12-4
……出来ねぇ。
んなおっそろしいこと。
天下の白髭海賊団の隊長の名が泣くな。
嫌われるのが怖くて手も出せねぇ。
ヤって手に入るものと
それと引き換えに失うもの。
冷静に考えれば分かる事だ。
ヤりてぇ欲は存分にある。
それが好きな女なら、ずっと思い続けている女なら尚更だ。
でもダメだ。
俺が今ウイの中で特別でいられるのは、同志だから。
その関係のバランスを崩しちまえば、俺はその辺の男となんら変わらない存在に墜ちる。
いや寧ろそれ以下だ。
向けてくれる笑顔を、信頼を失うくらいなら
ウイをここに寝かせて下で抜く。
それで万事解決。
離しがたいこの温もりも、このままこうしていれば決心が鈍る。
さっさと下に戻ろう
そう思ってベッドにウイをそっと横たえれば
寝具から香るのは甘いウイの香り。
耐えろ、俺。
そっと手を抜いて、名残惜しいその温もりを手放そうとすれば
ガシッ
ウイの腕が、すがり付くように俺の首を捕らえていた。
気が動転したのと、油断
倒れこんだものの、ウイを潰さねぇように両腕でなんとか踏ん張る。
ベッドで、好きな女に抱きつかれる。
夢にまで見た状態。
本人寝てっけど。
首元に埋められた顔は見えねぇ。
でも規則的に聞こえてくる寝息が、ウイがまだ夢の中だという事を教えてくれた。
僅かに残る理性が、首に回された腕を放させようと試みるものの
がっしりホールドされたそれがほどける事はない。
寝汚ぇ。
睡眠に貪欲過ぎる。
全く起きる気配もないのに、無理な体勢で眠らせるのも気が引ける。
そっと体を支えていた腕の力を抜いて、しがみついてくる頭の後ろに腕を滑り込ませるように一緒にベッドに横たわった。
寝心地が良くなったのか、首に回された腕の力が弛む。
今の隙に離れねぇと本気でヤバい。
俺の自制もそろそろ限界だ。
「……んぅ。」
こっちの気等知らないウイが、あろうことか脚を絡めるように身を摺り寄せてきやがる。
嬉しいけど、これはヤバい。
さっきあんなにまでして立てた決意が、脳内で音を立てて崩れ去るのを確かに感じた。
これはウイが悪い。
絶対にウイが悪い。
首元に埋められていた顔をずらしてこっちを向かせれば、すやすやと眠る無防備な顔。
僅かに開いた唇から覗く赤い舌に、ごくりと喉が鳴った。
腕枕、してみたくてしてみたものの
こうなっては自由の利く腕が一本しかないことが戻かしい。
互いの吐息の湿り気まで感じるこの距離に
どこの童貞だよと突っ込みたくなるほど心臓の音が煩く響いていた。
着ているTシャツの裾から手を滑り込ませれば、触れる肌は驚く程柔らかく滑らかで
その感触を確かめるように体の曲線をなぞる。
「…んぅ…?」
くぐもった声と同時に、首に巻き付く腕にぎゅっと力が籠る
只でさえ煩い心臓が殊更強く跳ねた。
なんか抱き付かれてるみてぇで、甘えられてるみてぇで
とんでもなく可愛いんだけどどうしよう。
いつかあの野郎がウイにキスさせた時の映像がふっと頭を過る。
ウイからってのとは違ぇけど
なんかこの体勢、ねだられてるみてぇだ。
勝手に脳内で妄想を付け足して、ウイの唇に顔を寄せた。
鼻同士を仲良く重ねて、あと僅かで唇が触れ合う、そんな距離。
腕枕にしてる腕でウイの小さな頭を抱えるようにそっと耳をなぞる。
擽ったそうに身を捩るその様子も
普段は触れられないような場所に触れられる事も
それだけでとんでもなく興奮してる自分がいる。
背中の肌触りを堪能していた手が、邪な思惑を実行せんと配置に着く。
触れるか触れないか、あの一番ぞくりとくる触れ方。
変態でごめんと心の中でウイに詫びを入れて、背筋に指を走らせた。
「んっ…。」
先ほどと同じく込められた腕の力は
思惑通りウイの唇を俺の元へ届けてくれた。
何やってんだ、俺。
自分で仕掛けておきながら自分に呆れる。
俺もウイからキス、されてみたかった。
前に一回しちまったらしいけど俺覚えてねぇし。
俺にとってのウイとの初めてのキスは、可愛いウイに抱き付かれてねだられて、ウイからしてくれた、そんなキス。
超贅沢。…本人寝てっけど。
受け止めた唇を啄むように味わった。
柔らかくて甘い気がするそれに、夢中だった。
僅かにあった起こしたらどうしようと思う気持ちは
いつからか早く起きねぇかな、に変わってた。
啄むだけのキスに焦れて、その中に舌を伸ばせば
唇とは比べ物にならねぇ柔らかさと熱。
目は覚まさないものの体は無自覚に感じてんのか
時折ピクリと体を強張らせたり、鼻を抜ける寝息とは違う吐息に悦んでる自分がいる。
起きたら羞恥も加わってもっと派手に、もっと可愛い反応を返してくれそうだ。
いや、泣かれるか?
本人が決して喜ばないこの状況。
分かっている筈のそれは欲の前では、どうも都合良く隅に追いやられる。
唇を離してまじまじとウイの顔を見つめてみた。
俺ら以外に誰も居ないこの空間で、腕の中で無防備に眠る愛しい女。
初めて会った時も、可愛いとは思った。
笑顔で接客するウイも、それより前に手配書の中で見かけたウイも。
でも知れば知るほど、好きになればなるほど
それまで以上に可愛く見える。
顔も好き
この柔らかい体も好き
声も好き
元気なとこも
人懐っこいとこも
ふざけてるとこも好き
でも何よりも
他人に見せない弱い所を見せてくれるとこが
死ぬかもしれねぇのに助けに来てくれたことが
俺を守ると言ってくれるこいつが
堪らなく好きだ。
ウイの全てが欲しい。
Tシャツをたくし上げれば、そこにはお世辞にもデカいとは言えない胸が下着に隠されながらもその膨らみを主張している。
真っ白な肌
ここに自分の証を刻みたい。
背中以上に柔らかそうなここに
むしゃぶりつきたい。
花に誘われる蝶のように自然とそこに顔を寄せた。
「……ッチ……。」
肌から感じる熱を鼻先に感じた瞬間
そこに食らいつこうと触れるほんの一瞬前
聞こえて来たウイの声にびくりと肩が震えた。
まだ、何もしてねぇ。
…起きたのか?
恐る恐る顔を覗き込めば、閉じられたままのウイの瞳からは
一筋の涙が伝っていた。
「…サッチ……」
悲しみに眉を寄せ、譫言のようにそう呟くウイの涙に
鈍器で殴られたような衝撃が頭を走った。
だめだ、できねぇ。
何やってんだ俺は。
暖かい。
なんか、凄く居心地が良い。
ここ、どこだろう。
うっすらと目を開ければ、辺りの明るさが朝の訪れを知らせてくれる。
ん?
え。
「どぅわーぁああああっ!?」
「……ってぇな、……んだよ。」
なんだよじゃない。
なんだよはこっちの台詞だ。
慌てて自分の体を確認して、服を着てる事にほっと息をつく。
そうだった。
エースは基本半裸だ。珍しい事じゃない。
「なんでエースがここで寝てるの!」
「運んで来てやったらウイが襲いかかってきた。」
なん、だと?
信じられないものを見るような目でエースを見やれば、何てことないように頭を掻きながら欠伸なんぞしおる。
「私そんなことしないもん!」
「昨日の俺は表彰されても良いと思う。」
何賞だ。
心の突っ込みはさておき、状況が掴めない。
昨日私、いつまでも戻ってこないエースを待ちながら
ちょっとだけ寝ようと思ってダイニングで寝てた気がする。
それが起きてみれば、場所は部屋に変わってるし
同じベッドで寝てるどころか凄い密着具合で、抱き付き抱き付かれ状態で寝てた。
何!?
何がどうなってこうなった!?
っていうか!
私が寝ている間に何があった!!
「…もうお嫁に行けない。」
「なら俺が貰ってやるよ!」
けろっと笑うエースを睨み付ける。
そういう問題じゃない。
むしろエースのせいだ。
「あの、何も…なかったんですよ、ね?」
「何かって?」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるエースは意地悪だ。
絶対分かってる癖に!!
「昨日のウイ、もう食べて下さいと言わんばかりに積極的だったぜ?」
何てことだ。
全く覚えてない上に、何をしたんだ私は。
ベッドの上で、この世の終わりかのように両腕を付いて項垂れていると
クツクツ笑う声が聞こえてくる。
顔だけそっちに向ければ
私のへこみっぷりが可笑しいのか、エースが腹を抱えてゲラゲラ笑ってた。
本当に笑い事じゃない。
なんだ私は痴女だったのか。
常日頃の自分の思考を思い返してみても、結構そんなに驚かない。
でもそれをエースに、しかも経験もない癖に……
本当に何やらかしたの昨日の私!!
覚えていないとウイは言った。
そりゃそうだろう、寝てたんだから。
予想通りというか、それ以上に目を白黒させては慌てふためく様子を面白ぇと思って眺めつつ
昨日何があったのか、聞きたくないけど聞きたいらしいウイに呆れを感じる。
女側を経験した事はねぇから分からねぇけど
何かあれば事後でも気付くもんじゃねぇんだろうか。
青くなったり赤くなったり、どんだけ忙しいヤツなんだと思いながらもこれは確定だという確信が一つ。
ウイは処女だ。
間違いねぇ。
あのくそ医者とはまだヤってねぇ。
自分がこれまで相手をして来た女達が揃いも揃って尻軽だということを考慮しても
涙目になりつつ絶望に打ちひしがれているこの様子は、もう間違いなく確実にそうだろう。
そこは良かったとしても
そこまでへこまなくても良いのにと少し傷付かなくもない。
「なぁ、そんなに嫌?」
「嫌っていうか!!ごめん!!」
は?
本当にごめんなさいと土下座を始めたウイに面食らう。
普通逆だろ。
つーか謝られるだけで済まされるなら、あの時思い止まらなきゃ良かったという後悔も起きなくはない。
「…ヤってねぇし。」
「え!?そうなの!?なんだぁ…、良かったー。」
良かったとか、さっきから地味に心を抉られる。
けろっといつもの調子に戻ったウイはシャワー浴びて来る!と遠慮なく人の上を跨いで行く。
俺が居るのにタンスから替えの下着を遠慮なく引っ張り出すその様子では、さっきまでのことはどこかに忘れ去ってしまったんだろうか。
俺も、一応年頃の男なんだけど。
あの後すっかり理性は戻って来たものの
涙を流すウイを一人で寝せるのもなんだか気が引けて、一緒に横になった。
近くに人の温もりがあることに安心したのか、その後ウイはまたすやすや眠りこけるし
俺は全く眠れねぇし
やっと寝れたと思えば耳元での絶叫と腹に蹴り。
本当にとんでもねぇ女だ。
「サッチの無念、絶対晴らそうな。」
「え…うん!!勿論!!」
一瞬驚いた顔を浮かべた後、真剣な顔で頷くウイと視線を合わせて部屋を出た。
窓の外に見える空は
寝不足の頭には辛い程、眩しい日差しが降り注ぐ快晴だった。