11-8
とりあえず、俺は死んでないらしい。
そんでもって、ウイも生きてて寝てる。
痛む体には至るところに湿布や包帯が巻かれていて、手当てされている。
そして僅かに感じる波の揺れ。
俺たちは助けられて船の上にいることは間違いない。
腹の上で眠るウイの髪を指で掬ってみると、柔らかい感触のそれは指をすり抜けてさらさらと落ちていってしまう。
寝てんの起こすのも悪ぃし、こんな形でも引っ付かれてるのは嬉しい気もしなくない。
アイツらは無事に逃げられたんだろうか。
どうすることも出来ずに、ただぼんやりと仲間達の今を考えた。
最後にアイツらの姿を見たとき、無傷って訳じゃねぇけど
ヤバそうなヤツは居なかった気がする。
とんだ迷惑をかけちまったと思うと、アホな船長を持ったアイツらに心から同情したくなった。
「んー?…うん、あっはっは!」
突如聞こえてきたウイの声に度肝を抜かれる。
その後また静かな寝息しか聞こえて来ない所を見ると、あれは寝言だったようだ。
中々酷い。
でもそこも可愛い。
助けに来てくれて
こうして着いててくれて
ウイは俺をどれだけ骨抜きにすれば気がすむんだろう。
「応えるつもりなんて、ねぇくせに。」
頑固で気紛れで
女としてどうかと思うような笑い方するし
ハリセン持たせれば本気でぶん殴ってくるし
寝言キモいし
人の事バカにするし
俺にはあんなとろけるような顔、絶対しねぇし
『エース!』
ウイのこと考えると、いつでも決まって最初に浮かぶのは笑顔で名前を呼ばれる、そんな姿だ。
いつもにこにこ笑ってて
本当は寂しがり屋で
気にしぃで
誰よりも優しくて
強くて
握られていない方の手でそっと唇をなぞると、食いもんと勘違いでもしてんのか指を軽く啄まれた。
今更だけど
この体勢と状況はちょっとやべぇ。
下半身に集まろうとする熱を、他の事を考える事で必死で拡散させた。
「エース!!目、覚めた!?」
「……はよ。」
結局昨日はあのまま寝ちまったらしく、再び目を開けた時にはウイの嬉しそうな笑顔が視界に映った。
ちょっと看護師さん呼んでくるね!と部屋から出ていったウイを見送りつつ
俺昨日よく寝れたなって
我ながら自分を褒めてやりたい気分だった。
ウイは美人ナースと眠そうな顔の男を引き連れてすぐに戻ってきて、診察される俺をにこにこしながら見てた。
「ずっと着いててくれたのか?」
「うん!!」
「嘘付けよぃ。」
バラすな!ってじゃれ合うウイとその男は、中々既に打ち解けている雰囲気がある。
誰だ?このオッサン。
「起きれるかよぃ?」
「……ああ。世話になった。」
取り敢えず助けて貰った礼は言うとして、ここはどこでこいつは誰なんだ。
「なら、着いてこい。親父がお前を呼んでるよぃ。」
「…おや、じ?……おいウイ、ここどこだ?」
「モビーディック号。」
なんだそりゃ。
きょとんとした顔でそう答えるウイに、それじゃ分かんねぇよぃって眠気眼の男が茶々を入れる。
馴れ馴れしいのは気に入らねぇけど
実際分かんねぇ。
「ここは白髭海賊団の船だよぃ。」
「…ハァアアアッ!??」
なにがどうなってそうなった。
そういやなんか、息子になれとかふざけたこと抜かしてやがった気がする。
本気なのか?
いや、ふざっけんなッ!
「ウイ!!行くぞッ!!ここを出る!!」
「ちょっ、…エース!!」
ウイのヤツも何へらへら打ち解けてんだ。
息子だか何だか知らねぇが、誰かの下に付くなんてまっぴらごめんだ。
それじゃ意味がねぇ。
扉を開けると、日差しの眩しさに目の奥が痛んだ。
辺りには島の一つも見えやしない。
見たところでけぇ船だ。
買い出し用の小舟の一隻や二隻積んでんだろ。
「お!?目ェ覚めたか!!弟!!」
「死んだかと思ったぜ!!なんてったって親父の鉄拳モロに食らったんだからなァッ!!」
知らねぇ連中に周りを取り囲まれると、ガハガハ笑って肩まで組んで来やがる。
何知らねぇとこで勝手に弟にしてくれてんだ。
「俺はおまえらなんかの仲間にはならねぇっ!!」
鬱陶しい連中の腕を振り払って、腹の底からそう叫んだ。
「そっかー。やっぱそうだよねー。なんでマルコ分かったの?」
「うちに来るヤツ、大体最初はああなるよぃ。」
飛び出して行ってしまったエースを見送りながら、マルコとぼんやりそんな話をしてた。
確かに私も、起きたばっかりの時は混乱してた。
皆を敵だと思ってたし、パパがあんな人の心を見透かす超能力者みたいな人だとは思わなかった。
マルコに言われた通り、フリーウィングを離れた所に放流しておいて良かったと思う。
あんな調子で船を見つけたら、エースは帰るって聞かなかったと思うから。
「さて、どこまで粘るかな。」
「粘るって?」
ちらりとマルコに目を向ければ
扉の外の喧騒に目を細めながら、優しそうな顔を浮かべて笑ってた。
「男ってのは中々、一度決めた事を覆せねぇ生き物なんだよぃ。」
それはなんだか、身近にそんなことをよく言う人が居るから凄く納得できる。
ロー、元気かな。
最近あんまり声も聞けてない。
また目の下の隈、濃くしてないと良いんだけど。
「ウイはどうすんだ?万が一アイツが出てくって言い張ったら。」
「んー……、取り敢えず一緒には行くけど。でも遊びには来るよ!」
なんで白髭海賊団の皆と居ると、居心地が良いのかな。
皆がパパを慕ってて、パパも皆を大事にしてて
それがなんとなく、いつも伝わって来るからかもしれない。
パパは、家族が欲しくて家族で居たいって人を
見つけ出すのが上手なんだと思う。
「でもエースも、パパとちゃんと話してみて欲しいな。絶対エースもパパの事大好きになると思う!」
「嬉しい事言ってくれるよぃ。」
パパは、なんだか特別だ。
あんまり多くは語らない。
でもその少ない言葉の一つ一つが、なんか深い。
全てが見えていて、それを受け入れてくれる。
強くて、格好良くて、頼りになる。
出会ってまだそんなに経っていないのに
パパは私の、自慢のお父さんになった。
そんなパパを慕う、沢山のお兄ちゃん達が出来た。
バキバキっ、どん!
「なに、今の音。」
「初っぱなから派手にやったな。」
呆れたように頭を掻くマルコが、暫く俺らは修繕係だって意味分かんない事を言い出した。
修繕って、何を?
「っうわぁああぁッ!!」
「今日も相変わらず派手だな。」
「死んだか?流石に。」
「…おわッ!!うわわわわ!!」
「おーい!誰か救出班!!」
「今度は船首右舷側に落ちたぞー!!」
「っだぁあああぁっ!!!?」
「これで何回目だ?100いった?」
「余裕で越えてんだろ。懲りねぇなー、アイツも。」
それからと言うものの、何がどうなったらそうなるのか。
降りる島もなければ小舟の奪還も不可能だと悟ったエースは、果敢にもパパの首をつけ狙っては返り討ちにあい続けた。
寝込みを襲ってみたり、大斧で襲いかかったり、それはもうありとあらゆるシチュエーション、武器を使って挑むんだけど
毎回エースの惨敗だ。
とーん!てーん!ちーん!てーん!かーん!
「なんかごめんねー、エースが船破壊しまくって。」
「っとに。…親父がダメなら船沈めようとしてんじゃねぇか?」
吹っ飛ばされては船の至る所を破壊していくエースのせいで、私とマルコは釘と木材、トンカチを持って
モビーディック号の修繕活動に明け暮れていた。
本当にそれなら中々賢いかもしれないけど、ないな。
エースは本気でパパを殺る気だ。
「ってて…。」
「そろそろ諦めたらどうだ?」
本日何回目かの破壊音が聞こえたと思ったら
吹っ飛ばされたエースが、船縁に背中を打ち付けて呻き声をあげていた。
差し伸べてくれる人の手をパチンと叩き落として、そのままどこかに行ってしまうエース。
エースはあれから、私とも口を利いてくれない。
怒らせちゃったのかなって思ってしょんぼりしてたら、違うってだけ言ってくれた。
それはねぇから安心しろって。
ねぇ、それって何?
エースが何でまともに口を利いてくれないのか
なんで避けてるのか
何が違くて、何に安心して良いのか
分かんないよ。
「ねぇエース…パパと話、してみない?」
「話すことなんて…何もねぇよ。」
エースはご飯も自分で貰いに行かないから。
私が二人分よそってもらって、それをエースに届ける。
その時に、一言二言会話が出来れば良い方。
今日は良い方。
持ってきたご飯を一緒に並んで食べてくれてるから。
酷い時は受け取って、そのままどっか行っちゃう。
「エースは、パパのこと嫌い?」
「嫌いとかそういう次元じゃねぇよ。」
え、どういうこと?
次元が違うくらい嫌いってこと?
好きとか嫌いとか、そういう分類をする相手じゃないってこと?
エース語録、分かんない。
「…俺の父親、アイツを昔負かしてる筈なんだ。」
「え…?」
珍しくエースから話し出してくれた事に驚いたけど、その内容に更に驚いた。
エースのお父さん、大悪党って言ってたけど
海賊だったんだ。
え?
パパより強いの?
化け物やん。
「アイツを越えなきゃ、俺は父親を越えらんねぇ。」
「そういうしがらみが、…あったのねー。」
激しく納得。
それは、嫌だね。
なんであんなに頑なにパパに向かって行くんだろうって、不思議だった。
エースだって、あんな素敵なお父さん
絶対欲しいと思う筈なのにって。
そっか。
「アイツだって……、俺がそいつの息子だと知ったら手のひら返す。」
「え?」
「ごちそーさん。」
そう言ってエースはまたどこかへ行ってしまった。
エース、自分で気付いてないの?
さっきパパに手のひら返されるかもしれないって言ったとき
凄くつらそうな、悔しそうな顔してたよ?
「パパなら大丈夫だよ。」
もう聞こえる筈もないんだけど、なんとなく言いたくて口に出してみた。
私はエースのお父さんを知らない。
どんな人かも分からない。
でも、例えその人がどんなロクデナシの極悪人だったとしても
パパはエースのこと息子って、もう思ってると思うから。
あんなに人の痛みが分かる人はいない。
あんなに心の奥底を全部見透かして、それでいて欲しい言葉をくれる人
絶対他にいないから。
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