12-15
結局あの日は日付が変わるまで飲んで、それからあゆみと激しい夜を過ごした。
素人でこれは凄いと思った。
いや、体の相性が良かったのかもしんねぇ。
島を出るまでの間、時間を見つけてはあゆみを抱き、一緒に飯食ったり酒飲んだり。
お互いに関係の名称を確認はしなかったものの
その恋人ともセフレとも呼べる関係が、俺は心地良かった。
「あゆみは懲りずにカルアなの?」
「うん!」
甘い酒なんて好きじゃねぇくせに、なぜかいつでも毎回最初の一杯はかまととぶってカルアミルクを頼んでいたあゆみ。
本人曰く飲んでて可愛い酒ナンバーワンらしい。
くだらない。
「ビール2つ。」
「あいよ!」
「え…ちょっと!」
久しぶりとは言え、今さらかわいこぶった所で色々と手遅れだ。
不満げに頬を膨らましたのも束の間、ジョッキに注がれたキメの細かい泡に目を輝かせるあゆみは相変わらず凄く単純。
カルアミルク飲む女よりもこういう素直なとこの方が可愛いと思う。
「じゃあ久しぶりの再会を祝して!乾杯!」
「乾杯。」
同じ位置で重なるジョッキに、ああ店の女じゃないんだって何となく思った。
散々文句言ってた割に良い飲みっぷり。
「っぷはー!やっぱビールは一杯目が最高だ!」
「ぷっ。」
一口目でジョッキの半分を小さなその体に納めた酒豪は、唇にビールの泡を付けていて
吹き出した俺にきょとんと首を傾げる。
「どしたの?」
「泡、付いてる。」
人差し指でそれを拭ってやれば、途端に頬を染めるあゆみに脳内で危険信号の警笛が鳴った。
これ、ガチなやつ。
こういう子に手は出しちゃいけねぇ。
そわそわと顔を覗き込んで来るその様子にどうしたのかと問えば
「え?…それ、ペロっと舐めたりするのかなって。」
期待の籠った目で人差し指を見つめるあゆみにため息を付いておしぼりでごしごしと指を拭った。
ああ!と残念そうな声が上がる。
本当にやめて欲しい。
相変わらずちょいちょい誰かを思わせるそんな素振りが、胸をざわつかせた。
夢でも見てるかと思ったの。
会いたくて仕方なかったけど
もう会えないと思ってたから。
ペンギンはあの日からずっと、私の王子様だ。
「へー。部屋綺麗じゃん、意外と。」
「女子力!ポイント上がった!?」
一夜限りの事かなって思ってたのに、朝起きたら今晩暇?って聞かれて。
その日も二人で飲みに行って、抱かれて。
今日は遂にペンギンを部屋に招いている。
「常に呑んだくれてるからどんな部屋かと思えば。普通にびっくり。」
「普通でびっくりってどっちよ。」
出会いがああだった事もあって、可愛こぶって控えて飲むタイミングを見失った。
おかげで呑んだくれ呼ばわり。
アレがなきゃ出会えなかったんだろけど悔やまれる。
悔やまれ過ぎる!!
ペンギンは部屋に飾ってある写真とかを眺めてくれてて、なんだかそんな事すらも嬉しい。
只のワンナイトラブな相手に興味を持ってくれてるんだって
ただヤるだけの女じゃないんだって思えて
勘違いでもなんでもそれが嬉しい。
背も高ければ良い体してるし
どこか飄々としていて掴み所のないペンギン。
ズバズバ胸を抉る事を言ってくるけど、何だかんだでこの人は優しい。
抱かれてみてそれはすごく思った。
「お酒飲む?」
「飲むー。」
なんか男らしぶる気配がないっていうか
常にヤル気なさげ。
今まで付き合ってきた俺に付いてこいタイプな男と違い過ぎて、でもそんな所もカッコ良く見えちゃって
どうせ遊びなんだろうなって思いながらも性懲りもなく胸をトキメかせてた。
コンコン
「誰だろ。こんな時間に。」
「壺とか勧められても買っちゃダメね。」
流石の私でもそんな悪徳商法には引っ掛からない。
買わないよ!って返事をしながら、雑誌をペラペラ捲ってるペンギンをリビングに残して玄関へ向かった。
「はー…いっ!?」
「…誰?その靴。」
これはとんだ珍客だ。
浮気してひっぱたいて別れた筈のその男、ゆうたくん。
なぜここに居る。
あの日私がその女誰よと文句を言ったとき、あんた悪びれもなく彼女って、あの子の事そう言ったじゃない。
「もう関係ないでしょ!…帰って!」
「なに?この前のアレ本気にしてんの?」
見慣れた筈の、つい一昨日まで大好きだった筈のその顔に
殺意が沸いた。
「本気も何も!もうゆうたとは関係ないから!」
「あんなの遊びじゃん。ムキになんなよ、な?」
『バレたら絶対許して貰えない時』
ペンギンが先日私の胸を抉ったその言葉が、脳内でこだました。
きっとゆうたは、バレても許して貰えるって思ってる。
都合の良い女だと思われてる。
「良いから帰って!私はもう用とかない。」
「男来てんなら外で良いか。行こうぜ!」
「やっ…!」
どこまで舐め腐られてるんだろう。
行きたくないのに、もうこんなヤツの顔なんて見たくないのに
掴まれた腕の力が強くて振り払えない。
「ちょっ…
「あんた誰?人の女に気安く触んないでよ。」
ぐいっと肩がひっぱられて、背中に温もりを感じた。
こんな時でも、その声にはやる気のなさが漂っていて
でもその高身長と有無を言わせない迫力に
ゆうたが一瞬ビビったのが見て取れた。
「て、めぇこそ誰だよ!人の女にちょっかい出してんじゃねェ!!」
「え。あゆみダメじゃん、浮気はバレないようにがエチケットでしょ。俺悲しい。」
拗ねたような顔を浮かべるこの人は、私を身の危険からだけじゃなく心まで救ってくれる。
こんなカッコ良い彼氏、当て付けで付き合ってくれてるって分かってても勿体なさすぎる。
「なんか勘違いさせちゃってるみたいだし、可哀想じゃん。…罪な女。」
「ご、ごめん。」
それは言い過ぎじゃなかろうか。
愛し気に見つめられるその視線に、演技だって分かってても心臓が跳ねた。
カッコいい。
カッコ良すぎる。
どうしようこれ!
もう!!
私とペンギンのイチャイチャを目の前にして
ゆうたがぽかんと口を開けて呆けてる。
そりゃそうだ。
都合の良い女に都合良く使われてた設定なんだから、今。
「ごめんね、うちのあゆみが気を持たせるような事して。」
「ハッ!誰がこんなガサツな女マジで相手するかよ!」
見限った相手でも、一度は本気で好きになった人。
ゆうたからの言葉には、やっぱりそれなりに傷ついた。
「そっか、良かった。じゃあ、…二度とあゆみに近寄んないでね。」
抱き寄せられたせいで、ペンギンが今どんな顔してるか見えない。
でもその声は、今まで聞いた事ない位低くて
威圧感のある声だった。
「ごめん、…ありがと。」
「いーえ。でも良かったの?」
抱き寄せられた事にドキドキしてたら、気付けばゆうたはいなくなってた。
離れていくペンギンの温もりを少し寂しく感じつつも開けっ放しのドアを閉める。
「良かったって?」
「より戻すチャンスだったじゃん。」
リビングに戻っていくペンギンの後ろ姿からは何を思ってそう言ってるのか読み取れなかった。
より…か。
ペンギンに出会う前なら戻したかったかもしれない。
今日もし一人で居たら、なんだかんだでまた許してしまっていたかもしれない。
「戻さないよ。…アレがバレても許されるって、舐めてる男の典型でしょ?」
「さぁどうだろ。それ決めるのはあゆみでしょ。」
ペンギンにアレを言われなければ
心のどこかで思ってた“都合の良い女”って言葉から目を背けてたと思う。
戻ってきてくれたってぬか喜びして
また同じことを繰り返してたと思う。
「都合の良い女はやだな。しかもあんなカスの!」
「そのカスに惚れてた癖に。」
そうだよ。
見る目がなかった。
煩い!って小突きながらカーペットに座り込めば、なんだか気が抜けた。
私はあんなに自分を舐め腐ってた男の一挙一動に振り回されてたのか。
ほんとバカだな。
「よく頑張りました。」
頭に暖かい温もりを感じて、不覚にも涙腺が緩む。
よしよーしってペットでも撫でるようにぐしゃぐしゃに髪を乱してくるペンギンが滲んで見えた。
その胸に飛び込むように抱きつけば、腕を回して抱き締めてくれる。
バカだったけど
愛されてなんかなかったかもしれないけど
もう戻りたくなんてないけど
私はあの人の事を真剣に好きだった。
「ぅぇっ…っく、ペンギンー!!」
「落ち着けあゆみ。おまえが今抱きついてる男も大概禄でもねぇから。」
呆れたように笑ってるペンギンがあやすように背中を叩いてくれて
その振動が心地よくて目を閉じる。
そんな事、ある訳ない。
ペンギンにとってはただの遊びかもしれないけど、それでもこの人は優しい。
その場だけの無責任な慰めでもまやかしでもない。
ちゃんと私の事を考えた厳しい優しさ。
居られる分だけで良いから一緒に居たい。
私はこの人が大好きだ。
「いつ戻ってきてたの?いつまで居られる?」
「分かんねぇ。」
そっけないなぁ。
でもそんなとこも格好良い。
ペンギンだ。
ペンギンが目の前に居る。
ただそれだけで胸が煩い程騒ぐ。
「ねぇ、元気だった?」
「元気元気。…あゆみは?相変わらず変な男に引っ掛かってんの?」
よくぞ聞いてくれました!
「あれからペンギン一筋!だから会えて凄い嬉しい!奇跡かと思った!運命!?」
「すぐ運命を感じる女はすぐ騙される。」
呆れたようにジョッキに口を付ける仕草にすら胸がときめく。
すぐじゃないよ。
ペンギンだから運命だって感じたの。
ずっとまた会いたいって、思ってたんだから。
「あ、次何飲む?ビールで良い?」
「一杯だけって言ったっしょ。」
ツレない。
ツレなさすぎる。
そして今日のペンギンはなんか、冷たい。
「用事って女の子買いに行くんでしょ?私が居るじゃん!」
「あゆみはもうだめ。」
「なんで!!」
素っ気ない態度に薄々勘づいては居たけど、はっきり言葉にされた途端に胸に重い何かがのし掛かる。
「付き合ってる人でも居る…ん?!居るなら女の子買っちゃダメでしょうが!!なに!!なんで!?」
「あゆみが俺に本気だから。ペンギン先生は気軽に遊んでくれる子としか遊びません。」
そ、そんな…
なんて事だ!
でも…
「なんで?」
「重いから。…俺好きなヤツ居るしあゆみの気持ちには応えらんねぇもん。」
好きなヤツ
好きなヤツ
好きなヤツ
好きなヤツ
好きなヤツ
好きなヤツ居るし
「えぇえぇぇえーっ!!?」
「煩い。」
確かに煩かった。
流石の私でも恥ずかしくなる位の叫び声だった。
え?
好きなヤツ?
ペンギン好きな人居るの?
え?
「付き合ってはないの?」
「そいつ他に好きなヤツ居るもん。」
マジか。
ペンギン以外に好きな人?
ペンギンを振って他の男を選んだってこと?
「どこのどいつだ!その良い男は!!」
「声デカい。そして煩い。」
あゆみには関係ないでしょって突き放すようなその言葉が、胸に刺さった。
1032