3-5


「ルームは球体にしか張れねぇ。使った分だけ消耗もする。おまえの見立て通りそこまで万能な能力ではねぇ」


実際有能過ぎるオペオペの実にも制約はある。
手の内を明かす事はリスクでしかないものの、なぜかローはそれをウイに話した。


「そういうことか。それなら納得!…じゃあさ、おっきいルームを1個張るのと、ある程度のサイズを何度も張り直すのだとどっちが疲れるの?」
「…でけぇ方がキツいな。必要ねぇ部分に張ったルームに持ってかれてる気がする」


取扱説明書のない悪魔の実は、使用者の実感こそが全て。
ローの言葉にふむふむと納得しながらウイの質問は続いた。


「それは速さも?大っきいのと小さいの何個もだとどうなるの?」
「ルームの展開だけなら後者が速い。だがおまえの言うシャンブルズを間に挟んでの話だと検証した事がねぇからなんともいえねぇ」


もうベポとシャチは言葉を挟めない。
ウイの興味の矛先も 止まらない質問が何のためのものなのかも理解できなければ、しっかり真面目に答えていくローの対応も二人には解せないものだった。


「ローが支配下におけるのは人や物だけ?空気とか他の要素は把握できたりイジれたりするの?」
「認識出来るものに対しては恐らく可能だ。やろうと思ったことがねぇもんに関しては可能かが不明だがな」


へぇとペンを回しながら視線を宙に漂わせるウイは今、シャチとベポが同じ部屋に居る事を忘れているのかもしれない。
頭の中で気になった事をローに質問しては頭の中に帰っていく。
例えるのならそんな様子だった。

だが楽しそう。
それは間違いのない事実と言い切れる程ウイは生き生きとしていた。


「今じゃなくて良い。…今度あいてる時少し付き合え」
「私?良いけど何するの?」


頭の中がオペオペの実でいっぱいのウイは、突如質問を投げてもいないのに話し出したローの言葉の意図が読めずに声の主を見上げる。


「能力の実験と、開発だ」
「やりたい!好き!!実験とかそういうの!!」


"今度"と言ったローの言葉を、果たしてウイは聞いていたのだろうか。
さっそくやろう!とローの腕を引き再び甲板へと出ていくその後ろ姿を、取り残された二人は見守るしかなかった。


その数十分後、ウイは鼻唄を歌いながら一人船室に戻ってきては夕食の準備を始める。
食事ができあがる頃甲板から戻ったローの姿は、クルー達でさえ見たことがないほどに疲弊していた。

ずっと昼寝をしていたらしいペンギンは、珍しく周りに気を張らず脱力するローの姿に 自分が寝ている間に余程の強敵と交戦したのかと一瞬疑った程だ。


「違うよ、修行!特訓メニュー考えたの!ね?」
「…あぁ」


ウイはにこにこと笑いながらそれを告げ、ローもげっそりしながら肯定した。

次の日も、その次の日も
ローのオペオペの実の能力開発訓練は続いた。

ウイがローに課した修行は
甲板に不均一に並べた小石を、都度適切なサイズにルームを張り直し、シャンブルズで進んでいくというもの。
初日ウイは得意気に男は度胸!!とローに石を持たせ海へ突き落とそうとしたのだが、それはぶちギレたローによってお蔵入りとなる。

悪魔の実の能力者は、その特殊な力と引き換えに海に嫌われる。
海水は彼らの最大の弱点。
能力が使用できなくなるだけに止まらず、それは能力者自身の身体機能を著しく奪う。

そんな命がけ過ぎる特訓メニューを勢いでやらせようとしてくるウイを、ローはこの時ばかりは割と本気で頭を小突き抗議した。
痛かったらしいウイは小心者!チキン!とローを罵りまくった後、段違いに安全な特訓メニューを考案し それをローは毎日眈々とこなしている。

最初はその一連の動作は目で追える程であったが、徐々に感覚を掴んだローは速度を格段に上げ
今ではほんの一瞬目を離した隙に元居た場所から最後の小石へとその身を移動させる程になっていた。

ウイは極力ローの特訓に立ち会った。
素人目に見た感想や疑問を伝えては、ローもまたそれを真摯に受け止め改善していく。

特訓開始から数日後。
レッドライン沿いに進むフリーウィング号はついにリバースマウンテンを登る日を迎えた。

ベポは朝から双眼鏡と海図を何度も交互に覗きこんでいた。
甲板で高く聳え立つ赤い岩の壁を見上げるシャチとペンギンはすげーやべーとテンション高くそれを眺める。
ローはと言えば、今日も今日とて相変わらず修行に明け暮れていた。


「はい!これあげる!」
「なんだこれは」


食事の支度を終え船室から出てきたウイは、修行中のローに声をかけミサンガのような物を手渡した。


「あ!リバースマウンテンすんごいらしくて!だから今日のお昼と夜はおにぎりにしたよ!」


ローは暫く考えた。
受け取った物とリバースマウンテン、昼と夜の食事とおにぎりの関係性を。


「なんかね!揺れるし速いし傾くんだって!」


おにぎりでも食べてる余裕ないかなと一人喋り続けるその様子に、ローは最近理解してきたウイという人物をまたしても考え そして納得する。
最初は不思議だった話の噛み合わなさは、慣れてさえくればそこまで問題でもない。

ローは今日の食事に興味がない訳ではない。
寧ろそれに関しては中の具材まで気になる程だ。
だがしかし、今はそれより受け取った物が気になった。


「今日の飯はわかった。理由も理解した。で、これはなんだ」
「え、投げるやつ」


"投げるやつ"。
ローの手の中に収まるそれは、サイズの割に重量感のあるビーズのような物が紐で通されたもの。
これの使用用途は投げる。
ウイは何の疑いもなく当然のようにそう言った。


「全く要領を得ねぇんだが」
「そろそろ投げた物の方が良いかなって思って」


あまりにも平然と話すウイの様子に、#先ほどまでNAME1#とのやりとりに慣れて来たと思えていたローは自分の理解力不足を疑う。

微妙な表情で"投げるやつ"を凝視するローに、ウイの方が自分の意図する事が伝わっていない事に気付いたようだ。
折角渡したそれを奪い取ったウイが説明を始める。

修行で習得を目指しているのは、シャンブルズでの空中移動。
能力の調整は勿論であるが、技と技の繋ぎをいかに速く確実に行えるかが肝。

僅かな遅れは命取り。
自分と入れ換える対象は調達が容易で確実であることがマスト。
普段は邪魔にならなければベター。
望む場所へ対象を投げる為にも、風に飛ばされにくいある程度の重さも必要。


「──それがこれ!」
「最初からそう言え」


誇らしげにミサンガを掲げるウイを、ローはジト目で睨んだ。
ウイが定義した対象物の条件は正論。
それを見事に体現しているのも、ミサンガを構成するビーズ。

修行と称した能力の調整を行いつつ、ローも交換対象の調達をどうすべきか考えていた。
それが今、実にあっさり解決した。


「内側は薄くしてあるからローの力だったら簡単に千切れると思うんだけど…ちょっと試しにやってみてよ」


ローの左腕にミサンガを結びつけるウイの髪が潮風でそよぐ。
ふとローの鼻を掠めるのは潮とは異なる香り。

共に暮らしていれば、すれ違いざまにその香りを認識した事は当然あるわけで。
同じシャンプーを使用しているのだから、似た香りはロー本人も毎日感じている。
石鹸のような、ラムネ菓子のような爽やかで甘い香り。

その香りとサラサラと靡くウイの細い髪に ローは一瞬心を奪われた。


「ロー?どしたの?」


付け終えても依頼した“やってみて”はいつになっても実行されない。
不思議に思ったウイはローの顔を覗きこんだ。
はっと我を取り戻したローは驚き半歩後ずさる。


「どしたの?疲れた?」
「…いや、問題ねぇ」


ふいと顔を背けたローは左腕を軽く揺すり口を開いた。


「悪くない」
「そ?良かった!ねぇビーズ千切ってみてよ!」


"どうしたか"など、ロー本人が一番聞きたかったかもしれない。
会話の最中、それも自分自身の戦力強化の話題で思考が飛ぶなどローにとっては心外でしかない。

余計な詮索をされたくはないローは、言われるがままにビーズを引き千切った。


「出来なくもねぇが…やり易いとも言えねぇな」
「違うよ!横じゃなく下に引っ張って!…こう!!」


ウイがローの腕を掴みビーズの千切り方の見本を見せたその瞬間
ドクリ、と
あまり暴れる事のないローの心臓が大きく脈打った、。


「ほら!超簡単に取れたじゃん」


唇を尖らせ千切ったビーズを見せつけてくるウイに顔を顰めたローがビーズを下に引くと それはいとも簡単に紐から外れた。


「外に引く方が取りやすいだろ。なんでそんなめんどくせぇ向きに脆い部分を持って来た」
「はぁ!?そしたら引っ張った逆側のビーズも取れちゃうんだよ!これめっちゃ試行錯誤したんだから!そもそもこのサイズで違う素材組み合わせるとか―――」


頑張った過程を否定するローにウイは怒濤の勢いでその試行錯誤を全供述する。

異素材の組み合わせは温度変化で物理刺激がなくても割れる事があったとか
それがなくても常に脆い部分を一定の位置に留まらせる方法がなかったとか
同じ素材で穴の位置を調整することで重みで薄い部分が常に上部に来て質量の薄さで脆さを作ったとか
薄さも千切った際別のビーズが外れないように何パターンも試作したとか

どこで酸素を補給しているかが疑わしい上によく噛まないなと感心する程のウイの猛攻撃に、ローは確実にたじろいた。

最近クルー達の間でこっそりネタにされているローとウイの絡み。


「なに喧嘩ー?」
「ちょっと聞いてよ!!ロー酷い!酷すぎる!!」


レッドラインを眺めていたと見せかけて、その様子を盗み見盗み聞きしていたペンギンが面白がって茶々を入れた。
本人への文句だけでは言い足りないウイは新しい獲物を見つけたと言わんばかりに今度はペンギンにも愚痴を吐く。

ビーズの型を作るのもあのサイズのビーズ作るのもめっちゃ大変だったのにと
腕から外側に千切った方やりやすいなんて事は医者じゃない自分にだってわかると
その上で致し方なくてこうなったのにそこ考慮しないさっきのあの言い方は酷すぎると


「おまえめっちゃ頑張ってんじゃん。よしよーし」
「医者治療で引き千切ったりしねぇから別に引き千切りに詳しくねぇけどな。よしよーし」
「そこじゃないよ!そのくらい私でも想定出来るって言いたかったの!!!」


ギャンギャン喚くウイを宥めるペンギンとシャチ。
しかしうっかり突っ込んだシャチにすらウイは噛みつき怒りのボルテージは収まる兆しが見えない。


「…悪かった」
「本当だよ!!まったく!」


ここまで面と向かって身内に激昂される経験が乏しいローは思わず謝った。
許さないつもりはないらしいが気の済まないウイはローに腹パンを食らわせ事態はやっと収束する。

不機嫌ヅラではあるもののミサンガの改良のために腕の位置を変えては何度もビーズを千切らせるウイと、それに大人しく従うロー。
そんな二人を横目で眺めるシャチとペンギンの口元は揃いも揃ってニヤついていた。


「なにあれめっちゃウケんだけど」
「それな」


ローが謝るのも、言われた事に素直に従うのも、そもそも誰かに意見を求めるのも、昔馴染みのクルー達からすればレア中のレアな出来事。

これは暫く退屈しなそうだと口端をつり上げるペンギンと、双眼鏡と海図を手に同じものを眺めていた白熊の視線がかちあった。
思う所は同じようで、彼らは何か企みを思わせる笑みを浮かべ心の内を共有した。


「なぁなぁやっぱさ。これってそういうこと?」
「おまえ今までキャプテンが女相手に興味持つとこ見たことあんのかよ」


ペンギンはこれまでのローを思い返し、言い切った。


「ねぇな」
「けど恋?恋なの?アレ。…まあ、良いと思うけどなー。キャプテン相手にあれだけ言える女も中々いねぇっしょ」


ネタにしつつも、そう話すシャチの顔には面白がる以外の温かな感情があった。
過酷としか言えない過去を持つ仲間が、一般的で普通の感情を抱けた事を どこか安堵したのかもしれない。


「遅れてくるってのは、反抗期だけじゃなく恋もなかなか厄介そうですな」
「相手も相手であんなんだしな」


ネタにされているとは露知らず、二人の視線の先ではウイのスパルタ特訓が再開されていた。
懲りずにさぁ行けと海に突き落とそうとするウイは、当然の如くローに小突かれる。
ならば上に飛べと改められた課題をローは黙って実践した。

対象が動く物体へと変わったそれは最初から上手くいく筈もなく。
ルームはこれまでと比較にならない程雑な範囲で張られ、それが届かず甲板にローが打ち付けられる事も多かった。

普段スカしたローが尻餅を着くのをウイはケタケタと指をさして笑う。
先程の件の腹いせでもするように。
何度も、何度でも。

最初こそ無視を決め込んでいたローも、上手くいかぬ事に苛立ちを募らせついには黙れとドスの利いた声をあげた。
しかしそれすらも面白がるウイは、懲りずに失敗を煽り続けた。



destruct at reality.