11-7


「ウイのあれって何なの?」
「あれって何なの?」


モビーディック号と言うらしいこの船は、フリーウィングなんて比にならないくらい大きな船だった。

白髭が居るらしい場所に辿り着くまでに、沢山の人たちとすれ違う。
それは見るからに海賊っぽい人だけじゃなく、本当に海賊なのか疑わしい人達も。


「親父に飛ばしてた覇気。あれは驚いたよぃ。」
「私も驚いたよぃ。」


なんだか、分かる。
この人はこうやってふざけて返しても怒らない人だ。

結構年上なんだと思うけど、大丈夫な人。
そう!なんだかシャチに雰囲気が似てる。


その証拠に、私のふざけた返事に声を上げて笑ってた。


「良い性格してるよぃ。」
「性格良いんだよぃ。」


周りから向けられる好奇の視線は少し居心地が悪かったけど、それ例の邪々馬?って道行く人達がマルコさんに声をかけていく。


なんだ。
例の邪々馬って。


納得行かないその呼ばれ方を不服に感じつつも
怪我もう良いのかって気軽に声をかけてくれる感じが、やっぱり悪い人たちには見えなかった。












こんこん


「親父!女の方起きたから連れて来たよぃ!」
「入れ。」




マルコさんがドアを開けてくれて、中に通される。

そこは、絵に書いたような海賊の船長室。
薄暗い室内には骸骨やら宝なのか分からない珍しそうな物が壁一面に陳列されていて
ゆらゆらと揺れる蝋燭の明かりが怪しげな雰囲気を助長していた。
中央にある大きな机と、革張りの椅子にどっしりと腰かける

白髭。



ああ、薙刀持ってなくてもこの威圧感。
やっぱりこの人、怖いかも。



「じゃあ俺はこれで。」
「え!?」


マルコさんにすがるような視線を向けるけど、頑張れよぃ!とそのまま部屋を出ていってしまった。









しーん










そう、しーんだ。
しーん。






呼んだんだから何か喋れよと思い、恐ろしくて目を向けられずにいたその人へと顔を向ければ
その人は、白髭は
達観したような、余裕たっぷりの表情で笑ってた。



なんだか、あれを思い出したの。





エースを見つめる、レイさんの

優しい目。






「威勢が良いのは昨日で終いか?」
「私はいつもおしとやかな方です。」


私の返答を聞くなり、白髭は豪快に笑いだした。
グララララって。

特殊な笑い方する人だ。
ふざけてんのか?


「体はもう良いのか?」
「お陰様で。全身バシバシ痛いです。」


再び笑い出すこの人は、笑いのツボ浅すぎるんじゃないだろうか。

凄い大ボリュームの笑い声は、その迫力のせいでいちいちびくっと驚いてしまう。

でもなんだか、威厳みたいなのは今もやっぱり感じるけど
怖いって風には感じなくなってた。


「これに懲りたら無茶はやめるんだな。」
「どうして……助けたんですか?」


殺されたかった訳じゃないけど。


でも真正面からもの凄い恐ろしい気を感じて、正直死んだかと思った。


死んで当然だった。


エースはそれだけの事をしたし、私だってこの人に歯向かった。


「孤独か…嬢ちゃん。」


聞こえてきた言葉は、想定していたどれにも当てはまらなくて
驚いて目を見開く。


「あの坊主も同じだな…反抗期か。」


何言ってんだろう、この人。
話の脈絡がなさすぎる。


でもなんだか、顔は相変わらず怖いのに
やっぱり目が

私を見下ろすその目が優しくて
なんでか知らないけど涙が出そうになった。


「この船に乗ってんのは、皆俺の大事な息子達だ。」


そう言えばエースにも、息子になれって言ってた。


「皆同じ、元は世間にゃ必要とされねぇはみ出しもんよ。」









「なぜはみ出した?なぜそうなった?…俺には聞こえちまうんだよ。」









「滅茶苦茶な行動の裏にある、寂しいって思いが。」


何が、言いたいんだろう。

少しの期待と、そんな訳ないって思う気持ちが葛藤してる。


私はこの人に何も言ってない。
そう長い時間を過ごした訳でもない。


そんなこの人が
私の事を分かってる筈なんて、ない。


「その目だ…周りを警戒する目、顔色を気にする目。…昔の俺に、そっくりだ。」


今までだってうまくやってきた。
気付かれないように、気取られないように

上手くできてた。
周りは皆、私の外面に騙された。


「俺の娘になれ、嬢ちゃん。ここにはおまえを否定するヤツなんて…一人もいねぇ。」


頬を、温かい何かが伝った。
鼻を啜って初めて、自分が泣いてる事に気付いた。





その後の事は、あんまり覚えてない。

泣いてるって分かったら、余計止まらなくなって。

最初は怖かった筈なのに
殺されるとすら思った相手なのに
仕方ねぇなってでも言うように手を拡げるその人を見て

普段だったらそんなこと絶対しないのに
できないのに



その胸に飛び込んで、声を上げて泣いた。



なんで信じられたのかは、分からない。



私にはいつも
聞こえないふりをしてる心の声がある。



“良いな”

“羨ましいな”

“あの人ばっかり”



欲しいと思うものを、私はいつも持っていなかった。
羨ましいと思う僻みに、いつでも蓋をしていた。



一番欲しかったものって、何かな。




もしも願いが叶うなら
絶対に実現しないような願いも、もし叶うのなら




私は自分を愛してくれる父様が欲しかった。



自分を否定しない人に、この気持ちを分かって欲しかった。



切ろうと思っても切れない
見えない絆で結ばれた家族っていう存在が


ずっとずっと


ずっと、ずっと欲しかった。






わんわん泣き叫ぶ私に、白髭は何も言わなかった。


それがかえって、言わなくても分かってくれてるって
受け入れてくれてるって思えて
また涙を込み上げさせる。


ただ規則的にあやすように背中を叩くそのリズムは
昔、母様がそうしてくれた時のそれを思い出させて


その温かさを離さないように、すがり付くように、
白髭の服を握り締める手に力を込めた。


どくん、どくん、と規則的に聞こえるその鼓動は
私をとても安心させてくれた。






















こんこん


「親父!まだかかりそう?」
「入れ。」


いつまで経っても戻ってこないウイの様子を気にかけたマルコが、再び船長室の扉を叩く。


言われるがままに扉を開けて、飛び込んできた光景に
マルコは思わず頬を緩め、そして吹き出した。


「親父、それは中々犯罪的な絵面だよぃ。」
「海賊やってんだ…お誂え向きじゃねぇか。」


そこには白髭の膝に腰かけ、胸に体を預けるように眠るウイの姿が。
泣き腫らした目とその様子に、マルコは事態をなんとなく悟った。


この船に居る者達は、大なり小なり
訳有りなことを彼もまた、身をもって知っていたから。





「エース、まだ起きないのかなー。」
「親父の鉄拳腹に食らったんだよぃ。生きてるだけで褒めてやれ。」


モビーディック号で生活するようになって、一週間が経った。

白髭海賊団の皆は私を歓迎してくれて、目が覚めたあの日の夜の宴で
白髭から正式に娘だ!って紹介された。

なんだか、娘って呼ばれる事がこそばゆくて恥ずかしい。
そしてエースがまだ目を覚まさないっていうのに
暢気にお酒なんて飲んでて良いのかなって、少しの罪悪感も感じた。


「でも私、海賊にはならないからね!」


そう言った私を、皆は流石邪々馬って囃し立てた。
ウイって名前で呼んでくれる人以外が、私のことをお嬢って呼ぶようになったのは
きっと最初に私を邪々馬って言った誰かのせい。


私が白髭を何て呼ぶか、他の皆みたいに親父かなって思ったけど
女の子がそんな口利いたらだめだって皆が怒りだして


私の中の父親を表す言葉って、悔しいけどそれは“父様”だ。
でも、この人をそんな風には呼びたくなくて

ふざけてパパって読んでみたら、そりゃあ良いってあの盛大な笑い声を響かせた。


パパ。
なんか、良いなって自分でも思ったんだ。



あとね、流石は私のフリーウィング。
モビーディック号で移動する私にあの子は着いてきて。

それに引き連れられるようにやって来たスペード海賊団の皆が
エースの仇!
ウイを返せ!ってリベンジマッチを仕掛けて来た。


面白ぇから隠れてろって。
殺さねぇからって言われて、皆に会いたい気持ちを抑えながら、その様子を影で見守ってた。


相手をしてたのはマルコ一人で、青い翼を身に纏って自由自在に飛び回るマルコは

あっという間に全員を倒してしまった。


それでも引かない皆に、エースも私も生きてるから後で連絡させるって皆を宥めて
一旦皆は退却していったんだけど。


「どうせ生きてるって教えるなら、私出て行っても良かったじゃん。」
「男の覚悟は見届けるもんだよぃ。」


よく分かんないけど、そんな事もあったんだ。

私が離れてる隙に、いつものペンギンの定期連絡がきてたみたいで
出られなかった理由を再び吐かされてしまった。


モビーディック号で過ごす毎日は、穏やかで楽しいものだったけど

早くエースが起きてくれないかなって、毎日そればっかり考えてた。







体が、痛ぇ。

しかも腹が、なんか重い。





夢を見た。

真っ暗な暗闇の中に、ぽつりぽつりと浮かぶ白い光。
目を凝らしてそれを見れば、そこでは仲間達や、ルフィや、サボや、昔世話になった山賊のダダン、そしてウイが笑顔を向けていた。


それが一つ、また一つと弾けるように音を立てて消えていく。


徐々に暗くなる辺りの様子に、俺はただ焦ってた。


『エース!』


呼ばれた声に振り返れば、そこには最後の一つになった光。
その中で、ウイがいつものようににこにこ笑ってた。


そっと手を伸ばせば、その光もまた
音を立てて消える。


前も後ろも、上も下も分からない暗闇の中で
自分が立ってるのか、浮いてるのかすらもわからなくなって足がすくむ。


何もない。
誰もいない空間。








『アァッ!?そんなガキ存在でもしたら即刻ぶっ殺すに決まってんだろ!!』


『そして言わせるね!!生まれて来てごめんなさいって!ゴミでごめんなさいって、なァっ!!?』


『しっかし物好きな女もいるよなァッ!?よくそんなカスにしかなんねぇモン産もうと思ったモンだ!!』


『頭狂った両親から生まれた最悪のガキ!!笑えんなァ!?それは一体どんなクズだ!?』











力だ。
力が要る。

腐った連中にバカにされねぇだけの、誰よりも強い力が。



誰にも脅かされない。
誰も俺をクズともゴミともカスとも呼ばせない。

誰よりも自由で誰からも恐れられる存在。
それが海賊王。














嫌な、夢だった。

なんであんな夢、見たんだ?


目の前に広がる暗闇は、これがまだ夢の続きなのか否かを曖昧にする


「んぅ…。」


聞こえてきた声にはっとする。
それは重たい腹の上から聞こえて来て、今更ながら気付けば、左手を暖かい何かが握っている。


軋む体を起こして暗闇に目を凝らせば、腹の上ですやすやと寝息を立てているウイが、しっかりと俺の手を握り締めていた。




ずっと、着いててくれたのか?
っつーかここ、どこだ?

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destruct at reality.