12-17
ローは受話器を耳に当てる私の次に、でんでんむし本体に視線を移して
きっと電話の相手がエースだって分かったんだと思う。
あからさまに不機嫌な顔になった。
『あの若さで勃たねぇとか…!…いやなんかもう気の毒になってきた。』
「違うって言ってんでしょ!!」
こ、こんな話してるって知られたら
こんなもんじゃ済まない。
きっと怒り狂ってエースの元に殴り込みに行っちゃうんじゃないだろうか。
幸か不幸か、ローとエースの実測距離は今そんなに離れてない。
バレたらダメ。
ダメ、絶対。
『だって俺ならその状況で手ぇ出さねぇ選択肢がまずねぇもん。有り得ない。信じらんねぇ。絶対不能。』
バレたらいかんと思いつつも
盛大なエースの勘違いだって分かってつつも
なんとなく、視線がローの…その辺りに向いてしまう。
いや、ない。
有り得ない。
だって相手は百戦錬磨のローさんだ。
お姉さん達を虜にしてしまうくらい。
さぞすんばらしいモノをお持ちな筈。
「…なんだ。電話中じゃねぇのか。」
「あ、あぁ電話!するよ電話!してるしてる!」
『アイツそこにいんのかよ。おい不能野ろ…
「わーわーわーわー!!!」
やめてくれ。
本気でやめてくれ。
目の前と受話器の向こうで、急な大声に呆気に取られてる二人の隙をついてでんでんむしを切った。
「なんだ本当に。良いのか。」
「あ、うん!全然大丈夫!」
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
「鳴ってるぞ。」
「うん!出なくて大丈夫!」
誰が出るか!
この状況で。
禄でもないことしか言う気がしない。
それもローに聞こえるくらいの大音量で。
出ないに限る!
思いっきり不審そうな目で見られてるけど、気にしない。
「ガラクタ屋、行きてぇんだろ。さっさと行くぞ。」
「あ、うん!」
昨日飲みながら聞いたガラクタ屋さん。
掘り出し物から珍しい物、何に使うか用途不明な物まで色々揃ってるらしい。
行ってみたいって言ったの、覚えててくれたんだ。
相変わらず鳴り止まないでんでんむしは船室に残して船を出た。
エースのバカ!
もう知らない!
「でも今やったら俺が勝つね!」
「おまえが誰に勝てるって?」
追われてると思ったら勝手にトンズラこきやがって。
しまいにゃあおまえが俺に勝つって?
暫く見ねぇ間にデカい口叩くようになったもんだ。
飯食ってたら、海軍大佐のスモーカーがいちゃもん付けて来て。
面倒臭ぇと思ってたら
吹っ飛ばされた。
こいつには負けねぇ、そんな慢心のせいか
飯の途中で気が弛んでたのか
そもそも俺を吹っ飛ばした相手に敵意が全くなかったからか
メラメラの実の能力を使う事も忘れて吹き飛んだ。
何事かと思って衝撃の元を辿れば、そこには暢気に飯を食らう我が弟。
久々の再会がこんな形とは。
再会を喜ぶ前に始まった鬼ごっこ。
ルフィとスモーカーでは能力的に相性が悪い。
まだ覇気は扱えないらしい今のルフィなら寧ろ、ロギアは最悪の相性だろう。
逃げる途中でやっと俺に気付いたルフィとどうにかスモーカー率いる海軍の群れを撒いて
とんずらこいては暢気に自分の船の縁にしゃがみこんでいるデカい口叩く弟を後ろから蹴り飛ばした。
相変わらずなルフィと、それに振り回されてる仲間達。
コイツはいつだって世話焼きな周りに恵まれる。
ルフィと居たら周りがそうならざるを得ねぇのかもしんねぇ。
カラフルな髪の色の仲間達、…とトナカイ。
バラエティーに富んだそいつらはマイペースなルフィにむきになって声を荒げたり騒いだり。
ルフィの度を越えたマイペースもそれに振り回される連中を見るのも久しぶりで
気の毒に思いながらもその光景に笑いが溢れた。
…良いヤツらそうで安心した。
ルフィが選んだ仲間だ。
ルフィは昔から野生の直感のような物がやたらと強い。
賑やかなそのやり取りに
こいつらなら任せられるって、確信した。
「ルフィ、おまえうちの白ひげ海賊団に来ねぇか?…もちろん仲間も一緒に。」
「いやだ。」
同じ船で仲間として、一緒に海賊をやれたら。
自分が海賊王になるという野望がなくなった途端にふと抱いたその想い。
それはあっさりはね除けられた。
「プハハハ…あー、だろうな。言ってみただけだ。」
ルフィはそういうヤツだ。
俺も親父に会わなけりゃ同じ返事をしていたと思う。
いや、ルフィは親父と会った所で変わらねぇか。
「“白ひげ”…!?白ひげってやっぱ…その背中のマークは本物なのか?」
「あぁ、俺の誇りだ…。」
鼻の長ぇのが反応した親父の通り名。
手前の海でも知ってるヤツは知ってるか。
白ひげ海賊団に入って暫くして、背中に彫った親父の海賊旗。
一生その名前を背負って行く覚悟と決意。
それは変わらねぇっていう想いをこっそり込めた。
体に消えない跡を刻むことで、この体は親父の息子だって
俺は白ひげの息子だってこの刺青が主張してくれてるみてぇで
彫り上がったこれを見てそんな事を思ったのは墓場まで持っていく秘密だ。
どっか女々しくて気恥ずかしい。
「“白ひげ”は俺が知る中で最高の海賊さ。俺はあの男を“海賊王”にならせてやりてぇ。」
本人を見なきゃ分からねぇと思う。
あの懐の深さと器のデカさ。
「…ルフィ、おまえじゃなくてな…!」
「いいさ!!だったら戦えば良いんだ!!」
例えそれが弟だとしても、親父を海賊の高見に連れて行く邪魔はさせねぇ。
一緒にそれを叶えられたら良かったんだが。
ルフィ相手じゃそれも無理か。
「ほら、おまえにこれを渡したかった。そいつを持ってろ!ずっとだ。それがおまえと俺をまた引き合わせる。」
千切ったビブルカードを手渡せば、その用途が分からねぇのか首を傾げてアホ面を浮かべるルフィ。
説明しても、理解できねぇだろうし忘れそうだから良いか。
例えいつか対当することになっても、手のかかるこの弟が気にかかるのは変わらねぇ。
コイツの面倒は俺が見なきゃいけねぇってのも、兄弟杯を交わしたあの日から変わらない想いだ。
「出来の悪ぃ弟持つと…兄貴は心配なんだ。おめぇらもコイツにゃ手ぇ焼くと思うが、よろしく頼む。」
ルフィの仲間達にそれを告げれば
表向きはげんなりした顔を浮かべながらも、想いを託されてくれた事をなんとなく感じた。
いや、寧ろ言われなくても当然だとでも言いたげなのかもしれねぇ。
良い仲間持ったな、ルフィ。
「あ、そうそう。その内おまえに紹介してぇ女がいんだ。」
「誰だ?それ。」
ルフィも人を振り回すタチだが、その辺はウイも負けてねぇ。
この二人が一緒になったらどうなるのか
見物だ。
「ウイっつーんだ!ブラーヴェって知ってるか?そこで酒作ってんだよ。」
「知らない訳ないじゃない!…なんでそんな人と知り合いなの!?」
オレンジの髪の色っぺぇ姉ちゃんの驚いた顔にどこか得意気になっちまう自分が居る。
ウイは俺が思ってる以上に有名人らしい。
「俺の大事な女だ。おまえらもきっと気に入る。…ちょっと煩ぇけど。」
「私!ブラーヴェのシードル飲んでみたい!いつも売り切れで買えないんだもの!」
そんな希少なもんなのか。
旨いとは思ってたけど、いつでも冷蔵庫に常備されてるそれがそんなに手に入りずらいもんだとは思わなかった。
持ってきてやれば良かったな。
「ウイに言っとく。きっと喜ぶぜ!アイツ。」
やったー!と目を輝かせるこの姉ちゃんは、露出が多いせいで目に入っちまうからアレだが
大層すげぇ体をお持ちだ。
露出が多いから目に入った。
敢えて見た訳じゃねぇ。
それにしてもすげぇ胸だ。
「その酒の女が大事で会わせてぇんだな!分かった!それいつだ?」
「俺も遊びでこっち来てる訳じゃねぇんだよ。…重罪人を追ってる。多分それ片付けた後だな!」
酒の女とかどんな認識だと突っ込みたくなるが、ルフィもきっとウイを気に入ると思う。
その為にもさっさとティーチを見つけねぇと。
「じゃあ俺は行くぜ!…元気でやれよ!」
「え!もう行くのか?」
船縁からストライカーに飛び降りた俺を覗き込むルフィと仲間達。
心配いらねぇ事は顔を見て分かった。
それだけで今は十分。
丁度客も来てるみてぇだし。
「次に会うときは海賊の高見か…それか兄貴が惚れたとんでもねぇ良い女とご対面だな、ルフィ!」
「あれは…ビリオンズ!?エースさん!ダメ!!今海に出たら囲まれるわ!!」
青髪の、こっちも中々色っぺぇ姉ちゃんが迫ってくる海賊船の群れを見て顔色を変えた。
あれはビリオンズっつーのか。
…見たところ問題なさそうだ。
あの位で青くなる位じゃ海賊王にも、その足下にも及ばねぇ。
見せてやるよルフィ。
海賊王に相応しい男の、その息子の実力の片鱗を。
じゃあなと暫しの別れを告げてストライカーを走らせる。
目標は雑魚の集団。
「火拳!!」
見慣れた炎が発する光が、昼間の海に放たれた。
炎と化した拳が燃やす有機物。
海水を抉って出来た空間に貯まる空気で浮いているそれが崩壊して沈むのが先か
はたまた炭と化すのが先か
こんなロギアを掴めもしない雑魚の集団。
戦略を立てるまでもねぇ。
海面で大輪の炎の花を咲かせる船だった物を振り返って、身の程知らず達の叫声に耳を傾ける。
その向こうで帆を旗めかせる船の上で、ルフィ達はどんな顔をしてんだろうか。
「来いよ“高見”へ、ルフィ!」
聞こえる筈もないその言葉を、遠目に見える麦わら帽子を被ったドクロの海賊旗へ向けて呟いた。
アイツならいずれ来るだろう。
…こっち側へ。
次のティーチが出没しそうな島に指針を合わせストライカーで海を駆け抜ける。
準備の良いウイが持たせてくれたエターナルログポースは進行方向にぴったりとその矢先を合わせていた。
ルフィに会えるならウイをあの野郎のとこに行かせるのはアラバスタの後にすれば良かったな。
結果論か。
まぁ良い。
また会えんだろ。
どんな会話すんだろ。
アイツら。
ウイとルフィの会話を想像するだけで笑いが込み上げてくる。
どっちも変なとこズレてっから、誰も突っ込まねぇとどこまでも変な方向に話がズレこみそうだ。
地図上だとそう遠くねぇ距離に位置する次の目的地。
そうは言っても着くのは夜中か明日の朝か。
時間にもよるが明日にはウイに連絡できんだろ。
ルフィと会えた事を話してぇ。
抜け駆け!とか嘘つき!とか文句言われそうな気もすっけど、早くウイに聞いて貰いてぇ。
声が聞きたい。
ウイの声が。
でんでんむしが伝える、直接聴くのとは少し違う声で良い。
一緒に過ごしてきた時間は
顔が見えなくても多少声色が違くても、ウイがどんな顔して言葉を発するのかを容易に思い浮かべさせてくれる。
近くに居ても募る想いは、離れたからと言ってその蓄積を減らしてくれる事も止めてくれる事もないらしい。
…告白、したんだろうか。
急に現実に引き戻された思考が嫌な妄想を掻き立てる。
あのくそ医者に抱かれるウイの姿を、想像したくもねぇのに
何度打ち消してもそれはぼんやりと浮かんで来た。