12-16


「どんな子なの?…その子。」
「んー。すっげぇ人懐っこくてすっげぇ人見知りで、すっげぇ馬鹿ですっげぇ頭いい子。」


どんな女だ。


馬鹿にしてんのかと思うような言葉なのに、さっきまで冷たく感じていたペンギンの目はどこか優しそうで

あぁ本当に好きなんだろうなって思った。
私もそんな風にペンギンに想われてみたい。
そんな風に愛されたかった。


「…代わりにしてくれても良いから。」


その言葉にこっちに顔を向けたペンギンは、さっきみたいな優しそうな雰囲気は欠片もなくて
何の感情も読み取れない、そんな目をしてた。


我ながら情けない提案だ。
でもどうしてもペンギンとの繋がりが欲しくて
言葉が口からついて出た。


「都合良い女は卒業したんじゃなかったの。」


呆れたようにため息を付くその様子に、学ばない自分のアホさが恥ずかしくなった。


本当だ。
私何も変わってない。



でも…


「ペンギンに都合の良い女なら、私なっても良い。都合良くても良いから一緒に居たい!」
「…悪ぃけど、重いって言ってんでしょ。」


私、バカなのかな。
ペンギンの事好きすぎて、こんな事言われてもペンギンを弁護したくて仕方ないのかな。


「俺その子以外好きになれねぇもん。そこ期待されてんの見え見えとか正直めんどいから。」


そう言ってジョッキのビールを飲み干したペンギンがカウンターにお金を置いて席を立った。










「突き放すなら奢ったりしないでよ。」


2杯分でもお釣りが来るくらいのビールのお代。

さっきまで大好きな人が座ってた椅子。

店の入り口に目を向けても、ペンギンはもう出ていってしまった後で
そこには酔っ払いの喧騒がガヤガヤと犇めくだけ。




わざと突き放すように、冷たい言葉を選んでくれたんでしょ?
私がペンギンを嫌いになれるように。

私が次に進めるように、ああ言ってくれたんでしょ?


だってペンギンはいつも、厳しくて優しいから。

胸を抉るその言葉は、膿を掻き出す為だって知ってる。
私の事考えて言ってくれてるって、そう思っちゃうのはなんでだろう。




きらびやかな夜の店。
中が見通せない造りのこの扉の中では、夜の蝶達が優雅に舞ってるんだろう。


店に入れば甘ったるい香水の匂いと、見目麗しい蝶が出迎えてくれる。


その為に来た。






「…萎えた。」


どうやらここに来る前偶然出会った蜜蜂に、大分蜜を吸いとられたらしい。














ダメだ。
考えたくねぇ。


あの時はウイが手に入らない欲求を、どこか似てるあゆみで疑似体験でもしようとしてた。


応えるつもりなんてねぇ癖に、自分に頼ってくる従順なあゆみに一瞬でも満足感と充足感を感じてた。


でもやっぱ
あゆみはウイではなくて。


もう二度と会わねぇと思ってたし、偶然会うまで正直忘れてた。


都合良く利用して勝手に別れたのに
あいつは未だに俺の事を想ってて、それも結構ガチっぽくて。


これはヤバいと思った。
叶わない恋のつらさなら自分が一番良く知ってる。


都合良く使ったけど
一緒に居た時間はそれなりに楽しくて
あゆみもバカだけど良いヤツで。


あいつが本気な以上、これ以上関わったらいけねぇ。

叶わねぇ想いを抱き続けるよりも
一瞬しんどくても次に進むべきだ。














デジャブか。





考えたくねぇと思いながらも考えてて
気付けばフリーウィングの前に戻ってきてて


この船の持ち主が昨日
自分と同じ事を自分にしてきた事を思い出した。


「なるほどね。」


俺だってそういうつもりだった訳じゃねぇ。
でもあの時は本当に、少し腹が立った。


ウイもあの時、俺の事思って諦めろって言おうとしたのか。







ウイの部屋に灯る明かりに目が止まる。
ウイは俺が出掛けてる間に、キャプテンに告白したんだろうか。

ドフラミンゴを討つまでウイを仲間にするつもりはないと言ったキャプテンは、それにどう答えたんだろう。


最悪真っ最中か。
やっぱ戻って来るんじゃなかったかも。










世の中は残酷だ。


なんで好きな気持ちって、上手くかち合ってくれねぇんだろ。





「あれ?お帰りー!早かったんだね。」


入りたくねぇと思っても今さら店に戻るのも面倒で
かといって潜水艦に戻れば騒がしいあいつらが居る。


観念して扉を開けば、居ると思ってなかった存在が出迎えてくれた。


「お姉さんのお店行ってたのかと思ってた。」
「知り合いに会ったから軽く飲んできた。」


知り合い?と小首を傾げるウイにわざわざあゆみのことを話す必要はない。


言ってどうなる。
どうせウイは俺相手に妬いてなんてくれねぇ。


「告ったの?キャプテンに。」
「…っ!」


冷蔵庫からシードルの瓶を持ち出そうとしていたウイが、割と重いだろうそれを一本ずつ鷲掴みにして頬に押し当てた。


あら力持ち。


もじもじしだすこの様子じゃ、そうなんだろう。


「もう事後?おめでと。やっと大人の仲間入り。」
「ち…っがう!!してない!!そういうんじゃない!!」


顔を真っ赤にしながらウイが喚いた言葉に、ほっとしてる自分が居る。

仕方ないとは思ってても、やっぱりいい気はしねぇ。


「まだ言えてないの。チキン。」
「それも違う!!色々…、あるんだもん。」


あ?

言ってダメだった方?
キャプテン振ったの?


ドフラミンゴパターンか。
すげぇな。


そんな据え膳食わねぇとか俺には出来ねぇ。






…食わなかったか。
俺もさっき。


「どこまでまどろっこしいんだか。」
「ほんとそれ。ほーんとそれ。…でも良いんだ。」


えへへと笑いながらニヤついてるウイはなんだか幸せそうで
くっつくに至らなかった筈なのにそんなに嬉しそうな様子がどこか気にくわない。


いつもそうだ。
ウイとキャプテンはくっつくとかヤるとか、そういうんじゃない何かで繋がってる。


それが俺は、羨ましい。


「帰ってきたならペンギンも一緒飲もう?」
「…遠慮しとく。」


くっついてないとは言えこの有り様。
きっとそれなりに二人の世界でも作ってしっぽり飲んでんだろ。

そんな酒が不味くなりそうなとこで飲みたくねぇ。


ウイの手からシードルを一本引ったくって踵を返した。


「おやすみ。」
「えー寝ちゃうの?…おやすみー。」


残念そうな声なんて出すな。

二人で飲めて嬉しい癖に。



「うるせー。」


懐かしい地下では、シャチのイビキが響き渡っていた。

自分の部屋が出来てからは快適な空間で寝ていたせいか、その煩さに自然と眉根が寄る。
ベポなんて枕に潜るように耳を塞ぎながら寝てる。


ひどい、これはひどい。


公害クラスの轟音を響かせる腐れ縁の幼なじみは、暢気な顔で大口を開けながら夢の中。


悩みなんて微塵も無さそうなその様子に鼻を鳴らして、騒音の元から一番遠い壁にもたれ掛かるようにしゃがみこんだ。








あーなんか

なんだろ。
この感じ。


自分が普段通りじゃない気がする。


目に入る物を、正常に情報として処理できない。
見えてんのに
それはただ流れるように通り過ぎていく。


どこを歩いてても何してても
決まって思い浮かぶのは報われないウイへの気持ち


あゆみの件もあってか
叶わない恋に身を焦がす片思い患者の感傷が脈でも打ってるかのようにどくどく溢れだす。


少しぬるくなったシードルに口を付けた。
この発泡酒の冷たさを奪ったのはウイの頬の熱。


だからどうしたと自分でも思う程どうでも良い。
でもなんでか
なんでもかんでもウイに紐付けて考えてしまう。


今頃キャプテンとイチャこきながら幸せそうに笑ってんだろう。












届かない想い。
複雑過ぎる、好きの矢印が絡み合う相関図。


自分に向く矢印はあるのに
自分の発する想いの先からそれが返ってくることはないと分かってるのに
矢先が込み合っているその相手から、綺麗に収まる相手に軌道修正が出来ない。






恋は素敵なものとか、一体どこのバカが言い出した。




こんな叶うことのねぇ期待を膨らませる感情の
どこが素敵なんだろう。




そんな綺麗なだけのもんじゃねぇ。

思ってた以上に痛いしキツい。

素敵だ綺麗だなんて言えるのは
一部の運が良いヤツの戯れ言か、物事の全貌が見えてないただのバカだ。



それなのになんで
消えてくれねぇんだろ。

得られないと分かってて
なんで求めてんだろ。






「しんど…。」


周りに爆睡中のアホしか居なくて気が弛んだ。

誰に強制されてる訳でもなく自分が勝手にやってることなのに
口から漏れたのは弱音で不満。





今日は本当に、どうも自分がおかしい。





「そんなの聞いてない!」
『いや絶対会えるとも限んねぇ事だったんだって!』


ローへの告白が未遂に終わったその翌日。
時間はお昼の少し前くらい。

エースからのでんでんむしで衝撃の事実を知った。


「私にも会わせたいって言ってたじゃん!エースの嘘つき!!」
『会わせてぇのは嘘じゃねぇって!』


嘘じゃなくても実際会えなかった。
アラバスタでルフィくんと落ち合う約束があったなんて聞いてない。

知ってたら私だってアラバスタに行ったのに。


破天荒過ぎると評判なルフィくんに
全身ゴム人間なルフィくんに


会ってみたかったのに!!


『また会えんだろ。絶対今度は会わせっから。』
「信用ならん!騙された!酷い!抜け駆け!」


ゴム人間ってどこまで伸びるんだろう。
引っ張ったら痛いのかな。
ゴム鉄砲みたいに引っ張って急に離したら飛んでくんだろうか。


くそっ!
エースめ!


『悪かったって。まぁ聞けよ!仲間といたんだけどよ、凄ぇ良いヤツらそう!』
「ふーん。楽しく航海してそうで良かったねー。」


八つ当たりする私を宥めながらも、ルフィくんに会えたのが余程嬉しかったのか
エースの声がテンション高め。



本当に会ってみたかった。
引っ張ったりしなくてもルフィくんって存在に興味がある。

凄く真っ直ぐで元気で、楽しい人なんだろうなって
エースやシャンクスさん達の話を聞く度に思ってた。


『で?…そっちはどうなったんだ?』
「あー…、未遂に終わりました。」
『は!?え…、何が?』


明らかに動揺してる。
どうせエロい事でも想像してたんだろ。


「言わせて貰えなかった。…まだダメだって。」
『…は?アイツもしや勃たねぇんじゃねぇの?』





な、なんと?
今何て言った?

勃……








「そんっな訳ないでしょ!!ローにも事情があるの!!」
『いや怪しい。好きな女に告られたのに自らお預けって。勃たねぇとしか思えねぇ。』


なん…てこと言うんだ…。


ガチャ







お、おう…。
そしてこれはどんなタイミングだ。


開いたドアの影から現れたのは、噂の渦中のローさん。
こっちに顔を向けるローは
とんでもない疑いを掛けられてるともつゆ知らず、今日もポーカーフェイスのクールガイ。




destruct at reality.