑顔で受け流しつつ
ウイには聞こえない程度の声量でノールックな会話は繰り広げられる。


「いる訳ねぇだろ。…ボケて来たにしてもボケ方がネジ跳んでんだろうが」
「だよねぇ。ちょっと…いや結構面白かったけど。あの返し思い付くって凄いよねぇ」


ローとベポは、今感じているこの気持ちが感心なのかドン引きなのかがよく分からない。
どちらにせよ、各々ある程度生きはしてきたものの まだまだ未知が存在する事を身に染みて感じたとか。


「ねぇ!ローもっかい!さっきのもっかいやって!!」


そしてそんな二人の胸中などつゆ知らない当事者は、ローの服を掴みそう強請ると返事も待たずに再び海へと飛び込んだ。
またしても聞こえてくる水飛沫が上がる音。

了承を待たない言い逃げ方式でおねだりを強引に成立させにいくことも
そのおねだり相手が基本他人にペースを乱されないタイプであることも
ベポはなんだかおかしくて笑いが止まらない。

もう文句を言う気にもなれず 水平線に目をやり現実を逃避するローは取り敢えず思ったことを呟いた。


「…人の能力なんだと思ってやがんだ」
「大変だねぇ」


問いかけた相手にその声が届くことはなく、例え届いたとて きっと返ってくるのはローに言わせれば的外れな答え。


「ロー?まだー??早く早くー!!」


瞬間移動させて貰えることを信じて疑わないウイはぷかぷかと海面に浮かびながらその時を待つ。


「ルーム、シャンブルズ」


深いため息と共に仏頂面で球体の膜を生成したローは その辺の小石を宙に放り投げた。


「ぅえっ!?ぅわぁあっ!!!!」


先ほどとは違い、瞬間移動特有の無重力感のすぐ後に 下方向への引力に引かれたウイは甲板に臀部を打ち付け尻餅をついた。
尻の痛みを抗議するウイと、知るかと言わんばかりに顔を背けるローの姿をベポは微笑ましそうに眺める。
ギャーギャー喚き続けるウイに、うるせぇと呟くローの顔は不機嫌そのもの。
けれどベポにはなぜかそれが楽しそうに見えた。

海賊船長様は本当に嫌なことは頼まれたって絶対にしない。
シャンブルズの移動先を空中にすれば移動された側の人間がどうなってどんな反応をするか、頭の良し悪しなど関係なく誰にでもわかること。
シャンブルズ自体もその後のやりとりも 拒絶するより良い何かがこの言い合いにはあるのだろう。

その後あまりにも騒がしかったウイは甲板から海へとタクトで放り投げられる。
ウイによる怒濤の文句は勿論あった。
だがしかし、本人曰くシャンブルズより楽しかったらしい。





「あー楽しかった!!お、シャチだ!シャチも冷たい物飲むー?」
「おーありがと貰うわ。めっちゃ叫んでたけど何してたんだ?」
 

一頻り遊んだ後、濡れた髪をバスタオルでガシガシと拭きつつ船内へ戻ったウイはリビングで釣具カスタマイズ中のシャチを見つける。
テーブルに並ぶルアーは色も形も様々。
シャチの手によってバケツの中を泳がされては微々たる改良を加えられていくそれらは中々に膨大な数だ。


「シャンブルズごっこ!あ、あとなんだっけ?ポーンって吹っ飛ぶやつ!」


キッチンに回ったウイは人数分並べたグラスに氷代わりの凍ったフルーツを雑に放り込んでいく。
オレンジにブルーベリー、苺に林檎、カラフルなそれで満たされたグラスに注がれるのはキンキンに冷えたアイスティー。
カラカラとマドラーを回すウイは必死で吹っ飛ぶやつの名称を思い出そうとしていた。


「…タクト」
「そう!それ!それもやって貰った!超楽しかった!!」


げっそりした顔でダイニングテーブルに突っ伏すローと、既にほぼ乾いている白熊。
ウイはルンルンと楽しそうにダイニングテーブルに二人分のアイスティーを置くと、残りの二つをルアーに占領されていないテーブルの隅に乗せシャチの手元を覗き込んだ。


「よかったなー」
「うん!シャチもどうぞー!」


作業の手を止めアイスティーに手を伸ばしたシャチは、ひとくち口に含んではウマっ!と呟き グラスの中を一瞬で飲み干した。


「これめっちゃ旨いな!最高!おまえ天才!」
「ありがとう!これ美味しいよね〜。涼む〜」


シャクシャクと半解凍の果物を噛み砕き清涼感を堪能する二人の話題は、机の上に並ぶルアーへと移る。
何が違うの、あれがこうでそうで、へぇ、とウイもかじる程度には釣りを嗜むせいかルアー談議に花が咲いた。


「おい、羽織ってろ」


そんな中、ローが羽織っていたシャツをウイに向けて放る。
振り向いたウイの視界の中で、ローが不機嫌そうに目を細め見下ろしていた。


「寒くないよ?これ食べて涼しくなったけど今適温!」


キャッチというより被さる形でシャツを受け取ったウイはそれをローに返そうとする。
しかしローは受け取らない。


「良いから着てろ」
「まだ水着乾いてないから濡れちゃうし」


しかしウイも素直には従わない。
ウイは今寒くはない。
それなのに従えばシャツは濡れる。
着る必要性とメリットがない、理由はただそれだけだ。


「ならさっさと着替えてこい」
「えー今ー?…まぁ、それもそうか。はーい」


ありがとね、とローにシャツを手渡したウイはやや面倒臭そうに自室のある2階へと階段を上がっていった。

これまでウイは興味がある何かを中断してまですべき事を優先する生活を送ってこなかった。
一人気ままな船旅をしてきたウイには時間が有り余るほどあり、誰かになにかを咎められることもあるはずが無い。
興味があれば満足するまで楽しむことに時間を使い、すべき事は後回しでも誰もなにも困らなかった。

いつまでも濡れたままでいるより早く着替えた方が良い事は理解できても、自分のペースを正論で乱してくるローという存在を この時ウイはやや面倒くさいと思ったとか。


「なんか珍しいー」
「なにが?」


ウイが居なくなったリビングで、シャチが呟いた言葉をベポが拾う。


「え、キャプテン服とかそういうの他人に貸すの嫌がりそうな気ぃしたから」
「…確かに!そうかも!大体潔癖症みたいな感じだもんね」


グラスに残った半解凍の果物を必死で口に運ぼうとしていた白熊がそれに気付くと全力で頷き肯定した。
どうなのと促す視線を受け、ローは気怠そうに口を開く。


「別に潔癖じゃねぇよ」
「けど嫌でしょ?誰かに自分のもの貸すの。どっちかっていうと誰かが着たものをまた自分で着るのが嫌そう」
「それは嫌だろ」


ローの中では潔癖は綺麗好きより神経質寄りのカテゴリなのだろうか。
神経質は不服でも、実際ベポが言うその状況は事実思わしくないらしい。


「そういうの潔癖っていうんじゃないの」
「俺そっちよりオペオペの実のが意外だったかも!キャプテンウイに話すと思わなかった」


そういえば、とシャチは驚きの表情でローの顔を見上げた。
相変わらず不機嫌そうに見えるローはその視線を受け止め、目の奥を絞るように何かを考え出す。


「話すっていうか、使ってたんだけどね。けどまぁ…確かに使わないといけない感じではなかったのかなあの時。なんで使ったの?」
「一時とはいえ行動を共にするなら知っといた方が良いだろ」


まぁ、正論と言えば正論。
ウイへの疑いも晴れた今、ローがそう判断することに矛盾もなければ問題もない。


「そっかー」
「まぁ、そうだよなー」


けれどシャチとベポはこの時、ローの様子に普段とは違う違和感を確かに感じていた。
相変わらず何かを考え込んでいそうな船長をよそに 二人はニヤ付きかける口元を必死で堪えお互いの胸中をこっそり確認し合う。
アイコンタクトで意思疎通。

これは面白いことが起こっている、と
熊と人の内心はお祭り騒ぎだった。


「着替えて来たー!ねえロー!あのさ!悪魔の実ってどんな味?美味しかった?」


ティーシャツとショートパンツに着替えた船主がリビングへと戻ると、途端に部屋の空気は軽くなる。
気になっていたらしい悪魔の実の情報にウイは食い気味にローへと詰め寄った。


「…くそ不味かった」


ローがそれを口にしたのはもう10年近くも前のこと。
そんな昔の出来事だとしても 考えて思い出せる程にインパクトのある味だったのかローの眉間に皺が寄る。


「えー。どんな味?何の味に近い?」
「例えるもんがねぇ程不味かった」


ウイの悪魔の実への事情聴取は止まらない。
味の他にも香りや食感、食べた後の体感、前のめりで続く質問劇にベポが黄昏た顔で割って入った。


「ウイって本当かわってるよね。そういうのよりどんな能力かとかの方が気になったりしないの?」


観察対象からベポへと視線を移したウイは目を見開いたあと、それもそうだとまじまじとローを見つめた。


「…不機嫌になっちゃう実?」
「大体おまえのせいだろ」


間髪入れずに入った突っ込みにケラケラ笑うウイを見て、ベポとシャチはなぜか穏やかな気持ちを抱いたとか。

確かに普段から常に仏頂面な船長ではあるが、ウイと居る今はなぜかどこかが楽しそうに見えたから。

結局オペオペの実の能力を説明する羽目になったローがその概要を話し、ウイがうんうん頷きながらそれを聞いていた。


「ねえ、シャンブルズはルームの中の物体の場所を入れ換える能力なんでしょ?」
「ああ」


親指で顎を支えながら、ウイは思考を整理するように言葉を紡ぐ。
ローからしてみれば指は5本かを聞かれているレベルの何の変哲もないことの確認。


「それって、ローがルームの中で何か投げて、それとローの位置を交換してからすぐ何か投げてまた交換ってやっていったら、…空とか飛べる?」


どこからか出してきたメモ帳に、ウイは雑な円と恐らく人を描き出した。
交換を示す矢印、交換先にまた円、矢印、円…


「移動するのに何回もシャンブルズし直す必要ってあるの?一回で良くない?」
「え、そんなチートなの!?…けどそれできるならなんで船なんか盗もうとしてたの?別の島に直接飛んじゃえば良かったじゃん」


心底不思議そうに首を傾げるウイを、ローはまた奥を絞ったような目で見据えていた。


destruct at reality.