12-3
「それで?…今後のご予定は?」
「…考えてねぇよ。」
あら、そう。
エースはずっと、甲板で水平線の先を睨み付けているままだった。
私はただ、その様子を見つめてた。
船を出してすぐ、鬼のように鳴り響くでんでんむし。
見覚えのあるパイナップルヘアー。
でんでんむしの通信について勉強してみて、なんとなくその仕組みについては理解できたんだけど
通信相手に似るこれだけは理解出来ない。
どうせ戻ってこいって説教されるだけだと思って無視してた。
サッチの為にも、パパの為にも。
…違うな。
自分の為だ。
私がただ、許せない。
大事な家族を殺して逃げたティーチ。
それに…
どうせエースも引く気はないから。
エースは仲間を大事にする。
責任感が強い。
仲間を殺されて、殺した相手が自分の部下で。
いくらパパが特例だって言ったって、エースはそれじゃ許せない。
ティーチのことも
自分のことも
沢山支えて貰った。
沢山助けて貰った。
初めて弱音を吐ける場所が出来た。
今度は私がエースを支える。助ける。
何も出来なくても、一人になんてさせない。
無駄だよ。
戻らないよ。
心の中でマルコにごめんねって謝りながらでんでんむしを眺めてたら
マルコのパイナップルヘアーを模したその形相が、髭を携えた格好に変わった。
…パパだ。
「…もしもし。」
『困った所で強情なのは変わらねぇな。』
この邪々馬娘が。
呆れたような、困ったような、そんな声だった。
勝手言って飛び出したのに、パパの声は怒るでもなくどこか優しい。
「無茶はしないよ。」
『…俺も息子達も、ティーチに怒りを感じねぇことはねぇ。』
それは、分かってる。
特例だって言ったって許した訳じゃないことも。
『おまえらが心配だ…戻れ。……何かが引っ掛かる。』
パパにここまで言わせてるのに
でも引けない自分が居る。
これはきっと私の我儘。
折角手に入れた家族を、自慢の家族を
踏みにじったティーチが許せない。
「エースを一人で行かせるよりは…私もついてた方が安心でしょ?」
『どっちもどっちだな。』
私エースよりは血の気多くない。
即答された事に若干の不満を感じつつも、パパから見たらそう思われても仕方ない現状証拠達を思って頭を抱えた。
きっと、出会った時のあれのせいだ。
『止めても聞かねぇか?』
「…ごめんなさい。」
なんだか、親孝行とか考えてた自分が恥ずかしい。
こんなのただの
我儘で押し付けだ。
『何かあれば必ず言え。言うこと聞かねぇアホンダラ共でも…大事な娘と息子に変わりねぇ。』
「…パパ。」
パパの広すぎる心に自分の小ささを思い知りながら
心がじんわり温かくなっていくのを感じてた。
本当に
この人の娘になれて良かった。
何か分かれば連絡するって伝えて、でんでんむしを切った。
あのでんでんむしの事をエースにも伝えた方が良いかなって思うんだけど
なんだか話しかけられる雰囲気じゃなくて。
これからどうするかも考えてないらしいのに、ただ宛もなく船を走らせているこの状況もどうにかしなければ。
「エース?」
「悪ぃな、付き合わせちまって。」
こっちを見ないままそう口にしたエースは、照れてるとかとも違うけど
きっと私と顔を合わせづらいんだろう。
「おまえのことは…絶対俺が守るから。」
なんとなくだけど
サッチは他の隊の隊長でエースの部下ではないけど
きっとエースは今、サッチを守れなかったことを後悔してるんじゃないかなって思った。
「…じゃあ、エースのことは絶対私が守るから。」
気のせいかもしれないけど、エースの肩が少しだけ震えた気がした。
それでもこっちを向いてくれることも、何かを話してくれる気配もなくて。
今はそっとしておこう。
そう思ってエースを甲板に残して船室に戻った。
私もブラーヴェに休暇の申請をしなきゃいけない。
後は各島の店舗にティーチの聞き込みだ。
意気込んでる割に何の力もない私は、情報を集めるくらいでしか役に立てないから。
エースの気持ちが落ち着いた時、進もうって決めた時
それをアシストできる情報を少しでも揃えなければ。
眠るように目を閉じて横たわるサッチ。
それに涙しすがり付く4番隊の隊員達。
そこで聞こえてきたあの言葉。
『ティーチだ!アイツが隊長を…!!』
何かの間違いだと思った。
でもそう口にしたヤツはその現場を見たらしい。
背後からサッチの心臓を貫く、ティーチの姿を。
そしてそのまま闇に乗じるように姿をくらましたと。
それを証拠付けるようにティーチの姿は見当たらなかった。
俺の責任だ。
ティーチがんなことしでかすヤツとは思いもしなかった。
親父の縄張りを取り戻して、更にそれを広げて
敵対していた海賊団を従えさせて
船に戻れば仲間達とその喜びを分かち合って
隊長になって
それまで以上に仲間だと、家族だと認めて貰えた気がして嬉しかった。
上がった懸賞金を見たとき、これまでと違った気持ちが胸にあった。
親父の戦力として、俺はこれ程の価値がある。
自分の為だけじゃねぇ。
俺はそれが何よりも嬉しかった。
親父がそれを生意気だと言いながらも
その晩いつも以上に上機嫌で酒を飲んでいたのが、嬉しかった。
親父が居て
頼もしい兄弟達が居て
エイト達も、元スペード海賊団の仲間達も居て
ウイも頻繁に顔を出して
何もかもが上手く進んでいたことにうつつを抜かした俺は、その予兆に気付けていなかったんじゃねぇのか?
サッチの死は、アレは防げた事だったんじゃねぇのか?
例え親父が特例だと言っても
これは許したらいけねぇことだ。
一人になって
俺の不満を宥めるヤツも、止めるヤツもいなくなって
気の済むまで考えて出た結果はやっぱり変わらない。
気がつけばもう空は暗くなっていて、長いこと一人で浸っていた事に気が付いた。
ウイはどうしただろう。
反対を押しきって船を出た俺に着いてくると言ったあいつ。
ウイもつらい筈だ。
サッチは面倒見の良いヤツだった。
懐いてたウイは、人一倍サッチの死に心を痛めてるに違いねぇ。
振り返った先の船室から漏れる明かりはそこにウイが居る事を示していて
散々一人で考え込んでた癖に、一人になりたかった癖に
そこに居てくれる存在にほっとしてる自分が居る。
後悔もした。
やるべき事も決まった。
あとはこれを行動に移すだけだ。
少しすっきりした頭で扉を開ければ、真ん前のダイニングテーブルに突っ伏しているウイの姿。
寝てんのかって思って、時計に目を向ければ
もうとうに日付は変わっていた。
俺はそんなに長いことあそこに居たのかと思い、周りの見えなさに自嘲が漏れる。
ウイの突っ伏しているテーブルの上には
でんでんむしとメモやら手帳やらが散乱していて
バツで消された文字達はよく見れば新世界の島の名前
それはどれもブラーヴェの店舗がある島。
「情けねぇな…。」
俺が一人物思いに耽っている間に、ウイはティーチの情報収集を始めていたらしい。
そして傍らには、ラップをかけられた飯。
何から何まで、本当に頭が上がらねぇ。
「ウイ起きろ。風邪引く。」
「…うん。」
返事はあるのに起きる気配がない。
これはあれか。
寝言だ。
取り敢えずブランケットを肩にかけてやって、こんな状況でも減る腹を満たす為に用意して貰った飯を頬張る。
伏せられた目を縁取る長い睫毛と、小さく上下する細い肩。
目の前に居るのは自分が好きな女だ。
小せぇ癖に、弱い癖に
誰よりも大きくて強い。
よく考えればフリーウィングに来るのは暫くぶりで
親父の船ではいつも誰かが居て、常にふざけて騒いで笑いあって
それもそれで楽しい時間だった。
二人きりなのも、こんなに静かなのも久しぶりで
なんだか妙に意識してしまう。
相変わらず旨い飯をペロリと平らげ、空の皿を流しに運びながら
ふとそんなことを思った。
いい加減起こさねぇと。
肩を掴んで揺するものの、能動的に動くだけでウイが目を覚ます気配はない。
それどころか、バランスを崩して倒れこんで来た。
「うおっ!…っぶねーな。」
椅子から転げ落ちる前にその軽い体を抱える。
鼻を掠めた細い髪は
どこか懐かしい気がする、自分の好きな彼女の匂い。
全体重を惜しげもなく預けてくる体の柔らかさに、胸がドクリと跳ねた。
落ち着け、俺。
状況を考えろ。
今はんなこと考えてる場合じゃねぇ。
取り敢えずこのまま朝までってのは
体勢的にも精神衛生的にも大変よろしくない。
よくこの体勢で寝続けられるもんだと半ば呆れながら
ウイの膝裏に手を差し込み、抱えあげて2階へ向かう。
寝かせよう。
部屋で。
ウイは未だにあの愛想ねぇくそ医者野郎にぞっこんだ。
それに加えてこのタイミングで手なんか出そうもんなら、間違いなく軽蔑される。
階段を昇る道中、その振動のせいなのか寝ぼけているのか
ウイが頭を胸に擦り付けて来る。
その仕草を可愛いと思いつつ、寝てんのを良いことにその頭に凭れるように顎を乗せてみた。
起きてる時は絶対してくれない。
俺起こしたし、思い止まったし、それに今は誰も見ていない。
部屋に着くまでの少しの間だけなら良いんじゃねぇかと、誰に咎められた訳でもねぇのに自分に言い訳をしてみた。
あっという間に着いてしまった部屋。
目の前にはベッド。
これは是非ともこのまま襲いかかりたいシチュエーションだ。
布団を捲って暫く、俺の理性と本能の葛藤は続いた。
このまま手を出しちまっても、満足するのはほんの一瞬
その後ウイが俺に向ける目は今までのそれとは確実に変わってしまうだろう。
落ち着け、俺。
体が欲しいんじゃねぇ。
欲しいのは気持ちも心も引っ括めた、ウイの全部だ。
ならば俺の取るべき行動は、ウイを寝かせてここを去ること。
でもこんなチャンス今後あるか?
もたもたしてたらウイはアイツに抱かれちまうかもしれねぇ。
この先ずっと心も体も手に入らねぇなら
体だけでも一度だけでも、それを得られた方が良いんじゃねぇか…?
そもそも
直接聞いた訳じゃねぇけど、ウイってまだ処女だよな。
この体は、まだ誰にも触れられてはいない筈。
なんで今そんな事を考えた、俺。
すやすやと寝息を立てるウイは汚れを知らない天使のようで
それを腕に抱く自分がこんな浅ましい欲で頭を一杯にしていて良いのかと罪悪感に苛まれた。
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