11-6


「どけ…嬢ちゃん。これは男と男の勝負だ。」
「絶対どかない。邪魔だったら……それで薙ぎ払えばいいじゃない。」



やめろ。
ウイがそれと顎で指したものは、白髭が構えている薙刀。

あんなもんを、それもあの馬鹿力で振るわれた日には
ウイなんて真っ二つだ。

冗談でもんなこと言うな。


「ウイ、大分休めた。俺がやる!下がってろ。」


庇うように拡げたその手を掴むと、ウイは想像していたどんなものとも違う表情をしていた。


無表情。


怒るでも泣くでもなく
怒りや怯えすらも感じられない表情から覗く瞳が

伺うようにこっちを見てる。


なんか、いつもと様子が違う。

でも今は
んなこと言ってる場合じゃねぇ。


「あんな強そうな人、弱点って言ったらやっぱり目潰しかな。」
「は?」


真顔でぽそりとそんな事を言うウイは俺の右手を両手で包むと
聞き取れない程小さな声でなにかを呟き、それをぎゅっと握りしめた。


「おまじない。頑張ろう!」
「あ?…お、おう!」


どうしたんだ、ウイは。


くるりと体を反転させて、白髭をじっと見つめるその姿は
なんでか知らねぇけど頼もしくすら感じる。


訳分かんねぇけど、どうせ普通にやっても勝てねぇ。
ここはいっちょ、賭けてみっか!


拳に炎を纏いながら、それを握りしめる。
ウイに貰ったまじない。


単純だけど、これが百人力ってヤツか。


相変わらず構える様子も防御する気配もないそいつのスカした顔目掛けて
大きく腕を振りかぶった。


『止まれ!』


突如聴こえたウイの声に反応した白髭が
初めて目を見開き表情を変える。


イケる。
根拠なんてねぇ、でも
そう確信した。


「火拳っ!!!」


見開かれたそこを目掛けて振り下ろした拳は

















あと僅か数センチの距離で、武装化されてしまった。


がら空きの懐に、初めて受ける攻撃らしい攻撃。

それは内臓全部潰されたんじゃねぇかと思う位、硬くて強い拳だった。





「ガハァッ…!!」
「エース!!」


腹を突くその拳は、体の内部をめちゃくちゃにするだけに留まらず
さっきの比じゃねぇ勢いで俺を吹っ飛ばした。





『……れ!』


微かに聞こえた気がする声と同時に
体に感じる引力の方向が変わったような、不思議な感覚を覚えた。


「……ぐっ!!……エース、大丈夫?」
「っまえ!!何やってんだ!!危ねぇだろっ!!」


何がどうなったかは分からねぇ。

ただ、体に感じた衝撃が収まると
俺はウイを下敷きにしていて
柔らかい細腕に、守られるように抱えられていた。


えへへ、と笑ったと思ったら
すぐにまた真顔に戻りやっぱダメかとぶつぶつ呟きだす。


まさか…ウイが何かやったのか?



「おまえ、本当にやめろ!死ぬぞっ!!」
「じゃあエースが吹っ飛ばされないように気をつけてよ。」


口に充満する鉄の味が、内臓がイカれたのは事実だと言うことを突きつけた。

でもまだやれる。
戦える。


「グララララ、まだ…立つか。…今死ぬには惜しいな小僧。」


こっちはこんなに満身創痍でも
あの化け物は掠り傷一つ負ってねぇ。

考えろ。
どうすりゃ良い…!


「まだ暴れたきゃ、この海で俺の名を背負って好きなだけ暴れてみろ…!!」





聞こえてきた言葉に
耳を疑った。

こいつは、何を言ってんだ?






「俺の息子になれ…!!」
「ふっざけんなッ!!」


息子?


誰が、誰の?



ぶっ殺そうとしておいて
及ばなくても、首を狙われておいて

そいつは何の冗談だ?






「そっちの嬢ちゃんは…少しは聞き分けた方が良いな。」


白髭の視線が俺の背後へと移った。
ボリボリと頭を掻きながら、やや呆れ顔で言葉を吐く。


「ここは戦う腕のない女が居て良い場所じゃねぇ…勇気と無謀は違う。」


そこに関しては激しく同意だ。

来てくれて嬉しいのは事実。
でも…、こんな誰が死んでもおかしくねぇ環境に、おまえが居るのは間違いだ。


「自分をもっと…大事にしろ。」


最後の言葉が、どっちに向けたものだったのかは分からねぇ。

でも次の瞬間、全身を襲った感覚に俺は意識を飛ばした。
目の前の化け物から発せられる、禍々しいような圧倒的な気。

なんとなく、ああこれが覇王色の覇気かって
そう思った。



「マルコ…あのくそガキ二人、頼んだぞ。」
「了解。」


発せられた覇王色で意識を飛ばした二人の男女。
大海賊団を束ねるこの男からしてみれば、彼らはまだほんの子供。

白髭はお互いを庇い合うように抱き合ったまま倒れるエースとウイをマルコに任せると、踵を返し船へと戻っていった。


自分の縄張りばかり狙って暴れる男が、自身を探している事には気付いていた。

生き急ぎ過ぎとも感じる、まだ若すぎるルーキーの新世界への進出。

七武海からの勧誘。



実際にツラでも拝んでやるかと思って出向いてみれば

それは確かに
かつての戦友の面影を宿した一人の海賊だった。


歳を取りすぎたのか、向けられる感情や些細な表情や動作で
どんな相手かが分かってしまう。



『俺の息子になれ……!』






白髭と呼ばれる男、エドワード・ニューゲートは
その名を知らぬ者が存在しない程の強大な力を持つ海賊。

しかし彼も一人の人間。
どんな名声を手に入れようが、どれだけの富を手に入れようが
決して満たされることのないその心。

彼は求めた。
愛を、特別な絆で結ばれた“家族”を。


白髭海賊団は、その戦闘力もさることながら
強みと言えるものがもう一つ。

それは結束力だ。

互いを家族と思い仲間を思いやる気持ちが、彼らの力となり糧となった。


白髭は、分かるのかもしれない。
自身と同じように、拠り所や家族を求める存在を。


年の功、と呼ばれるそれなのかもしれない。
人は自分の経験で人生を作る。
経験し得ない物を、知ることはない。

彼がエースとウイの中に見たその感情。
自分を省みず仲間を逃がし
勝てる算段もないのに飛び出して来る。



そこに垣間見えた、自己否定の影。



白髭は若かりし頃の自分を、二人の中に見た気がした。




「まるでそっくりじゃねぇか。」




それは何が、何に……?


白髭が呟いたその言葉は、風が海の果てへと運んで行った。

魂が現世に残るなら
その男のそれはきっとこの海のどこかにあるだろう。

海を愛し
そこで生きた男であったのだから。





言葉は、届いただろうか。









体が…痛い。




「あ、目が覚めた?」




聞こえてきた、優しい女の人の声。
見慣れない天井と、体に慣れた船特有の波の揺れ。




「どこか痛い所、……あるわよね。」
「……ここは?」



天井だけが映る視界に、ひょっこり顔を出した綺麗な看護師さん。


すげぇ美人だな。


ただ純粋にそう思った。


「ここはモビーディック号。白髭海賊団の船よ。」
「え”……。」


なんでそんな所に居るんだ。
そしてなんでこんなに体中が痛いんだ。














あれ?




「…エース!!エースは!?」
「彼は隣の部屋で寝てるわ。とっても重症だ……」


看護師さんの言葉も途中に、ベッドから飛び起きた。
起き上がっても立ち上がっても、体が軋むように悲鳴を上げる。

でもそんなこと言ってる場合じゃない。
白髭と戦う前からあんなにボロボロだったのに、更にあんな無茶をしたエース。

看護師さんが重症って言ってた言葉は聞こえた。
無事なんだろうか。


扉を開けて外に出ると、またすぐその隣の扉を開ける。
そこはさっきまで私が寝ていた部屋と同じような作りの、簡易ベッドと医療器具しか置かれていない殺風景な部屋。


そのベッドの上に、青白い顔で横たわる見慣れた人物。


「エース!!」


かけよって頬に触れれば、そこからは確かに体温を感じられて
静かな寝息もしっかり確認できた。


いつもイビキ掻いて寝てるから
静かに目を閉じているその様子を見た途端、全身を嫌な予感が駆け巡った。


生きてる。




良かった。
本当に良かった…!






「心配ばっかりかけるんだから…!もうっ!生きてるなら起きろっ!!」


少し顔色は悪いけど、平和そうな顔で寝てるエースになんだか腹が立って
その頬を往復ビンタでひっぱたきまくる。


んぅ、とくぐもった声を上げて顔をしかめるけど、その目が開くことはなくて。

でも反応があるなら起きるかもしれないと思って
心配かけられた分の恨みも込めて頬を打ちまくった。






「一応怪我人だよぃ。寝せとけ。」


腕を掴まれ、止められた事に驚く。
気配なんて全く感じなかったから。






眠そうな目をした、中々奇抜な髪型の男の人。

そう、アレみたい。
パイナップル。


「俺はマルコ。白髭海賊団一番隊の隊長だよぃ。」
「…ロレイシル・ウイ、商人です。」


何番隊とかあるのか。
格好いいな。

さすが大海賊団だ。
一番の隊長ってことは、この人実は物凄く強いんだろうか。


「起きたら連れて来いって親父に言われてる。行くよぃ。」


エースをひっぱたいていた腕を離されると、着いてこいとでも言いたげな目線を投げ掛けられた。


正直、行きたくない。
エースと一緒にここに居たい。


どうせ行くならエースも一緒が良い。


あの時はなんだかやけくそだったし、あの状態の時はいつでも
怖いとか、そういう気持ちが起きないから平気だった。


「取って食ったりしねぇよぃ。ほら。」


恨めしそうにパイナップル、いやマルコさんを睨みながらその場を動けずに居ると
仕方ねぇなってため息と共に手を差し出された。






いや、とらないし。
手とか繋がないし。






子供扱いなのか何なのか分からない。
けど私達はそんな友好的な関係ではない筈だ。


キッと睨むようにその顔を見上げれば、再びため息を吐かれる。


「そんな威嚇すんなよぃ。折角可愛い顔してんのに。」


なんだこいつ、良いヤツか?


ぽすりと頭に感じた重みが、優しく髪を撫でた。
その手は温かくて、この人があの驚異的な力を誇る海賊の一味だって事を一瞬忘れそうになる。


「エースと一緒に後からじゃ、ダメ?」
「知らないよぃ。俺は連れてこいってしか言われてない。」


つまり、なんだ?
連れてくから自分で聞けってことか。

なんだか悪い人には見えない。
髪型変だし、しゃべり方も変だし。


そうだ、変な組織にもいい人は居るって、この前ロイやクザンさんと話して思い直したばっかりだ。


偏見は良くない。
怖いけど、とりあえず行ってみよう。


ちらりとエースの方に目を向けると、その頬は私がひっぱたいたせいで若干腫れてる気がした。



手当ても、してくれたんだもんね。


覚悟を決めて頷くと、マルコさんが行くか、と扉を開けた。

942


destruct at reality.