12-6
「なんか出来る事ないかなーって思うんだけど、そう中々上手くいかないね。」
いつも助けて貰ってばっかりだと苦笑いするウイは、自分が俺に与えてる影響に全く自覚がないんだろうか。
自分の方が、俺だけじゃなく周りに貸しばかり作ってるようなヤツにしか見えない。
それなのにこれ以上貸しを増やしてどうする気だ。
「今のままで十分だ。…十分でもねぇけど。」
「いやどっちだよ。」
可笑しい、と笑いで肩を震わせるウイの手元で出来上がったいびつな生き物。
ベポと脇に書いていなければ、それが熊かどうかも判別不能ならくがきだ。
その絵を下手くそと吐き捨てれば、不満気な顔でベポという文字の方を消して書き直すウイの美的感覚が謎過ぎる。
そっちじゃない。
絵の方。
半ば呆れながらも、不満じゃねぇけど不満なことを
無駄と分かりながらも口にした。
「あいつじゃなく俺を好きになれよ。」
ぴたり、と
砂の上を走る木の枝が止まった。
「ウイには十分世話になってるし助けて貰ってる。…足りねぇとこと言えばそこぐれぇだ。」
空を彩る星も
光を放つ海も
こういう話をしたくなるようなシチュエーションだろ。
眉を下げて困ったように目を伏せるウイが、俺の不満を改善してくれる気がねぇのはすぐに分かった。
応えてくれなくても、気持ちは変わらない。
それは前に星を見に行った時に伝えた時から、変わってねぇ。
でもウイを好きだと思う気持ちの方は、日を追う毎に強くなる。
デカくなって、増していく。
「…でも私はローの事が好きだもん。」
「ハイハイ。」
分かりきってた答えだった。
でも、その“好き”じゃねぇ俺にすらここまでしてくれるウイは
きっとアイツにはこれ以上の事をしてやりてぇって思ってる。
そう思うと、なんかムカついた。
再び動き出した木の枝は、相変わらず得体の知れない生き物を砂の上に描き出す。
立ち上がってケツに付いた砂を払えば、何事かと目線を向けるウイと目が合った。
こんなに好きなのに、なんで上手くいかねぇんだろ。
上目遣いが可愛いと思いながらその顔を凝視して居れば、なによとドスの利いた声と共に眉間に皺が寄る。
悔しいけど、そんな顔も可愛い。
何してても可愛い。
致命的に絵が下手くそでも可愛い。
ふいと背けられてしまった顔を残念に思いながら、下手くそなりに真剣に砂を掻くウイを後ろから抱き締めてみた。
「ちょっ…!!エース!!」
「良いだろこんくらい。」
しゃがみこんでいたウイはすっぽり腕に収まるほど小さい。
折った膝ごと抱え込まれたせいでほぼ身動きが取れないウイのささやかな抵抗は無視した。
「良くない!…ちょっと!!」
最後の不満は再び砂浜に腰を下ろした俺の足が
ウイの作品を砂で覆ってしまった事への不満だろう。
「っとに…せっかく描いたのに。…あ!!」
ぶつぶつ文句を言うウイの手から枝をひったくって放り投げる。
更に不満の色が強くなった声を無視して、力いっぱい腕の中の存在を抱き締めた。
「ねぇっ!!これダメなやつ!放して!!」
文句言われても、起きてるウイを抱き締めてる方がなんか良い。
じたばたもがいてるのも可愛い。
最近自分でも頭がイカれたんじゃねぇかと思うほど、ウイが可愛くて愛しくて仕方ねぇ。
「ちょっと聞いてんの!?」
胸の内でウイへの気持ちに浸りすぎて返事を忘れていれば、体を捩ってこっちを睨むその顔との距離は思いの外近い。
ウイもそれに気付いたらしく、慌てて顔を背けようとするから
それを遮って退路を絶った。
ウイの首の血管はドクドクと早い鼓動を手に伝えて
みるみる内に染まる頬に、意識くらいはしてくれてんのかと思えなくもない。
やべぇ
キスしてぇ。
打ち寄せる波の音とウイの鼓動しか聞こえない。
こんな絶景な夜の砂浜に、俺とウイ二人きり。
嫌がられてんのは分かってんのに
つい最近ウイの特別ポジションを守り抜く為にあれこれ考えたばかりなのに
なんでこう、抑えが利かなくなるんだろう。
「あ、あの!!エース!待って!!本当に!!」
あわあわと拳一つ分もねぇ距離をどうにか広げようとするこの力を、叶えてやりたくねぇ。
すっと目を細めてその距離を詰めれば
顔を引っ込ませてぎゅっと瞑られた瞼を縁取る睫毛が小さく震えた。
ふと視界に入った肩を押す手が、力を込めるのに必死過ぎて白くなっていて
本気で拒否られてんだろうなって思うと虚しくなる。
ちゅっ
「え?」
額に落とした唇に、驚いたように瞼の裏から現れた大きな瞳。
「そんな嫌がられっと流石に傷付く。」
「…ごめん。」
抑えていた首筋から手を放せば、ぐりっと音がしそうな勢いで顔を背けられてしまった。
抱き締めている事に関しての非難はさっきので忘れてしまったのか、大人しくなったウイの体を抱き締める腕に力を込める。
「…あの…ね、エースに言わなきゃいけないことが…ある。」
「なんか聞きたくねぇ話な気しかしねぇな。」
びくりと震えた肩は、返事はなくても肯定だって言ってるようなもんで
このタイミング、この状況。
それ以外ねぇだろうとは思うものの
既に振られてんのにこれ以上の何があるのかってとこも甚だ疑問だ。
言いにくいのか唸りながら頭を揺らしているウイの口から話される言葉を、ただ待つしかなかった。
「私、ローにちゃんと…告白しようと思う。」
なるほど。
これは予想だにしなかった攻撃だ。
何がウイの中のストッパーを外したのかは分からねぇ。
でもそうなれば、ウイとあいつは晴れて恋人同士、か。
「だから、…エースも他の人、好きになっても…良いからね?」
ちゃんと聞こえてんのに、処理しきれてねぇんだと思う。
何言われてんのか、よく理解できなかった。
「俺もう用無し?」
「そういうんじゃない!」
じゃあなんだよ。
なんでだよ。
「何で今更告白しようとか思ったんだよ。」
「…私が、ズルいから。…パパが居る。皆が、エースが居てくれるなら、もしローにこの先嫌われちゃっても…怖くないんじゃないかなって。」
ズルいよねって自嘲するように笑うウイの言いてぇことは分かる。
分かるのに、思考がついていかない。
「エースが好きで居てくれるっていうのも!…凄く嬉しいし、何て言うか心強いの!でも…その気持ち利用してるみたいで、なんかダメだなって。」
利用されてぇとかじゃねぇ。
ウイがそんな女なら、それは確かに腹も立つ。
でも俺が一生好きで居るって言ったのは
何があっても嫌いになんかならねぇって言ったのは
恋愛感情とか抜きにして、ウイの心の支えになりてぇと思ったからだ。
何があっても俺が居る。
俺だけは味方だし傍に居てやるって、思ってるしウイにもそう思ってて貰いてぇ。
「それを利用してるって言うなら、俺はウイになら利用されても構わねぇ。」
「嫌!…私がエースを、利用とかしたくない。」
強情だ。
弱い癖に。
弱いっつーか、脆い。
脆い癖に防御をしねぇ。
防御力が低いから、ずっと攻撃されないように避けていたウイが
防御力の高い盾を装備した。
戦えると思った途端、攻撃されるかもしれねぇ場所に突っ込んで行く。
傍で守るってついてた俺も、お役御免だと。
頼まれてやってんじゃなく、守りたいから傍にいんのに。
「俺が好きでいんのは迷惑か?」
「だから違うってば!!だって好きな人には振り向いて欲しいでしょ?…私にはそれが出来ない、から。」
俺を思って言ってくれてんのは分かる。
顔は見えねぇけど
絞り出すように言葉を紡ぐその声は、苦しそうでつらそうだ。
ウイを諦めて他の女を、好きになる。
「ぜってぇ無理。ウイの為とかじゃなく…ウイ以外好きになれそうもねぇから。」
どんなに可愛くても、美人でも
巨乳で色気あって気が利いても
頭良くておもしれぇヤツが居ても
ウイじゃなきゃ俺はダメだ。
なんで、そんな嬉しい事言ってくれるんだろう。
嬉しい?
嬉しいよ。
そんなに好きで居てくれる事は。
でも嬉しいけど苦しい。
散々甘えておいて、私は家族っていう保険を手に入れた途端に
責任逃れしようとしてる。
エースの気持ちを信じてない訳じゃない。
でも他の人を好きで、それでも好きで居て欲しくて、散々甘えて。
こんなこと続けてたらいつか絶対嫌われる。
嫌になる。
そうなった時に、責められても私は何も言えない。
その責めを受け入れるしかない。
分かっててやってる分、それをどう償えば良いかも分からない。
だから私はそうならない為に
エースの為って言いながら、自分の為に言ってるんだ。
責められたくないから
嫌われたくないから
父様が私を売ろうとした事が全てじゃない。
私がこんなに人に嫌われるのが怖いのは
私が最低でズルい人間だって、知ってるから。
嫌われるような人間だって、心のどこかで分かってるからだ。
「俺が好きでいることが迷惑じゃねぇなら、勝手にやってんだから好きにさせろ。」
「でも!!…
抱き締められる力が強くなって、続きが言えなくなった。
誰かの特別になって、自分があげた分の気持ちを返される幸せをエースも掴むべきだって
私なんかに構ってるなんて、エースにとって無駄でしかないって
言わなきゃいけないのに言えなかった。
「ウイの事好きでいることでウイが何か一つでも救われる事があんなら、諦めろって言われるより俺は嬉しい。」
違うのに。
そんな訳ないのに。
そう思いながらもエースがくれる言葉に喜んでる自分がいる。
ズルく在りたい自分がいる。
だってそんな事言われたら、諦めてって言えないじゃない。
「利用されててもズルくても、俺はウイの全部が好きだ!」
「…いひゃい!」
大きな手で
温かい手でほっぺたを押し潰されて、抗議の声を上げた。
下らねぇこと考えるなって
湿っぽい話はこれで終わりだってでも言うかのようなエースの笑い声が、胸に沁みる。
「上手くいかねぇこと祈ってる!」
「最低。」
ほらね。
やっぱりエースは笑うんだ。
私が気にしないように
気まずくならないように。
何もなかったように笑ってくれるんだ。