11-9


もう、何日になるだろう。

そろそろ嫌でも分かってくる。
俺じゃアイツの足元にも及ばねぇ。

いや、そんなん本当は
初めて対当した時から分かってた。










今日は珍しくウイの姿が見えねぇ。

船縁を背に、膝を抱え頭を伏せて今晩は飯は抜きかって諦めてたら
目が覚めた時部屋に来たマルコって呼ばれてる男が俺の傍らに飯を置くだけ置いて去って行こうとした。


「おまえら…なんでアイツのこと親父って呼んでんだ。」


なんとなく気になって、気付いたらそれを口にしてた。


「あの人が…息子、と呼んでくれるからだ。…俺たちは世の中の嫌われ者だからよぃ。」


嫌われ者、ね。
そんなん俺には敵わねぇだろ。


「嬉しいんだなー、ただの言葉でも。……嬉しいんだ!」


素直に嬉しいと口にするそいつが、それを受け取れる立場に居ることが
腹立たしくて、唇を噛み締めた。

どうせアイツも、俺を見限る。
昔自分を負かした男の息子だって、それを知れば俺を息子だなんて呼ぼうと思わねぇ筈だ。


「おまえ、命拾いしてまだこんなこと続ける気かよぃ。」


命拾い。

そうだったな。
俺はそもそも、アイツの情けがなければあそこで死んでた。

突っ立っていた筈のマルコが、目の前で膝を付いた。



「そろそろ決断しろぃ。今のおまえじゃ、親父のクビは取れねぇ。」


それももう、痛い程痛感してる。
寝込みを襲おうが、酒飲んで油断してるとこを狙おうが
クビどころか一撃すらも食らわせられやしねぇ。


「この船を降りて出直すか、ここに残って白髭のマークを背負うか。」


一筋の風が、マストにたなびく海賊旗を揺らした。
十字を背にアイツの象徴である髭を携えたドクロのマーク。






賭けてみるか。
あの男に。







否定されるのは嫌だ。
分かってても、それはいい気はしねぇ。

万が一、億に一つの可能性で
あの男がそれでも俺を否定しないとしても

このまま逃げればそれはなかった事になる。

どうせ言葉ではっきり否定されなくても
聞かなければ、俺はきっとそういう事にする。
どうせアイツも俺自身を見やしねぇって。

情けで救われた命なら死んだつもりで

億に一つの可能性を、信じてみても良いんだろうか。






「なんだ…ハナッタレ息子。まだやるか。」
「…アンタに聞きてぇ事がある。」


こいつは、何点滴なんて繋ぎながら酒ばっかり飲んでんだろう。
年、なんだろうし
どっか悪いのかもしんねぇ。

控えりゃ良いのに。


船長室で杯を傾けるあいつを、蝋燭の炎が照らしてた。


「…なんだ。」
「本気か。俺を息子にって…あんた本気で言ってんのか。」


病人だろうと、老いぼれだろうと、こいつは強い。


「グララララ…、本気も何も…もう息子だ。」
「親の命狙う息子が居るかよ。あんたにとっては遊びかもしんねぇけど…俺は本気でやってる。」


出来ねぇだけで、出来たら殺ってる。
もう何回殺そうとしたか分からねぇ。

そのどれも、俺は本気で殺すつもりだった。


「殺せねぇんだから良いじゃねぇか…おまえに親殺しはさせねぇよ、エース。」
「だから親じゃねぇって!!!」


ダメだ。
こいつの言葉はダメだ。

ふとウイがこいつと話してみろって言ったときの顔や
マルコが息子と呼ばれて嬉しいと笑った顔が思い浮かんだ。


「体当たりの反抗期受け止めるのも…親の役目だろ…グララララ。」


ダメだ…。

なんで、なんでこいつは
欲しかった言葉をくれんだろう。





『たかが言葉でも、嬉しいんだなぁ。』





嬉しい。

こんな本気で命を狙うくらいしょうもねぇ俺のことも、仕方ねぇって笑ってくれるようなヤツだ。


居ねぇよ、こんなヤツ。


白髭は特に俺を口説き落とそうと言葉を並べる訳でもなく
こっちにたまに視線を寄越しては、何が面白いのか、あの特殊な笑い声をあげていた。


言わなきゃいけねぇ。
嬉しいと思えるモンだから。

今言わねぇと、俺はきっと一生言えねぇ。

今ですら、もうこれを手放したくないと思ってるくらいだ。
ここに一度浸ったら、ここの味を知ったら
俺は今以上に手放したくなくなる。


「おい…、俺は……。」


言え。

言っちまえ。
今ならまだ、ここを去れる。


「俺の父親は…ゴールド・ロジャーだ。」




白髭は何も言わねぇ。
表情すら変えねぇ。

聞こえてんのか?


人が一世一代の大告白をしたってのに
事も無げに杯を傾けるこいつの胸中が知れねぇ。


「なんだ…自慢か?」
「ちっげぇよ!!!」


ムキになって反論すれば、バカにしてんのか何なのか
またあの笑い声が聞こえてくる。


自慢な訳ねぇだろ。
こっちはそのせいで今までどんな目にあってきたと思って…!!


「ならそれがどうした。」
「だから!!あんたは昔敵だったんだろ!?恨みとか…あんじゃねぇのか!?」


そんなヤツ、息子だなんて呼びたくねぇだろ。
寧ろ、今からだって殺しておこうとか思うんじゃねぇのか。









「小せぇこと考えやがって。」








は?







「誰から生まれようとも人間皆海の子だ…グララララ!」















全然、笑えねぇよ。








悔しさなのか、嬉しさなのか
出そうになった涙を堪えようとしたのか



分からねぇ。



ただ何とも言えねぇ気分になって、奥歯を噛み締めた。


ウイがこいつを、嬉しそうにパパパパ
呼んでる意味が
分かっちまった。

アイツらがこいつを親父って呼びたくなる気持ちが
分かっちまった。


こんな強くて
色んなしがらみ抜きにして自分自身を見てくれて
受け入れてくれて
許してくれて
それでいて“息子”だなんて呼んでくれたら


そりゃ嬉しいよな
嬉しいに決まってる



「お、泣くか?ハナッタレ。」
「うるせぇくそ親父!!誰が泣くかっ!!」
「グララララ…!!」



変な、笑い方だ…全く。















海賊王になるのは諦めた。
いや、諦めたとかじゃねぇ。

それよりもしたい事が出来た。


俺はこの男を、白髭を、海賊王にする。












親父こそ、海賊王になるべき男だ。



「ねぇパパ、パパはドフラミンゴと取引とかってする?」
「あ?…あの天夜叉か。ああいうのは好まねぇ。」
「…だよねぇ。」


ってことは、残る四皇はカイドウかビッグマム。

どっちなんだろう。
そもそもそれが分かった所で、何か役に立つのかな。


「天夜叉がどうした…あれにはあまり関わるなよ。」
「そんなヤバい人なの?…なんか皆そう言うんだけど、なんで?」


パパと日向ぼっこしながらお酒を飲んでた。

私のお酒、飲んでみて欲しくて
エースが白髭海賊団に入るって言い出したその日にフリーウィングを呼んだんだ。

スペード海賊団の皆もそのまま白髭海賊団に入ることになって、今晩は大宴会になるだろうって思ったから
そこで私のお酒も振る舞おうと思ったのに

パパが今飲むって言うから。


なんか、ちょっと嬉しかった。


「あそこまで捻れた人間を見た事がねぇ。あれは息子にしたいとは思わんな。」
「あー……なんか分かるかも……。」


拗れてるっていうか、凝り固まってるっていうか
ああいう考え方になるだけの何かがあったんだろうなっていうのは感じた。

でも、なんか言ってる事の筋は通ってたし
ただの我が儘とか自分本意っていう風には感じなかったんだけどな。


「ここを離れる時はこれを持っていけ。大抵のヤツはこれで手出しは出来んだろ。」
「あ、…良いの?」


パパがくれたのは、マストで風を受けているものと同じ海賊旗。
確かに、これは何よりも強い威嚇だ。


「ねぇパパ、お酒美味しい?」
「格別だ…!!なんたって、娘の手作りだからな…グララララ!」


本当に美味しそうに飲んでくれてて、見てるだけで嬉しくなる。

パパは凄いな。
お父さんのこと聞いてから、エースが白髭海賊団に入るのは無理かなって、思わなくもなかった。

それが今朝になったらけろっと、パパのこと親父って呼んでるんだもん。



「ウイー!おまえ酒飲んでる暇あんなら手伝え!!」
「えー……。」


今晩の宴の準備で、甲板も厨房も大忙しだ。
宴の準備も楽しそうだけど、もうちょっとパパと話してたいのに。


「行ってこい。」
「…はーい。」


不貞腐れた返事をした私を、パパは笑って見てた。




日が傾き始めた頃から、モビーディック号の甲板では宴が始まった。

私の時みたいに、パパがエースとスペード海賊団の皆を息子だって紹介して
照れたエースがいつものごとく皆から目を逸らしながら何か挨拶じみた事を喋ってたんだと思う。


人が多すぎたせいか、声が小さかったのか、聞こえなかったのは私だけじゃなかった筈なのに
皆そんな事なんてどうでも良いのか、飲めや歌えやの大騒ぎ。


エースを含むスペード海賊団の皆が主に飲まされてて
勘弁してくれって言いながら、飲ませそうな人に絡んで行く様子とかが可笑しかった。
本当に、飲みたがり。


私も飲ませては飲まされ、ご飯を食べたり、皆と話したりって、楽しい時間を過ごしてたんだけど

空が白み始める夜明けの時刻になっても船上の宴の勢いは衰える事はなかった。


少し眠くなって来たけど、まだこの時間を楽しみたい。


少し酔い覚ましに甲板を散歩しようと思って裏手に回ると、丁度モビーディックに繋がれていたフリーウィングが見えた。




ねぇ、信じられる?
私にパパが出来たんだよ。


お兄ちゃん達も、いっぱい出来たの。
ここに居る人達は皆、私と同じように一人ぼっちだったんだって。


だからね、裏切られたくない気持ちとか
帰る場所、居場所が欲しい気持ちは皆一緒なの。


あの時の私が、こんな事想像出来たかな?


夜になると、毎晩泣いてたよね。
母様に会いたくて、父様に愛されない自分が嫌で。


ねぇ、フリーウィングは分かってた?
こうなること。


私、あんなに嫌いだった夜がいつの間にか気にならなくなって
今では明けないで欲しいってまで思ってるんだよ。


パパに見付けて貰えて良かった。
パパの娘になれて、本当に良かった。







フリーウィングは、私の心の声に相槌を打つかのように、時々ゆらゆらと揺れてた。

波のせいだって分かってる。
でも私今気分が良すぎるから、それがフリーウィングの返事だって思っちゃう。




フリーウィングも、私の大事な
家族だもんね。




っパーン!





一筋の風が、フリーウィングのマストに掲げられた旗を、綺麗に張らせるように吹き抜けた。



一瞬呆気に取られて、すぐに笑いが込み上げる。



ほら、やっぱり。
返事してくれてるんでしょ?

ありがとう、これからもよろしくね。



957


destruct at reality.